第353話 悪魔の警備員

 イサシムの大樹のメンバーの家に着くと、ちょうどレオンが扉の外へ出てきた。今日も元気に髪がツンツン跳ねている。

「じゃあ、他に依頼が無いか見てくる」

「任せたわよ。こっちはもう少ししたら、食料の買い出しに出掛けるから」

 家の中で答えているのは、治癒師のレーニね。声だけ聞こえる。

「あれ、イリヤさん」

 私達に気付いて、レオンが軽く会釈をする。私も頭を下げた。

「お久しぶりです。ハヌに会いに来ました」

「ハヌなら今は庭に……」


 ドドドドド。

 レオンが庭を見渡すと、家の裏から身体を揺らして尻尾を振り、大きなトカゲの魔物、ハヌが走ってくる。人間の大人が走るくらいな速度があるわ。あんなに速く走れるの?

「ハヌ、ハヌ、ただいま」

「フシュー、シュー」

 ハヌはリニに一目散。リニの目の前で止まり、頭を撫でられて嬉しそうにしている。

 エクヴァルはリニの隣にいて、ハヌがそのまま突っ込んできたら止めるつもりで身構えていた。さすがにあの勢いで飛びつかれたら、リニが倒れちゃう。


「あんなに速く走れるのねえ」

「寒いと動きが緩慢になるみたいですね。暖かくなったから、食事の量も増えましたよ」

「リニちゃんを覚えていて良かったわ。トカゲも懐くのね」

「エスメにもとても懐いてます。自分を大事にしてくれる人を覚えているんでしょうね。トカゲが苦手なラウルスは、たまに威嚇されてますよ」

 パッハーヌトカゲの生態も面白いな。威嚇されているところも見たい気がする。

「ねえ、誰か来たの?」

 出掛ける筈だったレオンが外でお喋りしているものだから、家からレーニが顔を出す。三つ編みが振り子のように揺れた。

「こんにちは。リニと一緒にハヌの様子を見に来たの」

「……イリヤじゃない、お帰り! ハヌは元気よ~。今朝は鶏肉を食べたわ」

 レーニがすぐに家から出てくる。レオンはそれじゃ、と出掛けていった。


「これ、お土産なの。今度はハヌのエサになるものを差し入れするわ」

 紙袋に入った、日持ちするお菓子と魚の干物を渡す。そういえば、ハヌは魚って食べるのかしら。

「ありがとう。エサ代も結構かかるから、そうしてもらえると助かる~!」

「私も……、私もハヌのご飯を持ってくるね」

 リニもお土産を渡してから、ハヌの前足を片方持って遊んでいた。リニがハヌとたわむれている間に、エスメからレナントの最近の情報を聞いておく。

 特に大きな事件もなく、住人や新しいお店が増えたりして活気があるということだった。

 ただ冒険者も多くなった分、依頼が早い者勝ちで、ちょうどいいのがなかなか取れないんだとか。それで時間のある時は、日に何度か冒険者ギルドの依頼ボードを覗くそうだ。

「あ~、確かにEランクやDランクの仕事はかなり少なかったね」

 エクヴァルが冒険者ギルドの様子を思い浮かべながら答える。レーニは大きく頷いた。


「でしょう。討伐とかも、すぐ受けられちゃうのよ。慌てて受けちゃうから、依頼の達成率は下がってるみたい」

「なるほどね。ま、ここに拠点を構えるのでもなければ、自然と仕事の取りやすい町に流れるでしょ。少しの辛抱だよ」

「ならいいけどね~」

 依頼を受けるのが、競争になっちゃってるのね。依頼を探す冒険者は困るだろうけど、ポーションが売れるからアイテム職人としては歓迎なのだ。

 傷をすぐ癒やすポーションは、外で戦う冒険者の必須アイテム。全部のパーティーに回復魔法が使える人がいるとも限らないしね。

 普通に町に住んでいる人は頻繁に傷を作るわけでもないので、あまりポーションの買い置きなどはしない。


「それと、人が増えると窃盗とかの犯罪も増えやすいのよ。イリヤの家、裏に立派なのを建ててるでしょ? 噂になってるから、留守にする時は気を付けてね。できれば戦える人を留守番においた方がいいわよ」

「ありがとう、確かにそうね。家主に伝えておくわ」

 窃盗事件が起きたら大変だわ。犯人が酷い目に遭うだけで済むのか、町ごと破壊されるのか、見当が付かない。

 ドヴェルグ族の彫刻入りの品物なんて、かなり高価に違いない。マイスター職人のティモがわざわざ見に来ていたんだし、興味を引いているのは確かだ。

「ていうか、アレ家なの? 城なの?」

「私もよく分からないわ……」

 しばらくお話をして、私もハヌを撫でさせてもらってから別れた。接触があれば懐いてくれる筈。帰り道、リニはずっとご機嫌だった。


「ベリアル殿、ルシフェル様と別荘の防衛について相談した方がいいですよね」

「考えておるのではないかね。ドヴェルグ族を召喚しておるのだ」

「ドヴェルグと関係があるんですか?」

 戦闘できる種族じゃないみたいし、作業が終わったら帰るのでは。気にはなるものの、ベリアルは教えてくれるつもりはなさそうだ。

 家に着くとすぐに、裏手にあるルシフェルの別荘へ向かった。

 庭で建物を眺めながら、会話している地獄の王二人。内容までは聞き取れなかった。途切れるタイミングを待って近づき、話し掛ける。


「ルシフェル様、窃盗事件が増えているそうです。この建物も立派な彫刻などがありますし、留守の間はどうするかを確認しておきたいのですが」

「ああ、それなら注文してあるよ。ちょうど今日、完成したそうだ」

「注文……ですか?」

 我が家の横の空き地に今回のために作られた臨時作業場から、ドウェルグが小悪魔に彫刻を運ばせていた。

 石製のものが二つ、大理石が一つ。コウモリの羽が生えた小悪魔の様な姿で、尻尾は蛇で手には長い爪が生えている。今にも動き出しそうなほど、精密で生き生きとした像だわ。

 庭に敷かれた布の上に丁寧に像を置くと、小悪魔はルシフェルに一礼して素早くその場を離れた。

「ガルグイユ。ガーゴイルとも呼ばれる、建物を守護する彫刻だ」

 バアルが説明してくれる。とても得意気。

 魔除け的なもので、何か魔法付与をするのかしら。ルシフェルが並べられた三つの像の前に立つと、ドヴェルグがうやうやしく礼をした。

「仕上げを頼みます」

 

「守護たる像に、仮初かりそめの生命を与える。天空を埋め尽くす星の一雫ひとしずくとなれ。目覚めて服従せよ、四方の守りをおこたることなかれ」


 ルシフェルが唱えながら、これから指揮をする指揮者のように、両手を軽く前に出す。柔らかい風が吹いて三つの像に集まり、瞳の部分が赤く輝いた。

「地獄の宝物庫の警備などに使う像である。生きている訳ではない故、休養も食事も必要としないのである」

 なるほど。しかもドヴェルグが製作して、地獄の王ルシフェルが魔力を吹き込んだものが三体も。盗賊団だって撃退できそうね。

「では俺が、これに風の力を注ぎましょう。雷を扱えるようになりますよ」

「我はこちらに火を与えるかね。炎のブレスを吐くようになるわ」

 魔王二人が、石像二つにそれぞれの属性を籠める。さらにヤバイものに進化していく。

「バランスが悪くなるね。こちらは少し強化しておこう」

 大理石の像が、白く輝いた。これは室内用、石像二つは玄関脇に飾られる。

 地獄の下位貴族くらいなら、軽く撃退できそう。間違えて私達を襲わないよう、きちんと判別してもらわないと困るわ。

 

「ところで、この像は喋るんでしょうか? 気の弱い者なら、誰もいない筈の場所から警告の声が聞こえるだけで逃げだすと思いますが」

 エクヴァルの質問に、バアルが頷いた。

 確かに喋れた方が便利よね。室内で戦闘になって部屋が荒らされたら、結局ルシフェルの怒りを買いそうだわ。

「小悪魔どもに、これから言葉を仕込ませる。最低限くらいは喋れるようになるぜ」

「流暢な会話をさせたいのなら、保管している個を消した人間の魂を入れる方法もあるね」

 何でもないことのように、さらりとルシフェルが教えてくれる。嫌な知識を得たなあ。魂の管理をしてるって地獄の大公アスタロトが言ってたから、彼女の管理している魂を使うのかしら。

 ともあれ、ガルグイユは満足のいく仕上がりになったようだ。これで別荘の守りは完璧。さ、家に戻ろう。


「ルシフェル殿、バアル閣下。南東の岩山でドラゴンが繁殖しているそうである。人間どもが掃討作戦に出る前に、狩りを致しませぬか」

 やっぱりベリアルは黙ってないわね……! せめてどちらかには、お帰り頂いてからにして欲しかったわ。

「豪気だな、ドラゴンが増殖するとは! ルシフェル様、如何しますか?」

「土地ごと殲滅すればいいのかな?」

 ああ……、やる気があり過ぎる。バアルが片手を拳にして、開いた手のひらにバチンと合わせる。

 地形まで変えないようにしてもらわないと、せっかくのドラゴンが生まれなくなったら大変だわ。


「いえ、間引くだけでいいんです。ドラゴンの素材はアイテム作製に使えますし、高値で取り引きされますので。チェンカスラー王国にもたまに、おこぼれがくるんです」

「おこぼれ、ね。普通の人間は襲撃と表現するものだね」

 土地ごと殲滅は、魔王ジョークだったのかしら。言い出したルシフェルが、私を非常識扱いしている。

「おいベリアル。お前の契約者、ドラゴンに襲われるのをおこぼれに預かると言いやがったぞ」

 バアルがベリアルに呟く。ベリアルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ふふ。我々は一人一体のドラゴンを倒そう」

「先に作戦会議をしておくんですね。では中級は私達が、普通のドラゴンは基本的にエクヴァルに任せましょう。メンバーがもう少しいた方がいいかしら」

 どのくらいドラゴンがいるか、フェン公国で確かめた方がいいわね。もし途中で魔力が尽きたら……、地獄の王だけを残して撤退するのは無責任な気がする。

「……私は別にいいけど、数が多すぎると防ぎ切れるか分からないからね。先にフェン公国で事情を説明して、援護部隊の出動の要請と、防衛ラインを築いてもらうのを勧めるよ」

 ふむほむ、なるほど。エクヴァルが提案したように、ドラゴンが外に出ない対策も必要よね。地獄の王トリオが相手じゃ、裸足で逃げちゃうかも。


「……おいベリアル。お前の契約者の作戦会議、どう倒すかが一切ねえ。地獄の力押し武官と一緒じゃねえか」

「いちいち我に振らんで頂きたい!」

 作戦を立てるのは魔導師やアイテム職人の仕事ではないので、多少は仕方ないと思う。騎士とかと相談しながら、会議を進めるものなのだ。

「ドラゴンを倒しておいてと簡単に言うのは、殿下とイリヤ嬢くらいですからねえ……」

 エクヴァルがわざとらしく、慣れてますからと肩をすくめる。


 そんなこんなで、ドラゴンの岩場へ行くことが決まった。

 決行は五日後で、その前にエクヴァルがフェン公国へ事情を説明に行ってくれる。ルシフェルの別荘はもう大詰めで、明日にはテーブルや椅子などの家具、本棚と並べる本などを搬入する予定。


 出発する前に、アレシアの露店で売るアイテムと、ビナールのお店に卸す分を作っておこう。ビナールの追加注文があるかも、後で聞いておこうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る