第354話 リニ、靴を買う

 お土産を持ってアレシアの露店へ行く。

 以前より多く、冒険者とすれ違う気がするわ。中には依頼に失敗したのか、意気消沈して暗い表情で歩く人達も。


 アレシアとキアラの露店はいつもの場所で営業していて、隣に羊人族が小さな露店を出していた。テーブルに少しの薬を並べ、『往診します』と書かれた札を立てている。座っている椅子の脇には、往診用の茶色くて四角いカバンが置いてあった。

「アレシア、キアラ、ただいま。色々あって、帰るのが遅くなったわ」

「イリヤお姉ちゃん、魔法付与の注文たっくさんきてるよ!」

 注文がたくさんきても、ちょうどいい宝石はそんなにたくさんは無いのよね。あまり高価じゃなくて、魔力にあふれた付与がしやすい宝石を探さないと。

 注文を書かれた紙が、何枚も束になっている。古いのが一番下だから、古い順に片付けないと。


「これ、お土産ね。あと薬の材料も手に入れたの。この小さな白い花が咲いているのはスチューン、葉や茎を使うの。毒消しとか、特殊な傷薬とかね。こっちはお腹の薬になる、ハイ・リーの魔核を粉にしたものよ」

「ありがとうございます!」

 お菓子は紙袋に入れたままで、知らないであろう素材は説明して手渡した。

「これは我からである」

 ベリアルもお土産を買っていたのね。やたら偉そうに、お店の名前とロゴが入ったお高そうな紙袋を見せる。

「ベリアルさんも、ありがとう!」

 キアラが受け取り、早速お菓子の袋を開けた。包み紙が二つ入っていた。


「いいものを持っているね、紫の髪の人族のお嬢さん。ハイ・リーは海の魔物だよね。どこで手に入れたんだい? 僕も買えるかな」

 羊人族が素材を眺め、ハイ・リーの魔核を欲しがっている。途中で分けちゃったけど、少し余分に残しておいたから、あげても大丈夫ね。

「里帰りをしていまして、故郷が海に面した国なんです。たくさんあるんで、先生にも差し上げますよ」

「これはありがとう! 何かお礼ができたらいいんだが……」

 お礼かあ。羊人族なら、薬草とかを貯蔵しているよね! 以前はヤイを分けてもらったし。

「シーブ・イッサヒル・アメルを探しているんですが、余分にありませんか?」

 私が尋ねると、羊人族の男性はああ~と軽く頭を掻いた。


「僕はそれを使うような腕前じゃないから、持ってないなあ。村に帰れば、ある筈だよ。以前の襲撃で貯蔵庫を失ったエルフも、また再建して薬草の在庫を増やしてる。なんなら分けてもらえるよう、掛け合うよ。エルフは人族があまり好きではないんだ」

「ありがとうございます。エルフ族には知り合いがおりますので、訪ねてみます」

 やっぱりエルフのところならありそうね。羊人族の薬草医はお祭りまでここで商売をしながら滞在予定だそうなので、無理に取りに帰らなくていいと言っておいた。

 お祭りでお買いものをする資金を貯めているとか。羊人族の子供達にお菓子をお土産にするんだって。


「羊先生、子供が熱を出したんです。診てもらえますか?」

「はいはい、今行きますよ。じゃあ、あとは頼んだよ」

「行ってらっしゃーい!」

 羊人族の男性は机の上の薬はそのままで、出掛けてしまった。

 キアラが椅子をずらし、半分くらい羊人族のスペースにはみ出して、改めて座り直す。そして『往診します』の立て札を伏せ、『往診中』に変えた。

「お留守番は、私のお仕事よ」

 任されるのが嬉しいのね。堂々と胸を張っている。お隣になった羊人族と、仲良くやっているみたい。

「羊先生、薬のことを教えてくれたり、村のお話をしてくれたり、とても気さくでいい方なんです」

 アレシアも楽しそう。お祭りが終わったら村へ帰る、期間限定のお隣さんなのが寂しいわね。


「羊人族は大人しい種族なのよね。そういえば、来月は王様の生誕祭があるんでしょ? 薬を多めに作った方がいい?」

「ん~どうかな~」

 キアラが考えるように首をかしげ、アレシアは苦笑いをした。

「……生誕祭の時って、食べものや可愛い雑貨とかが売れるんです。薬は大きいところでセールをしたりするから、お客さんはそっちに流れちゃうんですよ」

 となると、ビナールからは注文があるかも。とにかく普通に販売するポーション類と、頼まれた魔法付与をやろう。


 この前は会えなかったし、ビナールのお店の本店へもう一度行っておこう。繁華街を歩いていると、 エクヴァルとリニがお店を覗いている。靴を選んでいるんだわ。

「これとか、これとか……、エクヴァルに似合いそう……!」

「じゃあ履いてみるね」

 足首の部分が折り返しになっている紺色のショートブーツと、足首の部分が革製で、靴部分より薄い色でヒモがたくさん使われている、オシャレなダックブーツ。

 エクヴァルはいくつか試して、ダックブーツを選んだ。

「これいいね」

「じゃあ、あの、これ、ください……」

 リニがポシェットからお財布を取り出して店員に呼び掛けると、中年の男性が笑顔で答えた。

「はいよっ。羨ましいな兄ちゃん、可愛い使い魔ちゃんが靴を買ってくれるなんてな~! 仲良しだね。包装はサービスだ!」


 選んだ靴を受け取り、早速薄い紙に包んで小箱に入れた。

 靴は通常むき出しで渡される。これは贈答用のやり方だわ。貴族を相手にする店の場合だと、包むのが普通。

「ありがとう。私の靴が壊れたら、自分が買うと言ってくれたんだ」

「だ、だって、エクヴァルは素敵な靴を、私にくれたから……。今度は私が靴をあげようと思ったの。……この靴で、一緒にサバトに参加したいなぁ……」

「サバトがあったら、お互いに買った靴で参加しようね」

 微笑み合う二人。視線を感じて見上げると、ベリアルがニヤリと笑った。

「……そなたにも靴を買ってしんぜよう。選ぶが良いわ」

「サバトに行きたいんですか? 靴なんてくれなくても、一緒に参加しますよ」

「黙って選ばぬか!」


 怒りっぽいなあ。靴ってサイズが合うのを探すのが大変だから、面倒なんだよね。

 エグドアルム時代は曲がりなりにも宮廷魔導師見習いだったので、専属の職人がサイズを測って作ってくれていた。座るだけでいいし、デザインは適当な希望を伝えたらお任せだったし。アレは良かったわ。

「イリヤ嬢とベリアル殿。用は済んだの?」

 私達に気付いたエクヴァルが、小さく手を振った。リニに靴を買ってもらったから、いつもより機嫌が良さそう。


「ええ、これからビナール様のお店に寄ってみるの」

「じゃあ私も行くよ。リニ、ありがとう。行こうか」

「うん。あの、キレイに包んでくれて、ありがとう……!」

 靴の入った小箱を受け取りながら、リニが笑顔で頭を下げる。ちょっとしたことでとても嬉しそうにするし、サービスしたくなるわよね。

 対するベリアルは、私を睨んでいるような。いや、元からああいう、悪い目付きだったわ。

 私は買わずに、そのままの流れでビナールのお店へ向かった。


 お店にはお客が何組もいて、冒険者が防具やリュック、ランタンを選んでいる。野営の道具も揃えられるのだ。

 カウンターでビナールがいるか尋ねると、ちょうど戻って来たところで、対応できるか確認に行ってくれた。店員と一緒にビナール本人まで顔を出す。

「ちょうど良かった! イリヤさんに相談があって。どうぞどうぞ」

 会頭が直々に出てきて案内するものだから、居合わせた客が目をまたたかせて注目している。私はこそっと後に続いた。


 客間ではソファーに私とベリアルが座り、リニとエクヴァルはソファーの脇に立ったまま。護衛だから。ビナール側の護衛は入り口と窓の付近に立っている。

 紅茶を頂いてから、すぐに本題に入る。

「実はお願いがあってね。なかなか戻らないから、ヒヤヒヤしたよ」

「申し訳ありません、エグドアルムでも色々ありまして。妹の結婚相手のご両親にご挨拶したり、パレードが襲撃されたり、妹が誘拐されたり、ティーパーティーに招待されたり、魚が誘拐されたり」

「え、あ、うん? え? 最後は魚? ……ゴホン。ともかく、妹さんは無事だったのかな?」

 話す順番が良くなかったかも知れない。ビナールが咳払いをして、妹エリーの心配をしてくれる。並べてみると、本当に色々あったわね。

 護衛の人達は、部屋の外を警戒しつつ「何の話??」という、情報を処理し切れない表情をしている。


「はい、お陰様で」

「……大変だったみたいだね。ええと……それで、そうアレ。来月、国王陛下の誕生祭があるのは知っているかい? イリヤさんにはその日に向けて、目玉になる商品を作って欲しいんだ」

 やっぱりビナールのお店では、特別な売り出しをするのね。

 ならば作ったばかりの新作があるわ!

「いいものがありますよ、この龍神族の爪を使った、特別製アムリタです!」

「アムリタといえば、四大回復アイテムの一つじゃないか! ところで、龍神族……とは?」

 ビナールが尋ねると、ドア付近の護衛が首を横に振る。魔物やドラゴンなどについては、商人である彼よりも実際に戦う冒険者や護衛、それから魔法使いの方が詳しいのだ。

「申し訳ありません、不勉強で……」


「滅多にお目にかかれない、竜人族やドラゴン系の上位種族です。使用したのはナーガ神族のもので、それでもそこらへんの上級ドラゴンとは比べ物にならない価値がありますよ!」

 商品の素晴らしさを説明していると、エクヴァルが口を押さえて肩を震わせている。何故か笑うのを我慢しているのだ。商品の宣伝のどこに、笑うところがあると言うのじゃ。

「イリヤ嬢、それね……」

 しまった。勝手に売らないように、止められてたんだ。

「特別販売という感じで、エグドアルム製を強調してもらえれば問題ないよね」

 こそっと尋ねると、エグドアルムに提出する分を残してもらえれば、とまだ笑いながらも答えた。


 ビナールに視線を戻すと、白い容器の蓋にかけた手を、止めたところだった。ええ、見てくれていいのに。

「……すまないね、イリヤさん。私が今回想定している客は、個人なんだ。これは国家を相手にする機会があったら、お願いするね……」

 返されてしまった。自信作なのに、やはり値段が高くなり過ぎるのかな。普段から堂々としたビナールが、いつになく小さくなって遠慮している。

「イリヤ嬢。ついでに言わせてもらうと、エリクサーもダメだよ。ああいうのは事前に販売する情報を流して、買い手に資金を準備してもらわなきゃ。唐突にあっても、相手も困るからね」

 なるほど。エクヴァルの説明に納得していると、ビナールも大きく頷いていた。


「周知する時間も必要だからね。今回は王都で王宮魔導師や職人が作った薬の販売会があるから、そういう客はあっちに流れるんだよ。だから、もうちょ~っと落ちる品物がいいかな。何か思い付いたら、連絡してくれ」

 もうちょっと落ちる品。ハイポーションとか、そういう意味かしら。この辺だと、多くの人がドルゴの町のラジスラフ親方に頼むみたいだし。

 時間も短いし、ぬか喜びさせないよう、確実に作れるものを提案しましょう。

「分かりました、素材などを確認して考えてみます」

「宜しく! ただ別の支店のこともあって、あちこち動き回っているから、会えるとは限らないんだ。言付けか、なんなら手紙で内容を伝えてくれ。こちらから改めて連絡するよ」


 忙しそうね。商品を考えたら、手紙を残そうかしら。空いた時間に気軽に確認できるし。思いを巡らせていると、そうだ、とビナールが付け加えた。

「商業ギルド長や町長が、レナントでも人が集まる企画があれば、と言ってるんだ。今回でなくてもいいから、面白い企画があったら伝えてやってくれ」

「企画ですか。何か思い付いたら、お知らせします」

 もっと大きなお祭りにしたいのねえ。

 商品のことも含めて、セビリノに相談しましょっと。エクヴァルは聞いていたから、いいアイデアがあったら教えてくれるわね。

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