第355話 カミーユ、志願する

 ビナールに頼まれた生誕祭の目玉商品は、ドラゴン退治をして、フェン公国で素材の買いものをしてから考えよう。

 まずはアレシアの露店と、ビナールのお店の分のポーション作り。ビナールが素材を確保しておいてくれたので、豊富にあるわ。生誕祭でセールをするから、その日に向けて多めに納品して欲しいとも頼まれた。

 セビリノと手分けをして作る。制作者を指名されているわけでもないし、注文品を弟子が作るのは普通にあることなのだ。


「ポーション、マナポーション、中級ポーション……、熱冷ましを作りますか? 一般家庭でも保存しております」

 冷ましたポーションを瓶に注ぎながら、セビリノが尋ねた。棚には完成したポーションが納品を待って、静かに整列している。

「そうね。熱冷ましを作ったら、今日は終わりにしましょう」

 乾いた薬草を乳鉢で擦って、保存用の粉薬を作る。薄い専用の紙に包めば完成だ。

 とりあえず販売用は揃ったわ。これを渡しておけば、出発前の準備はオッケー!


「早速、アレシア達とビナール様に届けないとね」

「ではビナール殿の分は、私がお預かりします」

 ビナールの分はセビリノに託し、私はベリアルと一緒にアレシアの露店へ向かう。

 エクヴァルは単身キュイに乗って、一足先にフェン公国へ旅立った。危険なドラゴン退治なので、リニは今回お留守番。地獄の王トリオと行動を共にするのは、気の弱いリニには可哀想すぎる。

 ルシフェルとバアルは、もう別荘で寝泊まりしているよ。


 完成したポーションとマナポーション、それに中級ポーション五本をアレシアの露店へ渡しに行く。熱冷ましはアレシアが作るから、ビナールのお店の分だけにした。

 露店では薬や雑貨を売っていて、店の前には黒髪で男装の女性が。

 自称天才、カミーユだわ。

「キアラちゃんは刺繍が得意なんだね。魔法刺繍職人になれれば、一生食うに困らないんだが」

 キアラが刺繍したハンカチや巾着を眺めている。刺繍した製品は庶民の、ちょっとした贅沢品なのだ。

「以前イリヤさんがお土産にくれた、魔力を籠めた刺繍作品ですね」

「どうやって作るの?」

「専用の針を使うらしい。私も詳しくはなくてね……」

 魔法刺繍ができたら助かるけど、簡単にはいかないわよね。だいたい国が職人を抱えているので、教えてくれる指導者もいない。

 この辺の事情はアイテムボックスと似ているが、ルフォントス皇国では魔法刺繍専門のお店があったように、アイテムボックスの職人ほど厳密には秘匿されていない。


「あ、イリヤさん!」

 私に気付いて、アレシアが手を振る。

「ポーションを持ってきたの」

「早速作ってくれたんですか? 長旅の疲れがあるのに」

「家に帰ると作りたくなるのよ」

 場所を空けてくれたので、すぐに露店に並べた。キアラが値札を取り出して、ポーションの前に置く。

 冒険者が増えたなら、ポーションの需要も上がっているわね。中級はアレシアの足元にある在庫の箱に、そっと仕舞った。あまりいいものを並べると、絡まれる元なんだって。

「……これがイリヤさんのポーション。私も一つ頂こう」

「普通のポーションですよ?」

 売れれば嬉しいとはいえ、彼女は自分で作れるのでは。思わず尋ねると、わざとらしいほど大きく首を横に振った。


「他の職人が作製した品を研究するのも、技術や意識の向上に必要なのだ」

「そういうものですか」

「お買い上げ、ありがとうございます!」

 キアラが元気に代金を受け取る。売って良いのかなとか、迷わないようだわ。アレシアは困って苦笑いを浮かべていた。

「そうだ、イリヤさん。最近フェン公国の岩場で、ドラゴンが増えているって。国の国境警備隊も、ドラゴンに対処できる人を増やしたみたいです。今は行かない方がいいですよ」

「それがね、今ウチに悪魔が三人集まっちゃって。ドラゴン退治に乗り気なのよ……」

「ええ、じゃあもしかして、ベリアルさんも行くの!??」

 キアラが驚いて見上げると、ベリアルは腕を組んで自慢げな笑みを浮かべた。

「当然である。我からすれば、ドラゴンなど狩りの獲物でしかないわ!」

 そんな発言を、わざわざ大声でしないで頂きたい。通り過ぎる人が振り返っているわよ。注目されたら喜ぶだけか……。


「回復や防御の後方支援はできるから、私も参加させてくれ! そして素材の分け前を頂きたい!!!」

 ものすごい熱量を持って、カミーユが志願する。攻撃魔法は得意ではないとか。

 ドラゴンの素材は自分で入手しないと、欲しい時に手に入るか分からないのだ。

「三日後ですけど、大丈夫ですか?」

「準備しておくよ。三日後の朝、君の家へ行くから」

 確認をすると、カミーユがビシッと人差し指で私を指した。なんとなく指先を見詰めてしまって、寄り目になっちゃうわ。

「ではお待ちしております。食料も忘れずに持参してくださいね」

「ポーションとか、装備の話とかをするところじゃないのか? ドラゴンだよ? タケノコを掘りに行くんじゃないんだよ?」


「タケノコ美味しいよね~。でもレナントの町には竹林がないよ」

 キアラがタケノコの話題に食いついた。

 タケノコかあ、エグドアルムでは食べる習慣がなかったわ。こちらと種類が違って、食用に向かないのかも知れないわね。チェンカスラーでは、皮も包装紙として使用している。

「戦力を期待などしておらぬ。付いて来るのであれば、大人しく己が身を守っておれ」

 そもそも戦力は余っているのだ。ただ、このベリアルの言い方は辛辣しんらつよね。協力してもらう内容を、提示しておけばいいのかな。


「ブレスの防御をお任せできたら有難いのですが、どのくらい防げそうですか?」

「ファイヤードレイクの炎を防いだ実績がある!」

「上級ドラゴンは……」

「私は魔法アイテム職人だ、さすがに上級と対峙したことはない」

 堂々と実績を主張したカミーユの声が、少し小さくなる。

 上級を防げないと、ちょっと防御として微妙だなあ。そうか、魔法アイテム職人は普通、上級ドラゴンとは戦わないのかぁ……。

 なんとなく自分を振り返る。上級ドラゴンって、移動しているとたまに会うよね。いいドラゴンティアスや、龍タイプだとヒゲや爪が採れるんだ。


「イリヤさん、無茶しないでくださいね……」

 アレシアが私の手を握る。

「大丈夫よ、ベリアル殿もいるし!」

「ベリアルさんがいるのも、心配だなあ」

 心配をかけないように明るく言うと、キアラが隣の羊人族の先生のテーブルに頬杖をついて、ベリアルをじとっと見上げた。確かにベリアルは強いけれど、性格に問題があるものねぇ……。

 先生は今日も往診していて、キアラがお留守番中だ。先生のように追加料金も取らず、気軽に往診してくれる薬草医は、あまりいない。

「小娘がいつまで経っても跳ねっ返りなだけである」

「ベリアル殿が威張るから、心配されるんですよ」


 ゴホン、と咳払いが聞こえて顔を向けると、町の守備隊長、白い鎧に金茶の髪のジークハルト・ヘーグステッドが立っていた。

「イリヤさんに聞きたいことがあるんだ。今いいかな?」

「おかえりなさい、元気だった?」

 肩から妖精のシルフィーが顔を覗かせている。羽を動かすと、キラキラと光の粉が飛んだ。

「ただいま、シルフィー。……場所を移した方が宜しいでしょうか?」

 込み入った話なのかしら。秘密にする必要があったら、執務室とかになっちゃうのかな。

「いや、簡単な質問だから」

 ジークハルトは言いながら、ベリアルをチラリと盗み見た。

 彼は腕を組んで、冷めた目でジークハルトを注視している。そんな視線に居心地の悪さを感じたのか、悪い話をするわけじゃないから、と苦笑いで呟いた。


「私は失礼するよ! では三日後に!」

 準備をするからと、カミーユが元気に去っていく。後ろ姿を見送ってから、ジークハルトがおもむろに口を開いた。

「イリヤさんの家の裏手の……城? は、現場監督をしていたバアルという方から、高貴な悪魔が住まうと伺っているんだが……」

 既に聴取されていた。町にいきなり城モドキができるのだから、不審に感じられても仕方がないわね。

「はい。ただしずっとではなく、別荘として使われるそうです」

「別荘か。先日、王宮魔導師の方が視察されて、どのような方が住まれるか、とても気にしていらしたんだ。現場監督の方が定住されれば、もうどの国も攻めてこないのに、と零していらしたよ」

 そりゃあそうだわ。バアルが住んでいたら、天使も悪魔もこの町で戦おうと思わない。

 ベリアルは魔力を偽装しているので分かりにくいが、バアルとルシフェルは抑えてはいるものの、公爵以上だという感じはヒシヒシと溢れている。人間でも鋭い人なら把握できるだろう。


「あと、これから城やそれに似た建築物を建てる時は、事前に相談をして欲しい。問題になるといけないから」

「分かりました。さすがにもうないと思いますが、必ず相談します」

 立派すぎるのはいけないのかな、とぼんやり考えていたら、ベリアルがため息をついた。

「そなた、他国の者が建てたとして考えてみよ」

「……ケンカ売ってそうですね」

「そうであろう。誰がどのような目的で建てたか、城に類似するものであれば憶測を呼ぶのである」

 バアルは私以上に理解していそうなのに、ベリアルの予定を変更して勝手に建てたわけか。豪胆というか横柄というか。

「そういう理由だから……」

「ルシフェル殿の滞在される邸宅とあれば、バアル閣下は人間の口出しなど許されぬわ」

 困り顔のジークハルトに、文句を言わせないとばかりにベリアルが言い放つ。王宮魔導師の人が来たみたいだし、今になって変更もさせられないだろう。


「ところで彼らは、来月の生誕祭まで滞在されますか?」

「分からぬが、それほど長くはおらんのではないかね」

 ベリアルの返答に、ジークハルトはホッとして小さな息を吐いた。

「実はライネリオ兄上から、妹のイレーネを連れて遊びに来ると伝言がありまして……。揉めたりしないかとヒヤヒヤしました」

 ライネリオはヘーグステッド三兄弟の長男で、少々気が短く、礼儀作法も得意ではないのだ。確かに地獄の王に会わせたい人物ではないわね。エクヴァルと仲がいいので、滞在していたら不可抗力で会いそう。

「大丈夫よ、ジーク。私がお兄さんに付いて、見張ってあげる!」

 シルフィーが肩を飛び回る。シルフィーからしたら、ライネリオって怖いんじゃないのかな。

「ははは、そうだね。シルフィーに協力してもらおうかな? じゃあイリヤさん、エクヴァル殿に宜しくね」

「お伝えしますね」

「またね、みんな~!」

 シルフィーがきびすを返したジークハルトの頭に止まって、羽を休める。手でそっと持ち上げて、肩に移動させられていた。

 この三兄弟、ライネリオはエクヴァルを大好きなんだけど、次男のランヴァルトとジークハルトはエクヴァルが苦手みたいなのよね。相変わらず長男だけ性格が全然違うわね。


「ジークハルト様、生誕祭の警備に冒険者の起用もして、いつも以上に頑張ってるんですよ。人が増えたから守備隊も増員するように、ご領主様に掛け合っているらしいです。は~、カッコいいなあ」

 そういえば、アレシアはジークハルトのファンだったわね。出会った頃に、王子様みたいと表現していたわ。

 ベリアルは他の人が褒められたものだから、とても嫌そうな目をしている。自分の方が美形なのに、とか考えているのだ。

「イリヤお姉ちゃんはお祭りの日、やることあるの? 暇だったらお店番に来てよ」

「キアラッ! ごめんなさい、キアラは遊びたいだけなんです」

 お店番かあ。少しの間なら交代してもいいかも。ただ接客は元気で物怖じしないキアラの方が、上手な気もする。

「そうね。まだ先の話だし約束はできないけど、時間が空いたら手伝うわね」


 お祭り、かなり大きいのかな。国王陛下の生誕祭だし、王都がメインだろう。それでもわざわざレナントに遊びに来る人がいるんだから、きっといいものがあるのね!

 なんだかとっても、楽しみになってきたわ。

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