第356話 ちょっと王都へ
ドラゴンの岩場へ退治に行くのを目前に控え、チェンカスラーで私を庇護してくれている、アウグスト公爵の邸宅を訪ねている。アイテム作製など、気力と魔力を使う作業はお休み。飛行魔法も含まれるよね、と言われそうだけど、慣れているとそんなに意識せずとも飛べるものなのだ。
ちなみに人によっては、飛ながら魔法を使うと魔力を保てず落ちてしまったりする。
そんなわけで、私とベリアル、それからセビリノで王都へやって来た。
公爵邸では来月の生誕祭の準備をしていて、使用人も公爵本人も忙しそう。貴族は独自に、生誕祭を盛り上げるイベントを企画したりするのだとか。
アウグスト公爵邸は、庭園を一般開放して誰でも入れるようにするんだって。邸宅内に侵入されないよう警備を厳重にし、立ち入りできるエリアをきっちりと分けている。公爵本人は、前後は王城に行かなければならない。
今庭のお手入れをしても、暖かい時期だし生誕祭の日になったらまた草が伸びちゃってるわね。
「お待たせしました、ベリアル様」
案内された応接室でコーヒーを飲んでいると、キメジェスが急ぎ足で入ってきた。
公爵邸で暮らしている魔導師、ハンネスと契約している侯爵級悪魔だ。短い髪をオールバックにして、黒いコートを
「イリヤさん、アーレンス様、お久しぶりです。故郷は
ハンネスは緑色のローブを着ている。相変わらず真面目そう。
「色々ありましたが、丸く収まりましたよ」
「色々、ですか……。ええと、今日はアウグスト公爵は予定が詰まっていてお会いできないので、私がお話を伺います」
詳しく話すとなると驚かれて長引きそうなので、これでいいや。
私はすぐに本題に入った。
「実はエクヴァルが装備していた、跳躍の魔法を付与したブーツが壊れてしまいまして。公爵様が支援されている方に、こういったアイテムを作れる方がいらっしゃいましたら紹介して頂きたく、参りました」
私の説明に、ハンネスは難しい表情で顎に手を当てた。
「……残念ながら、いないですね。なかなか繊細な装備ですから、もっと魔法技術が進んだ国でなければ難しいのでは……。フェン公国かノルサーヌス帝国ならあるいは、と思いますが、例え作れたとしても他国の人間に譲ってくれるかが……」
さすがに難しそうだわ。ドラゴン退治でフェン公国へ行くから、ついでに尋ねてみようかな。考えていたら、キメジェスが何かに気付いてベリアルに語り掛けた。
「……ベリアル様、もしかしてドラゴンの岩場へ行かれますか?」
「その予定である。バアル閣下もルシフェル殿も乗り気でな」
「バアル閣下がいらっしゃったのは知っていましたが、ルシフェル様まで!?? これはもう一度、挨拶に出向かねば……!」
バアルには挨拶に行っていたのね。そうだ、王宮の魔導師が視察したんだっけ。公爵邸にいるんだから、バアルと会ったという情報が入るわね。
「我らは二日後より、フェン公国へ向かう。その後にせい。いつまでおるのかは知らぬがね」
「心得ました。今問題が起これば、チェンカスラーが地図から消えそうですな……!」
「キメジェス、不吉な発言をしないでくれよ」
ハンネスが軽く苦言を呈する。失言悪魔のキメジェスが言うと、現実になりかねなくて怖いわ。
「そうだ、イリヤさん。ドラゴンを討伐して鱗に余分があったら、買い取らせてもらえないだろうか。公爵様のお抱えの職人が、ドラゴンの鱗を探しているんです。できれば上級のもので」
「上級ですね、入手できましたらお渡しします。他にも卸す約束をしていますので、先約を優先致しますが」
「それで十分です、お願いします」
いいドラゴンが出ますように。あ、でもベリアルの呪法だと黒こげになっちゃうわ。バアルはどうなんだろう。雷だからなあ、鱗も破損しちゃうかしら。
ドラゴンって何度も強い攻撃を加えて倒すから、鱗を破損させないのが難しいのよね。
もし飛ぶ靴を作れるような職人を見つけたら連絡をくれるようにお願いして、話は終わりだ。
「では失礼します」
「ええ、イリヤさん。ああ、ア、アーレンス様も」
セビリノの名前を言おうとして、ハンネスが急にどもった。心なしか顔も赤く、かなり緊張している様子。
「うむ、息災でな」
ハンネスもセビリノのファンだからなあ。セビリノは普通に答えた。せっかくだからお話とか握手とか、してあげればいいのに。
結局、飛ぶ靴を作れる職人の情報は手に入らず、ドラゴンの鱗の依頼が増えただけだった。
せっかく王都へ来たので、素材屋で乾燥した薬草と、付与にちょうどいい宝石を探す。クリスタル、アメジスト、アマゾナイトもなかなかいいな。ムーンストーンも買っておいて、と。ホークアイも魔力が溢れている。
値段も銅貨や銀貨で買えるものだし、なかなかの収穫だ。セビリノも選んでいる。
「値段のわりに質がいいですな」
「本当よねえ、掘り出しものだわ」
私達の会話を聞いていた店主が、店の奥から笑顔で顔を出した。
「いい時期に来ましたよ、お客さん。これから生誕祭に向けて、魔法付与したアイテムを売ろうって人がたくさん買ってくれるんで、この時期は多く仕入れているんです」
なるほど、王都ではこういう品もたくさん売り出すのね。アンニカのお店でも、売るのかな?
「セビリノ、時間もあるしアンニカのお店に寄りましょう」
「そうですな、二番弟子の様子を見ねばなりません。私も先輩として」
妙に胸を張るが、宮廷魔導師の方が立派な肩書きだと思う。今更だし、ツッコまないけど。
「アンニカさんのお知り合いですか? 丁寧なお仕事で、同業者にも評判がいいんですよ。立派な方と契約もされていますし」
「そうなんですか。顔を出してみますが、忙しいかも知れませんね」
「ははは、人気ですからね。あの堕天使の彼が目当ての女性客も多いんです」
でしょうね、シェミハザは顔が良くて紳士的だから。
ベリアルが「我の方が美形だ」と、主張したそうな表情をしている。彼の場合は、顔よりも性格が問題だと思う。
支払いを済ませて、アンニカのお店を目指した。商店街はレナントのそれよりも活気があり、貴族らしき姿もある。アンニカのお店兼住宅があるのは、喧噪から少し離れた場所。
アンニカのお店の前では、女性客がシェミハザに何やら迫っていた。
「君の話を聞く必要も無い」
毅然として相手と目も合わせず、取り付く島もない。女性はそれでもめげずに、シェミハザの二の腕に軽く触れる。
「何をしておるのだね、そなた」
「ベリアルか。ただの引き抜きだ、断っていた。私はアンニカと契約しているからな」
なんだ、食事のお誘いとかではなく店員としての勧誘かあ。確かに、短い黒い髪に紫の瞳で知的で美形だし、物腰が柔らかなので店員に向いている。しかも護衛もできるくらいに強いのだ。
女性は私達に気付くと、どこか気まずそうにして去っていった。
シェミハザが扉を開けてくれて、お店の中へ入った。ちょうど客が途切れていて、店員の女性が商品を整理していた。
「いらっしゃいま……」
挨拶をしながらこちらに顔を向け、目を大きく開いて動きを止める。
「アンニ」
「ほああぁ……!!! 美形様ご来店! ようこそようこそ! アンニカさーん! 先生様と、美形様お二方です!!!」
相変わらず美形好きの店員が、ベリアルとセビリノの登場に飛び跳ねんばかりに喜んでいる。
アンニカがいるのか尋ねようとした私の言葉は、すっかり
呼ばれたアンニカが、小走りで奥から姿を現した。
「イリヤ先生、セビリノ先輩! いらっしゃいませ」
アンニカのお店はあまり広さはないものの、細長い木の棚に薬やハーブティーが、ところ狭しと並んでいる。以前よりも売る数が増えたのではないかしら。
「石屋さんで、アンニカのお店が皆に評判がいいって教えてくれたわ。頑張ってるわね」
「ありがとうございます! シェミハザさんが薬草採取をしてくれるので今までよりもたくさん作れますし、魔法の練習も続けています。それで、腕が上がったのかも」
「アンニカはよく努力している。売り上げも伸びているしな」
シェミハザが誇らしげにアンニカを見る。彼女も以前より自信が付いて、堂々としているわ。
「実はちょうど、イリヤ先生にご挨拶に行こうと思っていたんです。お陰さまで上級ポーションも安定して作れるようになってきました。先生に評価して頂いて、合格ならお店に並べようかと」
「そうなの!? 是非見せて頂戴!」
セビリノの『上級ポーションの基本的な作り方』という本を求めて、防衛都市にまで行っていたものね。私よりもセビリノのお陰では?
アンニカは緊張の
品質にバラつきは少ない。このくらいなら、許容範囲だろう。セビリノも頷いている。魔力もしっかり感じるし、試験紙がないから確認できないけれど、問題はなさそうね。
「いい感じだと思うわ。ギルドで登録を済ませたら、もう販売できるわね」
「本当ですか!? ありがとうございます! ギルドで登録して、生誕祭に合わせて売り出しを開始しますね!」
「アンニカさん、おめでとうございます! すごいすごい、美形パワーですね! シェミハザさんを拝んでおきましょう」
美形大好き従業員も、一緒に喜んでいる。そして本当に、シェミハザに両手を合わせた。美形パワーじゃなくて、本人の努力ですよ。
「それで、飛行魔法は使えるようになったか?」
「セビリノ先輩……、さすがにそれは、まだです……」
お店との両立は難しいわね。そのうち教えに来た方がいいかしら。アンニカにもお土産のお菓子と薬の材料を渡したら、喜んでもらえた。
帰る道すがら、セビリノに生誕祭での催しもののアイデアがあるか質問してみた。王都では高価な薬の売り出しだけでなく、国王陛下の一般参賀や騎士の演習、軍隊の行進などがある。
ハンネスから聞いた話だと、ドラゴンの素材の武器も、間に合えば生誕祭の何かの景品にするんだとか。
「師匠、王都にはなく、レナントにしかないものがあります。それを目玉にすれば良いのです」
「ふむほむ、なるほど」
レナントにしかないもの。それは一体。自信満々のセビリノが、
「ズバリ、我が師イリヤ様です。フェン公国には負けていられません、イリヤ様祭りを開催するのです!」
「却下」
「なんですと!??」
それこそなんですと、ですよ。どうしてさも名案のように、その提案ができるのじゃ。
「生誕祭に張り合っているようにしか聞こえないし、そもそも私の祭りはいりません」
「皆が切望しております!!!」
「確実に貴方だけです」
むしろセビリノが主役の企画があれば、魔法使いや魔法アイテム職人が喜ぶんじゃないかしら。執筆した魔導書の抽選会をやって、実演とかして。
なんでチェンカスラー王国でエグドアルムの宮廷魔導師メインの企画をやってるの、ってツッコまれそうではありますが。
「ならば地獄の王への感謝祭にすれば良い! ふはははは!!!」
主役になりたい悪魔が、唐突におかしな主張を始めた。感謝祭って、私に感謝しろって意味なのかな。
だから祭りの趣旨を変えようとしないで頂きたい。国王陛下の生誕祭ですよ!
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