第357話 ドラゴン掃討作戦・前編

 よく晴れて風がそよ吹く、討伐日和。ついにドラゴンの岩場へ行く日がやってきた。

 リニは危ないので、お留守番をする。庭先で注意事項を説明しておく。

「いない間に依頼が入ったら、話を聞いて返事は待ってもらってね」

「うん」

「もし何かあって裏の家のガルグイユが動いたら、侵入した人を敷地の外へ誘導して。外までは追わないから」

「こ、怖いけど頑張る……!」

 手を握って頷くリニ。

 地獄の王が仕込んだガルグイユだものねえ、どれだけ高性能なのか……。

 できれば侵入者を撃退する様子を確認したい。ただ、丸焦げや雷で即死しそうな気もするわ。


「私達が不在の際は、暫定ざんてい的に君の命令を聞くようにしたよ。“止まれ”や“攻撃停止”と命じれば、動きを止める」

「は、はい!」

 ルシフェルの説明に、リニはピシッと直立して答えた。緊張で身を固くするリニに小さく頷き、道の先に視線を移した。

 ローブを纏い杖を手にした女性が、白いペガサスを連れて角を曲がって姿を現した。

「待たせたね!」

 リュックサックを背負ったカミーユが、手を上げて杖を振る。こちらへ向か彼女に反し、ペガサスが地獄の王を怖がって、途中で動きを止めてしまった。


「おはようございます」

「おはよう。……よしよし、落ち着け。……うーん、これ以上は近寄れないようだ」

「おい、ドラゴン退治にペガサスで行くのか? ドラゴンに脅えて近付けやしねえぞ」

 バアルが呆れ顔をしている。既に地獄の王に脅えているしね……。ペガサスはブルンブルンと震えて、抗議するようにひづめを鳴らした。

「近くまではペガサスで、途中で降ります。飛べないわけではないが、長距離の飛行が難しい」

「なるほど。我らは全く問題ない」

 急にセビリノが何かを競う。これから共闘するので、仲良くして頂きたい。

「アイテム作製を修練しているのだと思っていたが……、君達の本職は何なんだい?」

 カミーユが怪訝な眼差しを向けてくる。得意な一つに絞って、技術を磨く人も少なくないのだ。


「魔法アイテム職人をしております」

「師の一番弟子としてお仕えしている」

「絶対おかしい」

 おかしいのはセビリノの発言だけだと思う。職業なら宮廷魔導師だし、一番得意なのは製薬じゃないかな。

 実のない話をしていても仕方がないので、出発する。

 悪魔三人と私とセビリノが飛んで、後からペガサスに乗ったカミーユが追い掛けてくる。リニは庭で大きく手を振っていた。


 南に下ればすぐ、フェン公国との国境だ。国境付近にはチェンカスラーの国軍兵が列を作っていて、ドラゴンが国内に入らないよう、見張りもたくさんいた。

 ドラゴンが増えているからか、空には魔物が飛んでいない。

 岩場の付近は翼竜が低く旋回していた。グオオと地を響かせる鳴き声が時折するので、増えて縄張り争いでもしているのかも知れない。いつになく漂う緊張感。

「おっ、なかなか盛り上がってんな!」

「騒がしいし、確かに間引きたくなるね」

 バアルとルシフェルはいつも通り。ベリアルは心なしか楽しそう。

 ただ、三人は倒し過ぎないように、一人一体のドラゴンを倒すルールにしていたのよね。ルシフェルが決めたルールを悪魔が破るわけがないから、消化不良になるかも。


 エクヴァルと合流するのは、山に近い町グリナンスン。しかもこの国で二番目に大きい。防衛拠点になるのはここだろう、とエクヴァルが判断して、落ち合う場所を決めたのだ。

 最初にドラゴンの鱗を採りに来た時も、この町で宿を取ったわ。あの後、トランチネルが攻めてくるぞってなって、国中が上を下への大騒ぎになったのよね。現在はもう、そんな心配はない。トランチネルが分断されて、他国を攻める余裕がなくなったから。戦争を推し進めた上層部も皆、いなくなってしまったし。

 懐かしく思い出している場合ではなかった、ドラゴンに集中しよう。

 ドラゴンの岩場に近い村には部隊が派遣されていて、岩場から出てきたドラゴンの対応に当たっている。強いドラゴンが増えているからか、下級ランクの弱いドラゴンが居場所を追われ、人の領域にのがれているのだ。


 岩場を移動する兵の一団がいて、魔法使い部隊も見受けられた。

 ビコルヌという二本角の馬に乗った指揮官らしき人物や、立派な杖を持つ魔導師もいる。魔導師は肩を竦ませて、こちらを振り返った。地獄の王三人分の魔力に驚いたに違いない。

 グリナンスンの町では、門の外にエクヴァルとフェン公国の兵の一団が待っていた。三十人ほどの規模で、騎士団の顧問魔導師アルベルティナと、赤い軍服に太い金のラインが入った黒いズボンをはいた人が数人。確か軍の中でもエリートな、公国守備隊が着る軍服だったわ。


 皆がいるところに降りると、一団の緊張が伝わってくる。

 ここに揃った面々は、パイモン事件の時にルシフェルの顔もチラッと見ているかも。ベリアルがパイモンと対等に戦ったのを知っているし、ドラゴンより危険だという認識は持っていそうね。

「やや、イリヤ嬢。あのペガサスは……」

 エクヴァルが、少し離れた場所に降りたペガサスを指した。真っ白いペガサスから降りたカミーユが、手を挙げた。

「こんにちは、今回は後方支援として参加させてもらうよ! 私はブレスの防御や回復魔法が使える。回復アイテムも持参した!」

「協力者の方ですね、ありがとうございます。私はアルベルティナ、騎士団の顧問魔導師です。ご不便がありましたら、私にお申し付けください」

 フェン公国で最初に顔を合わせたからか、アルベルティナがすっかり私達の接待係になっているわね。


「じゃあ早速、ドラゴン狩りだな!」

「はい。準備はできております」

 バアルがかなり乗り気。飛べない人は軍馬に乗り、エクヴァルも栗毛の馬を一頭、借りていた。キュイはさすがにドラゴンがたくさんの場所に連れて行かれないので、ここでお留守番。

 カミーユもペガサスをグリナンスンで預けて、飛んでいた。飛行は安定しているわ。

 平地を進むと森が現れ、すぐ上り坂になった。

 途中で下級のドラゴンとの戦闘が行われていたが、兵に任せて通り過ぎた。

 木の間を抜けて赤茶色の土だらけの場所になると、坂の角度が急になる。ここを越えれば、ドラゴンの岩場に到着する。これ以上進むと、馬が脅えて手綱が取れなくなるので、道が狭くなる手前でお別れ。

 預かる為に、馬の世話をする下級兵士が配置されていた。


「間に合う高ランク冒険者の方に、岩場に来てもらっています。地獄の方々のお邪魔にならないよう、通達してあります。軍も展開しておりますので、岩場から逃げたドラゴンについてはお気になさらないでください」

 アルベルティナの説明を聞きながら、最後の急坂きゅうはんを登り切った。ちなみに私達は飛んでいるので、地上組よりも先を進んでいる。

 

 岩場には、いつになくたくさんのドラゴンが闊歩かっぽしていた。赤、青、緑、茶色。色も色々、ドラゴン博覧会状態だわ。蛇タイプもトカゲタイプもいる。空をふよふよと飛ぶ、ナーガ。あまり危険はなさそう。

 地面から突き出した岩場に洞窟が幾つもあり、ドラゴンはその中に棲んでいたりもする。

「グギャアアァ!」

 増えすぎたドラゴンが喧嘩して、火と氷のブレスがぶつかっていた。中級ドラゴン同士の争い、珍しいなあ。数が増えて、苛立っているのかしら。下級のドラゴンがまた一体、岩場から逃げようとする。

 待ち構えていた冒険者が、魔法は温存しろと仲間に注意して、剣と槍で倒した。

 町に寄る前に見掛けたフェン公国の騎士や魔導師の部隊は、先に岩場に到着している。彼らは既に、戦闘準備を完了していた。

 私達の到着に合わせて、掃討作戦が開始される。


「……ふむ。これは、自然に繁殖したのではないね」

 洞窟からまた出てきたドラゴンを眺めながら、ルシフェルが呟いた。

「まさか、誰かの仕業なのですか!?」

「誰かではなく、人ならざるものだろう」

 人じゃないとなると、何だろう。ドラゴンを何処かの国にけしかけようとか、そういう意図とは違うのかな。元凶をどうにかしないと、この状況は変わらない、ということだろうか。

 とにかく、まずは数を減らさないと。

「おい、ファフニールだ! 魔法使い、用意しろ!」

 冒険者の誰かが叫んだ。上級ドラゴンの出現に、一気に緊張が走る。

 ファフニールは毒のブレスを吐くドラゴンで、鱗は上級の中でも硬い方だ。倒しにくいドラゴンとして有名。弱点は腹なので、下に入り込むとか、土魔法で地面を盛り上げて転ばせるとか、そういう戦法で戦う。


 集まっているドラゴンの中でも、一際大きなファフニールがズンズンと大きな足音で進む。周囲にいるドラゴンが動線から避けて、ファフニールの前に道が開けた。目指しているのは、山脈寄りにいる冒険者や兵だわ。

「プロテクションとスーフルディフェンスのチーム、準備して!」

「ダメだ、ファフニールの攻撃はプロテクションじゃ防げない!」

「土の壁で遮り、左右に分れて攻撃しよう」

 指示が飛び交っている。まず弓兵が矢を放ち、アイスランサーなど初級の攻撃魔法も唱えられた。けん制してファフニールの意識を逸らし、その間に移動する作戦だが、ファフニールは全く動じていない。 

 私達も倒す手伝いをしなければ、と思ったところ。


「一番手は俺ですな! 嵐よ猛り、歓迎の宴を催せ。俺はバアル、力強きもの。稲妻の光の穂よ、我が手に落ちよ!」


 ドンッと大きな音がして、バアルの手に黄色い閃光が走り、輝く槍が現れた。早くも“宣言”を使ったわ。

 動いたと思った瞬間にはドラゴンを何体もすり抜け、ファフニールの硬い鱗を槍でつらぬき、疾風のように通り過ぎた。

 そして飛びながら振り返り、中空で呪法を発動させる。

 

「我が激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、雷霆らいてい! 駆逐者、アィヤムル!」


 魔法で発せられるよりも数倍太い雷がファフニールに向けて放たれ、目が開けていられないくらい眩しく輝く。

 刺さったままの光る槍が避雷針になって稲妻を呼び込み、ファフニールの身体を雷が駆け巡った。鱗の隙間から細い煙が噴き出す。

「グギョアアァアア!!!」

 ファフニールは断末魔の叫びを上げ、あっけなく倒れた。

 雷撃を受けた中心部の鱗は、バッキバキ。離れた場所なら、少しは無事なのがあるかしら。動かなくなったドラゴンの腹に手を突っ込んで、バアルがドラゴンティアスを無造作に取り出した。

 目当てのものは手に入れた、とばかりに掲げて披露する。

「あとは見物させてもらうぜ」

 バアルの出番は早くも終了した。てっきり獲物を吟味するかと思ったら、とてもいさぎよい行動だった。


 兵や冒険者が呆気にとられてバアルに注目していたが、気を取り直して目の前の脅威に意識を集中させる。

「上級ドラゴンが、こんなにあっけなく……。地獄の貴族はすごいな……、俺達もしっかり手柄をあげないと!」

「ここで活躍すれば、Sランクも夢じゃないぜ」

「勇み足は良くないわ、役目をしっかりと果たす方が評価がいいわよ」

 にわかに皆が活気づいた。予想以上のドラゴンの数とランクにひるんでいたが、上級ドラゴンをたったの一撃で簡単に倒してしまう味方がいるのだ。冒険者は高ランクしかいないし、士気が高い。


「……とんでもない悪魔と契約してないか?」

 カミーユが口元を引きつらせている。

「バアル様は他の方と契約されています、ちょうどルシフェル様の別荘の件でいらしていただけで」

 王筆頭だから、とんでもない悪魔には違いないわね。

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