第358話 ドラゴン掃討作戦・中編

 グラウリという飛竜が、空を旋回する。大きな耳と牙が特徴で毒の息を吐くが、このドラゴンの毒はあまり強くない。移動が速いのが厄介なものの、中級のドラゴンだ。

 ドラゴンの岩場は、異常発生したドラゴン同士の争いも起きていた。

 今回の私のお目当ては、アムリタに使うヒゲか爪と、頼まれた鱗。どちらも手に入りそうね。


 ストームカッターの魔法が空に向かって放たれ、グラウリの片翼を切り落とした。バランスを崩したグラウリは不規則に飛ながら地面にゆっくりと落ち、待ち構えていた冒険者達が協力してとどめを刺す。

「アルベルティナ様、予想よりドラゴンがたくさんいますね。ランクが低いドラゴンも多いですし、広域攻撃魔法で数を減らしては如何でしょう」

「……そうですね。こんなに密集しているのは初めてです、早く数を減らすべきでしょう。では魔法部隊に掛け合って……」

「いえ、私が広域攻撃魔法を唱えます。範囲に入らないようにして頂ければ」


「イリヤ嬢、詠唱は聞かれないようにね」

 まだ何の魔法を使うかも説明していないのに、エクヴァルが笑顔で釘を刺してくる。戦闘の音とドラゴンの鳴き声、それから味方の叫びなどで聞き取りにくい状況にはなっていると思う。

「伝令! 広域攻撃魔法を唱えます。絶対に範囲内には入らないよう、伝えなさい。向かってくるドラゴンに対応し、ブレスへの備えを万全にして。こちらの動きを察して、攻撃に出てくる可能性があります」

 アルベルティナが控えている兵士に命令をする。三人の伝令兵が散開し、即座に走って各部隊へ伝える。わりと散らばっているのだ。


 スーフル・ディフェンスを使う役目の魔法兵や冒険者が、近くにいる人と魔法を使うタイミングなどの打ち合わせを始める。攻撃役もいったん下がり、迎撃と魔法使いの護衛に就いた。

 弓兵が一斉に射撃し、一部の魔法使いが中級の攻撃魔法でドラゴンが近寄れないよう威嚇。それでも越えてくるドラゴンを倒し、通り過ぎたものは村の前で待ち構えている兵に任せる。深追いはしない。

 皆の準備ができたので、私は攻撃魔法の詠唱に入ろう。

 アルベルティナは詠唱が耳に入っても、聞かなかったことにしてくれるって。


「我の獲物であるな!」

 と、思ったら、ベリアルが気に入ったドラゴンを見つけて飛び出してしまった。

「ベリアル殿ー! ヒゲか爪を手に入れてください!」

「知らぬわっ!」

 知らぬでは困るのだ、アムリタの材料が欲しいのだから。

 ちなみに地獄の王達は各自で勝手に戦い、素材は自分のものにする。普通の人間が倒した分はいったんフェン公国で集めて、後で分配される。なので、防御や回復だけの人にも素材の配分があるよ。

 だからこそ、ベリアルにしっかり確保して頂きたい。


 ベリアルが狙いを定めたのは、九つの首を持つ、シャンリォウという龍。

 シャンリォウは山の恵みを食い荒らし、放っておくと谷を作るような暴れ方をする。しかも血が流れると、その場所は異臭が立ちこめる不毛の地になってしまう。倒さなければならないが、倒しても後処理が大変な上級ドラゴンなのだ。

 九つの首全てに短めの髭があり、どれでも取り放題だわ。


「炎よ、濁流の如く押し寄せよ。我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 ベリアルが宣言を使い、手に黒く燃える剣を出した。

 龍へ向かって飛び、途中でファイヤードレイクの炎を浴びつつ進む。

「大変、ブレスを浴びたわ!」

「回復を……」

 見ていた人が騒いだが、ブレスが途切れると浴びる前と全く変わらない、元気な様子のベリアルの姿があった。火属性攻撃は彼に対して、基本的に無効だ。これが上級ドラゴンのブレスでも、火ならば一切ダメージはない。

 これだけでも歓声が起こった。お陰でベリアルはノリノリ。

「ふはははっ! 心地よい火であるわ、歓迎しておるのかねっ!!?」

 まず一つ首を切り落とし、振り上げられたシャンリォウの手を潜って二つ目を斬り、迫る別の首に火を浴びせた。反対側から襲いかかる頭を手で押さえて、触れたまま炎で包み込む。この首の髭は消失した。


 地面にボトボトと龍の頭が落ちるものの、さすがにドラゴンがひしめく岩場の内部まで入って、髭は回収できない。これでは広域攻撃魔法を唱えられないわ。

 手をこまねいていると、誰かが契約している小悪魔が小走りで、通行に邪魔なドラゴンだけを倒して地面に転がるシャンリォウの頭に辿り付いた。小悪魔にしては強いし、身体は小さいが階級はデーモンの上、デビルだろう。

 手を振り上げてナイフで髭を切断し、回収していく。三つの首から手早に合計六本の髭を回収、血だまりを避けて新たに倒された首からも髭を切り取った。


「グギャアアァ!!!」

 龍は首を五つ失い、赤黒い血を流しながら尻尾を振り回す。

 身体の周りには、小さな火種が雑草の花のように燃えていた。

「どうもこやつの血は悪臭が酷いわ」

 尻尾を避けて首を更に落としながら、顔をしかめるベリアル。悪臭はこちらまで漂ってくるほど酷い。魚が腐ったような匂いがする。

 ベリアルは一つの首に剣を突き立てて手を離し、剣から火を湧き上がらせた。


「円環の血潮よ巡れ。描け、朱の道。岩をも溶かす熱を生め。発動せよ、処刑台の炎よ!!!」


 火種は呪法の準備だったのだ。

 龍を包むように円柱状の赤い壁が現れ、直後にとてつもない熱が発生した。容器に勢いよく水を注ぎ込んだように、火のかさは増し、火があふれんばかりに荒れ狂う。流れて水たまりとなった血まで、焼き尽くす。

 呪法が終わった後には、黒こげになったシャンリォウの亡骸から灰色の煙が立ち上っていた。

 この龍は血が多いので、まだ周囲には赤黒く溜まっていて、悪臭が残っている。近くにいたドラゴンも離れてしまうほどだ。


 最終的に回収できたのは四個の頭分の髭、計八本。

「ベリアル様、これは契約者様にお渡しします~」

 小悪魔は髭を抱えて両手が塞がれたまま、途中で繰り出される下級ドラゴンの攻撃をヒョコッと軽く飛んで躱し、戻ってきた。

 そして私に髭を差し出す。

「どぞ!」

「ありがとうございます」

 全部もらっちゃっていいのかしら。短い髭でも、八本もあると、それなりに重みがある。太さは大根よりも太いくらい。アムリタの材料としては、申し分ない。

 とりあえずいったん仕舞って、魔法の詠唱に入る。早めに数を減らさないと、どんなにこちらの人数が多くても不利な消耗戦になってしまうわ。


「海洋よ凍りし大陸となれ、大地よ銀盤と化せ。甘き苛烈な毒、凛冽りんれつなる瘴霧しょうむよ針葉樹のいただきを渡り、永遠の寒さに閉ざされし夜の国より訪れよ」


 意志による白い線が描かれ、効果範囲が決定される。岩場の中心部にいるドラゴンの多くが範囲内に収まった。異変に気付いたドラゴンが、その場から逃れようとする。魔法や弓で追い返し、少しでも多くのドラゴンが範囲内に留まるようにしてくれている。

「広域攻撃魔法の詠唱が開始されました。絶対に前へは出ず、守ることを考えて!」

 アルベルティナが周囲に注意を促す。

「術者が狙われている! 飛竜だ、早い!!!」

 冒険者が空を指した。大きな翼をした緑色の飛竜が、急下降して私を狙っている。矢が三本放たれ、一本だけが飛竜に当たったが、刺さったまま飛び続けていた。


「プロテクション!」

 アルベルティナが防御魔法を唱え、飛竜はプロテクションの壁にぶつかって後ろに弾き返された。飛竜の突進を受けたプロテクションはあっけなく崩れ、光の破片となって消えていく。

「さすがに一発で壊れるね」

 飛竜が体勢を立て直す前にエクヴァルが斬り掛かる。仰け反っている腹を切り裂き、横に飛んで羽を一枚、切り落とした。これでもう飛べない。

「よっしゃ、終わりだ!」

 すかさずとどめを刺したのは、Aランク冒険者のノルディンだった。彼らも間に合って、ここにいるのね。


「さすがに広域攻撃魔法、発動には時間がかかりますね」

 レンダールが私の斜め前に立ち、護衛してくれる。

 セビリノが手伝っているので、これでも多少は早いのだ。この魔法は範囲選択をしっかりしないと、猛毒が漏れて味方に影響してしまうので、慎重にならざるを得ない。

 火の魔法だと焦げちゃうから、コレにしてみた。

 下級のドラゴンが走ってくるが、レンダールが軽く倒す。

 広域攻撃魔法の効果が現れ始めると、それまで騒いでいたドラゴンの一部が本能的に危険を察知して、三々五々に散って逃げ出した。完全に発動すればすぐに動けなくなるから、急がなければ。


「白き闇夜に氷結のしとねを、目覚めを知らぬ眠りを与える。世界よ、沈黙に沈め! ブラン・フロワ・テネーブル!」


 効果範囲内を凍てつく白い濃霧が多い、外からはドラゴンの影がぼんやりと浮かんで見える。ドラゴンは視界が奪われ、猛毒を持つ絶対零度の霧の中で、弱い個体から倒れていった。立っている影がどんどんと数を減らした。

 この魔法は効果を強く出せば、中級のブリザードドラゴンでも凍らせる。今回は威力よりも、範囲内にまんべんなく魔法をの効果を行き渡らせ、範囲指定をしっかりして霧がはみ出さないように、特に注意した。


 下級と中級のドラゴンはほぼ倒し、残っている僅かなドラゴンも悲痛な悲鳴を上げている。

「慌てるな。霧が完全に晴れるまで近付くな」

 今にも突入しそうな冒険者を、フェン公国の軍人が制する。大分薄くなったけれど、まだちょっと早いわね。猛毒を含んでいるので、吸い込まないようにして頂かなければ。

 魔法から逃れてよろよろと迫ってくるドラゴンに、Aランク冒険者イヴェットが、中域の魔法の詠唱を始めた。


「赤き熱、烈々と燃え上がれ。火の粉をまき散らし灰よ散れ、吐息よ黄金に燃えて全てを巻き込むうねりとなれ! 燃やし尽くせ、ファイアー・レディエイト!」


「ゴギャアアァ!」

 ブレスのように火を放つ魔法だ。距離も範囲も、ブレスほどではない。

 通常なら上級ドラゴンにはあまりダメージを与えられない。しかし私の魔法の効果もあって、かなりボロボロだ。最後の力を振り絞ってドスンドスンと進み、手近にいるフェン公国の防衛隊を目掛けて、尻尾を振り回した。

 プロテクションで防いだものの、壊されて数人が怪我をし、吹っ飛んでいる。油断したのかしら。防衛隊は仲間の救護と攻撃に素早く別れ、手負いのドラゴンを倒した。


 霧も完全に消え、残りのドラゴンの掃討作戦が開始された。

 魔法が放たれ、冒険者も我先にと突入する。ドラゴンが大きく息を吸ってブレスを放つと、各グループが固まってスーフルディフェンスでやり過ごした。

 ドラゴン退治の経験がある高ランク冒険者が多く、フェン公国の兵もしっかり統率がとれているので、後は時間の問題に思えた。私達は魔法を使った位置で、そのまま見守っている。


「……いけない。人間達よ、速やかに下がれ!」

 ここまで静観していたルシフェルが、この場に行き渡る大きな声で命令を下した。

 多くの人が振り返り、やはり命令慣れしている兵が先に行動に移す。即座に隊長が指示をし、短い返事をして従った。近くにいる冒険者にも、退くように注意して。

「なんだ、何が……」

「うわああぁあ!!!」

 突如、絶叫が岩場の奥から響いた。声がした方には、顎に髭を蓄えた、背の高い異形の男性が立っている。

 目の前にいた男性が肘の少し上からの腕を失い、肩の下をもう片手で押さえて尻餅をついた。

「ひっ……、逃げ、逃げるんだ」

「……逃げてみよ、人間」

 近くにいる冒険者が腕の代わりに鮮血を流す男性を支えて、敵から顔を逸らさないまま、後退あとずさる。仲間とおぼしき女性も、二人のすぐ側に付いて、槍先を異形の男に向けつつ、慎重に退避する。


 異形の男は両肩から黒い蛇を生やし、それが伸びて逃げる三人に襲いかかる。女性が槍で突き、貫いたまま横へ大きく振った。蛇の頭が千切れて落ちる。

 免れたと思ったのも束の間、蛇はすぐに再生する。

 再び魔の手を伸ばし、口を大きく開いて女性の頭を噛み砕こうとした。今度は槍を躱し、間に合わないと女性が思わず目を閉じた。避ければ、今度は仲間が危険に晒される。


「プロテクション!!!」


 間一髪、カミーユのプロテクションが展開された。ぶつかった蛇はいったん男の元へ戻った。

「た、助かったの……???」

 動きが止まった三人に、カミーユが声を荒らげる。

「早く逃げるんだ! その男は危険な魔物で、蛇王ザッハーク。その蛇は人の脳を食べるんだ……!」

 蛇王ザッハーク。私は知らないので、南方で有名な魔物かしら。

 セビリノも首を横に振った。この魔物が、危険なドラゴンが増えた原因……!?



★★★★★★★★★★★★★★


蛇王ザッハーク。ペルシアの英雄叙事詩、シャー・ナーメ(王書)に登場。

知ってる人も検索した人も、コメント欄でネタバレしちゃダメよ(笑)


シャンリォウ=相柳

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