第141話 閑話・薬草市のベリアル閣下(ベリアル視点)

 全くあの小娘は、地獄の王をなんと心得ておるか! 我に買い物などをさせようとは……。

 頼まれたエピアルティオンを買い占め、市を回ることにした。開始前の買い占めは禁止であった。全く面倒なことである。


 ソーマ樹液は瓶に入れて化粧箱に詰めて飾られ、幾つか売っておった。隣には護衛らしき男性。貴重な品である故、厳重にしてあるようだ。これを全て買い、他にも珍しいものがないか適当に見て歩く。

 なんと、薬酒もあるではないか。たまには気分が変わって良いであろう。しかし荷物持ちがおらんな。小娘共は買い終われば、ちょこまか動くであろうしな。


「自家栽培の薬草!安いよ~」

 売り込みをしている男の周りに、人間どもが集まっておる。他の者達の倍の場所を確保し、薬草やハーブを多量に販売しているブースであるな。

「レグロ、追加~」

「ほいサンキュ!」

 販売を手伝う小悪魔。あとは従業員らしき男女と、護衛と思わしき武器を持った軽装の女性が一人。

「この馬車のはこれで終わり。午後からの販売分が、もうすぐ届くらしいぞ」

「んじゃ休憩しててくれ。なんか食べてくれば?」

「おお~」


「ちょうど良い、そこな小悪魔。暇が出たのであれば、我の供をせい。かわりに食事を与えよう」

「へ、あ、ほあ!??」

 ……返答になっておらんではないか。どういう意味であるかな?


「どちらさま……、ん? こりゃ、凄い悪魔じゃないのか!? あの、この子はウチの従業員で……」

 契約者で店主らしい三十代の男が、申し訳なさそうに言ってきおる。

「解っておるわ。我の契約者に渡すまで、しばし荷物持ちをさせたいのだよ。手を借りられぬかね?」

「その程度でしたら、どうぞ。行ってこい、ダン」

 道理の解る男だ。小悪魔は恐る恐るという風にこちらに来て、ガバッと頭を下げた。


「ふぁいい! よ、よろしくお願いします」

「ダンと申すか。まずは食事であったな? 何が良い」

 我が尋ねると、とんでもないと勢いよく首を振る。

「い、いえ。貴方さまの用事をされた方が」

「我はそなたに食事を与える、と申した。地獄の王に二言はないわ」

「ひ、は、はい!!!」

 今度は両手を体の脇に真っ直ぐ揃え、杉の木のようにビシッと立って返事をしておる。どうにも反応が極端な小悪魔である。小さな角に体のわりに手が大きく、固そうな腕をしておる。運搬にはうってつけな者のようだ。


「我が名はベリアル」

「ほ、炎の王ベリアル様で!?」

「我を知っておったか。見所のある小悪魔であるな!」

 うむ、気分が良いな!

 小悪魔は目を剥いて我の顔を見ておる。

「さて、何を食べるかね?」

「なんでもよろしゅう、ございます!」

「我は何を、と聞いておる」

 同じ質問をさせるなと見下ろすと、見て解るほど体を大きく震わせる。


「ふあひ!? えと、肉など美味しいと思います!」

 先ほどから言葉が少々おかしいが、小悪魔であるからこんなものか?

 まずは肉を提供する店を探す。


 ダンと言う名の小悪魔は最初こそ遠慮してこちらをチラチラと窺っておったが、ステーキをぺろりと平らげ、付け合わせも残さずきれいに食べた。

 我は昼食はあまり必要とせぬので、ほうれん草のソテーと白ワインを頼んだ。


 会計を済まして店から出ると、小悪魔はご馳走様でしたと礼を申した。

「ベリアル様は、ワステント共和国に住んでるんですか?」

「チェンカスラー王国である。薬草市に参った。契約者がアイテムを作るのでな」

「ソーマ樹液に青い花……、かなりの腕の人なんでしょうねえ」

 小悪魔はカラカラと、小さな台車に箱を付けたような物を押しておる。ここに買った荷物を入れるようだ。なかなか便利なものを使っておるな。


 薬酒を買って箱に入れ、瓶が割れぬように紙を間に挟んだ。

 薬草とは関係のない普通の店も、この日は販売に力を入れておるようだ。小さな店の前で、味見をさせて中へ誘導したりしておる。折角なので、イリヤの好物の一つであるチョコレートも買っておくか。

 

「はりゃ?この薬草、似てるけど違うの混じってるよ~」

 ダンが露店に広げてある薬草の、間違いを指摘しておる。さすがに生産、販売をする店の店主と契約しているだけあって、目は利くようだ。

「おい、いい加減な事を言うなよ。小悪魔のクセに解るのかよ」

「解るよ。だって葉っぱとか、根っこの感じとか違うし。ギョウジャニンニクじゃなくてコルチカムだよ、危険だよ」

「販売しておって、解らぬ方がどうかしておる」

 いい加減な者もおるのだな。最初に買った露店で、解らぬ薬草は販売できぬと兵が注意しておったが、このような輩を排除する為であったか。男は非を認めるどころか、逆上して勢いよく立ち上がった。

「なんだと……っ!」


「もめ事か?」

 見回りの兵がやってきおった。ちょうど良いわ、突き出してくれよう。

「この小悪魔が、言いがかりを付けてくるんですよ!」

「違うよ~、間違えて毒草が混じってるって教えたんだよ」

 二人組の兵の内、一人が頷いて男に近づき、確認をするようであった。


「……どれどれ」

「これです」

 薬草を示しつつ、露店の商人は何か兵にこっそりと渡しておる。賄賂であるな。


「……なるほど、問題ない。お前たち、行っていいぞ」

「行って良いとは、どういう意味かね? 不正の輩を野放しにする、という事かね?」

「言いがかりをつけたのを、なかった事にしやろうと言ってるんだ!」

 図星を突かれて鼻の息を荒くする兵を、もう一人が宥める。

「おい、落ち着けよ。俺は薬草は解らんが、勘違いなんだろう?」

 しかし、我に対する無礼は許されざる行為である。


「なかったことになぞ、ならぬわ! そなた、言いがかりなどと申したな。我に対し不遜である!!」

「わあわわ、ベリアル様! 落ち着いて下さい!」

 右手を頭ほどの高さに上げ、腕から炎を出すと、周りできゃあと女が叫ぶ。


「どうした、何があった!?」 

 今度はイリヤといる時に会った元将軍、リューベックという男がドカドカとやって来た。騒々しい男である。二人の兵を率いているところから察するに、薬草市の見回りは二人一組が原則で、それについて来たのであろう。

「将軍、こちらが薬草に違うものが混じっていると、言いがかりを……」

「言いがかり? そのような方ではない! 誰か鑑定が出来る者は……」


 元将軍が辺りを見回すと、背が高く暗い薄紫色の短い髪をした男が前に出て、件の薬草を一通り眺めた。

「……ふむ、毒草であるコルチカムが二つ、混ざっている」

「セビリノ。おったのか」

「は、ガオケレナの買い出しは終了いたしました。今は三々五々に散り、個別に買い物をしております」


 販売している男はさすがに焦り、まいないを渡した兵と顔を見合わせている。

「し、しかしこの突然現れた男性は、どのような人か……」

 兵が尚も誤魔化そうとしておる。

 セビリノはふむ、と頷いて勲章を出し、将軍に披露した。

「私はセビリノ・オーサ・アーレンス。エグドアルムの宮廷魔導師をしている者。疑わしければ、国に問い合わせてもらっても良い」

「エグドアルムの宮廷魔導師! 失礼した、その勲章は見た覚えがある。問い合わせるまでもない」

 形勢逆転であるな! 商人はすっかり顔色を青くし、賄賂を受け取った兵も狼狽しておるわ。そうであった、あと一つ問題が残っておったな。


「その者は、そこな兵に賄賂を贈っておった。我の目は欺けぬ」

「……賄賂、だと……!? 恥さらしめがっ!! その二人を詰め所に連れて来い! たっぷりと説教をしてから、罰を与えてやろう!!」

 賄賂という単語を聞いた元将軍は、一気に怒りの形相になる。

 どうやら不正は許せぬ性質らしい。


 我と小悪魔に謝罪をしてから、二人を引き摺って大股で去った。

「では私もこれで」

「わ~、かっこいい魔導師の兄ちゃんだ」

 小悪魔は憧れの眼差しでセビリノを見送っておる。

 セビリノもまだ市を見回るらしく、雑踏に消えて行った。経緯を見ていた者はセビリノの姿を、見えなくなるまで目で追っていた。宮廷魔導師という肩書は、どこに行こうと憧れられるようである。


 さて、そろそろ我はイリヤと合流するかな。この小悪魔も仕事に戻らねばならぬであろうしな。

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