第79話 ルシフェル様とサバト
「キメジェス様、宜しくお願いします」
「ああ、もちろん」
茶色い髪と瞳の侯爵クラス悪魔、キメジェス。ベリアル以外の悪魔が隣にいるというのは、どこか不思議な感じだ。チェンカスラーに来てから、ずっと一緒にいたからなあ。
「ハンネス様も行きたがっていましたね」
「ヤツはあまりサバトに興味は持たないが、ルシフェル様がご降臨なさるのだろう? 流石に気になるだろう! まさか、ルシフェル様が……」
彼もルシフェルが来るのが、とても嬉しいらしい。
「やはり憧れたりされますか?」
「当然だ!! ここは地獄ではないし、お近くにいられよう! 上手く運べば、会話もできるかも知れん……!」
何度もお会いしているとか、言える雰囲気じゃない。
改めてすごい方と話をしていたんだと実感する。しかしキメジェスは失言するんだよね。直接お話ししちゃって、大丈夫なんだろうか。
サバトの会場は、やはり森の中。満月が照らす木々の影が濃く、鳥や何かの魔物の鳴き声が聞こえている。まさに悪魔の集会にピッタリの雰囲気だ。
入口で招待状を二人とも見せた。受付の人は慌てて主催を呼び、まずはキメジェスに挨拶をしていた。
「侯爵様! ようこそいらっしゃいました、皆さま楽しみにされておりますよ!」
「殊勝だな。しかし今回は、ルシフェル様がいらっしゃるのだろう!? こちらこそ楽しみだ!」
キメジェスはとても心を躍らせている。
私も主催の方に挨拶をして、会場を見渡した。既にかなり人が集まっていて、興奮が伝わってくる。皆ルシフェルの登場を待ちきれない様子だ。
「あの、もう召喚させて頂いても宜しいですか?」
「貴女が召喚師の方で! もちろんです、こちらでどうぞ!」
私たちのやり取りを聞いたキメジェスが、不可解な面持ちをした。
「……おい、君が召喚するのか?」
「だからこその護衛では?」
「……ベリアル様……! そのような大事、何故仰ってくださらなかったのです……!!」
知らされていなかったの!? 相変わらずの意地悪だ。
皆の視線が集まる中で召喚せねばならない……。これは緊張する。
「今回、ルシフェル様の召喚を担当させて頂きます、イリヤと申します。ルシフェル様より、正しい召喚の儀を見せるようにとご指示を頂いておりますので、
沸き起こる拍手! 恥ずかしい!
キメジェスは少し離れた所で様子を窺っている。
まずは道具を使って座標となる円を描く。コンパスで方角を確認して、
続いて召喚術師が入る、身を守る
これは紙に書かれているのを広げる。中心に四角形が描かれ、東西南北に
そして召喚用の棒をとりだし、
「大いなる御名の方、円に降り立ちませ」
と、唱えて最初に東を向いて、五芒星を右下から棒の先で描く。
「我が声は東の門の鍵となる」
続いて南、西、北の順に向き直り、また東を向く。
「栄光のうちに我も入らん」
全部の扉を開けて魔法円に入るわけだ。
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ
途端に座標からプラチナの光明が
その中から月をはじく銀色の髪に透き通る水色の瞳をした、見目麗しい悪魔が悠然と姿を現した。白いローブ姿はやはり天使のようで、神々しい美しさだ。
そして私の前まで進むと、魔法円の壁に手を触れた。
「なるほど、強固だ。ベリアルを弾いただけある」
触れた場所からバチバチと光が点滅するが、まだ壊れていない。しかしルシフェルからの魔力が上がってきたことを確認し、とっさに防御を強くした。
「始まりであり、終わりである。神聖なるテトラグラマトンの示す御名において、魔法円の隔絶の壁よ、いと高き山岳の峰まで届け」
「……っ!」
キインと何かが共鳴するような、それでいて反発するような耳障りな高音が生じた。すぐにサッとルシフェルの手が離れる。
「……君の防御は攻撃的だ。中途半端に迂闊なことをするのではなかったね」
どうやら壊してみようとしてやめたらしい。ちょっとした爆発くらいは生むかも知れないからね。
「申し訳ありません。壊れると危惧して、ついうっかりしました」
「いや、いい儀表になったろう。さあ、出てきなさい」
後ずさるように前を向いたまま後ろに下がり、四方に五芒星を描いて扉を閉める。これで召喚の儀式は終わり!
するとものすごい拍手と歓声が! うわあ恥ずかしい!!
「……なんと高度に完成された術だ……」
キメジェスも褒めてくれている。
サバトはまずルシフェルの挨拶から始まった。
「お招き感謝する。昨今は魔術が流行し、取るに足りぬ召喚の術を使う者が目に余る。それにも関わらず、高位の存在の召喚を求める声が多く、私はそれを
褒め過ぎですっ!
まさか地獄の王からこんな風に褒められるとは。恥ずかしくて顏が上げられない。
以前ルシフェルは人間が好きじゃないのかなと感じたことがあったけど、どうやらそうではなく、技術もなく悪戯に召喚術を使う
サバトが開始されると、私のところには先ほどの召喚を褒めてくれたり、召喚術についての質問や相談が殺到した。褒められるのは照れくさいけど、術の話なら幾らでも嬉しい!
魔法円を見せてもらって綴りが間違っているところを指摘したり、使う名前や文字についての相談に乗ったりした。魔法円の入り方も正しく詳しく知らないような人がいて、ここはしっかりと説明して練習をしてもらう。あとは召喚に使う杖やアイテムの話題が主だったかな。
私の棒に興味を示す人も結構いた。これは魔力を増幅させるものではなく、魔力を集めて支配力に変えるものなので、シンプルでいいのだ。
この場合の増幅はタリスマンとローブに頼っている。タリスマンは今回は使っていないけど。
キメジェスはうまくルシフェルに話し掛けられないようで、人間たちが賛辞の言葉を送りながら挨拶するのを、羨ましそうに眺めていた。もちろん侯爵であるキメジェスにも、挨拶や
今回も王の降臨があるということで、気合いの入ったステージが用意されていて、歌や踊りなどを披露している。少しでも目に留まりたいのだろう、衣装が豪勢だ。
ちなみにルシフェルが喧噪を好まないことは伝えてあるので、打楽器などはなく、弦楽器や木管楽器といった、穏やかな音色の音楽が多かった。
そしてずいぶん盛り上がっていた時だった。
「大変だ、ドラゴンだ! 二体もいる……!」
男性の一人が、山の向こうを指さして叫んだ。
体の大きな上級ドラゴンで、竜の中でも特に硬い鱗を持ち毒の息を吐くファフニールと、中級のアースドラゴンだ! よりによって、この場で上級とは。
「逃げるか、討伐か……」
「上級ドラゴンは私が仕留めよう。余興としてちょうどいい」
声を震わせた主催者に、ルシフェルがそっと呟いた。魔王の余興はレベルが違う!
状況を確認しようと椅子から立ち上がった私を、ルシフェルが振り返る。
「人間の娘。私と契約をしよう。私が上級ドラゴンを倒し、かわりに君が中級を討つというものだ」
悪魔は契約しないと本来の力が発揮できない。つまり、力を出す為のごく一時的な契約。それもでルシフェルとの契約なんて、滅多に結べるものじゃない! 断る理由はないわ!
「謹んでお受けいたします!」
「では契約書を」
ルシフェルがそう言うと、手に契約書の羊皮紙が現れる。滅多に見られない王の契約書! これにサインするというのは、悪魔の召喚、契約をする者にとっては非常に名誉なことだ。
まあ、サインといっても魔力で
「私のものはベリアルと違って
……彼のものはインチキなんだろうか……!?
そういえば、拡大解釈がどうとか言っていた。契約書にそういう仕掛けを作ってあって、私との契約の時に自分でハマってたのか……。
子供の頃なのでハッキリとは覚えていないんだけど、条件としてケンカをしないでと私が言ったらしい。その言葉が“同意なしに人を殺さない”に解釈され、更に猫人族でも竜人族でも“人族”と付いてしまうと殺せないのは、契約書の拡大解釈のせいらしい。ただし私が危険な時は別。
結果的に私には良かったけどね。
契約を交わすと羊皮紙は白く輝き、しっかりと締結される。
「……そうだ。私はブレスは防御しないから、皆でするように。それとキメジェス、ベリアルの契約者を守りなさい」
「は、はい! お言葉確かに
中級を倒すようにと条件を出したけど、気を使ってくれているらしい。そしてこんな内容で話し掛けられたのに、キメジェスはすごく嬉しそうだ。
キメジェスに任せると頷いて、ルシフェルがふわりと巨大な竜の前に飛ぶ。
「このドラゴンのブレスの防御は、私が致します」
「いや、一人ではとても防ぎきれるとは……!?」
私が告げると、主催の男性が狼狽して辺りを見回す。他にもブレスの防御を使える人がいないか、確認しているのだろう。一人二人、少しなら使えると申し出る人がいたが、ここは一任してもらうことにした。
竜が大きな口を開けて毒と暴風のブレスを放ち、甚大な量と威力の風がうねる。
ルシフェルは至近距離で直撃したのに、全く意に介さないようだ。さすがに地獄の王の中でも最も強い方……!
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフルディフェンス!」
私を守るようにキメジェスが前にいてくれるが、防御魔法でブレスは全て防がれる。怒涛の勢いで迫るブレスが左右に分かれて木を薙ぎ倒していくが、壁に守られたこちらには全く影響がない。
怯えた悲鳴が飛び交っているが、それもやがて収まって、がやがやという話し声に変わった。
「一人で防ぎきるとは。彼女は魔法もなかなかの腕だね」
ルシフェルは笑って、ブレスを吐き切ったドラゴンに手を向けた。途端に尋常ならざる魔力が手に凝縮され、巨大なボールのようになって白銀に輝く。
竜の皮膚に当たり、腹を射貫くと背の側で凄まじい爆発が起こり、強烈な光線が遠くまで突き抜ける。
たった一撃で上級の竜ファフニールは断末魔の叫びをあげて、倒れてしまった。
「さて、私の番ですね」
「……大丈夫か、娘。中級のドラゴンだぞ? まずは俺が攻撃するか? そのくらいの援護、許されるはずだろう」
キメジェスが私を心配してくれている。
地獄の王二人から頼まれてしまったのだ。かすり傷でも負わせたら、それはそれは重大な責任問題になるだろうから、当然といえば当然か。
「ご心配ありがとうございます。まずは魔法を試したいので、やってみます!」
ていうか中級ドラゴンなら、種類を選べば魔法一発で終わるよ。
「地中に流れる火の脈よ、地底より吹き昇れ。雲を焼く業火の塔は、怨敵の処刑台となるものなり。階段を上がれ、退路は既になし。踏み入りしは哀れなる虜、欠片も残さず焼き尽くし無に
唱え始めると、アースドラゴンの周りに淡くくすぶる小さな火が生まれる。ポンポンと一つずつ灯って並んでいき、周囲を丸く囲む。
「奇妙だ。この私にも聞き慣れない詠唱だけど、見覚えがあるような……?」
近くに戻ったルシフェルが呟く。この魔法が気になったらしい。
なんせ私の新開発!
「円環の血潮よ巡れ。描け、朱の道。岩をも溶かす熱を生め。発動せよ! エクスプロジオン・ラーヴ!!」
等間隔に置かれた火に、赤い線が引かれていく。
そして血のような色をした光がくすぶる小さな炎を繋いで丸い円を描いていき、線が伸びる度に火の勢いを増す。まるで防御魔法のように円周を薄赤い光が囲み、天に向かって伸びる。
地面には魔法を補うための意志による六芒星が映し出され、次の瞬間に円の中は燃えて、マグマのような酷烈な炎が噴き上がった。
アースドラゴンの悲痛な悲鳴が短く聞こえ、あえなくその場に突っ伏した。
「成功です! 新魔法、できましたっ!」
やったと喜んでいると、ルシフェルが神妙な顔で私に
「……まさか、ベリアルの呪法……? “処刑台の炎”と悪趣味な名を付けていたけど……。彼が、教えた……?」
「いえ、二度ほど見せて頂いたので、魔法で再現してみました。発動の言葉すら教えて頂けませんでした」
ベリアルはケチなんです。
中級のドラゴンはすっかり黒焦げ。ヴェルダン状態なので、生きてはいないだろう。上級にどこまで通じるかは未知数だ。
さすがに模倣では、そこまでは出力が上がっていない気がする。
「これは……恐るべき才能だね。私の呪法を見せなくて良かった……。王の
あれ、再現したのまずかったかな!?
「……まさか、中級のドラゴンをこのように惨めな有様にするとは……」
「あの……ところで、上級ドラゴンのドラゴンティアスを頂いても宜しいでしょか……?」
ルシフェルとキメジェスの二人がしみじみと語っているところに、なんとか割り込む。早いもの勝ちかも知れない!
上級ドラゴンのドラゴンティアスならアイテムの効果がかなり上がるし、作製の成功率も上がる!
「そういえば、人間はドラゴンの素材を使うね。持って行きなさい。鱗も欲しい者達で分けるといいだろう」
ルシフェルの言葉で、会場にいた皆が湧きたった。素晴らしいお土産だ! 今回のサバトに来られた人は、本当に幸運だったね。例え鱗を使わない人でも、なんせ上級ドラゴンの鱗。けっこうな金額で売れるはず。
私は上級のドラゴンティアスを頂き、かわりに中級は欲しい人にあげることにした。鱗も一枚くらい持って行くかな?
ちなみ私が倒したドラゴンの鱗は、丸焦げなので使えない。
「君は本当に薬の素材になるものが好きだね」
「はい!! 上級はなかなか現れてくれないので、とても嬉しいです。賢者の石にも必要ですしね」
「……それはどこから突っ込めばいいのかな?」
笑顔だけど、どこか微妙な雰囲気のルシフェル。ツッコミは要らないですよ。それに対しキメジェスが真面目な声で返答をする。
「現れてくれないという表現と、賢者の石と軽く言うところかと存じます」
ルシフェルの送還もしてから帰った。
真面目に家まで送ってくれたキメジェスは、先に帰っていたベリアルに礼を言われて嬉しそうだ。
そして家で皆に、上級ドラゴンのドラゴンティアスと鱗をご機嫌で披露する。
「……イリヤ嬢のお土産って、毎回おかしいよね……?」
「なぜサバトで上級の竜のドラゴンティアスと、竜の鱗が!? 我も行けば良かった……!」
ベリアルは悔しそうに透明なドラゴンティアスをまじまじと見ている。
呪法を魔法で模倣したことは、黙っておこう……。
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