六章 セビリノ君もやって来た 

第78話 ベリアル閣下がお出かけします

「こんにちは。またお誘いに来たわ」

 扉を開けると、黄緑の髪に角が生え、褐色の肌に明るい緑色をした瞳の、十二歳位に見える少女の悪魔がいた。

 以前サバトに誘ってくれた子だ。

「まあ、お久しぶりです。前回はサバトへのお誘い、ありがとうございました。おかげさまで、とても楽しく過ごせました」

 私が頭を下げると、彼女は困ったような笑顔を見せた。

「なんか……照れくさいよ、もっと砕けた感じにしてほしい」

 渡された手紙を受け取る。日付は、四日後。


「これだとベリアル殿が間に合わないかも。私一人だと行きづらいなあ……」

「サバトであるか。……なるほど、バアル閣下の宴会の翌日とは。アレは翌日の朝や昼まで続く上、遠い国であるからな」

 ベリアルが出て来ると、悪魔の少女は少し後ろに下がった。

「あの……も、もしかして。とても偉い方と契約してる……?」

 どうやら、ベリアルが王であると知らないようだ。そういえば、前回のサバトにこの子の姿はなかった。

「前回のサバトは参加しなかった?」


「ええ、公爵家の悪魔って方の招待状も預かってたんだけど、入れなくて渡せなかったから……」

 困っているうちに当日になってしまったそうだ。

 キメジェスの分ね。そう言おうとしたら、先にベリアルが口を開いた。

「うぬ。まあ良いか。イリヤ、ルシフェル殿と連絡を取れ」

 ……こっちの話を聞いてもいない! しかもなぜルシフェル?

 少女は去ろうとしたけれど、返事をするから待てとベリアルに押し切られて、一緒に私の家の中に入った。

 そして異界と繋ぐマジックミラーを用意し、幻影を召喚する。


「異界の扉よ、開け。偉大なる御名のもと、この鏡に幻影を映し出したまえ。お姿を現し下さい、ルシフェル様」


 キラキラと小さな光が集まり、プラチナよりも輝く銀の髪に空を集めたような透き通る瞳、白いローブを着用した美しい青年の悪魔の映像が姿を現す。

 そして柔らかい笑顔のまま、唐突に一言。

「ベリアル。バアルに会ったそうだね。苦情なら受け付けないよ」

「言いたくもあるが、それではないわ! これを見よ」

 ベリアルは不機嫌そうにしながらも、先ほどのサバトの案内状を出した。

 それにしても、いつの間に何かあったのかな?

「ふうん、バアルの宴会の翌日。なるほど、これならバアルを断っても角が立たない。珍しく気が利くね」

「珍しくは余計であるわ。我の代わりにイリヤを連れて行け。一人では行きづらいそうだ」


「え、私のことならお気になさらず……」

 まさか、この為にび出したのかな。慌てて断るけれど、別の思惑があったようだ。

 ルシフェルはいつもの微笑だが、いつもより機嫌が良さそう。

「そうではない。こやつは、バアル閣下の宴会は騒がしいので苦手なのだよ」

「ちょうどいい辞柄じへいを設けてくれたね。では私が参加しよう。そこの小さき者、君が連絡役かな?」

「は、はい!」

 ルシフェルの視線が黙って話を聞いていた少女を捉える。

 目が合った少女の悪魔はピンと指先まで伸ばしてまっすぐに立ち、大きな声で返事をした。

「では伝えなさい。このサバトには地獄の王、ルシフェルが参加すると」


「お……王様!!! わ、解りました! 必ずお伝えします!」

 何度も頷く少女に、ルシフェルは優しく目を細めた。

 そういえば、この子はもう一通の招待状を預かっているのよね。

「そうだわ。公爵閣下お抱えの魔導師と契約している悪魔……、キメジェス様への招待状をお持ちでしたね。面識がありますし、私が渡しておきますよ?」

「い、いいんですか!? 助かります、ありがとうございます!」

 慌ててカバンから出された、キメジェスの分の招待状を受け取った。

 少女は魔王からの言伝ことづてを預かったので、一目散に契約者の元へと帰って行った。


 こちらも早速サバトの招待状を届けに、公爵邸へ向かう。魔導師ハンネスは用事があって行かれないらしく、ベリアルの采配で私がキメジェスと会場へ向かい、その場でルシフェルを召喚することになった。

 エクヴァルも今回参加しない。国と連絡を取ったり、仕事をしているみたい。



 サバト前日。


 ベリアルは知り合いの宴会に招かれて、南の国へ向かってしまった。辛党で宴会は好きなハズなんだけど、やたら嫌そうにしていた。

 ルシフェルも招待しようとした主催だし、よっぽど断れない相手らしい。

 私は王都にいる悪魔キメジェスと参加するのだし、ちょうど買い物がしたかったので、王都へとやってきた。レナントで手に入らない機材や食材が欲しくて。エクヴァルが護衛として一緒に来ている。

 魔法なら簡単には負けないと自負するけれど、物理攻撃には対処できない。


 王都では海洋国家グルジスからの輸入品があり、海の魚も手に入る。ただし遠いから干物だけ。エグドアルムは海に面した国だったので、魚介は新鮮で豊富だった。時々美味しい海産物が食べたくなる……。

 仕方ないから乾燥ワカメや干物、干したイカを買っておく。エクヴァルも刺身が食べたいと呟いていた。

 薬草やアイテム作製用の壷や器具を眺め、目的だった蒸留装置を購入し、自宅に届けてもらう手配をした。他にもお店を何軒か回ったんだけど、エクヴァルは自分の買い物をあまりしていないみたい。付き合わせすぎたかな?


 家などが途切れた開けた場所まで来た時、青白い馬をいた男が冒険者と揉めているのが目に映った。

 どうやら肩がぶつかったとか、些細な理由のようなんだけど……。

「イリヤ嬢、また関わる気でしょ。冒険者同士だろうし、止めるならギルドにでも頼った方が……」

 二人の様子を眺めていた私の肩に、エクヴァルが手を置いた。行くなということなんだろう。

「冒険者同士じゃないわ。彼、強大な悪魔に絡んでる……」

「……え! あ、本当だ、人間じゃない!」

 エクヴァルの観察眼も鋭い。かなり力を抑えていて判断しにくい状態だと思う。

 冒険者はBランクのランク章を付けてるから、腕に自信がありそう。それで軍服に軽装といった、軍人らしい悪魔に絡んでしまったのね。腕試しに本職の軍人と戦ってみたい冒険者というのも、結構いるらしい。


「それなら公爵閣下の所でキメジェス殿を……って、もう!!!」

 エクヴァルが提案した時には、私は向かい合う二人の横にいた。王都が壊れるから! 彼は……キメジェスより上!

 なんでこんな場所に、そんな悪魔が? チェンカスラーって悪魔が多いの??


「失礼ですがお二方とも、如何なされましたか? このような人目に触れる場所で争いなど」

「誰だよお前? ……そっちの男がぶつかって来たんだ。謝れば許してやるっつってんだよ!」

 Bランク冒険者が眉根を寄せる。

 ああ、このままだとこれはどっちも引かないわ……。私はもう一人の、馬を連れた背の高い男性悪魔に頭を下げた。

「地獄の高貴な御方とお見受けいたします。この者の無礼、お許しください」

「ほお……、女。お前は解るか。召喚術師か?」

 不敵に笑って私を見下ろす悪魔に、絡んでいた男が一歩後ずさる。

「……悪魔!?」

「……それがしに、どうしろと言ったか?」

 どうやらセーフだったような。やっぱり絡んで戦ってみたい人だったんだろうな……。

「す、すみません!!」

 冒険者はさっさと逃げてしまった。悪魔は視線を向けるだけで、追い掛けはしない。わりと理性的だ。


 不意に顎に手を掛けられ、上を向かされる。

「よくも知らぬ男を、助ける気になるな。自分が何かされるとは思わぬか?」

 青の混じったグレーの瞳が私を捉えている。感情は見えない。


「こちらです!」

「バシン様……!!!」

 エクヴァルが誰かを呼ぶ声に続いて、侯爵級悪魔キメジェスと、契約している魔導師ハンネスが走って来る。彼らの姿を確認したバシンの手が、私から離れた。

「イリヤさん、貴女まで? 私達は、強大な悪魔が王都に入ったと気付き、確認にやって来たんですが……」

「お前の知り合いか、キメジェス」

 ハンネスの言葉を遮り、バシンがキメジェスに顔を向けた。この態度からして彼の爵位は、やはり公爵か王ということになる。

 

「はい、その方は……」

「肝の据わった女だ。面白い。お前の女ではないのだな?」

 あれ、話の方向がおかしいぞ……?

「違います、その方は」

「ならばそれがしの」

「ベリアル様の契約者です!!!」

 必死に叫ぶキメジェスの声が響いた。バシンは不審そうな表情をする。


「……は? 言うに事を欠いて、ベリアル様だと?」


 私はベリアルに最初にもらったルビーに魔力を込めた。これが一番結びつきが強いので、少しなら通信が出来るハズだからだ。試したことはないんだけど。

「あ~、テステス。こちらイリヤ、聞こえますかー? 応答願います!」

 魔力を込めて呼び掛けててみると、すぐに返事があった。

“聞こえとるわ! 初めて使う故どのような危機かと思えば、何だねその、気の抜けた声は!”


 皆にも聞こえたようで、視線が私に集まっている。バシンも声でだいたい解ったのか、ハッとしてルビーを見た。

「ちょっと大事な用がありまして。お名前をどうぞ」

“……バカにしておるのかね……?”

「待て、疑っとらん!! 解った、いや、解りました……!」

「慌てなくとも、私以外の声は届けられませんよ」

“ぬ? 誰かおるのか?”

 ベリアルの言葉に、バシンは背筋を伸ばしピシッと立って、ハイと短い返事をしている。聞こえないんだってば。


「バシン様と仰る方です」

“バシンであるか。礼儀正しい男であったな。さては、我へ挨拶に参ったか! 良い心掛けであるが、入れ違いであったな”

 勘違いしてなぜかご機嫌に。バシンもその様子にホッとしている。この反応からして、王ではなくて公爵ね。

 とりあえず何事もなく済んだので、通信を終わりにした。

「この通信……すごいんだけど! 会話ができる! これ、祖国との通信に使えないかな!?」

 エクヴァルが興奮気味に迫ってきた。

「これは契約による繋がりがあるから出来るのであって、そしてこれを行使する為の魔力操作はけっこう繊細なの。なかなか使えないんじゃないかな。」

「そっか、やっぱり簡単にはいかないか……」

 かなりガッカリしたようだ。手紙だとちょっとまどろっこしいよね。



それがしが召喚されたのは、ここより南の場所だ。あまり遠くはないが」

「……もしや、軍事国家トランチネルでは?」

 召喚時の状況をバシンに尋ねると、素直に答えてくれた。ハンネスが更に質問を投げかける。心当たりがあるようだ。

「うむ、そんなことを言っていたかもな。召喚師は殺したが……、何か良からぬ企みをしておったようだ。王を召喚したいような。注意を払っておけ」

 トランチネルは少し前に、宣戦布告もなく唐突にフェン公国を攻めようとした国だ。周辺各国も警戒している。

 エグドアルムは私の知る限り、小競り合いはあっても戦争をしたことはない。もっと世界が平和なのかと考えていたが、そうでもないらしい。


 そもそも地獄の王や公爵を戦争に投入するのは、召喚規範で禁じられている。禁止されれば誰でも守るかといえば、そうでもないのだけれど。罰則も拘束力もないしね。ただ危険人物に認定されちゃうから、普通はやらない。

「どうもキナ臭いな……。このまま諦めてくれたらいいんだけど」

 エクヴァルが溜息をついて私を見る。

 関わらないでね、と注意されているような気がする……。


 バシンはこちらの世界には特に用がないので、きっちりと送還させてもらった。とはいえまた危険な話……。

 まあ気にしても仕方がないか。


 仕事があるエクヴァルとはここでお別れして、私は公爵邸に泊まらせてもらう。

 明くる日の夕方、公爵や用事を言いつけられている魔導師ハンネスと別れ、キメジェスとサバトへ向かった。

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