第77話 竜人族の国の帰り道

 なんとも中途半端な感じになってしまった、竜人族ズメウの地下帝国からの帰り道。

 きれいな花が森に咲いているのが見えた。草の間に、黄色や薄紫をした、可憐な小さな花がちらほらと揺れているのだ。足を踏み入れて、太い木が左右に広がる林道を歩いて行くと、なんとモーリュという薬草が生えている!

 ミルクのような白い花に黒い根っこ、間違いない!! 早速採取し、他の薬草を探しつつ先を歩くキングゥに付いて行ったのだが……。


 道に迷った。

「そういえばそなた、竜人族ズメウの地下帝国を探していて死海なぞに来よったな。さては方向音痴か」

「し、仕方あるまい! 普段は道案内が必ずついているものだ。なに、森などまっすぐ歩けば抜ける!!」

 横暴な理論だ。しかし彼は前を向いて、ずんずんと突き進む。

「戻りますか? 帰り道なら解りますが」

 エクヴァルが提案するが、進むしか選択肢を持たないタイプのようだ。

 とにかく奥へと歩いて行く……。


「あ! キングゥ様、お待ちに……」

 パキン!

 薄い氷が割れるような音がして、目の前の景色に亀裂が入る。絵を描いたガラスだったようにガラガラと崩れ、その向こうに更に奥へ続く道と、似たような森が現れた。

 目くらましの術だったのだろう。


「術を破るとは、何者!? ここより先は、我らの領域!」

 木の上から女性の声がする。早速、何かお出ましになった。

「いえ、あの……」

「ハッ! 俺が何者かも見抜けぬ輩に、何故この俺が教えてやらねばならん!」

キングゥが挑発的! 自分で結界を踏み破ってしまったのに!

 竜神族はプライドが高いらしいからなあ……。

「……エルフ共、顔を出せ。この男は気が短い」

 ベリアルもちょっと呆れているようだ。無駄に歩かされているしね。それにしてもまたエルフだったとは。エルフ族は美形が多くて悪い人間に狙われやすいから、森の奥で見つからないようひっそり暮らしているのが常なので、この遭遇率は高い気がする。

 しかしすぐにエルフと気付いたことで、余計に警戒されてしまった。木の上で相談しているような声が漏れてくる。 


 腕を組んで立っているキングゥの前に進み出て、とりあえずエルフへ頭を下げることにした。

「あの! 道に迷った旅人にございます、結界を破ってしまい申し訳ありません。私はモンティアンのユステュス様の友人で、エルフ族に敵対するものではございません」

 エルフと何かあった時は名を出していいと言われているので、ここで使ってみる。

 キングゥが怒ることにでもなったら、この辺りに住んでいるエルフは全滅させられかねない……。


 すぐに一人が木の上から降りてきた。ユステュスと同じ年頃の男性で、髪は黄緑がかった金。

「モンティアンは盗賊に襲撃され、焼き討ちにあったと聞いた……。では君が彼らを助けてくれた、イリヤという女性とベリアルという悪魔?」

「はい、そうです! そしてこちらはベリアル殿のご友人キングゥ様、そして私の友達のエクヴァルです」

「「ご友人~?」」

 後ろでベリアルとキングゥの二人がイヤそうにしている。充分仲がいい気がするんだけど……。


「皆、警戒を解け。同胞の恩人だ!」

 男性が木の上に向かって大きな声で告げると、二人のエルフが姿を現した。一人は私と同じ年くらいの女性、もう一人は男性。みんな耳が長くて色白だ。

「モンティアンから連絡が来ている方でしたのね、こちらこそ失礼しました。貴女が魔法アイテムの職人をされていて、薬草採りで森に入るようだから、もし会うことがあったら我々の感謝を伝えてほしい、と伺っています」

 女性エルフがにこやかに握手を求める。エルフ族同士の繋がりは深いのね。そしてユステュスは親切なエルフだ。

「……君の契約者は何をやってるんだ?」

「面倒に首を突っ込むのが趣味のようでな」

「だから君と契約してるのか、納得した」

「どういう納得の仕方だねっ!」

 ベリアルとキングゥってやっぱり気が合うんじゃないかな。


 エルフ族は私達を村に案内し、仲間を助けてくれたからと食事とお酒で丁寧におもてなしをしてくれた。

「……うまいワインだ。母上にも飲んで頂きたい!」

「そなたは本当に母ばかりであるな……。アレが心配するのも、無理もないわ」

 エルフのワインは本当に美味しいらしい。私にはお酒の良し悪しは解らないんだけど。エクヴァルもすぐに一杯飲み干している。

 広い部屋の真ん中に低いテーブルがあり、そこに椅子ではなく床にそのまま座るスタイル。厚手の絨毯が敷いてあって、クッションやひざ掛けがいくつも用意してあった。

「ありがとう、美しい女性に給仕されて飲むお酒は、さらに格別だね!」

 エクヴァルは満面の笑みで返杯している。

 私はあまりアルコールに強くないので、葡萄ジュースを頂いた。これもまたアッサリ甘くて美味しい!

 料理は野菜中心で、健康的。普段は適当に買ったものばかりで済ませてしまうので、とても助かる。ちなみに私よりエクヴァルの方が料理が上手だったりする。一人で行動して野営したりするので、出来るようになったそうだ。


「楽しんでいらっしゃいますか?」

 先ほどの女性が私の隣に座った。背中で揺れる、長いプラチナ色の髪。白い長そでのハイネックの上から若草色の膝上までの服を着て、下にはやはり白のズボン。

「勿論です。過分な歓待をして頂き、本当にありがとうございます。道に迷って歩いておりましたので、疲れが癒されます」

「道に迷われたのですか。どちらからいらっしゃったんですか?」

 飲み終わったコップに、さり気なく葡萄ジュースを注いでくれる。

「レナントという町から竜人族ズメウの地下帝国を訪れて、その帰りでした」

「……竜人族の……地下帝国? その場所は、人間は知らないはずでは……?」

 女性の笑顔が固まる。あれ、正直に話したらマズかったかな?


「ベリアル殿がご存知で、それで……」

「よし、気分がいい! 者共、願いを言うがいい! この俺が叶えよう!」

 どう説明しようかと思案していると、ご機嫌な顔をしたキングゥが大声でグラスを掲げた。拍子にワインの水面が揺れて、少し零れる。

 突然の提案に、エルフの方々は顔を見合わせている。うん、困るよね。


「いえ、我々の仲間が助けて頂いたお礼ですので……」

「それは俺とは関係のない話だ。礼には義を尽くすのが、我ら竜というものっ!!」

「ははは! 始まったな、そなたの演説が!」

 何故か手を叩いて楽しんでいるベリアルと違って、エルフの人達はざわめいてキングゥを凝視する。竜神族とは知らなかったから。いきなり我ら竜、と言い出したら誰でも耳を疑う。

 とはいえ魔力に敏感なエルフ族、人族ではないことは把握していただろう。悪魔の横にいたから、同じ悪魔と思い込んでいたかも。

 それにしても彼は武人という雰囲気の人だけど、酔うとこういう講演を始めるのだろうか……?


「弱者は強者への献身を忘れてはならぬ! 強きものは弱きものを守るべしっ! それをもって礼と義とすっっ!!!」

「その割には、そなたの母は散々に暴れておらんかったかね」

「礼を欠いたものに、する配慮などない! 君に忠、親に孝! そして自らを厳しく律し……」

「そなたには君も親も同じではないか」

 

「キングゥ殿、ところで願いとはどこまで叶えられるので?」

 エクヴァルがつまみを差し出しながら問い掛ける。話が逸れる一方だものね。ベリアルは愉快犯だから、任せておいたらダメだ。

「む……。敵を倒すのが最も解りやすいのだがな。金銀が欲しければこいつに強請ねだれ。母から伝えれば、いくらでも差し出すだろう!」

「恐喝の宣言かね! どこに義があるのだ!!」

 なるほど、彼には最強ワード“母”があるのね。

 母とはもちろん、黒竜ティアマト。ベリアルも恐れる、原初の荒ぶる海たる竜。そしてこのキングゥは、彼女が“私の最も愛する子”と公言してはばからない、黒竜の軍の総指揮官。

 ちなみにどのくらい荒ぶる神かというと、子孫との戦争で、和平の使者が激高するティアマトに恐怖して御前に進み出ることすら出来なかったくらい、凄まじい怒りを見せる。


「あの、キングゥ様とは……、もしや……」

 私の横に座った女性が、小さく声を震わせた。

「黒竜、ティアマト様のご子息です。ご無礼なきよう、そして何か簡単なことでも願いを仰ってください。遠慮する方が不敬に当たりますので」

「竜……神、族!」

「し、知らぬこととはいえ、大変失礼致しました!!」

 先ほど見張りをしていた男性が、膝をついて謝罪する。キングゥはグラスを揺らし、詰まらなそうにそれを眺めた。

「構わん。それより願いだ、願い」

「願い、ですか……」

 エルフ族の皆が互いに顔を見て、どうしようと悩んでいる。その中で、私の隣に座っている女性が恐る恐る口を開いた。

「……実は一つ、困っていることがあります。先ほど結界を警戒していた理由でもあるのですが……」

「おう、言ってみろ!」

 ようやく議題が上がりそうで、キングゥは喜色を称えてグラスで彼女を示す。


「最近、結界が破られて我らの家畜が襲われる事件が相次いで起きております。それも血を吸われ、小さく弱い家畜は食べられてしまうのです」

「血を吸うだけではなく、食すとな。しかも結界を破る……」 

「よっし! では案内しろ、現場を見に行く!」

 キングゥはグラスに残ったワインを一気に飲み干すと、酔いも感じさせない動作でバッと立ち上がった。続いてベリアルがゆっくりと立つ。

「面白そうである、我も行こう」

 結局皆で、家畜が襲われた小屋に移動した。


 小屋には山羊や羊、豚も何匹かいた。そしてペガサスが一頭。地面には血の跡があり、ここで血を吸われたりしたと思われる。木の壁には修理の跡があり、壊して強引に押し入ったと想像される。力の強い大きな生物だ。

「あー……、こりゃダメだ。ベリアル、君に任せた」

 小屋の前にある血の染みを眺め、キングゥは応急処置程度の修理しかされていない壁に手を触れた。

「……なんであるかな、先ほどまでの意欲はどうしたね?」


「竜の気だ。飛龍……、血を吸うのだし、俺が思うにクエレブレだな。そうなると、飛べねば逃げられてしまう。俺が竜の姿になるわけにもいかんしな」

 キングゥは人の姿では飛べない。しかし黒い竜の姿は目立ちすぎる。そんなところらしい。

「……イリヤ嬢、クエレブレって知ってる?」

「確か湖や洞窟に住む、二本脚の飛龍だわ。毒のブレスを吐いて、かなり硬い鱗を持っているの。血を吸って大きく育つらしいわよ」

 討伐をしていた関係で、魔物についても色々と調べている。エクヴァルはなるほど、と頷いた。


 エルフは、私達のやり取りを少し離れた場所で見詰めていた。

 家畜を襲うものの正体が素早く堅固けんごな飛龍となれば恐ろしいものだが、さらに強い存在に任せられるのだ。少しは安心だろう。

「君の契約者は、よくそんな知識があるな。メジャーな飛龍では無い筈だが。さすがドラゴン狩りが趣味の、君の相棒だ」

「相棒というのも違わんかね」

 竜にドラゴン狩りが趣味って認識されるのも、微妙なものね……! 相棒……、相棒なのだろうか? でも一緒にドラゴン狩りに行くから否定できない。


 この飛龍は昼でも夜でも関係なく、狩り場と決めた地点の獲物がいなくなるまで、空腹になると訪れるらしい。

 しばらく張り込んでいると、吠える大きな声が聞こえてきて、空から暗い緑色の鱗をした大蛇のような、羽の生えた二本脚の飛龍が結界を破ってやってきた。

 家畜はこの声を覚えているのか、怯えて壁際に集まっている。


「二つの水、混ざりて血とす。俺はキングゥ、黒竜の後継たる者! 原初の荒ぶる潮よ、船を呑む狂濤きょうとうとなれっ!」


 ダメだと言いつつも、キングゥのやる気満々な宣言がなされる。

 足元から立ち昇る魔力からは潮の香りがしそうだ。タンと地面を蹴り、距離を感じさせないほどの速度で進んで、抜く手も見せずにクエレブレに一太刀入れる。

 この飛龍の一番弱い皮膚の首元に、寸分の狂いなく斬りつけた。

 飛竜はドラゴンの中で最も速い種類だ。それがあまりの迅速さに身じろぐ程度の抵抗しかさせてもらえず、血を流して首を振る。間髪を入れずに腹部にもう一撃加え、魔力で打ち抜いた。

 さすが黒竜の軍の指揮官、目にもとまらぬ速攻だ。

 エクヴァルも人間では早い方だと思うんだけど、これには敵わなそう。


 しかし十分な栄養を取り続けたクエレブレはかなり育っていて、魔力で押された勢いを利用し空に逃げて行く。

 大きな翼を広げて元来た空へと逃げるが、立ちはだかるように赤い髪とマントを靡かせてベリアルが立っている。


「炎よ濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 炎の剣を手に、クエレブレに斬りかかるんだけど。

 だから、鱗は固すぎるからって言ったのに~!

 傷を負わせたものの、決め手には欠けていた。

 頭から斬られ、大きくうめいてガクンと落ちる。地面に墜落する前に再び羽ばたき、悶えるように旋回して別の方向へ逃げようとするクエレブレ。その先へとベリアルが火を放って行く手を遮るが、クエレブレは構わず突っ込んでいく。

「ぬうう、厄介な!」

 ひるみもしない敵に、ベリアルが舌打ちをする。


「吐息よ固まり、氷凝ひごりとなれ! 装填そうてんせよ、我に引き金を与えたまえ。幾多なる堅氷のつぶてを豪雨の如く打ち付けろ。弾幕を張れ! グラス・ロン!」


 大体見当はついていたので離れて待機していた私は、クエレブレが来ると予想される方向に飛行して先回りし、無数の氷をぶつける魔法で迎撃した。これだと大きくないとはいえ塊の氷が連続で物理的に当たるので、さすがに動きが鈍る。

 そこに追加詠唱。


「欠片、集まりて一つになる。結合せよ、大いなるいわおとなるまで」


 途端に小さかった礫は、大きな一塊の氷となる。人の大きさもあるそれを勢いよくぶつけると、さすがに飛龍は後ろにのけ反って墜落していった。

 大きな音と振動を響かせて地面に叩きつけられたクエレブレに、キングゥが軽く跳んで剣を振るい、ついに首を落とした。


「やりましたね、キングゥ様」

 よく切り裂いたなと感心しながら降りて行くと、なんだか生温かい視線で迎えられたような。

「いや……、なんだ君のその魔法は。最後は非常識なモノが飛び出していないか?」

「イリヤ嬢。鉱山で冒険者が使った魔法と、本当に同じなのか……?」

「水属性は得意なんです。この追加詠唱は威力が強くなるので、便利なんですよ!」

 納得できないというような表情をされる。遠巻きに注目しているエルフの方々も、ちょっと反応がおかしいぞ。


「そやつの水属性は特に非常識だが、光属性は更に常識の範疇はんちゅう外であるぞ」

 ベリアルも戻って来た。彼に言われるのは不服がある。

「少しは強いと思いますけどね……、氷は溶けるから大きくてもいいじゃないですか」

「……確かに非常識だ」

 何故かエクヴァルが頷く。どういう意味だろう!


「まあ、面白いものが見られたな。そろそろ帰るか。君達も用事があるだろう?」

「そうであるな、バアル閣下の宴会に遅刻でもしたら、血の雨が降るわ……」

 うわ、危険そうな宴会だ……!

 ベリアルがため息をついた。

 退治もし終わったし、エルフ達に発つことを告げる。道を教えてくれて、お土産にと皆にワインを二本ずつくれた。

 キングゥもベリアルも、手土産になると素直に喜んでいる。私もお世話になってる方に差し上げようと。エクヴァルは一本は自分で、もう一本はドワーフの鍛冶師、ティモにあげるとか。防具を依頼しているうちに、仲良くなったのね。


 ここでキングゥと別れたので、もう道には迷わなかった。

 彼は無事に帰れたんだろうか……。まあ、遭難しても問題なさそうだよね。どうしようもなければ、竜の姿になれば飛べるわけだし。

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