第76話 竜人族の地下帝国

 キングゥに頼まれ、サルコテア大王を訪ねて地下帝国を探しに行く私達は、テナータイトと防衛都市の間くらいまで北に進んだ。防衛都市の方が近い程だ。

 ここの山との境い目くらいの深い森の奥に、ひっそりと入口があるらしい。地下帝国の入口なのに、小高い場所にあるのだとか。


 途中で何かの結界を抜けたような感覚があった。たぶん認識を誤認させて、人族や他の種族を避ける為のものだったのだろう。そこからしばらく歩いて辿り着いた目的の場所には、ぽっかりと穴が開いていた。

 地底に続く穴。どこまで続くのか解らない、真っ暗な下り坂の洞窟だ。


「これが地下帝国への入り口である」

 今回は私とベリアル、キングゥとエクヴァルも来た。エクヴァルは死海の時について行かなくていろいろ見逃したので、どうしても行きたがった。そもそも竜人族ズメウの国なんて、おとぎ話くらいでしか聞かないような、行った人間が本当にいるのか解らない国だもの。気になるのは当然だよね。

 途中までは私とベリアルが飛行魔法で、エクヴァルがワイバーンに乗り、キングゥだけが徒歩だったのだが、その足の速いこと速いこと。障害物のある地上を走りながら、ワイバーンと飛行魔法にちゃんと追いついてきていた。しかもまだ余裕がありそう。 


 ベリアルが手に灯した小さな火を明かりにして、洞窟の闇へと歩き出す。暗い道をしばらく進んだ。ようやく抜けると突然明るい光が漏れてきて、広い場所に行き着いた。明るいのは太陽ではなく、地下帝国の灯りとされる魔法を込めた石のようだ。

 足を踏み入れようとしたところで、二人の竜人族が槍を交差させて行く手を阻む。

「何者だ!どうやってこの地に紛れ込んだ!!」

 見張りがいたんだ。

 顔は龍っぽくて、体が人間の竜人族。でも背中には鱗があったり、人間よりもかなり力が強くて体力がある、強靭な種族だ。


「……何者だと……!? 貴様ら、この俺の行く手を阻もうというのかっっ! 不心得者どもが!!!」

 途端にキングゥから魔力がせきを切ったように氾濫し、見張りの二人はよろけて顏を見合わせる。

「こ、この魔力は……竜、竜神族……!?」

「大変失礼いたしました!」

 さすが竜人族の上位種族である竜神族、威光はバッチリ。

 すぐに中へ入れてもらえた。門番は他の人に頼んで、誰かを呼びに行ってもらっているようだ。


 竜人族の都は四つに分かれている。それぞれの地区を治めるのは、アラム王、アルジンツァン王、アウラール王、アゲマント王。それを統括しているのが、サルコテア大王なのだ。四つは特に仲が悪いわけでもいいわけでもなく、大王の下で争う事なく存在している。

 現在その大王が病床に伏しているので、均衡が保たれるかが微妙なようだ。


 ほどなくガルビーラと名乗る美しい姫が護衛を一人連れてやってきて、キングゥの前で金に光るスカートの裾を摘まんでお辞儀をした。姫は人間と全く同じ姿。

「……キングゥ様とお見受けいたします。兵が大変失礼を致しました」

「さすがに解るか。俺は母上、黒竜ティアマトの代理でサルコテア大王の見舞いに来た。案内せい」

「勿論でございます。御足労ありがとうございます」

 姫は少し頬を赤らめて、崇拝するようなうっとりした目でキングゥを見詰めている。やはり竜神族に対する憧れがあるのかしら。


「そなたはどの王の娘であるかね?」

 歩き出したところで、ベリアルが長い金の髪を靡かせたガンビーラ姫に話し掛けた。

「……父はアウラールと申します。こちらは、竜の方ではないご様子ですが……?」

「道案内だ。気にする必要などない」

「……そなたは全く、我をなんだと思っておるのだね」


 姫はキングゥに気安いベリアルの態度に眉をしかめながら、特に何も言わずに前を向いて進んで行った。

 美人だけど気位の高そうな人だな、という印象。黄金色のドレスを着て、エメラルドやサファイヤのアクセサリーを付けている。エクヴァルが褒めるかと思ってたんだけど、今日は黙っている。お世辞を言うのは人間のみなのかな?


 歩いてもなかなか王城には辿り着かない。道には花壇があったり、人の町と同じように、飲食店や工房、雑貨や日用品を売る店が並んでいた。すれ違う竜人族ズメウが姫に礼をした後、珍しい客だからかチラリとこちらを見ている。

「それにしても広い都ですね、ベリアル殿」

「中央にあるのがサルコテアの居城であるぞ」

「おお、真っ白い勇壮な城ですな」

 私はキレイに区画された美しい都に目を奪われていたが、エクヴァルは王城が気に入っていた。中央の周囲を見渡せるように高くなった場所に、壮大な白亜の城郭がそびえている。

 そこを中心に、ちょうど東西南北の四つに分けて四人の王の領土がある。入口は彼女の父親、アウラーン王の支配区域で、出入りの管理を一括しておこなっているらしい。 

 しかし前の女性の雰囲気が固くなったような……。ベリアルは彼女の対応が気に食わなくて、わざと大王を呼び捨てにした気がする。護衛の兵は、客人を前にしながら機嫌を悪くする姫の態度が心配なようだった。


「キングゥ様は、サルコテア大王と面識はございますか?」

 ちょっとキングゥと話して気を紛らわせることにしよう。

「確か一、二度くらいは会ったと思うんだが。母とは幾度か面会されているようだな」

「髭の立派な御仁……という印象であるな」

 ベリアルも会ったことがあるんだ! そういえば、この地下帝国の場所を知っていたわ。


 お城は門から大きく、エントランスがすごく広い! 豪華な衣装の竜人族が行き来していて、皆が姫に頭を下げる。すぐに年配の竜人族が姫の脇に来て、こちらに挨拶をしてから一緒に歩き始めた。

 廊下の天井は高くアーチ型になっていて、広い通路が奥まで伸びている。壁や柱に精密な彫刻が施されていたり、床も階段も赤い絨毯が敷かれていて、壁に掛けられた時計は輝く金色、扉はドアノブから高そう……。さすが大王、贅を凝らした立派なお城だ。


 その中の一室にたどり着いた。両側に兵士が控えており、姫を見ると二人とも敬礼をする。途中からお供をしてきた年配の竜人族ズメウが声をかけてから扉を開け、姫を先頭に中に入った。

 広い部屋に置かれた、天蓋付きの大きなベッド。そこに寝ている人物が、サルコテア大王なのだろう。枕もとに一人、他にふたり程従者らしき竜人族がいる。

 カラフルな壁面に、豪華なシャンデリア。そして大王の立ち姿を描いた大きな絵画! 広く取られた窓から町並みが見下ろせる。

 キングゥはずかずかとベッドに歩いて行き、大王の容態を窺った。

「……我が母ティアマトの代理で見舞いに来たぞ、サルコテア。調子はどうだ?」

「これは……キングゥ様。どうにも、力が入りませぬで……」

 枕もとにいた竜人族が、起き上がろうとする大王を支えて身を起こす。だいぶ調子が悪そう。

「無理に起きずとも良い、少し話せそうか?」

 大王は床に届きそうな長い白いひげの竜人族だった。体格は竜人族の中でも大きく、病でもなければ屈強そうだ。茶色がかった緑の鱗が精彩を欠いている。


 和やかな面会が続くと思っていたのだが。 

「勢いがないな、サルコテア」

 ベリアルが前に進んで、声を掛ける。その言葉でつんとしていたガンビーラ姫が、怒りでカッと声を荒らげた。

「……先程からなんです、この男は!! キングゥ様にも、大王様にもなんと無礼なっ……!」

「無礼者は、そなたであろうよ!」

 待ってましたと言わんばかりだ。相手を怒らせるタイミングを計っているとは、相変わらずの性格だわ。


「なんですって!? 私を誰だと……」

 ベリアルに詰め寄ろうとしたガンビーラ姫を、キングゥが手で制する。

「不躾なのはお前だ。それが地獄の王に対する態度か?」

「……地獄の……王!??」

 教えられてやっと気付いたようだ。竜人族にしては鈍いんじゃないかな……?

 彼女はキングゥに気を取られ過ぎていたのかも知れない。周りに居たお付きの人たちは先にある程度は勘付いていたようで、ハラハラしながら見守っていた。


「このペテン師に踊らされて、俺の前で恥をかかされた。そういうことだ」

 呆れた様なキングゥの言葉に、ガンビーラ姫は悔しさと恥ずかしさで顔を赤らめ、俯いてしまった。

 さすがにちょっと可哀想。ていうかペテン師。ベリアルが渋い顔をしている。

「……ベリアル様、その者の無礼、私が代わってお詫び申し上げます」

 まさかの大王が頭を下げている!

 動いたその時に、違和感を感じた。


「……ベリアル殿。オレンジの宝石はどうされました?」

「……ぬ? ……アレは確か落としたようで、失ったのだが……。ぬぬ?」

 オレンジ色の宝石。以前ベリアルが呪いを増幅させて死を呼ぶ宝石にしてしまった、アレ。


「サルコテア、少々失礼する」

 ベリアルが布団の下に手を入れる。するとやはり、出てきた! 死を呼ぶ宝石と化した、オレンジのアベンチュリン!

「……えげつない呪いがかかってるな。そうか、ベリアル! 犯人は君か!」

「違うわ! これは我が落としたものである! なぜここに?」

 それにしても、地獄の王が呪いを増幅させた宝石を仕掛けられていて、臥せっているだけで済んだサルコテア大王はやはり頑強だ。魔法に対する耐性も高いんだろうな。あの白い長いひげにも、魔力が籠められている感じがする。

 

 犯人捜しは竜人族がする。まだ話があるらしくキングゥだけが残って、私たち三人はガンビーラ姫とお付きの竜人族に案内されて部屋を出た。お付きの人が先頭になって、長くて広い廊下を歩く。彫刻や天井の意匠を見ているうちに、少し遅れそうになっていた。気が付くと、隣にはガンビーラ姫。

「……地獄の王と契約なんて、この小娘が……? 処女でも捧げたのかしら?」

 見下すような視線で、他の皆に聞こえないように近づいてさげすみ笑う。

 先ほどベリアルにしてやられた仕返しだろうけど!

 それだけ言うと、先を行く皆に追いつくよう足を速める。


「ガンビーラ姫、それは失考でしょう。体を差し出す程度で、王との契約などできません。そもそもベリアル殿は引く手あまたですので、餌がなくとも女など選び放題です」

 うん、ベリアル本人が似たような発言をしていたし、間違いないだろう。

 皆に聞こえるように言い返すと、姫は悔しそう私を睨んだ。立場的に普段は、やり返されないんだろうな……。

 私が何を言われたかはだいたい察したようで、ベリアルもエクヴァルも眼つきがちょっと険しかった。案内してくれる竜人族の人は、地獄の王の契約者に対する自分達の姫の失言に、かなり焦ったようだ。


「その者の無作法、お詫び申し上げます」

 今度はほんのり水色がかった白い髪の、美しいお姫様! 水色のドレスが清楚な感じ。凛として物静かそうな印象。

「そなたは?」

 ベリアルが訪ねると、姫はスカートの裾を摘まんでゆっくりとお辞儀をした。ガンビーラ姫は更に苦々しい表情になる。どうやらこの姫を敵視しているような。

「アゲマント王の娘、スクリピチョアーサと申します」

「あなたがいるなら、私は用がないわね!」

 金のガンビーラ姫は、そう言い捨てて去って行った。

「……本当に彼女は直情的で……。ご不快にさせてしまい、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらずに。貴女のせいではありません」

「そうです美しい方、貴方には笑顔の方が似合いますよ」

 済まなそうにお詫びする水色のスクリピチョアーサ姫に、エクヴァル節が炸裂だ。


 応接間まで案内したところで姫は去って行き、私達三人と竜人族が一人になった。お茶を淹れて、用意してあったお菓子を勧めてくれる。

「頂きます。あ、美味しいハーブティー」

 バラの香りがするお茶は、暖かくて気持ちも落ち着く。

 私とベリアルはソファに腰かけたけど、エクヴァルは窓から眼下の町を眺めていた。


 しばらくするとキングゥがやって来て、竜人族の人には退室してもらった。

「犯人に心当たりはなさそうだが……、こちらも何かあったのか? 謝られたが」

「ああ、あの金の女よ。我が契約者に、体と引き換えに契約をしたようなことを口走ってな」

「……下種な考え方の女だ」

 軽く答えたベリアルに、キングゥはあからさまに非難する。

「本当に、体を許したくらいで契約できるなど、王との契約を軽んじています! ベリアル殿に失礼ですよ」

「いやそなた、何を言っておるのだね?」


「どうもイリヤ嬢の考え方がイマイチ解らないけど……、今回の犯人が竜人族にはまだ解らない? はっ、愚鈍な種族だね」

 なんかエクヴァルが攻撃的なんだけど……? 窓辺に椅子を寄せて座り、足を組んで肘をついている。

「どういうことだ? お前はもう解っているのか?」

「簡単だ。あの中で一人だけ、事前に宝石があると分かっていたような反応の者があった。あの金の女だ。ベリアル殿が布団に手を伸ばした段階で、驚いてしまっていたよ。オレンジの宝石と言われただけでもビクリと反応していたしね。それがどんなものか、知っているわけがないのに」

 あの時、みんなベリアルの動向を見ていたと思うんだけど、彼は皆の反応の方を見ていたのね……。

 

「だいたいあの性格で、呪われた宝石が発見された時点で騒がない方が不自然だ」

「確かにな……」

 キングゥが頷く。そしてこれが一番納得される理由なの?

「しかし、そうなると動機がな」

「以前、何らかの理由で追い出されたらしく、一人で人間の国の都を奪おうとしておった竜人族と会って仕留めたわ」

 防衛都市での出来事だ。ここからは近いし、地下帝国から出て来た竜人族だったんだろうか。

 どこかの国にそそのかされて、という話だったんだけど。


「…で、と、なると。それは別口か、もし根が同じなら、追放したフリをして領土を増やすことを画策したが、失敗し切り捨てた。だが何らかの切っ掛けがあり、竜人族の国を取ることにシフトチェンジってところかな。その呪いの宝石は、追放したフリをした竜人族を監視中に見つけたのかも知れない。ベリアル殿が落として彼らの手に入るタイミングで一番考えられるのは、ここだ」


「サルコテアに露見しそうになって、呪いによる暗殺を考えたか? あの男は人間界への侵出は許すまい。サルコテアの後継者はアゲマント。あの女の父アウラールの継承権は第二位。なれば、アゲマントも討ち取る気であるか……?」

 エクヴァルとベリアルが推理しているので、私たちは黙って聞いてる。

 

「と、なると。サルコテア大王には一度死んでもらった方が都合いい。幸い体調が戻った姿は見られていない。実は本当に病だったなど理由をつけて、死亡情報を流しそのアゲマント王に継がせようとすれば、すぐにでも動く」

「どちらにしてもあの浅慮な女のこと。動揺に押され、今日にも共犯者と繋ぎを入れるのではないかね」


 とりあえずこの話は、サルコテア大王にだけこっそり告げて、彼が信頼できる部下と捜査するという結論になった。私達はさすがにこれ以上首を突っ込むわけにはいかないので、一晩泊まらせてもらって国を出ることにした。

 地下の王国でも明かりの調整で昼と夜の区別を付けている。夜の時間に大王側が警戒していると、ガンビーラ姫は確かに誰か、男と密会をしていたそうだ。

 金のガンビーラ姫の父である、アウラール王がご存知なのかは解らないけど。

 こうして竜人族の国への訪問は、微妙な幕切れになってしまった。


 ベリアルは地獄の皇帝サタン陛下の親善大使として、親書を預かってサルコテア大王を訪ねた経験があるらしい。よく解らない仕事を任されているなあ。口が上手いから、ちょうどいいのだろうか。

 

 エクヴァルはあのガンビーラ姫からは、最初から好ましくない感じがしていたそうで。箱庭で世間を知らずロクな努力もせずに育ち、プライドだけ高くて自分では大して何もできない。嫌な貴族の典型だと吐き捨てていた。どうやらキングゥにだけ挨拶をして私達に見向きもせず、ベリアルとキングゥの関係を見ても理解できない辺りで判断した様子。

 まあ彼も貴族だし、そういう女性の嫌なところを見てきたんだろうな。

「所詮、そんなオヒメサマに政争なんて荷が重いんだよ」

 そう言って冷たい瞳をしていた。もしかして、私が言われたことにも怒ってくれているのかしら?



★★★★★★★★


参考文献 ドラゴン~世界の真龍大全~ ホビージャパン

寺田とものり TESA事務所 著

挿絵がかっこよくて、変わったドラゴンも載ってます。

サルコテア大王はルーマニアの竜人族だそうで。わりと身も蓋もない話だった…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る