第75話 母からの申し付け(キングゥ視点)

「身分証をお見せください」

 言われてハッとした。召喚された国を離れてだいぶ遠くまで来たが、これが通用するのだろうか?

「こんなものしかないのだが……」

 持たされていた書状と、メダルを見せる。

 とある国の国王の親書と、その王家の紋章が入ったメダルだ。国王が俺の契約者だから。

 一応、国のことは解ってくれたらしい。

「俺はキングゥ。この書状をくれた彼と契約している。この町には、知り合いを訪ねて来たのだが」

「失礼しました、どうぞお通りください」

 門番が礼をしてすぐに下がる。さすがに一国の王の直筆だ、効果があるものだな。


 現在俺は、チェンカスラー王国のレナントという町を訪れている。

 死海で会った地獄の王に用事があるからだ。あんな男に借りを作るのは不本意ではあるが、ここまで来て目的の場所の手がかりがないので、近辺に住んでいる奴に頼るのが最善だろう。


「それで、どなたをお探しで? 居場所はご存知ですか?」

 先ほどの門番の少し後ろで様子を見ていた若い男性が、声を掛けてきた。金の髪に緑の瞳をした、白い鎧の騎士だ。こちらの方が上官か。

「いや……、この町にいるようだ、ということしか知らぬ。ベリアルという悪魔なのだが……」

「ベリアル殿のお知り合いですか! では、私が案内しましょう。私はジークハルト」

「キングゥだ、世話をかける」

 この若い男は騎士だろうに、笑顔で俺に付いてくるようにと告げる。親切なのはいいことだな。こういう部下を育てたいものだ。しかしベリアルはどうやって知り合ったんだ? 暴れて捕まったんじゃないだろうな……。

 いや、アレを人族が捕まえることは出来んか。


「このお宅です」

 意外と小さな家だ。アイツだから、宮殿でも竣工したかと思った。もちろん部下達に丸投げで。

「親切、痛み入る。礼だ、これを受け取るがいい」

 気分が良かった俺は、母上の鱗を彼に渡した。以前母が住んでいた所に数枚落ちていたものを、拾っておいたのだ。この強靭な鱗を心無い人間には渡したくないからな。

「いえ、仕事ですからお気になさらず」

「礼は返すのが俺の主義だ」

 断ろうとする男性に強引に渡し、扉をドンドンと叩いた。

「いるか、ベリアル! 俺だ、用がある!!」

 少ししてから玄関から面倒そうな顔をして奴が姿を現す。

 赤い髪に赤い瞳をした、宝石なんぞが好きな派手な地獄の王。

「……そなたは、まだこの辺りにおったのか」

「母上の命令で動いているのだ。協力しなければ、言い付ける」

「……入れ! 全く、図々しいわ!!!」

 騎士の男は、俺がベリアルと接触したことを確認して去って行った。

 ベリアルに続いて家の中へ入り、扉を閉める。


 玄関から廊下を少し進むと、すぐに客間になる。わりと質素で、大した調度品もない。ソファーに腰かけて見回してみるが、今は彼一人のようだ。

「契約者はどうした?」

「ポーション類を製作中である。前回はアムリタを作っておったな」

 そっけなく答えて、奴も目の前のソファーに座った。

「ああ、だから死海にいたのか。首尾はどうだったんだ?」

「アムリタとソーマは簡単だから、失敗はしないそうだ」

 アムリタはまだしも、ソーマで失敗しない……? ずいぶん腕がいいな。この男が言うんだから、ハッタリではないだろう。あの女、魔法だけでなく魔法アイテム作製も一流以上か。

「……やはり君の契約者だけあって、感覚がおかしいな」

「そなた、本当に何をしに来たのだ!」

 

 そうなんだよな、大事な用がある。これは契約者もいた方がいいか。この男を借りるかも知れないから、契約者の意向も尋ねるべきだろう。

「契約者が来てから話す」

「ややこしそうであるな……」

 ベリアルはわざとらしくため息をついて足を組んだ。

「おい、客に茶くらいだせ。給仕はおらんのか?」

「……全くもっ太々ふてぶてしい男よ! エクヴァル、おるか!」

「いますし、そこまで大声を出さなくても聞こえますが」

 ベリアルが二階に向かって声を張り上げると、階段を軽快な音を立てて誰か降りて来る。

 扉を開けて顔をのぞかせたのは、三十歳よりは手前位の男。肩より少し長い紺色の髪を後ろで緩く結んでいる。シャツはわりと仕立てのいい感じで、それなりに金か身分があるのだろう。

「客人が茶を所望しておる」

「りょうかーい」

 なんだか軽い男だな……。ベリアルとは合いそうだ。こいつも腕は立つが、どうしようもない奴だからな。


「そう言えば、そなたの母はどうしておるのかね」

「……人間界を満喫中だ……」

 嫌な話題になった……。母上は人間界を最低一周はしたいらしい。本当なら俺には黒竜の里に帰って欲しいようだが、契約したこともあり、しばらくは猶予を頂いた。

 俺の契約者を母上が気に入ってくれた、という理由もある。あのくらい立派な心構えの為政者になれと諭された。そして、隣で学ぶように、と。

 母上、つまり黒竜ティアマトは、現在人族と同じ姿で遊興しているので、人間どもには正体が解らないようだ。幾ら隠そうともみなぎるあの魔力が解らないとは、人間はやはり愚かだ。


「機嫌が良いなら構わぬが」

「バアルと会って戦闘になりかけたが、どうにか回避できたぞ……」

「……なんであるかな、その恐ろしい状況は! 確かバアル閣下は南の方の国で召喚されたとか……! 近くにおらんで本当に良かったわ!!」

 話の途中で、紅茶がテーブルに二つ置かれる。

 男は俺と目が合うと、にこりと笑顔を作った。

「あ、うっかりしてました。蜂蜜かレモンは使いますかね?」

「レモンだな」

「了解しました」

 それだけ答えるといったん部屋を出て、カットしたレモンを手にしてきた。

 わりと気が利くじゃないか。ベリアルと一緒にしたのは申し訳なかったな。


 出された紅茶にレモンを絞りながら、話の続きをする。

「こっちに来たんじゃないか、バアル。召喚された国の王を殺して召喚施設を含め所構ところかまわず破壊し、そのあと隣国の王と契約したらしい。見返りに宴会用の宮殿を建てさせて……」

「相変わらず血の気の多い方だ……。来たわ、宴会の招待状を頂いてしまっておる……」

 やたらと嫌そうにするこの男は、バアルが苦手らしい。バアルは気性の激しい男だから、俺も得意ではない。

 気を取り直すように、出された紅茶を口にしている。

「血の気が多いのは、お前の契約者もだろ。何だあの女。バカ強い雷の魔法をかましてシーサーペントを一撃で倒しておいて、竜じゃなくて残念、とは。俺の前でそんな発言をする奴は、初めてだ。笑うだろ」

「あの後で、竜神族とは知らなかったと叫んでおったぞ。愉快であった!」

 教えないこいつも悪いな。俺は別に秘密にしているわけじゃないんだが、相変わらず底意地の悪い男だ。


「……えっ!?」

「なんだそなた、まだおったのか」

 給仕の男が間抜けな声を上げた。まあ、竜神族と人族の見分けなど簡単にはつかないだろう。特に人間どもは鈍感だ。

 思わず会話が途切れしんとした部屋に、今度は地下から足音が響いてくる。どうやら作業場は地下だったらしい。作業を盗み見られるのを防止するのと、爆発しても周りに被害がないよう地下に作ることは多い。

「イリヤ、こちらへ来よ。客だ」

 すかさずベリアルが契約者を呼ぶ。呼ばれた女はハイと短く返事をして、そっと顔を出した。

「あら、これは……キングゥ様! 先日は大変貴重な品を頂戴しまして、御礼申し上げます」

 ベリアルの契約者は俺の姿を確認すると、丁寧に頭を下げる。かなり洗練された所作だ。前回の印象と全く違うぞ……。だから女は恐ろしい。

「この者から話があるそうだ、そなたも座れ」

 女がベリアルの隣に座ると、給仕の男は彼女にも紅茶を淹れて差し出した。

 

 そこで俺は本題に入ることにした。

「サルコテア大王が病で臥せっているそうだ。母の名代で見舞いを頼まれたのだが、帝国の場所が解らん。本当は君になぞ借りを作りたくないが、仕方がない」

「あの殺しても死ななそうな大王が、かね。場所なら我が知っておる。説明しづらい故、共に参るしかないか……異存はないかね、イリヤ。」

 ベリアルが契約者に問いかける。

「構いませんが、その大王さまのお国はどちらに?」


「地下にある竜人族ズメウの一大帝国よ」

「「竜人族の地下帝国!??」」

 契約者の女と、給仕の男の声が被った。やはり驚くよな。地下にあるのすら知られていないようだが、だいたいこの辺りにあるはず。とにかくこれで、母上にお任せ頂いた役目を果たせそうだ。

 俺は安堵して残りの紅茶を飲み干した。

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