第74話 ヒヒイロカネを採掘に・後編
アンズー鳥は町より更に東の、高い岩場の方にいるらしい。
茶色い地面が続く登り坂は片側が崖になっていて、とても危険。私達は飛行魔法が使えるからいいけど、よくあの冒険者もここを歩いて魔物討伐に行く気になったものだわ。
眼下には森が広がり、ゴツゴツした固そうな岩が山の斜面に顔を出している。
どこかから遠雷が空に響いている。徐々に近くなり、音が重なる。何体かいそうな雰囲気だ。
「おった、おった!」
ついにその姿を現したアンズーに、ベリアルが喜色を
「三体もおるわ!! 炎よ濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」
燃えあがる炎の剣を手に、アンズーから放たれる雷撃の雨の中へと飛び込んでいく。
ベリアルって雷は、どの程度防げるのかしら……?
獅子の顏と上半身に、鷲の後ろ足と翼を生やしたアンズー鳥。足だけでも人間ほどの大きさがある。それが三体も飛んでいる姿は圧巻で、雷を
ベリアルは雷を避けてまず一体に頭から斬りつけて、向かってくる別の個体に巨大な火の玉をぶつけた。その間にアンズーから放たれた閃光を剣で受け止めると、剣が揺らぐ。魔法ほどではないにしても、痺れる効果のある攻撃だ。
至近距離からの直撃はさすがにダメージがあるようだ。
「光の点滅よ、拡散して花びらと散れ。雲を蹴散らす
雷の攻撃魔法を防ぐ、専用の防御魔法を唱えてみる。どのくらいの効果があるか不安はあったものの、何本も光線を描いていた落雷がぴたりと止まった。作用時間は短そうだけど、上々の首尾だわ!
「もっと早くに使わんか!!」
ベリアルが抗議しながら剣で手前のアンズーを貫き、火を吹き込んで撃破。
雷を消され怒気に満ちて襲いかかる次の個体には、噛みつこうと開かれた口に炎を浴びせ、苦しんでいるところを一気に切り裂く。
最後の一体の足を剣で負傷させると、怯んだアンズーは慌てて
これを追いかけて、巣ごと殲滅すれば終了!
アンズーは更に高い山の峰を目指し、岩だらけの場所に飛び込んだ。
そこには小さいアンズーも含め、十体以上いる! 雷が弾けるようにあちこちで発生し、会話にならないほど音が途切れず続いている。近づくのは困難だ。
絶賛繁殖中ですね……。もうすぐ災害認定されそうよ、これ。
「ぬぬ。面倒であるな……」
雷を使う魔物の中でも、アンズーは攻撃の威力が強く群れる習性がある上、飛行するからなあ。
「まずは私が魔法でも。前に出ないでくださいね」
鉱山の坑道で魔法使いが唱えていた、あの魔法を使おう。魔力を長く流せば、持続時間も増えるし。
「吐息よ固まり、
氷の礫が幾つも作り出されて、怒涛の勢いで
とどめまではさせないにしても、半分以上倒れた。他の個体の雷も弱まっていて、確実に成果を感じる。
この後はベリアルが楽しく駆逐して、全て終了。私はアレクトリアの石を採取。五つ手に入れた!
町に戻り冒険者ギルドでアンズー鳥十六体の討伐完了と、巣の場所を告げて鉱山へ向かう。報奨金がどうのとか治療費がどうのとか言っていたけど、急いでいるのでまた今度と、出てしまった。鉱山のお仕事は、もう始まっているからね。
坑道では昨日に引き続き掘削作業が
先日の土砂の搬出作業は終わっている。すぐに作業に入らないと。
「すみません、急ぎの討伐をしておりまして。ベリアル殿は、他にもヒヒイロカネがないか探してください。私は現在作業中のものを、この深さなら私にも感知できますので請け負います」
「なんだか大変な討伐に駆り出されたんだそうですね。来くてれただけでも助かります。おおい、こっちも魔法を………」
アンズーが増えると問題だとはいえ、仕事を放りだしてしまったのだ。少しは怒られるかと思ったけれど、恨み言ひとつ零さない。人間のできた監督さんだ。これはしっかり協力せねば!
「いえ、お詫びと言ってはなんですが、こちらは私が魔法で掘り進めましょう」
「あの魔法を、使えるんですか? 討伐するような人が使う魔法じゃないけど……」
「凝り固まりし岩を
皆は少しずつ慎重に掘っていた。だが私はヒヒイロカネの埋まっているところに見当がつくし、直前まで一気に崩してしまおう。
広さと深さをオーラの感覚を目印に決めて、砕かれた土が崩れるイメージを作る。ガガガっと音がして、魔法で掘った土が足元にゴロゴロ転がってきた。さすがに一気に砕いたから、ちょっとした雪崩になる。足首が埋まりそう。
天井はアーチ形にしてみた。可愛くていい感じ。
「え、これこんな一気に……? しかも地面も壁も、キレイに削れてる!」
「あまり使用したことのない魔法ですが、このような感じで宜しいですか? もうヒヒイロカネ、掘れますよ」
監督は感服した様子で、素晴らしいと頷いてくれる。
「これ凄くないか……!? 専門職の俺達よりよっぽどすげえ」
魔法を使って掘削していた人達も称賛してくれた。削られた壁を撫でている。
「得意なんです、魔法」
魔法が褒められると素直に嬉しい。
「仕事がなくなったら、いつでも鉱山に来てよ」
「ホントだよな! 仕事ができる、きれいな女性は特に大歓迎だ!!」
恥ずかしいくらい、持ち上げてくれるんだけど!
考えてみたらここいいるの、私以外の皆が男性だ。だからだわ! でも鉱山で仕事はしたくないな、サンドワームが出るから。
「おお、やるねえイリヤ嬢。私はちょっと隣の坑道に行ってくるね」
「隣?」
エクヴァルが軽快に通り過ぎる。他の冒険者の人達は、ここに残るらしい。ここの監督が雇ったんだから当然か。
「強い魔物が出たらしくて、協力してくれって頼まれたんだ」
「ということは、ピンチなのかしら」
「なんだか駆け込んできた人が狼狽してて、話にならなくてねえ。行ってみないと解らない」
鉱山の中に出てる魔物はたいてい飛ばないから、エクヴァルなら問題はないだろう。彼を見送って、私とベリアルは遅れた分を取り戻そうと、再び作業に入る。
しばらく掘削を続けていると、作業員らしき男性がおおいと手を振った。
「ここに複数を一気に回復できる魔法を使える人がいるって聞いたんだが。魔物は倒せたが怪我人が多くて、治療を手伝ってもらえないか?」
「私は構いませんが……。宜しいでしょか、監督?」
たびたび空けることになってしまって心苦しいが、必要とあらば協力したい。監督に確認すると、二つ返事で了解された。あれから予定より作業が進み、なによりベリアルもいるしこちらは問題がないそうだ。
エクヴァルが討伐に向かった坑道の入り口付近には、負傷して血を流している人が大勢いた。作業中の狭い坑道に魔物が現れた為、被害が拡大してしまったようだ。
幸い動けないほどの大怪我の人はいなくて、なんとか坑道から避難してここに集まっている。私が回復魔法用の杖を取り出すと、ちょうどエクヴァルが奥から姿を現した。
「イリヤ嬢……て、何その、ものすごそうな杖」
「アスクレピオスの杖っていう、私の回復魔法専用の杖よ。回復魔法は得意じゃないから」
軽く説明して、魔法に集中する。集まっている人達は杖を持って立つ私を、誰だろう、雇われた魔法使いかと噂している。
「満月は空にかかりて
小さな灯火が薄暗い坑道に生まれて、人の間をふわふわ漂う。たくさんの目がそれを不思議そうに眺めていると、パアッと真っ白に輝いて視界を塞ぎ、潮が引くように光は消えて静かな薄闇が戻ってくる。
魔法が唱え終わると、大勢いた負傷者は一人残らず怪我が治り、この人数を一気に回復できたことに驚いていた。
「暗いとやっぱり、闇属性を使いたくなるわよねえ」
「この魔法……文献で見たことしかない……。君、使えたの……! これで得意じゃないだって!?」
「だから杖を使ってやっとくらいよ! 闇属性だから、人気がなくて使う人がいないんじゃないの?」
妙に絡むなあ。杖を前に出して、これのお陰だと強調する。エクヴァルは近づいてマジマジと見つめた後、目を見開いた。
そして声を潜めて、周りに聞こえないように一言。
「……
「ベリアル殿にもらったの」
「何でもアリだな、悪魔……!」
ユグドラシルにミスリルで作られた蛇の彫刻が絡みつく、背丈ほどの杖。
私もそんな貴重素材が使われていると判明した時は、本当にびっくりした。盗まれないよう気を付けよう。
皆には感謝され、ヒヒイロカネの採掘も進んでいて、無事に目的が果たせそう。
ヒヒイロカネは精製してから届けられるので、受け取るのはまだ後になる。ティモの工房に直接届けてもらう約束をした。
アレクトリアの石は、結界を壊してしまったしアウグスト公爵に差し上げた。足りなかったようで、採取できて良かった。アンズー鳥が十六体いたけど五つしかなかった事を伝えると、なぜ鉱山の手伝いに行ってアンズーを、と公爵が不思議そうにしていた。
あっ。報奨金を忘れた……。あのあと冒険者ギルドに寄ってないわ。
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