第410話 エルフの森の調査です

 都市国家バレンの東にある、エルフの森。チェンカスラー王国との国境であるティスティー川に沿って広がり、森の中には獣人族が独自に村を作って生活している。

 バレンの一部の町は、エルフの村が受けた盗賊被害の復旧支援を皮切りに、交流を持つようになった。この機会に他の集落も調査するつもりらしい。

 私達はまず、エルフの村よりも手前にある猫人族の村を目指した。


 子供が外で遊び、大人は農作業や他の仕事をして、人間とあまり変わらない暮らしをしている。

「あ、お姉ちゃんと悪魔さんだよ!」

 空を見上げた子供が、私達に気付いて手を振る。近くの猫人族も、顔を上げた。

「あっさり着いたと思ったら、猫人族と知り合い?」

 テクラが尋ねる。さすが元軍の魔導師、飛行速度はなかなか速い。

「以前訪れたことがあります。他にエルフの村と、羊人族の村も把握しておりますよ」

「やったね、調査が早く済む!」

 楽が出来る、とテクラが喜ぶ。


 村に降りると町長さんが出迎えに来てくれて、テクラは意外にも真面目に仕事を始めた。

 人口や食料、衣料品などの状況、困っていることはないか、など質問する。そして人と仕事をしたり、協力をする意思があるかの確認だ。

「冒険者なんかが、たまに迷い込んでくることが増えたよ。ウチの村は薬も食料もあまり余分にはないし、頻繁に分けて欲しいと求められると困る」

「ソイツらから代金を取るといいよ。他にも対策を考えて、改めて相談に来るわ。あと~、交易できる品とかあります?」

「交易ねえ……、猫ビールくらいかな? こっちは肉が欲しいな」


「一番の目的は交易なのかしら」

 テクラと村長の話が終わるのを待ちながら、聞くでもない言葉が零れた。呟きを拾ったエクヴァルが、うーんと少し前置きをして答えてくれた。

「バレンはラジスラフ魔法工房が有名だけど、特別な産業はないからね。ノルサーヌス帝国がポーション類の作成に力を入れ始めた今、国力の違いでシェアを奪われつつあるんじゃないかな。ノルサーヌスとチェンカスラーからの依頼は、確実に減っているだろうし」

 あんなに忙しそうだった親方の魔法工房も、少しは落ち着いちゃったのかしら。職人や見習いを抱えているから、仕事が減少したら困りそうね。


「冒険者がくるんだし、どうせなら宿をやって薬類も販売すればいいのに。薬を個人で買うお客は、やっぱり冒険者が一番多いもの」

「宿だって! すごいね、村に宿があったらカッコイー!」

「誰がやるの?」

「やりたい人がやればいいよ」

 私の独り言を聞いていた猫人族の子達が、盛り上がっている。ここにも猫の宿が出来たらいいな。あんまりお客は来ないかも知れないけど。

「宿とビール、儲けの匂いがするのに私は混じれない……」

 なんだかテクラがワクワクしたり落ち込んだりしているわ。もう完成した想像をしているのかな。


「ヒョウだ~!」

「怖い、大きいわ!」

 聞き取りが終わった頃、地上を走っていたエッラが合流した。猫人族が黒ヒョウの登場に、驚いて逃げてくる。

「あ、エッラ。終わったから次行くよ~」

「ええっ、私は今着いたばっかなのに!」

「ここに残ればどうだね」

 不満を口にするエッラに、ベリアルが言い放つ。

「行きます、残りません……!」

 いったん人の姿になったエッラだけど、またすぐ黒ヒョウに戻った。ちょっと可哀想ね。


 次に目指すはエルフの村だ。この先は飛ばずに歩くので、エッラも全速力で走らなくて済む。森を更に深い方へと進むと、幹の太い大木や、普通の森にはないような不思議な植物が目に付くようになる。

 ザワッと木の葉が揺れて、木の枝を何かが飛び移って移動している。もう村の近くで、エルフが見張っている範囲だわ。エルフが仲間に伝えに行ったのね。今回は呼び止められないので、私達だと分かっていて通してくれているんだろう。

「エルフの領域に入ったよ、あっちは私達を認識してる。見張りがいるんだね」

 黒ヒョウのエッラが、テクラに囁いている。

 テクラは興味なさそうに、へえ~と頷いた。


 エルフの村では門の付近にユステュスを含め、数人のエルフがいた。

「イリヤさん、そちらはお客様ですか?」

「この国の軍に在籍している、テクラと契約しているエッラです」

「は、はじめましてエッラです! 地獄の貴族の方と、契約者様とお見受けします。今回は私の契約者のテクラと、この森に住む種族について調査しています!」

 エッラが人の姿で、勢いよく頭を下げた。黒っぽい、濃い紫の短い髪が揺れる。

 ユステュスと契約している、地獄の伯爵ボーティスに挨拶しているんだわ。ベリアルをお出迎えするのに来ているから。


「……我々の内情を探られるのは不快ですが、盗賊被害からの復興に手を貸してもらいましたし、何よりイリヤさんのご紹介ですからね。とりあえず話は聞きましょう」

 ユステュスがテクラを村の中へ案内する。私は近くで採取をしたい。

「私達はこの付近で採取してますね」

「お帰りになるまでに、薬草を用意しておきますね。頼まれた指輪の方は、まだ仕上がっていませんよ」

「ありがとうございます」

 催促したみたいになっちゃったかな。

 ボーティスが同席するから、テクラとエッラもおかしな真似はしないわね。私は安心してその場を離れた。マナ溢れるエルフの森には、いい薬草が自生しているのだ。


「師匠、バベインが群生しております」

「これは助かるわね。リブワートもあるわ」

 上級やハイポーションに使う薬草だ。移植ゴテを用意して根っこを丁寧に掘る私の手元を、エクヴァルが立って覗き込んでいる。

「黄色い花がバベイン、根っこごと採取してるね」

「ええ、地下茎も必要なの」

「お手伝いしたいけど、スコップがないよ……」

 リニがしょんぼりしている。土が硬いし、無理に引っこ抜いたら根が切れちゃいそう。


「じゃあバベインを探してくれる? これは葉っぱや茎を使うから、根っこはいらないわ」

「うん! あ、これも見たことがある草……だと、思う」

「それはスクラオト、こっちはシャリュモーね。さすがリニちゃん、それも採取してね」

「良かった、当たってた」

 ホッとした笑顔でエクヴァルを見上げる。リニもしゃがんで、採取を始めた。積極的にお手伝いしてくれるから、どんどん色々覚えていくね。

 

「じゃあ私はこちらの仕事をするね」

 エクヴァルが剣を抜いた。両手を広げたような直径の幹を持つ木々の間に、赤黒い影が動く。魔物がいるのね。

 ガサッと草を踏み分ける音。一匹ではなさそう。

「ガルル……」

「エクヴァル、犬の魔物だよ」

「大丈夫、採取してていいから。アレは狙った獲物は逃さない犬の魔物、ライラプスだね」

いにしえの神の猟犬として作られた犬であるな」

 ベリアルがいう“古の神”とは私達が信奉する造物主とは違う、その後に悪魔になったりもする、人に近しい存在である神だ。


 姿を見せると同時に走り始めたライラプスの正面に、エクヴァルが立つ。

 飛び上がって襲いかかってくるのを寸前で避け、体を横から切り裂いた。戦っている最中を狙い突進してくる二匹目は剣を振りながら飛んで軽く躱し、斜めから迫るもう一匹に着地すると同時に斬りかかる。

 二匹を簡単に倒し、通り抜けた一匹はベリアルの火に包まれて動きを止めた。

「キャンキャン!!!」

 火を消そうと転がっているところを、エクヴァルが振り返り様に切り捨てる。

「もっと強い魔物はおらんのかね」

「集団で襲ってくるし嚙む力が強いんで、それなりに強い方に分類されるんですがね」

「ウ~、ガウウゥ!」

 別の角度から更に三頭が攻撃してきたが、ベリアルとエクヴァルで会話をしながら軽く制圧した。安心して採取に集中していられるわ。


 採取を続けていると、用事が済んだテクラとエッラがやってきた。エルフから薬草を預かっていて、横領せずにちゃんと渡されたわ。

 次は羊人族、それから兎人族の村の場所も教わったそうだ。兎人族の村は私も場所を知らない。採取を終わりにして、次の目的地へ向かった。大人しい種族にテクラを放り込んだら、迷惑を掛けてしまいそう。

「次は羊村~羊村~」

 テクラが草を蹴飛ばしながら元気にアナウンスする。土を踏み固めただけの細い道なので、所々草が生えているのだ。

「楽しそうですね」

「楽しくっない、ヤケだよもう! サボったらもらえる予定の安い賃金から、さらに引かれちゃうのよ……。問題を起こしたら労役が長くなるし、辛すぎる……」

「ほう、刑期の延長かね」

 テクラのぼやきに、ベリアルがにやりと笑った。

 お金が大好きなテクラは、労働の内容より金銭面が一番辛いみたい。


 羊人族の村はエルフの村から近いので、すぐに辿り着いた。門に近付くと、前回同様に子供達が集まってくる。

「お客さまだ~」

「この前の、カッコイイ魔法使いの兄ちゃんだ!!!」

「飛んで! 飛んで!」

「小悪魔ちゃん、角がおそろいだよ」

 セビリノが大人気だわ。また子供達に囲まれると期待していたのに。

 子供達が空飛ぶセビリノや変身できる小悪魔リニに夢中になっている間に、テクラとエッラは大人から聞き取りを済ませた。

 ちなみに普段村から出られないので外部の、特に別の種族を珍しがって集まる子供達だが、ベリアルは怖いのか、彼には誰も近付かなかった。


 次は兎人族の村。羊人族の村の、少し北にあるそうだ。誰かが歩いているような形跡はあるものの、この先に集落が存在するとは思えないような道ね。

「なんかあったみたいで、警戒が強くなってるから無理に入るなって注意された」

 先頭を歩くテクラが振り返り、村の場所と一緒に伝えられた情報を口にして、ダメなら諦めるからと前へ向き直った。

「兎人族って信じやすいからねえ、人に騙されたりするんだよね。たまにそれで、一気に人を寄せ付けなくなったりするらしいよ」

 エッラが説明してくれる。かなり純朴な種族らしいわよね。

 冒険者をしている一人には、以前会って話をした。さすがに人の町で仕事をしているだけあって、騙されやすそうな印象はなかったわ。


 密集した木々の間を進んでいくと、急に開けた場所に辿り着いた。人の背ほどの塀に囲まれ、門は閉ざされている。ここが兎人族の村ね。

「こーんにちはー。都市国家バレンの軍の者です。お話を聞かせてくれないかなー?」

 ドンドンと門を叩き、何度も大きな声で呼び掛ける。

 中で動くような気配があり、小声で囁き合っているのが耳に届いた。喋っている内容までは聞き取れない。

「人族だな!? 帰れ! お前達はすぐに嘘をつく!!! もう騙されない!!!」

 すごく怒っているわ!? 村に入れてもらえるかしら。

「「「かーえーれ! かーえーれ!!!」」」

「かーえーる」

「テクラ、何もしないで帰っちゃダメでしょ」

 大音量の帰れコールに、ここぞとばかりにテクラが仕事を放棄しようとしたので、エッラが止める。


 ベリアルを見上げた。

 追い返されたりしたら怒りそうだが、今回は腕を組んで静観している。面白くはないものの、テクラの為になる行動はしたくない、そんな感じかな。

 兎人族に何があったのかしら……!??

 エッラが黒ヒョウ姿で、塀の上に飛び乗った。そもそもテクラも飛べるから、その気になれば塀を越えることは可能だ。

「あのさー、調査に来ただけだから! 何があったか教えてくれれば力になるし、人が嫌なら私が話を聞くよ」

「警備団長、アレは悪魔ですよ」

「人じゃないな! よし、大丈夫だ。そのまま入っていいよー」


 え、エッラはいいの!?? あまりに簡単でビックリしたわ。

 ……なるほど、騙されやすい種族!

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