第411話 鷹よ、鷹よ
兎人族の村で響く帰れコール。しかし小悪魔エッラが呼び掛けたら、すぐに入れてもらえた。人に騙されたから、人でなければいいのかしら。
エッラが仕事をしたらテクラより安心かも、と考えていたら、門が開いた。
「入っていいよ~」
「いいんですか?」
説得してくれたのかな、それにしても軽いなあ。
兎のような長い耳が生えた兎人族に混じって、金髪のエルフと青黒い髪の悪魔がいるわ。ユステュスとボーティスだ。
「こちらの女性が猫人族を救った方だ。エルフ族も聞き取りに協力したし、君達も話を聞いてあげてくれ」
ユステュスが私を示すと、兎人族はわあっと歓声を上げた。
「すごい女性だ! 仲間を助けてくれてありがとう! さあさ、入って入って」
金属の棒を持った、背の高い兎人族が笑顔で手招きする。
こん棒や片手鍋を手にした若い男女の兎人族を数人従えているし、彼が最初に帰れと怒鳴った警備団長ね。しっかり仕事をしているとは言い難いわ。
「あの人が!」
「ようこそ!」
羊人族の村に行っている間に先回りして、ユステュスが事情を説明してくれたんだわ。ありがたいなあ。
「……遅い出迎えであるな」
「お待たせして申し訳ありません!」
ベリアルがブスッとしているから、ボーディスが必死に謝っている。本心ではどうでもいいクセに、意地悪する機会は逃さないんだから。
「あ! 青い髪!!! あいつ、嘘つきの仲間じゃないか?」
兎人族の若い男性が、エクヴァルを指さす。
「本当だ、青っぽいのと緑のがいたよね」
「どうしよう、やっぱり入れない方がいいかな」
犯人に似ていたのかしら? ボソボソと相談を始めた。
また閉められないよう、さっさと村の中へ足を踏み入れた。左右に木が生えていて、キレイに整列している。これは実が熱を下げる効果を持つ、シュヌー樹だわ。花が咲いているものの、まだ実は成っていない。
「エ、エクヴァルは悪いことしないよ!」
リニがエクヴァルの前に立って、庇うように両手を広げる。いつもエクヴァルに隠れているのに、こういう時は前に出るのよね。本当にいい子だ。
「小悪魔ちゃんが言うなら、悪いヤツじゃないに違いない」
「それにあの青っぽい髪の、女の子だったよ」
「じゃあ関係ないのかな」
一言で疑いが晴れた。こんなに単純でいいのかしら。むしろ私が心配になるわ。
「リニ、ありがとう」
エクヴァルがリニの頭を撫でると、リニは嬉しそうに頷いた。
「分かってもらえて、良かった……」
疑いが完全に晴れ、改めてユステュスを覗くと、彼は兎人族の村長と何かを話していた。
「例の件、イリヤさん達に相談するといいだろう」
「そうねえ、してみるわ」
兎人族の村長はわりと若い女性で、髪は短く羽根飾りをさしていた。ユステュスに言われて、近くにいる人に何かを命令する。
ボーティスはひたすらベリアルのご機嫌だけを気にしているわ。
「もしかして、人に騙されたって件? そういう相談に乗りにきたのよ、こっちで解決するからもう安心して!」
テクラがウィンクすると、村長がにっこりと笑った。
「助かるわ~、現物を持ってこさせてるから、見てちょうだい」
移動しながら、村長から説明してもらう。
数日前に村に迷い込んだ三人の男女が、兎人族にポーションなどの薬を売ったそうだ。
在庫処分セールで安くするから、と勧められてたくさん買ったが、いざ使ってみたらほとんど効果が現れなかったとか。
案内されたのは、平屋の大きな建物。会議室で椅子に座るとほぼ同時に、先程用事を言い付けられて去った男性が瓶を抱えて現れた。
「これです、効果のなかったポーション」
テーブルの上に並べられた瓶を、手に取って眺めてみる。一つ、二つと幾つか確認した。
「中級ポーションもあるけど、どれも同じようね」
「……ほぼ魔力を感じないよね……」
「元々効果が薄かったポーションが経年し、もはや効果は失われたのではないか」
テクラとセビリノも瓶を顔の前で揺らし、眉をひそめた。
「私もセビリノと同意見よ」
「師匠が仰るなら、私も正解ですな!」
意見だと言ってるじゃないの、勝手に確定までしてないわよ。
とりあえず、全てのポーションが使いものにならないのは確か。兎人族が全員ガッカリして、耳を垂らしている。
「せっかくなのに……」
「お礼に色々渡しちゃった……」
「じゃあこちらは私が回収して、同じ数だけちゃんとしたポーションを持ってくるね!」
落ち込んでいる兎人族の一人の背中を、テクラが軽く叩いた。兎人族はぺしょんとした耳を、途端にピンッと張った。
「え、本当に?」
「もっちろん! その為の調査だし、どうせ私の懐が痛むわけじゃないし。人間も皆と仲良くしたいんだよ」
「やったー」
「良かったね!」
喜んでハイタッチを始めた。国の調査だから騙しはしないだろう。とはいえ、あんなに拒否してたのに信じるのが早すぎないかな。
兎人族が騙されない為には、村に入れないしか方法がないのは理解したわ。
詐欺のポーション類は全て回収し、他の村と同じ聞き取り調査もする。
あと気になるのは、ドワーフが数人住んでいるという場所。ここは教えてもらえなかった。テクラとエッラは川沿いを探すので、会議室でお別れして一足先に村を後にした。せっかくここまで来たから、帰る前にまた薬草を採取しよう。
門をくぐるまで、兎人族が見送ってくれた。
「結局、あの監査員は来ませんでしたね」
「ずっと小悪魔が見張っておったわ」
「え? 気付きませんでした!」
テクラも気付いている様子はなかったわ。エッラは少し勘付いていたのかも。真面目にやってたし。ベリアルの目があるから、だけじゃなかったんだ。
「鷹に化ける小悪魔も珍しい」
ベリアルの視線の先には、木の枝に止まる焦げ茶色の一羽の鷹が。
私達の視線が集まると、鷹はビクリと震えて羽を動かした。羽の裏は白が多い。
「……クエッ、ターカタカタカ」
「阿呆、誤魔化したつもりかね! 鷹はそのようには鳴かぬ!」
「ひい、すみません~! それと見張っているのは内緒にしてください。契約しているのも、知られないようにしてるんですよー」
ベリアルに怒鳴られて、鷹の小悪魔が体を小さくする。身内の調査をするんじゃ、契約を知られない方がやりやすいわよね。
「わざわざ知らせるつもりなど、毛頭ないわ」
そもそも注意喚起するつもりがあれば、テクラがいる時に見張られていると教えただろう。意地悪なベリアルが、得もしないのにわざわざ相手の為になんて行動しない。
「……もしかして、今回の魔法アイテムの詐欺……、バレンの他の町でも似たような事例がある? そして犯人は判明しておらず、彼女も容疑者だったりするのかな?」
顎に手をあてて考えていたエクヴァルが、鷹の小悪魔に問い掛けた。鷹は少しの
「その通りだよ。テクラって魔導師は、お金の為になら犯罪者にも平気で協力するからね。今回は違ったみたいだなぁ。獣人族の村まで詐欺の犯人が来てたなんて、もしかするともう犯人はバレンから出ているかも知れない」
「ニジェストニアかチェンカスラーに向かった可能性が大きいね。行く先々で詐欺をしていると、捕まえるのは難しいかも知れない」
うーん、テクラは詐欺の疑いもあったのね。エクヴァルはよく気付くわね。
「ねえ、どうしてテクラ様が詐欺の犯人だと疑われていると思ったの?」
「いや単純な話だよ。今回の彼女の仕事内容が、ここまで存在を隠して見張らなければならないものじゃなかったから。不自然な状況があるなら、それが自然である事由が存在するんじゃないかってね」
なるほど。分かったような、分からないような。
とりあえず、普通に調査だけなら一緒に回ってもいい筈なのに、隠れて見張っていたのはそれなりの理由があっただろう、っていうお話ね。
説明を受けている間、ベリアルはそのくらい分からんのかね、と言いたげな小馬鹿にする視線で私を見下ろしていた。無視よ無視。
「ところで、鷹ってどう鳴くんですか? なんか周りに聞きにくくて」
聞こえる程度の小声で、恥ずかしそうに尋ねる鷹。それはそうだわ、鷹になれるのに鷹の鳴き方を知らないなんて。でも私も知らないわね。
「ピーヒョロロって鳴くのは……」
「それはトンビだね」
思い付いた鳴き方を提案したら、エクヴァルに軽く否定された。リニも首を
「鷹……どう鳴いてたかな……」
「鷹はピユー、ピウーと長く鳴きます」
「え、セビリノ上手じゃない! 高い音も出せるのね」
セビリノが鳴き真似をしてくれた。
聞いた覚えのある鳴き声だわ。アレが鷹だったのね、もっと可愛い鳥かと勘違いしていた。早速、鷹の小悪魔が真似をする。
「ピューピウゥー~~」
「鷹の方がセビリノより、鷹の鳴き方が下手ですよ」
「
口笛でも吹いた方が、ソレっぽくなりそうなくらい下手だった。鷹は翼を広げてはためかせ、森の奥へ消えた。テクラの監視を続けるんだろう。
私達はしばらく採取をしてから、暗くなる前に王都へ向かった。
いい薬草が手に入って、とても有意義だったわ。ハンネスへのお土産にもちょうどいい。
公爵邸は門番が立っていて、顔を確認しただけで門を開けてくれた。
ベリアルが一緒なので、ハンネスとキメジェスはいつもすぐに歓迎してくれる。
「イリヤさん、もうお帰りになったんですか」
「なかなか有意義でしたよ。約束の薬草を持って参りました」
空を飛ぶから、移動速度は陸路よりよほど速いのよね。私としては、それなりに滞在した気がしている。
「ありがとうございます! ぜひお泊まりください、公爵様は本日は夜会にお出掛けです。お帰りは深夜になりますよ」
「ええと、どうしますか?」
ベリアルを振り返る。家に帰りたがるかしら。
「そなたの狭い家よりマシではないかね」
「わりと広い方だと思いますよ」
「そうであるな、我が宮殿の一室のように広い邸宅であったな」
ぐぬぬっ。王様の宮殿と庶民の家を、比較しないでいただきたい。
せっかくなのでお泊まりして、お風呂に入りたい。私の家にはシャワーしかないのだ。ちなみにエグドアルムの実家は、シャワーもなかった。あちらではサウナ室くらいなのが、一般的。
広い客室に案内され、ナイトウェアを貸してもらった。美味しいご飯も出てくるし、最初は緊張したけど、慣れるととても居心地がいいのよね。セビリノもエクヴァルも慣れっこな感じなのは、貴族だからかな。リニは広すぎて不安になるみたいで、エクヴァルにひっついている。
「アウグスト公爵にお知らせする事案があります。先にハンネス殿に伝えておきましょう」
エクヴァルが真面目な表情で、案内を終えていったん戻ろうとしたハンネスを引き止めた。
兎人族を騙して効果のないポーションを売りつけた、アイテム詐欺のお話だ。バレン国内の他の場所でも詐欺をしていたみたいだし、チェンカスラーへ来た可能性もあるからね。
ハンネスは話に耳を傾け、
「……実はつい先日、効果のないポーションを買わされたという商人がいたそうです。ここに出入りする方から情報を得て、近いうちに事情を調査に行くところでした。バレンで詐欺を働いた犯人と同じ可能性がありますね」
「では調査に同行させてもらえますか?」
私が近付いてお願いすると、ベリアルがわざとらしくため息をついた。
「そなた、また首を突っ込むのかね」
「魔法アイテムで詐欺をするんですよ、放っておけません。もし冒険者が知らずに持ち歩けば、いざという時に大変なことになってしまいます!」
「それを楽しむのが、犯人のやり方ではないかね」
こちらも犯罪者予備軍だったわ。困らせて楽しむのにも限度がある。
どんな人がやっているのか、顔を拝んでやらねば!
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