第412話 ポーション詐欺師を追え!

 アウグスト公爵邸では使用人が早朝から掃除し、一晩中誰かしらが起きて警備をしている。

 ぐっすり眠ってしまったので、公爵が何時に帰ってきたのか、全然分からない。朝食の席には公爵も同席していた。

「昨日は留守にしていて、すまなかったね。ハンネスに貴重な薬草をありがとう、イリヤさんも必要なものがあったら、いつでも相談してくれ」

「ありがとうございます」


「効果のないポーションを売りつける商人の問題は、つい先日王都でも発生している」

 紅茶のカップを置いて、アウグスト公爵がため息をついた。

「イリヤさんが兎人族の村で被害を確認していますし、バレンからこちらへ流れてきたんでしょう。大事になる前に、移動しているようですね。もう王都にはいないかも知れません」

「なんにせよ、被害が拡大しないよう注意喚起をしなくては。私が商人や領主などに知らせるから、調査を頼んだ」

「はいっ!」

 ハンネスがハキハキと返事をした。今日の調査は、私も同行させてもらう。


「次に行く確率が最も高いのは、私どもの住むレナントでしょう」

 エクヴァルが指でトンとテーブルを叩いた。レナントは広い街道が通っていて、東西南北のどの方向に進むにしても、移動の中継点として勝手がいいのだ。

「私も同感です」

 魔導師ハンネスが頷く。地獄の侯爵キメジェスは、静かに紅茶を飲んでいた。

「北の防衛都市は常に有事に備えているので、わざわざあちらへ犯罪をしに行けば、簡単に捕らえられるでしょう。南に行くとして、混乱の続くトランチネルならばやりやすいでしょうが、その前にあるフェン公国は民間人も国の防衛や犯罪の摘発に協力的です。特に魔法アイテムを扱う犯罪者にとっては、リスクが高い。となると、向かう先は……」


 エクヴァルの瞳がアウグスト公爵を捉えた。公爵はなるほど、と小さく呟く。

「やはり峠越えか……。こちら側の国々で荒稼ぎして、中央山脈の峠を越えて他国へ逃れてしまえば、捕えられなくなる」

 山脈の向こう側の国とは国交はあまりなく、犯罪者の引き渡しも滅多に行われていない。もちろん堂々と追っ手をかけたりは出来ない。むしろこちらの兵が越権行為だとされて、捕まってしまうのだ。

 レナントを経由して逃げる算段ね!

「イリヤ嬢。王都での調査は任せて、私達はレナントへ戻った方がいいんじゃないかな。被害者が出ていないか、商業ギルドやジークハルト君に確認しよう」

 エクヴァルの言う通り、ここは任せて早く帰った方が良さそうね。レナントにいるなら、逃がさないようにしなきゃ!


「こちらの被害の状況や犯人の手がかりがありましたら、お知らせします」

「そうだな。ハンネスに任せてもらって、イリヤさんにはレナントを頼みたい。私は国境の警備を厳しくするよう進言して、領主や商人に注意喚起をしよう」

 アウグスト公爵は執事に指示を出し、登城する準備を始めた。本来なら王様と謁見するには、事前に許可や前触れが必要。公爵は王様の従兄弟で弱みも握っている為、断ると城の門の前で秘密の暴露を始めるんだって……。

 ハンネスとキメジェスは、被害者の話を聞きに行く。

 チェンカスラー王国から出てしまう前に、捕まえないといけない。猶予はあまりないわね。


「楽しそうな狩りではないな」

「当然ですよ、狩りではなく捜索です」

 ベリアルは相変わらず遊び半分だわ。今回はやる気がないわね。

 あまり張り切っても町が火の海になりそうだし、このくらいでちょうどいいのかな。

「では失礼します!」

 慌ただしい帰路になった。王都から延びる道には、商人や冒険者が歩いている。荷馬車の隊列が緩いカーブで間隔を広くしていた。


 レナントに戻り、門番のマレインに青っぽい髪の女性と、緑の髪の男性二人を含むグループが通らなかったか質問した。兎人族の村で教わった、犯人の特徴だ。ただ、他にも仲間がいるのか不明だから、三人組とは限定しなかった。

「うーん、ここは通らないな。他を通ったかも知れないし、確実なことは答えられないよ」

「そうですよね。詐欺をしに来ているかも知れませんので、ご注意ください」

「詐欺? 隊長に報告してもらえるかな、そうすれば隊長から皆へ通達されるんだ」

 隊長であるジークハルトに教えて、部下に通達してもらったら早いわね。見回りも強化するだろうし。

「私が伝えましょう。イリヤ嬢は商業ギルドを頼んだよ」

「ええ」

「行ってくるね……! イリヤも頑張ってね」

 ジークハルトへの連絡はエクヴァルとリニに任せ、私は繁華街へと足を向けた。


「……なんだかジークハルト様に会わせないようにされた気もするわね。……もしかして、私もポーション詐欺に関わっていると疑われそうなのかしら!?」

「阿呆かね。ジークハルトの若僧も、そこまで愚かではあるまい」

 一度ベリアルにキツいお灸を据えられているものね。さすがにないか。

「師匠が疑われるとしたら、危険な魔法を広めた、などではないでしょうか」

「そんなテクラ様みたいな」

 彼女みたいに、盗賊に広域攻撃魔法を教えたりしないわ。セビリノは時々私を、嬉々として危険人物扱いするわよね。


「ところで師匠、ポーションの話でしたら、先にビナール殿の店へ行かれては如何でしょう。犯人が接触している可能性があります」

「確かにそうね。まだ来ていなくてもこれから売りに来るかも知れないし、買い取らないよう注意した方がいいわ」

 セビリノの助言を受け、ビナール堂の本店を先に訪れた。数人の冒険者が店内で防具などを選んでいる。

 会計をしている人が終わるのを待って、受付の男性に声を掛けた。

「ビナール様はいらっしゃいますか?」

「申し訳ありません、会長は席を外しております」

「では戻られましたら、“隣国バレンで効果のないポーションを売る詐欺が行われ、犯人がチェンカスラー王国入りしています”と、お伝えください」


 男性はまばたきをして、体をこちらに寄せた。周囲に聞こえないよう、小声で喋る。

「まさに、怪しいポーションの売り込みがあった件でお出掛けです。購入はしていません」

「レナントに来ているんですか……!」

 エクヴァル達の読み通りね。バレンと同じ犯人に違いないわ!

 私達はすぐに商業ギルドへ向かった。


 商業ギルドでは商人同士が商談をし、受付で登録をしている人もいた。こちらは冒険者ギルドほどの賑わいはない。

「イリヤ様、お久しぶりです」

 レナントに住み始めた頃から親切にしてくれている水色髪の受付嬢が、にこやかに挨拶してくれる。

「お久しぶりです。実は都市国家バレンから来たのですが、あちらで……」

「つい先日、怪しげな商談を持ちかける商人がいたんだが、こちらに情報は入っていないか?」

 説明しようとしたところで、ビナールの大きな声がギルド内に響いた。商談中の商人も入り口のビナールに顔を向け、不思議そうに顔を見合わせる。


「失礼、それはどのような?」

「……と、セビリノ殿……様? ええと、ゴホン。ポーションなんだが」

 いつもハキハキして決断の早い彼が、突然質問した驚いてセビリノに言い淀んでいる。

「うむ」

 セビリノは頷いて、話の続きを促した。注目が集まっているので、この場で周知するつもりだろう。

「大量に取引がしたいと、持ち掛けてきた人物がいたんだ。見本に持ってきた一本は、確かな品質のポーションだった。だが、ポーションは未熟な作り手だと品質にバラつきが出る。俺はまず少量で取引しようとしたが、安くするから、この町に留まるわけではないからと、とにかく多く売ろうとする」

 兎人族の村で聞いた内容と、だいたい一緒ね。違うのは即決で買わなかったこと。やっぱり兎人族は騙されやすいのねえ。


 ビナールは更に続ける。

「しかも他国から来ているからと、商業ギルドの登録もポーションの認定証も持っていないんだ。明らかにおかしかった。持っていたのはノルサーヌス帝国の魔法アイテム職人の認定証だが、古くて本人の年齢と合わない」

「髪の色は?」

「濃い水色の女性と緑の男性で、護衛もいたな。一見すると普通の商人だ」

 話を聞き終わった後に、今度はセビリノがバレンでの詐欺の話をすると、ギルドの職員も真剣に耳を傾けた。

「同じ連中だろうな……」

「私も同感です」

 目付きを鋭くするビナール。お金を払っていなくて、本当に良かったわ。


「あ~、買う素振りを見せておくんだった! 疑ってかかったから、俺の前には姿を現さないな、これじゃ」

 ビナールが頭を掻きむしる。購入の意思を示してポーションを持ち込ませれば、その場で捕まえられたから。

「宿などは教えられていないか?」

 両手で頭を抱えた姿勢のビナールの正面にセビリノが真っ直ぐに立つと、手酷く責めているように写るわね。

「滞在先を尋ねても、もう移動するからとかたくなに教えなかったんですよ」


 居場所は不明のまま。まだレナントにいるかも分からない。

 ベリアルが窓の外へ視線を向けている。

「どうかしたんですか?」

「何でもないわ」

 サッと顔を反らして数歩移動した。怪しいわね。とはいえ、追及しても答えないだろう。

 アレシアの露店にも、気を付けるよう言いに行かなきゃ。


 私達はその足でアレシアの露店を訪問した。アレシアとキアラがお喋りしながら、商品を並べている。

「二人ともただいま」

「イリヤさんお帰りなさい。早かったですね」

「イリヤお姉ちゃん、リニちゃんは?」

 値札を置いていから、キアラが私を振り返る。

「ちょっと別行動をしてるの。レナントには戻っているわ。ところで、怪しい人は来ていない?」

 ポーション詐欺の話をすると、アレシアはそういえば、と思い出すように視線を泳がせた。

「作製に失敗したり、売れ残って処分に困っているポーションがあったら買い取るって言う、変な人はいました。品質向上の為の研究に使うそうですけど……」

「ポーションの瓶も買い取りたいって言ってた。余分にはないし、売ってないよ」


 処分品の買い取り! これも他の人に高く売りつけるつもりだったのかしら。

「多分その人ね」

「来たのは昨日の朝で、濃い水色の髪の女性でしたよ。ここら辺では見ない顔でした」

「ありがとう。薬で不正する人だし、絶対に捕まえるわ!」

 私が決意を述べると、キアラは冷めた目をしてポンッと椅子に座った。

「……イリヤお姉ちゃん、捜査は兵隊さんのお仕事だよ。無謀なことはしちゃダメだよ」

 てっきり応援してもらえると思ったのに、キアラに注意されてしまったわ!?

「全くである。跳ねっ返り小娘にキツい説教をしてやるが良い」

「ベリアルさんも大変だね~」

 しかもベリアルが同情されている。勝ち誇った表情で私を見下ろしているわ。納得いかない!

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