第413話 密偵小悪魔(リニ視点)
「私が伝えましょう。イリヤ嬢は商業ギルドを頼んだよ」
エクヴァルがイリヤにこう告げて、レナントの町の入り口でイリヤと別れた。私とエクヴァルで、ジークハルトに詐欺の報告に行く。
私はエクヴァルを見上げた。
「どうしたの、リニ?」
「……なんでもない」
首を横に振る。きっとエクヴァルは、ジークハルトをイリヤから遠ざけたいのね。
そんなことしなくても、エクヴァルの方がかっこいいし強いし、優しくて素敵だよ。と、思う。言葉にするとエクヴァルが照れちゃうんだよね。
町は王都ほどではないけど、人通りが多くて賑わっている。
人々に混じって、イサシムの大樹っていう冒険者チームのメンバーが歩いているよ。依頼を終えたのかな?
「あ、エクヴァルさん、リニちゃん。こんにちは!」
リーダーのレオンが元気に挨拶する。私は慌てて頭を下げた。
「こ、こんにちは」
「用事があって守備隊長を捜してるんだよね、見掛けなかった?」
「ジークハルト様なら、この時間は巡回してるわね」
エクヴァルの問い掛けに、治癒師のレーニが答えてくれる。よく把握してるなぁ。……定期巡回なら、エクヴァルも覚えてそうだな。
「ありがとう」
「イリヤさんはいないッスか?」
弓使いのラウレスが、私達の周囲をキョロキョロと見回した。年上が好きらしい。
「……一緒じゃないよ。用があるのかな?」
「いや~、聞いただけ!」
エクヴァルがちょっと怖い感じに言うから、ラウレスは焦っている。脅しちゃダメだよ!
「バカね、エクヴァルさんに聞くんじゃないわよ。心が狭いのよ、ああいう男は」
ほら、魔法使いのエスメに誤解されちゃった。私は必死に否定する。
「せ、狭くないよ!」
エクヴァルは本当にいい人間なんだよ。通じたのか、大柄のルーロフが目を細めて小さく頷いた。そういえば、全員合流したのね。村の復興は終わったのかな。
五人はこれからギルドへ依頼終了の報告をして、食事をするんだって。
私達は住宅街の大通りへ進んだ。エクヴァルが歩くのについていくと、ジークハルトが前から来て遭遇したよ。
「奇遇だね、ジークハルト君」
「エクヴァル殿、帰られたのか」
「実は隣国のバレンで、ポーション詐欺が起こってね。犯人がチェンカスラーに来ている」
エクヴァルの説明に、ジークハルトは真剣に耳を傾けた。一緒にいる部下も話を聞いている。
「……報告、感謝する。その……、ところでイリヤさんは」
「彼女も戻っているよ」
しれっと教えたよ。
すれ違いざま、エクヴァルはジークハルトの肩に手を置いて顔を近づけた。
「君は本分を果たしたまえ」
にっこり、笑顔だけどなんだか圧力を感じる。エクヴァルってば。
連絡を終えたから、商業ギルドへ向かった。イリヤ達はまだいるかな。
ギルドではちょうど商人のビナールが駆け込んで、詐欺の話を始めたところだった。エクヴァルが外から様子を眺めているから、私も黙って一緒にいたよ。
気付いていると言わんばかりに、ベリアル様がこちらに視線を流す。
「いやあ、本当に鋭いね……」
「わ、私がいるせいかも。王様からは隠れられないよ」
「うーん、私だけでも見つかる気がするな」
苦笑いするエクヴァル。話を終えてイリヤ達が出ていってから、エクヴァルは商業ギルドへ入っていった。
「あ、えーと……、イリヤ様の護衛の方!」
冒険者ギルドでは名前を覚えられているけど、こっちではそういう認識なんだね。水色の髪の受付嬢が、イリヤ様と行き違いになりましたよ、と笑顔で教えてくれる。
「やや、一足遅かったようですね。イリヤ嬢から詐欺の話は聞いていますよね? 守備隊には知らせたので、その報告まで」
「わざわざありがとうございます。冒険者ギルドには、こちらから連絡しますね。といってもすぐ隣ですけど」
「お願いします」
話ながら、エクヴァルは視線だけわずかに動かして受付や奥のサロンを確認していた。そしてギルドを出てから、窓から中が見える位置に移動して、小声で私に話し掛ける。
「リニ、今席を立った若い男を追ってくれる? 行動が怪しい」
「分かった! 盗賊の一味かも知れないのね」
私は黒猫に変身して、ギルドから出てきた男性を追った。
最初に外から眺めていたのは、怪しい人物がいないか見てたのね。
男性は町を通り抜け、門の外まで出ちゃったよ。身分証は、商人みたい。私はコウモリになって塀を越えて、そのまま木の枝に隠れながら男性を追った。
北門の東にある森を少し入った場所で、誰かと合流した。
濃い水色の髪の女性、緑色の男性二人。きっと兎人族が言ってた、詐欺師に違いない!
「姉御、もうバレてます。ここはさっさと撤退した方がいいぜ」
「マジで? チェンカスラーなんてチョロいと思ったのにさぁ。ボスに顔向け出来ないわね。はぁ、ボスはもう峠を越えたかしら。私らもさっさと続こう」
女性がこの人たちのリーダーで、上にボスがいるのね。ボスは、先に逃げてる。国境は越えられていないかしら。
「兎人族は楽勝でしたがねえ」
「さすがに仕事した気になんないよ、あんなに楽じゃ」
兎人族を騙した悪い人達で決定ね! 皆が笑っていて、全然反省してない。絶対、捕まえるんだから!
その後の相談をしているのを聞いて、私はエクヴァルのところへ戻った。
見聞きした内容を、しっかりと報告する。
「……ちゃんとした身分証を持った仲間がいて、ギルドで堂々と情報収集してるワケか。ご丁寧に人前では接触しないようにして。国境の様子はどうかな、気になるね」
「私が見てくる!」
「見つからないようにして、一人でキュイに乗れる? 私が行ってもいいけど、見られて怪しまれでもして、雲隠れされたら困るからね」
「大丈夫だよ。任せて!」
私は堂々と胸を張った。キュイと一緒なら、ちゃんとできると思うの。頑張るね!
離れた場所に移動してワイバーンのキュイに乗り、国境を目指す。
「キュイ、密偵のお仕事だよ。目立たないようにするんだよ」
「キュウゥイン!」
背中を撫でると、キュイが大きな声で返事をする。割りと高い声で鳴くんだよね。
「ダメだよキュイ、密偵だから小さな声で喋らなきゃ」
「キュウゥ」
「うん、いい子」
褒めながら、背中を撫でた。キュイは嬉しそう。
国境の手前の広い場所で降りて、キュイに待っていてもらう。私はまたコウモリに変身して、街道沿いに森の中を飛んだ。東側の国々と分断している中央山脈の、低くなっているところに東西を繋ぐ大きな道が通っているよ。
国境は兵士が封鎖していて、東に渡る人は何組も足止めされている。
「アウグスト公爵家に盗賊が押し入り、厳重な警備を抜けて幾つかの高級品を盗んだとか。次の連絡が入るまで、緊急の依頼がある者以外は通せない」
盗賊? どうしてそういう話になってるのかしら。
よく分からないけど、誰も通ってないみたい! 足止めされている人達の顔を全員確認してから、その場を離れた。
キュイに乗って、レナントへとんぼ返り。ワイバーンだからワイバーン返りになるのかな。道には冒険者や、商人がまだ歩いている。
あのね、封鎖されているんだよ。教えてあげたいけど、犯人かも知れないから気付かれないようにしないといけない。
レナントの外の、犯人の一味がいるのとは反対側の門の付近へ降りた。
小悪魔一人だと、門を通るのに時間がかかっちゃうのよね。私は門番の目に入らない場所でコウモリに変身して、行きと同じように塀を越えた。
塀の近くで待っていたエクヴァルと合流する。
「エクヴァル、国境を見てきたよ。出るのは完全に封鎖されてた」
私は見聞きした内容を、全て報告した。
それと、犯人の一味がどの人達かは分からないけど、幾つものグループが待機したり引き返したりしていたこと。
「公爵様のおうち、盗賊が入って大事なものが盗まれたのな……?」
「いや、違うね。速やかに封鎖させる為の方便だよ。詐欺集団らしき一味が国外逃亡するかも知れないという不確かな情報より、被害があってそちらへ逃げた、とした方がいいと判断したんじゃないかな。国外逃亡はほぼ確実だと踏んだんだろうね」
「嘘をついちゃったの……? 後で怒られない……?」
「心配しなくても大丈夫だよ。公爵様だし、緊急事態だからね」
エクヴァルはいつもの笑顔。公爵様だと怒られないのかな。エリゴール様はいつも、ベリアル様に叱られている気がする。
考えていたら、エクヴァルが私の頭を撫でた。
「私は冒険者ギルドに依頼を見に行くけど、リニはどうする?」
「あ、お土産を渡さなきゃ。あの、預かってもらってた荷物、出してもらっていい?」
エクヴァルはアイテムボックスに収納していた、私の布の手提げバッグを取り出した。アレシアとキアラ、それからイサシムの皆とハヌにお土産があるの。さっきイサシムの皆と会ったのに、渡すの忘れちゃった。
露店でアレシアは何か書いていていて、キアラは針仕事をしていた。小さなぬいぐるみ、キアラが作って売っているの。
椅子の横に箱を積んで、テーブル代わりにしているよ。ハサミや針や鉛筆がフタ付きの小箱に入れて、箱の上に置かれている。
「あ、リニちゃん。さっきまでイリヤさんが来てたよ」
「アレシア、キアラ、ただいま。あ、あの、……お土産が、あるの。気に入ってもらえたら、うれしいな……」
私は手提げバッグから、塩と貝殻を出した。貝殻は大きいのや小さいの、巻いたような形をしているものの詰め合わせが、お店で売っていたの。それと干した海藻。長持ちするし、使いやすいよ。
「ありがとう! 貝殻、可愛いね。キアラと半分こするね」
二人とも喜んでくれた。安っぽいってガッカリされなくて、良かった。
「ところでリニちゃん、イリヤお姉ちゃんが詐欺の人を捕まえるって息巻いてたよ。お姉ちゃんって、ちょっと抜けてるところがあるよね。兵隊さんの邪魔にならない?」
「ええと……っ、あのね、まだ詐欺の人がいるかもだから、しー……」
イリヤ、話すなら口止めしないとダメだよ。抜けてるところがあるって、否定できないよ。
キアラは両手で口を覆った。
「そっか、気を付けないと」
「うん。それでね、エクヴァルも一緒に捜査をするから、……大丈夫だよ。エクヴァルは国でね、偉い人の護衛をしたり、貴族の犯罪を調べたり、悪人が隠してる証拠を探したりも、してたの」
「えー、エクヴァルさんカッコイイね」
アレシアが私に顔を寄せて、すごいと両手を合わせる。エクヴァルの良さを、分かってもらうチャンスだよ!
「エクヴァルは優しいし、カッコイイの! ぶ、部下の人は怖いって言うけど、真面目だから、そう見えるだけなの」
「なんかエクヴァルさんの印象が変わるね~」
キアラがうんうんと頷いている。針を針山に戻して、お喋りに集中しているよ。
道を歩いている人が増えてきた。露店のお客はなかなか来ない。
「私も、私もね、エクヴァルのお手伝いをするの。悪い人を全員、捕まえちゃうから」
「頑張ってね、リニちゃん」
「うん!」
応援されると、嬉しいね。しっかりお仕事しよう。
「リニちゃんって、エクヴァルさんのことになると口数が増えるよね~」
キアラに笑われちゃった。張り切り過ぎちゃって、ちょっと恥ずかしい。
私はそそくさと二人の露店を後にして、イサシムの大樹の皆の家に行った。まだ誰も帰っていなくて、ハヌが庭で昼寝をしていた。
「フシュー、シュー」
私に気付いて、柵までやってくる。
「ハヌ、お土産があるよ。勝手に食べさせたらいけないかも知れないから、皆がいる時に渡すね」
「ヒュ~……」
柵の隙間が広く開いているところから、手を伸ばす。ハヌが頭を寄せてくるので、しばらく撫でていた。
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