第161話 その頃のルフォントス皇国(ヘイルト視点)
私はヘイルト・バイエンス。ルフォントス皇国の第一皇子付きの魔導師だ。
ルフォントス皇国は、側室の子である第一皇子と、皇妃の子である第二皇子が、後継者争いをしている。
第二皇子は剣はそれなりに使えるんだけど、おだてに弱いアホな性格。頭はあまり良くなくて、取り巻きにいいように乗せられてる。皇妃である母親は、この皇子に甘くて、第一皇子を嫌ってる。社交的で派手な感じの人物。
私が仕える第一皇子は、部下に気安い付き合いやすいドジで、それなりに頭の回転が速くて人間性もいい。大人しい感じの人物だ。側室である母も、穏やかでにこにこしていて、癒し系な人。
しっかし。ある時、皇帝陛下は突如意識を失い、そのまま倒れてベッドに運ばれた。しばらくして意識を取り戻すも、今までの威厳に満ちた姿から一変、歩くのがやっとのようで、どうもまだ意識の混濁が解消されないようだった。
薬草医の診察でも、どんな回復魔法でも、ましてや全ての病を治す秘薬ソーマを二度飲んで頂いたが、効果は全く見られなかった。
これは内臓を病に深く侵され、治療が不可能な状態という事か。長く生きられないのではないか。そんな噂が囁かれ、皇帝陛下御自身も気弱になられたようだ。
事もあろうに、第二皇子シャーク・ショルス・デ・ゼーウが、サンパニルの侯爵令嬢ロゼッタ・バルバートと結婚した後、戴冠式を行う。次期皇帝はシャークにする、などと言い出したのだ。
寝耳に水だよ! いくらなんでも、突然そうなるなんて!
「おい、アデルベルト皇子殿下! もうこうなったら、誰かたらしこんで結婚しちゃって下さい! こちらに勝機が見えるかも!」
と、進言したんだけど、聞き入れてもらえなかった。
策を弄する暇もなく、我らは他国との親善と会議の為、国を発つしかなかった。
かなりやられたタイミングだ。
その上我らの留守中に、ルフォントス皇国が強引に開戦し、武力に劣る小国、モルノ王国を陥落した。皇帝陛下はまだ病床でろくに意識もないらしい、第二皇子の独断だろう。陛下は道理に背く方ではない。
最低だろ、貢物を要求しただけ寄越さないから攻めるとか。戦争の理由がそれだけなの? そんな小国を攻めるのに……? しかも第二皇子の婚約者の父であるサンパニルの侯爵、バルバート元帥まで引っ張り出して。
先の皇帝陛下の時代に、ルフォントス皇国が森林国家サンパニルに攻めた時、バルバート侯爵は五分の一の兵力しかない状況だったのに、最小限の被害で国境を守りきった戦上手だ。彼はその時の功績もあり、元帥に任じられている。
今度はルフォントスの先兵にさせられるとは、数奇なものだよね。
まあ大体想像がつくぞ。あのバカ皇子、佞臣共に我が国の威を示すとか、兄である第一皇子との差を見せつけてやりましょう、とか言われて、その気になったんだろ。締まりのない表情が目に浮かぶ。お前の周りにいるやつら、勝てる戦争で甘い汁を吸おうとかしか考えてないぞ。ろくでもないにも程がある。
同時に私の主である、第一皇子の暗殺も忘れずに工作までして。おかげでしばらく帰国が延期になったよ。あっはは、まさに相手の思う壺。いや面白くないけど。
終戦と同時に第二皇子は婚姻を結び、戴冠式まで待ったなし!
……に、なってしまうはずだった。
ここで、誰もが予想しなかった事態に発展する。
モルノ王国の恭順の証として連れて来られた第五王女に、このバカなシャーク王子が一目惚れ。かつて自分が強引に結婚を申し込んだ婚約者、サンパニルの侯爵令嬢ロゼッタ・バルバートに、国の為に仕方ないから側室にしてやる、などと言い放ったらしい。
令嬢は気が強かったらしく、泣きながら輿入れ……などせずに、約束に違反する、婚約は破棄すると
結婚式も、その後の即位式もキャンセル! やったね!
モルノ王国の第五王女は現在、ルフォントスの第二皇子、シャーク殿下の宮殿で暮らしている。毎日あのバカ皇子が会いに行っていて、色々貢いで仲良くやっているらしい。
重臣達は渋い顔をしているけど、皇帝陛下は体調が思わしくなく、特に口出しもしないようだ。
この頃には、毒を盛られて一時は生死を彷徨っていた第一皇子アデルベルト殿下が回復。その時の薬はスピノンの市で、偶然エグドアルムの宮廷魔導師が出店しているとギルドの人にこっそり教えてもらって、買いに行かせた物。かなり良く効いた。あまりの効果に、まさかここまでも罠で、信用させて落とすんじゃないかと疑ったほどだ。状況や聞いた話から、一行はチェンカスラー王国周辺へ向かっただろうと目星をつけて、お礼と称して私が様子を探りに行った。
憧れのアーレンス様とお話できて魔法も見られたし、反対にエグドアルム王国の協力を取り付けられたぞ。こんないい結果になるなんて、自分の才能が恐ろしい。私はやはり、天に愛されているんだな。人はいいけど間抜けなドジ皇子の守をする為、幸運が与えられているに違いない。
私が戻った頃には、第一皇子殿下は国に帰って皇帝陛下の代理を務め始めていた。第二皇子は反発するが、愛しい彼女に会いに行く時間が長くて助かる。ほんっと何もしないな、あのバカ皇子。本音を言うと、仕事をやる気すらないヤツなんて“こいつは役立たずです”って、焼きゴテで体に焼き入れて放り出したいけど、皇子じゃなああ。
実はエクヴァル殿と話をした後、エグドアルム王国の皇太子殿下に連絡を入れたんだ。返事はすごい。
『既にそちらに手の者を送ってあるから、接触させる。我々は第一皇子を全面的に支援する』
との事だった。
エグドアルムの後ろ盾があると公表して、第二皇子の即位を阻止するつもりだったんだけど、緊急性がなくなったのでいったん隠しておく。
で、なぜかロゼッタ・バルバート侯爵令嬢は、中央山脈を越えて逃亡した。
ルフォントス皇国の者に命を狙われている、という忠告を誰かから受けたらしい。
追跡者は確かに現れ、一行は令嬢とメイド一人を残し、ほぼ全滅。
その時に助けてくれたのも、エクヴァル殿たち! これはもう、縁だね。むっちゃ頼っていいよね。令嬢の事はひとまず丸投げにしよう、助かるな。
なんせこっちでは、我々第一皇子派が、第二皇子との結婚を阻止する為に刺客を送ったなんて噂になってるからね! 火がないところに煙が立ったぞ、これが政治か。火消しが大変だあ!
現在は肩身が狭い思いをしてるところ。
皇帝陛下の容体は回復の兆しがなく、第二皇子はモルノ王国の第五王女に首ったけ、我が主である第一皇子は戦後処理をしてる。おい、なんで主がやってんの。蚊帳の外だったのに。
損な性分なんだよね、だからみんな手を貸したくなるんだ。
エクヴァル殿に送った書状の返事では、令嬢を連れてエグドアルム王国に行くことを匂わせていて、皇帝陛下が病床にあるとも知らないフリをしてくれている。色々とやりやすい。ささ、うまくこれを洩らさなきゃな。第二皇子側に通じてるヤツは、見当がついた。一人じゃなかったらヤバいんだけど。
ああ、気が合う友人って、いいな!
第二皇子が皇帝の座に着けば、我々が粛清の対象になるのは目に見えている。
そこまでやる奴らだ。
他の国々に高圧的な態度をとるだろうし、何をしでかすかも解ったものじゃない。我がルフォントス皇国は、そんな野蛮な国じゃない!
これは本当に、負けられない。
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