二章 エグドアルムの使節団

第162話 お買い物

「外に出たいんだけど……」

 ロゼッタとロイネが二階から降りて来た。ベルフェゴールも顔を出す。

「構いませんでしてよ。私がご一緒しますから」

「なら、私も行こうかしら。どこか見たい場所がございますか?」

「せめてお食事の用意をさせて頂きたいので、食料の買い出しに行っても宜しいでしょうか」


 メイドのロイネが食事を作ってくれる! 今は買って来たもので済ますか、エクヴァルとセビリノが交代でやっている状態。私も少しは料理するんだけど、二人の方が上手でレパートリーも多い。エクヴァルは手早く余りものなんかで作ってくれて、セビリノは本を見ながらで作るのは遅いんだけど、丁寧にやってくれる。

 申し訳ないのでこの前工夫した料理を出したら、エクヴァルに

「……悪くはないけどね、君は基本に従って」

と、言われてしまった。確かにあんまりおいしくなかった。

 この時ばかりはセビリノも、味方してくれなかった……。ベリアルなんて、もちろん食べてくれないよ。美食家を気取ってるから。


「おっはよーさん! 今日はどうするの?」

 ちょうどエンカルナがやって来た。みんなで出掛けよう。リニもポーチを持って出て来たし。

「わ、私もお買い物したい」

「じゃあ今日は女性だけで出掛けましょう」

 私が提案すると、リニは嬉しそうに頷いた。

「いいわね。ベルフェゴール、久しぶり!」

「エンカルナ。またお話したいと思っておりましたのよ」

 二人はルシフェルのファン仲間なので、仲がいい。


「女性だけ? 私は?」

「アンタは留守番! じゃあね!」

 出掛ける準備をしてきたエクヴァルに、エンカルナが元気に手を振る。一緒に行く予定だったのね、悪い事を言っちゃったな。

 エクヴァルの前で、無慈悲に扉は閉められた。 

 閉ざされたドアの向こうから、ベリアルの笑い声がした。


 野菜、お肉、調味料。見たいものは色々ある。チェンカスラーはフルーツが豊富なので、収穫したての美味しいフルーツも沢山ある。そしてそのフルーツを使った、スイーツも!

「あ、失敗した。荷物持ちに連れてくれば良かった」

 エンカルナが重い野菜なんかを持ってくれながら、呟いた。エクヴァルを置いて来た事を後悔している。ロイネも色々と抱えてるけど、まだ買い物は終わってないのよね。

「わ、私も持つ」

「じゃあリニちゃん、私のハーブを持ってね」

「ところでお茶にでも致しませんこと? 先ほどから美味しそうなスイーツが見受けられて、気になっていましたの」


 ベルフェゴールはケーキが好きみたいで、さっきからケーキ屋さんをよく眺めていた。彼女も重い荷物を持ってくれているけど、ケロリとしてる。

 だいぶ門の近くまで来ちゃったし、もっと中心地に近い方が喫茶店とかあるのよね。戻ってお茶に、と思った時だった。


「た、助けてくれ!!」

「急げ! 皆、町の中に早く!」

 門の外から聞こえてくる、数人の叫び声。

「……何かあったみたいね。ロゼッタさん、ロイネ。どこかのお店に入りましょう」

 エンカルナが二人を守るように立ち、チラッと周りを見て近くにある古びた喫茶店を指した。言われたロゼッタは、門の方に目を凝らしている。

「でも、助けなくていいの……!?」

「それは守備兵の仕事よ。もしも敵が潜んでいたら、この機に乗じて仕掛けてくるわ。貴女は自分の身を守ることが最優先なのよ」


 町はざわざわとして、様子を見に来た人や、逆に逃げようとする人が交錯している。これからもっと混乱するかも知れない。ロゼッタはエンカルナに諭されて、大人しく従った。エンカルナは辺りを警戒しながら、二人を喫茶店に誘導した。リニも不安そうに後ろを歩いてる。

「私、見てきます!」

「……ベリアル様の契約者の方は、好奇心旺盛ですこと。仕方ありません、私がついていきますわ」

 ベリアルだったら、そうこなくてはって言ってくれるんだけど。私だけ我ままを言ったみたいになってる!

 

 二人で門の近くまで行って人ごみの間から覗くと、荷馬車と護衛の冒険者らしき一行がこちらに向かって走っていて、門から滑り込んできた。荷馬車には商人と荷物、それに怪我人も乗っている。冒険者の二人は商人達が町に入ったのを確認して、門の外に再び出て行った。

「すまない、対処できずに連れてきてしまった……」

「心配するな、伝令を頼んだ。すぐに助けがくる」

 灰色の鎧を纏った門番の男性が、槍を手に追ってきた魔物を見据える。門番の横には息を切らした若い青年が居て、彼が一足先に走って状況を伝えに来ていたようだ。冒険者という感じじゃないし、商人側の丁稚なのかな。


 追って来てるのはペイという食人種カンニバルの仲間、アラカイだ! 姿は毛むくじゃらで人間に近く、負傷者の血の匂いに寄って来て、血を吸い肉を喰らう魔物。

 集団で来られると厄介なんだけど、三、四体しか姿は見えない。冒険者の斧に血が付いているし、何体かは倒した後かも。とはいえ、もうすぐ近くまで迫っている! 槍を持った門番の男性二人が各々アラカイに向かい、冒険者は一人が矢を放ってアラカイを撃ち、矢が腕に刺さったのをもう一人が走って行き、戦斧で勢いよく斬り倒した。

 

 門番の方は、一人はアラカイの胸を貫いて討伐できたんだけど、もう一人は弾かれて接近されてしまった。すぐさま下がるが、アラカイの鋭い爪が振り上げられて避ける術すらない。

「手間のかかりますこと」

 荷物を抱えたままのベルフェゴールがクイッと人差し指を動かすと、門番とアラカイの間に土が盛り上がって、人のような形になった。それが襲ってくる爪を受け、ボロボロと崩れる。


「た、助かった……!?」

 門番は崩れていく土を見ながら、体勢を整えて再度槍を構える。

 砕ける土の塊は彼女の指の小さな動きに合わせる様に、落ちながらくるりとアラカイを囲んだ。足を固めて、動きを阻害している。

 槍を握り直した門番の男性は、手を動かして尚も近づこうとするアラカイを貫き、引き抜いた時には、それはほとんど動かなくなった。

 最後の一体も冒険者と門番が協力して討伐し、無事に全て退治された。


「気が済みましたでしょう。皆と合流いたしますよ」

「はい」

 冒険者達や門番は辺りを見回しているけど、ベルフェゴールがやった事だとは気付かれていない。このままくるりと向きを変えて、みんなが行った喫茶店へ向かった。年代物の木の扉をくぐったあと、バタバタと応援の兵たちがやって来るのが見えた。


 店内にいたお客の多くは窓辺に立って外を見ていたけど、何があったか解ったのはエンカルナくらいだった。騒がしい店内で、顔を近づけて小声でささやき合っている。

「さすがね、ベルフェゴール!」

「ルシフェル様の御名を汚すような事は、致しません」

「え、何があったの?」

 ロゼッタの問いかけに、二人は同じような笑顔を浮かべるだけ。


「そういえば、スイーツを食べるんでしたっけ? 何かいいものはありそうでした?」

 リニがそわそわと座ってるのが、私達の席だよね。まだみんな注文していないみたいだし、メニューは広げられたまま。そうだったと、エンカルナが席に戻り二ページめくって、書かれた絵を示す。

「手作りシフォンケーキが美味しそうよ。さっき食べてる人が居たの」

「わ、私もふわふわのケーキ……食べたい」

 リニも興味津々。

「私もそれでいいわ。ロイネもいいわよね? 皆で頼みましょ」

 ロゼッタが全員が頷くのを確認して、手を挙げて店員を呼ぶ。

「注文したいんですけど、宜しいかしら?」


 皆でシフォンケーキと飲み物を頼んで、スイーツタイムにした。

 常連さんが通ってそうな年季の入った店構えだし、興味がわかなくて入った事のないお店だったけど、とても美味しくて値段も安め。お店のおじさんとおばさんは笑顔で、居心地のいいお店だった。

「添えてあるこのジャムも、手作りなのよ」

「裏にブルーベリーの木が植えてあって、うちで採れるんだ」

 ブルーベリーがゴロゴロと入っているジャムに、優しい甘さのクリーム。シフォンケーキはふんわりしっとりで、とってもおいしい!


 この後はお肉を買って、飲み物やパンも購入し、皆たくさん荷物を持って帰った。

 エンカルナとベルフェゴールの二人はお茶をしている間中、ルシフェルの話。さすがにロゼッタとロイネは引いていて、私とリニちゃんと一緒に別の話をしていた。

 メイドのロイネが作ってくれた料理はおいしくて、オムライスも具だくさんのミネストローネも、お店で食べるような味だった! ウチにずっと居てほしいわ。エクヴァルが野菜を切るお手伝いをしながら手順とかをチラチラ見てたんだけど、覚えようとしてるのかな。そしたら、またこのスープが飲めるかな。

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