第163話 行く馬車、来る馬車
ベリアルとセビリノと、出掛けることにした。
そろそろエグドアルムからフェン公国へ行く使節の人が来るようで、エンカルナとエクヴァルは待機している。
まずはビナールのお店にポーション類を卸して、ちょっと町を散策しようと、歩き出した時だった。
「あ、イリヤ。久しぶりね!」
ルチアだ。Bランク冒険者の魔法使いで、赤茶の髪に茶色の目をして裾の短いローブを着ている。ドラゴンの鱗の依頼で一緒に戦った、二人組の冒険者。
「お久しぶりです。お仕事ですか?」
二人は見たことのないグレーの髪の男性と一緒だった。
「探してたんだ、聞きたい事があって。彼は薬草販売なんかをしてる商人」
槍を使う、軽装のリエト。水色の短髪で、青い瞳をしている。
紹介された男性は、軽く頭を下げた。
「レグロって言います。……て、この前の薬草市に居た悪魔!?」
「ぬ? よく見れば、小悪魔の契約者の男であるな」
言われてひょこっと、三人の後ろに居た小悪魔が顔を出した。小さな角があり、しっかりした太い腕をしていて、力がありそう。
ワステント共和国でベリアルの荷物持ちをさせられた、ダンだ!
「あれ、お知り合い?」
「薬草市で、少々。私は小悪魔のダン君しか見ておりませんが」
「そうなのか。話が早くていいや、彼はレナントの北にあるテナータイトの町で、薬草の店を開いてるんだよ。僕らはルチアの杖を買いにテナータイトへ行ったんだ。その時に護衛の依頼を受けてね。フェン公国へ薬草を卸しに行った帰りなんだ」
フェン公国が安全になったから、今は前みたいに商人や冒険者が行き来している。トランチネルからの難民の中には、フェン公国で就職して暮らし始めている人もいるらしい。
「レナントで泊まったの。ついでに最近、レナントに腕のいいアイテム職人さんがいるらしいって話を聞いたって言うから、貴女を探してたの。イリヤのことでしょ?」
ルチアが杖で私をさして聞いてきた。そうなのかな?
「やはり師匠はこのような町に隠れていらっしゃっても、御高名は留まるところを知りませんな!」
何故かとても嬉しそうに頷いている、セビリノ。そんな大げさな話じゃなかったと思うんだけどな!?
「あれ、そういれば彼は?」
リエトとルチアは、セビリノとは初めて会うんだっけ。
「私は師の一番弟子であります、セビリノ。以後お見知りおきを」
「さすがに立派なお弟子さんが居るんだなあ!」
「あのかっこいい魔法使いの兄ちゃんの、師匠さんなんだ~」
商人のレグロと小悪魔のダンは、疑うことなく感心している。
「で、そなたら、何故イリヤを探しておったのだね?」
ベリアルが促す。そういえば本題が進んでいないわ。
「そうでした、実はポーションを仕入れさせて頂きたくて。これからの時期、薬草の収穫が減るんですよ。代わりの売り物として、質のいいポーション類が欲しくって」
「そうでしたか。申し訳ありませんが、私が作製したポーションはちょうど今、全部卸したところでございまして」
求めてもらえるのは嬉しいけど、売るほどないなあ。
「……師の品には敵うものではないが、私のポーションは如何か?」
おお、セビリノが売り込んでる。ちょうどフェン公国に持っていくエリクサーとかを色々と調合してたから、ついでにたくさん作ったのね。
「男爵領は冬が厳しくて、餓死者や凍死者が出るって言ってたものね。高く売れるといいわね」
「……男爵領?」
レグロが私達を見た。
「私はセビリノ・オーサ・アーレンス。エグドアルム王国の宮廷魔導師をしている。フェン公国とのガオケレナの輸入の交渉などで来ており、余分に作ったポーション類を販売する場所を探していたのだが」
「エグドアルムの、宮廷魔導師!?」
尋ねたレグロが驚いて、彼が見本に出したポーションを両手で受け取ってじっと眺めた。
「あ、見たって解んないや。でもすごいモノに違いない!」
「だよな~、レグロ。買いだなあ!」
いいの、それで!? ここではなんだからと、近くの喫茶店に入って、値段交渉なんかを始めた。リエトとルチアも一緒なんだけど、あまり喋らなくなった。
「では宮廷魔導師様の作と入れさせてもらって、高級品として販売します!」
交渉は成立、高い値段で買い取ってもらえた。セビリノはこれを全額、男爵家の領の為に使うみたい。ちょうどエグドアルムの人が来るから、運んでもらうんだろう。
私はその間、パフェを食べて満足。お金はレグロが払ってくれた。
「じゃあね」
荷馬車が出発する。五台ほどで、それと別にレグロとダンを乗せる馬車が用意されており、リエトとルチア、それから数人の護衛が歩いている。
私達は空からお見送り、と思ったんだけど。
街道の先、町から離れた所で林に潜む集団が居るのが見えた。
「……師匠、盗賊の一味と思われます。フェン公国との交易で、大金を得たと思われているのでしょう」
「先に知らせましょう!」
「先に殲滅すれば良いではないかね」
「巻き込まれたら大変じゃないですか!」
ベリアルは戦いたいだけだ。全くもう。
すぐに隊商の元へ行き、盗賊が待ち伏せている事を伝える。
飛行魔法で降りたので、説得力はバッチリだ。
いったん馬車を止めさせて、引き帰すか進むか、護衛を呼んで相談を始めた。盗賊の人数の方が明らかに多い、このまま行ったら危ないところだった。
「弓や魔法の攻撃で奇襲されたら、だいぶ不利になる所だったな」
「ねえリエト、向こうはこちらの様子を伺っていて待ち伏せしてるのよね? 引き帰すにしても、すぐに動きが知られて追ってくるかも」
リエトとルチアの会話を黙って聞いていたレグロが、しばらく考えてから頷く。
「……うん。下手に逃げるよりも、しっかりと考えて先手を打った方がいいかも知れない」
責任者であるレグロが進むことを選択した。私達も一緒に行くことにする。
ゆっくりと馬車を進めて、待ち伏せされている林の出口が見えた所だった。
馬の嘶きが聞こえ、攻撃が開始された。
どうやら先に別の人達が、反対側から来ちゃったみたい!
「様子を見てきます、ここでしっかり守りを固めていて下さい!」
「気をつけてね、イリヤ!」
リエトとルチアや、レグロの隊商の人達はここで待機。
私とセビリノ、ベリアルは戦闘が始まった方へ向かった。ベリアルは退屈してたから、特に早いぞ。
「……あの馬車は!」
襲われている馬車を見た、セビリノが飛ぶ速度を上げた。私も見た事があるわ、アレはエグドアルムの使節団の馬車ね!
「負傷者は後ろへ下がって! まずは魔法で迎撃、馬車は死守なさい!」
黒髪の女性が指揮をしている。馬車には身分の高い方が乗っているのだろう。
最初の弓矢でけが人が出たらしいけど、盗賊たちの魔法使いが放った魔法は彼女の防御魔法で完全に防いでいる。さすがに襲撃に対して体勢を立て直すのが早いわ。
「さて、我の相手は誰がするのかね!?」
剣を手にしたベリアルが、声に振り向いた槍を持つ盗賊に斬りかかった。
「おい、こっちからも来たぞ!」
「何とかしろ!! 貴族の馬車が先に来るなんて、計算違い過ぎるだろ!」
どうやらもっと後に来ると思っていた馬車が、先に通りかかってしまったようだ。
数人の盗賊が襲い掛かって来るのを、待ってましたとばかりにベリアルは片方から炎を飛ばし、すぐに反対に進んで腰の引けた相手を斬る。近くにいた別の盗賊が横から突いてくる槍を軽く躱し、腕に一撃加えると、近くにいる別の男の足元から火を噴き出させた。
圧倒的だわ。
同意してないから命までは取ってないけれど、もうベリアルの周囲にいるのは戦闘不能状態に陥った者ばかりで、彼しか立っていない。
セビリノは弓の的にならないよう木に隠れた場所で浮かび、馬車へと向かう盗賊に向かって、魔法を唱えている。
「まがき輝きを放ちたる
これは闇属性の黒い霧を発生させて視界を塞ぎ、痺れなどをもたらせて動きを阻害する魔法。いったんこの霧に包まれると、しばらくの間は体が動かし辛くなる。そして闇属性が強くなる。ので。
ベリアルがとても元気になっちゃう魔法。
彼の炎が勝手に出力を上げ、ゴウゴウと燃え盛る。
盗賊たちは突然何も見えなくなって混乱し、叫び声をあげている。
馬車を守る兵は魔法の霧が晴れるとともに突撃、ろくに身動きの取れない盗賊たちはあっという間に制圧された。
「助力感謝する。……、なんだアーレンスじゃないか。それにイリヤさん達」
エグドアルムの使節の馬車から出てきたのは、皇太子殿下なんですけど! なんで商談に殿下が御
「殿下、お戻りください。出発いたします。すぐに町に知らせませんと」
黒髪の女性が殿下に馬車に戻るよう促す。
「解ったよ、アナベル。じゃあまた後で。あ、エクヴァルには内緒ね。驚かせるから」
エンカルナもメンバーを秘密にしてたのは、こういう事だったのね。殿下もわりと意地悪なんだなあ。
「では私は先に戻り、守備隊に伝えます」
「任せたよ、アーレンス」
「はっ」
セビリノは私にも礼をして、町へと飛んだ。使節団の馬車も、すぐに隊列を整えて出発の準備をしている。頭目らしき人だけ捕らえて、あとは兵に任せるみたい。
「我らも戻るかね」
「あ、レグロさん達に伝えませんと」
殿下達の馬車が行くから、早く知らせないと驚いちゃうね。
うーん、でも何て伝えよう。エグドアルムの皇太子殿下の馬車が代わりに襲われてくれました、って?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます