第160話 ペガサス便です!
山中で襲われて殺された場合、通常はそのまま山の中に埋められる。一人二人で手間が少なく馬車など運搬のための手段がある場合や、仲間の人が麓や近くの村まで運んでくれる場合を除いて、埋葬は山中になってしまう。
運ぶのが大変という事もあるけど、血の匂いが肉食の魔物や動物、
サンパニルの侯爵令嬢ロゼッタ・バルバートの護衛達も、死亡した人数が多かったので、確認に行った兵たちが山中の道から反れた場所に埋葬してくれてあった。
遺品を確認したロゼッタが、声を殺して泣いていた。
生き残った一人と面会した時は、相手が先に泣きだした。お嬢様は生きていると教えられても、顔を見ないと安心できなかったみたいで。お互いに謝っていた。
「申し訳ありません……、生きていて下さって、本当に良かった……」
「私の為に、ごめんなさい……。みんな死んでしまったわ。……なんてお詫びしたらいいのか」
「お嬢様は何も悪くありません。卑怯な罠を仕掛けた、ルフォントス皇国の奴らの責任です! 必ずこの事を国に知らせ、奴らの罪を暴きます!!」
エクヴァルとエンカルナとセビリノも、一緒に居る。第一皇子じゃなくて、婚約者だった第二皇子の仕業みたいなんだけど、教えなくていいのかな?
エクヴァルとエンカルナが何か目配せしてるから、黙っていよう。
ちなみにベルフェゴールは、今日は部屋を整えるために家に居る。ルシフェル様のベッドを使うわけにはいかないって言ってるけど、あのベッドが部屋の大部分を占めているんだよね。壁際においてある、二人掛けソファーで寝ることにしたみたい。あのソファー、いつあの部屋に入れたのかしら……。悪魔の事は気にしないに限る。
薬がよく効いて怪我がしっかり治ったので、護衛の人はもう普通に動ける。いいポーションを使ってくれたみたい。今日は彼との面会と、遺品の引き渡しに兵舎に来たの。遺品は洗って綺麗にしてくれてあった。
護衛だった兵たちは札を持っていたから、誰かはすぐに解るようだ。所属なんかを証明する札と、形見になりそうなものを一つ二つずつ。これを、サンパニルの家族に返さなきゃならない。
「……私はまだ、帰ると危険そうなの。辛い役目になるけれど、この遺品を国の家族に返してあげて欲しいの……」
「いえ、私がお嬢様をお守りいたします! 今度こそ、この命に掛けて」
力強く言ってくれるけど、ロゼッタは首を振った。
「今お世話になっている方々よ。この方たちと相談して決めたの。飛行魔法を使えるレベルの魔導師様が、二人もいらっしゃるの」
「飛行魔法を!? こんな普通の町でですか……!?」
「やや、自己紹介しようか。私達はエグドアルム王国の、皇太子殿下の親衛隊の者でね。こっちの彼は宮廷魔導師。ちょうどフェン公国とのガオケレナの商談なんかで、滞在していたんだ。彼女のことは任せて頂きたい」
「そうよ、ガオケレナの産出国の御令嬢だものね。助けて損はないわ」
先に説明を受けていたようで、ロゼッタは護衛に頷く。
「下手な相手といるより、よっぽど安全よ」
「最善を尽くすと約束する」
エクヴァル、エンカルナに続いてセビリノも、戸惑う男性に声をかけた。
「しかし、敵はルフォントス皇国です……」
やっぱり敵が大国だから、売られるんじゃないかとか心配になるみたい。
「そこを解説しておこう。まず、ロゼッタ嬢を狙ったのは婚約者であった第二皇子。我々は第一皇子とは連絡を取り合っていたけど、彼女の行方に関して心当たりがなく、探していたよ。そしてかの国で早速、第一皇子が命を狙ったと流されている。まだ明るみになっていない事件の、犯人だとね」
エクヴァルの淡々とした語りを聞いて、ロゼッタもメイドのロイネも驚いている。
「第二皇子……、シャーク皇子殿下が私を!? それに噂になるにしても、早すぎるわ……!」
「解ったでしょ、誰が犯人か。貴女、皇位継承争いに巻き込まれ中なの。その男性は帰すなら今ね」
エンカルナの指摘に沈黙し、両手をグーにして握り締めていた。
「……ありがとうございます。少し、やるべきことが見えてきた気がします。彼らは国に帰ってもらう。私は絶対、生き延びてみせるわ!」
「お嬢様、私はお傍に仕えさせて頂きます」
「ロイネ、でも……」
言い淀むロゼッタに、エンカルナが明るく声をかける。
「貴族のお嬢さんなら、身の回りを頼むメイドは必要じゃない。大丈夫、エクヴァルは鬼だけど、無謀な事は引き受けないわよ」
「……鬼は必要ないんじゃないかな?」
「いやあね、ほんの事実確認よ!」
やっぱり仲良いんじゃないかな、この二人。
「ところで、どのような手段でご帰国なさいますか? 馬車は壊れていたそうですが……」
「それよね」
私の質問に、ロゼッタは首を捻っている。とにかく帰す、としか考えてなかったみたい。考えていると、そうだ、とエクヴァルが手を打った。
「そういえば、ペガサス便が来てたね。乗せてもらおう。値段は高いけど、一人なら乗せてくれるはずだよ。彼自身は狙われているわけじゃないし、一般人の服装に着替えれば問題ないんじゃないかな」
「でもたまに空を飛ぶ魔物に襲われるんでしょ? 人を乗せて山を越えるのは、結構危険じゃない?」
ペガサスは攻撃できないものね。エンカルナの心配も尤もだわ。
「私が送ろう」
ワイバーンの出番だ! ワイバーンなら攻撃も出来るし、空を飛べても弱いような魔物は寄ってすらこない。
「じゃあ私も山の向こうまで送るね」
「師匠がいらっしゃるのでしたら、私も」
「いやいや、一番狙われるのはロゼッタ嬢だから。セビリノ君はお留守番ね」
エクヴァルに断られて、セビリノがガッカリしてる。エンカルナは、からかう様な目でエクヴァルをニヤニヤと見ている。
さて、ジークハルトにお礼と挨拶をして、ペガサス便を頼む。
ペガサス便は冒険者ギルドで頼めるの。早速行ったら、ちょうどペガサス便の人が居た。最初は人を乗せるのはリスクが高いと断られたけど、山の向こうまで護衛をすると言ったら引き受けてくれたわ。ペガサスはワイバーンほど早く飛べないし、二人乗りは更に速度が遅くなる。
山さえ越えればだいぶ不安は減るので、サンパニルまで送って行ってくれることになった。そのままエクヴァルが送っても良かったんじゃないと思ったんだけど、ワイバーンに騎乗しているなんて印象が残り過ぎるから、まだエグドアルム王国の動きを知られない為にも、これ以上は近づかないんだって。
で、その日の内に出発。
ペガサス便の人が護衛の男性を乗せ、ワイバーンに騎乗したエクヴァルと、反対側に飛行魔法を使う私。そしてついて来たベリアル。もうどんなドラゴンが襲ってきても怖くないね。
やって来たのは二羽のロック鳥だった。とても大きな鳥で、人間も馬もその足で掴んで巣に連れて帰り、食料にしてしまう恐ろしい鳥。
「出た、アレだ……! 仲間が怪我をさせられて、命からがら逃げて来たんだ!」
ペガサスに乗っていた人が叫んで、速度をあげて逃げようとしてる。ペガサスよりロック鳥の方が、飛ぶのが早い。一人でも逃げ切れるか微妙なのに、二人乗りだと更に厳しくなる。
ロック鳥が狙いを定めて大きく羽ばたきをすると、風が起こってヒュウっと音がした。
「ご心配なく、問題ありませ」
「一体は我の獲物であるな!!」
ペガサス便の人に落ち着いてもらおうと声をかけているのに、ベリアルはもうロック鳥に向かって突進してる。
手に赤い剣を出現させ、炎を勢いよく正面から浴びせた。突然の火に驚いたロック鳥が高度を下げて逃げようとするのを、背中に降下し剣を深く突き刺して、炎を傷口からドッと吹き込ませる。
「キイイィィッ!!」
甲高い鳴き声を上げ、ロック鳥は翼を広げたままあっけなく落ちた。
「光よ激しく明滅して存在を示せ。
もう一体には手から放つ雷を浴びせる。閃光とぶつかりバチバチと体を包み、痺れの効果もいかんなく発揮されている。速度が遅くなったソレにエクヴァルがワイバーンを駆って、素早く下に入り込んだ。
「はああっ!」
ワイバーンの背に立ち上がって剣を両手で自分の前に掲げ、すぐ真下を通り過ぎながら一気に切り裂く。ロック鳥はそのまま飛ぶことが出来ずに墜落して、少ししてドオオンと大きな音が響いた。
さすが、もうかなりワイバーンを乗りこなしているわね。
「す、すごい。こんなに簡単に、二羽のロック鳥が退治された……!」
「空中でこんなに戦えるとは……。この方達にお嬢様をお守り頂けるのならば、何より心強い……!」
興奮するペガサス便の人。後ろに乗っているロゼッタの護衛も、私達の戦いを見てロゼッタを置いて来たという心残りが晴れたみたい。信用されて良かった。
他には特に攻撃してくるような魔物はいなかった。山脈を横断して、そこでお別れ。ペガサス便の人にすごく感謝された。ロック鳥に困っていたんだって。もう他にいないといいんだけど。
私とエクヴァルは再び山脈を越えて、レナントへと戻る。
「ワイバーン、競争よ!」
「ギュイイ!」
「競争とな! 我も加わろうぞ!」
私が飛行速度を上げると、ワイバーンもスピードを上げてついて来た。ベリアルは私より少し先を行く。私も本気のベリアルには追い付けないのよね。
「え、ちょっと待って……、ワイバーンってこんなに早かったっけ!?」
「この子とはエグドアルムで競争してたから、早くなったのよ」
「そうだ、君らはワイバーンより早く飛べるんだっけ……!」
エクヴァルがワイバーンに、先程よりもしっかりとしがみ付いている。この速さになると、余裕がなくなってくるみたいね。
「もっといけるわよ!」
「ふはは、そうこなくてわな!」
「やめてくれ~!!!」
楽しそうなベリアルと反対に、悲痛な声のエクヴァル。
帰りはあっという間にレナントに着いたんだけど、エクヴァルに飛ばし過ぎだってお小言を頂いた。
この時ばかりはワイバーンも、エクヴァルの言う事を聞いてくれなかったみたい。
ちょっと反省した。
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