第159話 ヘイルト君からの手紙(エクヴァル視点)

「エクヴァル、お手紙よ」

 イリヤ嬢が渡してくれたのは、ルフォントス皇国の魔導師ヘイルト・バイエンスからの書状だった。通信用に使っているであろう、鳥の聖獣が届けてくれた。

 ルフォントスくらいの国なら、通信魔法は開発しているだろうな。向こうも秘匿しているんだろうし、他国の我々とやり取りは出来ないが。早速ソファーで内容を確認することにした。



『前略 我が友へ!


 先日は色々ありがとう!後半酔って少々記憶が飛んでるけどね。

 こちらは国に戻り、慌ただしく過ごしております。戦争は勝利の内に終了、しかし第二皇子とサンパニルの御令嬢の結婚は取りやめになりました。第二皇子が他の女性に懸想してしまったからです。


 サンパニルの侯爵令嬢、ロゼッタ・バルバートは、現在行方が知られていません。どうやら中央山脈を越えて逃げたらしいのです。どこからか暗殺計画があることを察知したみたいで。

 そして、何故か我々第一皇子派に命を狙われていると、こちらの宮廷では囁かれております。皇位継承権を第二皇子に渡さない為に、阻害して追い立て、暗殺を企てていると。


 まさか婚約が破棄され、しかもこのような流言を広められると想定しておらず、こちらは相変わらず危うい立場です。

もしもかの御令嬢をお見かけしましたら、是非ご一報ください。先に保護せねばなりません』



 なるほどね。だいたい予想通りだ。しかし先手を打って命を狙っていると広められたのか。これはもし彼女が殺されたら、少なくともルフォントスの中では第一皇子の仕業と見られてしまうな。彼女の身を守ることは、第一義だ。この先も追手が来る可能性は高い。


 イリヤ嬢とセビリノ君にもこの手紙を見せて、私はすぐに返事をしたためることにした。聖獣は律儀に玄関すぐの場所で待っている。



『やあ、親友。手紙を見たよ、大変だね。しかしご安心を。その御令嬢は、我々がチェンカスラー王国滞在中に、出会って保護しております。エグドアルム王国は遠く、女性を連れての旅は容易ではないでしょう。だからと言って、そちらには戻らない方が良さそうだね。一先ず君からの連絡を待つよ。皇帝陛下に、くれぐれも宜しくお伝えください』



 私の返事も二人に読んでもらった。特に彼女は、知らないと問題を起こすからね。今回は予想不可能で楽しいな、などと言っていられない。残念だけど。

「ねえエクヴァル、これだとエグドアルムに帰ろうとしてるって誤解されない?」

「それでいいんだよ。多分、この内容も敵方に漏れるんじゃないかな。ていうか、漏れる様にしている気がする。だから誤解されるように書いて、敵に無駄足を踏ませるワケ」


 精々エグドアルムを探っているといいだろう。我が国の諜報員は有能だからね、逆に色々と掴んでくれるだろう。

 できればここからエグドアルムまで馬車で帰って、囮になってくれる人がいればいいんだけどな。エンカルナ一人じゃね。メイドも行動を共にしている事は知られているから、女性二人は必要だ。


「皇帝陛下? 第一皇子じゃなくて?」

「これはね、こちらは皇帝陛下が病床にあると知らなくて、第一皇子に橋渡しを頼んでると思わせる為なんだ。相手はこういう綻びを見つければ、チャンスと思うでしょ」

「ふむ。接触してくるでしょうな」

 セビリノ君が頷く。

 第一皇子ではなく皇帝陛下と誼と結びたいと思っているなら、第二皇子側もチャンスがあると近づいてくるかも知れない。もしくは、病に伏せっているのを隠して後ろ盾を得ようとしているのだと、切り崩しにかかって来る可能性もある。そういう餌なんだ。


 この手紙を盗み見て、動きがあれば探りやすくなる。

 実はエグドアルムからの密偵が、もうルフォントス皇国に入ってるはずなんだよね。皇位継承がどうなるのか、森林国家サンパニルとの関係はどうなっているのか、攻められたモルノ王国の現状は。知りたい事は山ほどある。


 返事を聖獣に託し、令嬢を守りつつ次の連絡を待とう。いづれ森林国家サンパニルか、ルフォントス皇国に行くことになるかも知れないな。ロゼッタ嬢を送り届けることにもなるだろうし。

 それにしても、そろそろエグドアルムからの使節が来るの頃かな? エンカルナめ、まだ誰がやって来るのか教えてくれない。また側近の誰かが来るのか? でもそうすると殿下の守りが手薄になる。


「さて。そろそろ私は地獄へ戻ろうかな」

 ソファに腰かけていたルシフェル殿が、立ち上がった。

「ではお送りします」

 召喚したセビリノ君が、送還の準備を始める。

「その前に。ペオルを喚んでくれるかな」

 ペオルことベルフェゴール。ルシフェル殿の秘書の女性だね。なぜかロゼッタ嬢とメイドのロイネもここに呼ぶように、と申し付けて。


 イリヤ嬢が二人を呼びに行っている間に、セビリノ君が召喚を開始。彼はあまり召喚術を使わないけれど、そこら辺の術師よりよほど手際がいいな。

 地面じゃないから、紙に座標を描いて召喚をする。

 座標の場所に葉の擦れる音が響き、大地の匂いがして女性が姿を現した。

茶色い髪をまとめてアップにしていて、メガネをかけた秘書のような女性。赤茶色のスラッとしたズボンに、裾が膝裏くらいの長さの上着を着ている。

 ちょうど来て召喚を見たロゼッタ嬢たちは、とてもスムーズだと感激していた。


「やあペオル。君に頼みがあるんだ」

「ルシフェル様! 何なりとお申し付けください」

 すぐさま平伏するベルフェゴール殿。ルシフェル殿の命令は、思いもよらないものだった。

「君に、この令嬢と契約してほしい」

「そなた、本当に唐突であるな」

 ベリアル殿も予想がつかなかったようだね。

「……ルシフェル様がお望みならば、私に異存はございませんが、どのような契約に致しましょう?」

「私、召喚術に関しては全くの素人ですわ」

 二人のやり取りに慌てたのは、当のロゼッタ嬢だ。本人が置き去りだね。

「ご安心なさい。その発言で召喚術を理解していないことが、推測できます」

 

「経緯はあとで誰かに聞いてもらうとして、その女性の行く末が知りたくてね。彼女の身を守る契約をし、私に報告する事。いいかな?」

「お任せくださいませ! では契約に取り掛かります。私はベルフェゴール。娘、貴女の名を名乗りなさい」

 ベルフェゴール殿の手に、契約用の羊皮紙が姿を現した。そうだった、上位の存在は自分で作成して持っているんだね。光を帯びていて、彼女の名前が言葉に合わせて記されていく。

「ロゼッタ・バルバートよ」

「ロゼッタですのね。私は貴女の身を守ります。代償は、そうですわね。賃金でいいでしょう。期限は当面の危険が去ったと、私が判断した時までといたしましょう」


 ロゼッタ嬢はイリヤ嬢に視線を送った。唐突過ぎてどう答えたらいいか、解らなかったんだろう。召喚師ではない彼女にろくな説明もしないで契約なんて、ハードルが高いよね。

「大丈夫です、とてもいい条件ですよ。ルシフェル様が見届けて下さる契約です、危険はありません」

「わ、解ったわ。契約します」

「私も契約に同意いたします。これで締結ですわね」

 羊皮紙が一段と光り、やがてだんだんと輝きが薄らいでいった。

 一枚をロゼッタ嬢に、もう一枚はベルフェゴール殿が持つ。


「では、私はこれで帰ろう。ペオル、私が借りていた部屋を使うといいだろう」

「る、ルシフェル様のお部屋をですか!??」

 いや、ルシフェル殿が借りていた部屋、だってば。しかしベルフェゴール殿は恐縮しつつもとても嬉しそうだ。


 ルシフェル殿が送還されてから、イリヤ嬢からロゼッタ嬢に召喚と契約について簡単に説明がされた。

「このロゼッタさんは、婚約者が心変わりをされて、現在命まで狙われている状況なのです」

「……婚約者の心変わり。やはり結婚など、するものではございませんのね。自ら破棄されたなんて、とても素晴らしい心がけです、ロゼッタ!」

 婚約破棄と聞いて、なぜかベルフェゴール殿がとても嬉しそうなんだけど!?

「あ、ありがとう……!?」


「趣味の良い人選であるよ。そのベルフェゴールは遥か昔、人間の結婚について調べておってな。幸せな結婚など存在せぬと、結婚嫌いになって人間の世界から戻ってきおった」

「私は正しい事実を確認に赴いたのです! 結婚なんて、するものではないと解りましたの。ですから彼女の決心はとても気高いものと理解します。私がしっかりと、護衛させて頂きましょう」

 ……何を見たんだろう、彼女。ちょっと聞いてみたい気もするな。

 まあ、これでエンカルナがいつフェン公国に行くことになっても大丈夫だね。

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