第158話 ボーティス君だよ!
サンパニルの侯爵令嬢、ロゼッタ・バルバートとメイドのロイネを助けて、二人が今いるのは私の家。二番弟子のアンニカが使っていた部屋を、使ってもらってる。二人で泊まるのには狭いんだけど、ここなら安全だからと、二人は文句を言わずにいてくれてる。
そのあとエンカルナがエグドアルム王国からやって来た。皇太子殿下の側近で、エクヴァルの同僚。ガオケレナの輸入なんかの事で来たんだって。他の人達も来るからと、彼女はあまり大きくない宿に泊まって、全て貸し切りにしてる。
フェン公国の偉い人と会談をするらしく、前回のパイモンの時に顔見知りが増えたセビリノが、段取りを付けに向かった。
エクヴァルはというと、ロゼッタとロイネ、エンカルナと一緒に、ジークハルトの所に事情聴取を受けに行った。護衛の人は一人だけ助かって、治療を受けている最中。治るまでは兵舎に泊まらせてくれる。
まずは婚約破棄云々の話は隠しておいて、とある貴族の娘だと知られて狙われた、という説明で済ませるみたい。
現在家に居るのは、私とベリアルとルシフェル、それからリニ。悪魔ばっかり。リニは私の傍に居る。さすがに怖いみたいね。
「イリヤ、誰か来たよ」
リニに言われて玄関に行ってみると、なんとボーティスだ。ベリアルに言われてエルフの集落に住み、盗賊に襲われ壊された村の復興を手伝っている、ラピスラズリ色の目をした悪魔。紺色のコートに白いズボンを穿いて、革のベルトをしている。
「失礼します、ネクタルが出来ていている頃合いかと思いまして」
そうだった、まだ被害者の救済が終わっていないのよね。ニジェストニアという国で、奴隷にする為に
薬の準備は出来てるの。
「少々お待ちください、すぐにお持ちします」
リニに案内をお願いして、ソファーに座って待ってもらった。私は慌てて地下へ向かう。自分用に二本だけ残し、すぐにまた一階へ戻った。
悪魔の気配を感じたのか、ルシフェルとベリアルも出て来ていた。
「ベリアル様、お世話になっております! る、ルシフェル様まで……!?」
勢いよく椅子から立ち、ビシッと直立不動になってる。ベリアルが居るのは解っていただろうけど、ルシフェルまでだものね、驚くわよね。
「ええと、君は?」
「ボーティスという名の、地獄の伯爵であるよ」
「ベリアルの友達かい?」
ボーティスは慌てて否定している。
「滅相もございません、恐れ多い! 私はベリアル様の契約者様より、薬を頂きたく参りました。お手を煩わすのも恐縮なのですが、少々特殊な状況で他に入手できる方法が解らず、…………」
緊張しつつも長く説明をしているので、私は途中でお茶を淹れに行った。
こうなるとリニは、ぴったりと私の後ろをついて歩いている。
すごくかわいい……!
「なるほど、契約者の為に。契約を順守するのは良い事だね」
ルシフェルに褒められて、ボーティスは凄く嬉しそうにしている。
ベリアルは飽きたと顔に書いてあるわ。
湯気の立つお茶を出すと、ボーティスが思い出したように持っていたカバンから何か取り出した。
「これは領主から預かった代金で、こちらはエルフ達からです」
差し出されたのはお金と、頼んでおいた護符の残りと、小粒のダイヤが一つついた、精密な細工の施された金のブレスレット。
「このブレスレットは?」
「お礼だと申しておりました。お納めください」
「いい細工物だね」
ルシフェルがボーティスの手から、ブレスレットを取って眺めた。その時に軽く手が触れて、ボーティスはそれだけで感激している。
すっと、光の魔力がルシフェルの掌から溢れてダイヤに移される。
「これは他の誰の手にも、触れさせてはならない」
そう言って、私に渡してくれた。欲しいのじゃなくて、魔力を籠めてくれたの!?
これは本当の貴重品だ!
「ありがとうございます、どんな効果があるんですか?」
「君の身を守るものだよ。常に身に着けていると良い」
ベリアルからもらったブレスレットが壊れちゃったから、これを付けさせてもらおう。
「ルシフェル様からの賜りものとは、なんと幸運な人間であろう……」
ボーティスがわなわなと震えてる。
「……どういう風の吹き回しであるかな、そなたが人間に己の魔力を籠めた品を渡すなど」
「部屋を借りている礼だよ。それに、君の契約者はなかなか興味深い人間だ」
ベリアルの問いにいつもの笑顔で答えるけど、なんだか興味深いの意味を聞くのは怖い。下手にヤブをつつくと、またクイズの時みたいな無茶振りが出てきそう。
ボーティスは帰って、地獄の王二人は居間で歓談している。
私はボーティスが届けてくれた護符に魔力を籠めて完成させようと、地下室へ向かった。リニは部屋に戻っている。
さてこの、エルフに作って貰った護符。
長方形のプレートに上からDABI、HABI、HABR、HEBR、HEBPIと文字が浮き立つように彫られていて、文字の前後に十字が描かれ、一列ずつが線で区切られている。
もう一つも同じようなデザインで、こちらにはGOTT、GUTT、MELL、GABELLと書かれている。
言葉遊びのような、音の流れを大事にした文言が描かれた護符だ。反対側には六芒星と適当な模様を、というリクエストにしてしまったんだけど、エルフが好む木や葉っぱ、ブドウなどの模様が丁寧に彫られていた。オシャレな護符になった。
「宇宙の原理の構成を表す十、万軍のYHVH。第一にして最大の
ちょうどエクヴァルと、ロゼッタとメイドのロイネが帰って来た。
エンカルナもここまで送ってくれて、もうルシフェルが部屋に戻った後だったんで、ガッカリしていた。帰ろうとしたけど、私が持ってる護符を見て気になったみたい、覗き込んできた。
「これ二つあるから、エクヴァルとロゼッタさんに」
ロゼッタの事はさん付けで呼ぶことになった。貴族と解らないようにだけど、キツイ感じの釣り目をした金髪の美人なんで、それだけで目立つんだよね。
「ありがとう! この前のが壊れて残念だったんだ」
「私まで頂いてしまって、いいのかしら……?」
護符は天然石を使ったものが人気。単なるプレートに文字と模様だけのソレを、ロゼッタは裏返したりしてじっくり見ていた。
「この前エクヴァルにあげた物ほど、効果があるわけじゃないんだけど。でも丁寧に作られているし、役に立つと思うわ。ロゼッタさんも、安心してお受け取り下さい」
「ええ、受け取って身に着けた方がいいわね。かなりいい護符よ、コレ」
エンカルナの言葉に、ロゼッタは素直にどこに付けようか考えて、帯やカバンを見比べた。
魔力による攻撃から身を守る護符。命を狙われているならもっと効果が高いものの方がいいかも知れないけど、小悪魔が送り込まれた時用に対悪魔の効果も付与してあるから、けっこう役に立つと思う。程度にもよるけどベリアルの魔力を食らったら壊れちゃうから、そこは気をつけて欲しい。普通のものより、悪魔の力に敏感なの。
アミュレットより強いタリスマンの部類には入るわ。
二人は受け取ると、早速身に着けてくれた。ロゼッタは侯爵令嬢だし宝石のついた護符を付けているけど、相性も問題なさそう。
護符って相性があるから、幾つも付ければいいわけじゃないんだよね。あまりに相性の悪い組み合わせで身に着けると、むしろ効果が失われてしまう。だから何個も装備するなんて、知ってる人ならやらない。
外はもう夕暮れだ。鳥が巣に帰り、一番星が輝き始めた。
家に帰る人や夕飯を食べに出る人が行き交い町は活気があって、空の向こうから来るのは、真っ白い……ペガサス。
「ペガサスだわ。たまに飛んでるわよね、山の向こうと行き来してる」
私が窓の外を指さすと、エクヴァルが後ろからその先を覗き込んだ。
「あれはペガサス便だよ。冒険者ギルドで手紙の配達なんかを頼める。普通に歩くと慣れている人でも野宿しなきゃならない距離があるけどね、ペガサスに頼めば一時間もかからないで山を越えられる。召喚して契約して、こういう事を仕事にしている人もいるんだ」
「へえ、いろんなお仕事があるのね」
なるほど、ちょっとした荷物とか急ぎの手紙とかをお願いできるのね。飛べない人には、山越えは大変だもの。
「飛行魔法を使う方が難しいからね」
「あ、じゃあエクヴァルが失業したら、ワイバーン便でお仕事が出来るわね」
「いや、冒険者でも暮らせるけど」
「わ、ワイバーン便!! いいじゃない、やりなさいよ。戦う配達員!」
エンカルナのツボにハマったみたいで、泣くほど笑ってる。ペガサスは空中で戦えないけど、ワイバーンなら戦闘もこなせる。
「君、早く宿に帰りたまえ」
「帰るわよ、またね~!」
エンカルナは笑いながら、夕闇の町へと歩き出した。
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