第47話 貴族の馬車

 結局ラ・ヴェリュは、倒した分で終わりだったようだ。周囲を確認してから飛行魔法で村を発った。

 低く飛んでいた私とベリアルの耳に、レナントよりずっと手前の街道で人の怒号や叫び声、剣戟の音、それに混じった笑い声や魔法による爆発するような音が聞こえて来た。

「何か起きてる……!?」

 とっさに高度を下げ、声がする方へと向かう。

「盗賊の襲撃であろう。かなりの群れであるな」


 少し進むと、襲われている馬車が視界に入る場所まで辿り着いた。

 そこは武器を持った大勢の賊と思われる集団が、紋章の入っている馬車を襲撃している最中だった。金で意匠を凝らした馬車まで敵は迫っており、既に多くの守備兵と思しき人間が怪我をして、血を流し地面へ倒れていた。

 護衛側に召喚師もいたのだろうか、獅子のような獣も唸り声を上げて盗賊を威嚇している。しかしこの子も傷を負って、とても痛々しい姿だった。

「やれ! ただし娘は傷一つつけるなよ! 売り物だからなっ!!」


「…………」

 簡単に人を殺して……その上、売り物?

 怒りで心臓が痛いほど脈打っていた。手が震えるほどの興奮を覚えているのに、思考は青く染まっていくような気がする。

「お嬢様! お逃げ下さい!!」

 紋章の入った高価そうな馬車の扉を開け、三人ほどの騎士姿の男性が叫んでいる。馬は矢が刺さったままの状態で地面に突っ伏していて、馬車がもう動かせないだろう。馬車自体にも、風の魔法によると思われる攻撃の跡がある。


「ルーペン……! どうなるの、私……どうなるの!??」

 アレシアと同じ年頃の少女が、泣きじゃくりながら姿を見せた。足が震えて、自分では立てなような有り様だ。

 突然の奇襲に警備隊は総崩れになり、移動手段を潰された。数に勝る男の集団が、奇声を上げて迫っているのだ。女性ならずとも恐怖に打ち震えてしまうのは仕方がない。

 盗賊は抵抗する者達を笑いながら切り殺していく。見るに堪えない蛮行だわ。無傷の兵は、もうほとんどいない。


「……天上の光、地上の風、大地に根ざす命の源。生命の源たる力よ、寿ことほぎを。守り癒す力を我に与え給え。あまねく命を守り給え、守り給え……」


 詠唱に反応して、私が指定した区間に白い光が地面から立ち上り、壁のようになっていく。

「なんだこりゃ!? プロテクションの魔法か?」

 賊は薄ぼんやりとした光に剣を叩き込むが、逆に弾かれ武器が欠けて飛ばされた。


「祈り届きしなれば、盾となりし力を示せ! コンソラトゥール・ミュール!」


 回復効果をプラスした私独自の防御魔法を展開させ、私は横に立つベリアルを見上げた。ちなみにこれは物理攻撃を防いで回復効果をプラスしてあるが、魔法による攻撃は一切防げない。

「閣下に言上ごんじょうたてまつる!」

 彼の前に勢いよく片膝をついて頭を垂れた。

「……発言を許す」

「この不埒者どもを、一人残らず捕らえて頂きたくお願い申し上げます! このような輩、見逃すわけは参りません。私は庇護を必要とする者達の、救護をさせて頂きたく存じます」

「良かろう、イリヤよ。しかしそなた……」

 べリアルが動いてくれる。これならばもう安心だと喜色を浮かべた私に、彼は呆れた様な半笑いをした。

「ここは、術式を使ってでも命令する場面ではないかね? なぜ平素よりもへりくだり、我が配下のような態度になるのだ」

「え……と……? そう言えば、そういう方法もあります……か、ね?」


 言われてみれば恥ずかしい。召喚術師としては、ちょっとおかしな言動だった。

 これは多分エグドアルム王国時代、貴族である宮廷魔導師たちに、礼がなってないの野蛮だのと散々罵られたからかも知れない…。頭に血が上った時ほど丁寧にしないと、ボロが出て余計に辛辣に当たられたものだ。

 それに、子供の頃に魔法付与などを教えてくれていたベリアルの配下から、“閣下”と呼んで敬うようにと散々指導されたので、今でも無意識だと閣下と呼んでしまうのだ。

 そもそも地獄の王に無理に命令するのは、盗賊の殲滅より難しいんじゃないかなあ。


「ふふ……全くそなたは飽きぬな。しかしこの数、全てに手加減することは難しいと心得よ」

「あ、はい。契約に基づき、同意をいたします」

 戸惑っている私の前から、ベリアルの姿は一瞬で掻き消えた。

 私も気を取り直して、戦場に向かって駆け出す。

 襲われていた人々は、突然できた光の壁が何か理解できず動けないでいた。それでも三人の騎士は、少女を守るように立ち、腰に下げた剣の柄に手をかけている。


「加勢いたします!」

 一言だけ告げて、私は少女が降りた馬車の横を走り去った。

「き、君は……? これは一体」

「私の防御魔法でございます。ご安心を!」

「……待て、君は魔法使いでは? すぐに陣形を立て直す、この魔法を切って攻勢に……」

 話す間も惜しいので、尚も騎士が続ける言葉を聞かずに、どんどんと離れていく。そして防御魔法をするりと抜けて、壁の向こう側になってしまった人たちの援護に向かった。

 混戦になりつつあったので、馬車側の人々を切り離すだけで精いっぱいだった。

 こちらでは取り残された護衛達が戦闘を続けている。壁は外側から来た者を弾くが、中から出る者は妨げないと気付いた無傷の者たちも、戦闘に独自の判断で加わり始めていた。

 目の前には足を負傷した男性が地面に尻もちをついており、賊の一人はとどめとばかりに剣を振り下ろそうとしている。


「巻き上がれ大気よ、烈風となりて我が敵を蹴散らせ! 汝の前に立ちはだかるものはなし! 一切を巻き込みし風の渦よ、連なりて戦場を駆けよ! クードゥ・ヴァン!」


 風属性の攻撃魔法を唱えると渦となった暴風が駆け抜けて、振り被った剣ごと男の姿は遠くへと消えた。後ろにいた者達も体を切られて転んだり、飛ばされたりしている。

「あ、慌ててちょっと使うの間違えたかも……」

 味方らしき人たちも風圧に晒されてしまった。

「すまない……しかし君は」

 私は両手を左右に広げ、新しい詠唱を始めた。


「燃え盛る焔は盤上に踊る。鉄さえ流れる川とする。栄えるは火、沈むは人の罪なり」


 パンと両手を体の前に持って行き、一拍打つと同時に、魔力に熱を帯びるのが解る。発動場所をしっかりと認識して。


「滅びの熱、太陽の柱となりて存在を指し示せ! ラヴァ・フレア!」


 途端に幾つもの火柱が聳え立ち、柱に触れてしまった賊達は患部を押さえてのたうち回った。

「なんで急にこんな火が! あちい、痛えよ……!」

「あの女も護衛か!? 魔法使いか…!」

「おい、アイツを殺せ! 早くしろ!」

 混乱しつつ口々に叫んで居るが、賊は状況が呑み込めず、まだオロオロとしている。その間にもベリアルがあっという間に敵を蹴散らしていき、立っている人数の方が少ない程になっていた。


 自らの火を使って顕現させた真っ赤な炎の剣で一振りすれば、ろくな訓練もしていないであろう盗賊など、全く敵にもならない。炎の力を自在に操り、周囲に導火線でもあったかのように火が走って襲っていく。

 火炎の中を優雅に歩いて敵を葬る、まさに炎の王の姿だ。


 他に助けるべき人が居ないだろうかと辺りを見回すと、不意に黒い影が目の前に現れた。

「……このたわけ! 我に任せたのだ、大人しくしておれ!」

「べリアル殿」

 彼がかざした手の前で、矢が止まっている。私が狙われていたのだ。赤い髪が揺れて、ベリアルは矢が放たれた方向に顔を向けた。厳しい視線が敵を射抜く。

「これは返そう」

 矢はくるりと向きを変え、火をまとって持ち主の元へと放物線を描いた。 

 木の幹の上に届くと短い叫び声が聞こえ、地面へ人が落ちて行った。


 予想以上に素早く平定された。

 私は負傷者の手当てを始める。回復魔法は攻撃魔法ほどの効果を出せないけど、ポーションならばエリクサーまであるのだ。

 それでも、死んでしまった人は生き返らない。到着が遅かったことが悔やまれる……。

 壁の内側の人はある程度回復しているだろうし、貴族のお嬢様のようだし、今回は回復の杖は使わないでおく。目を付けられても困るから。


 薬は護衛の兵に託して、私は怪我の大きな人に回復魔法を掛ける。

 治療を開始したところで、先ほどの少女の護衛をしている内の一人が、私の方にやって来た。他の人達は救護の他、馬車の様子を確かめたり、盗賊たちを捕縛したりしている。

「有難うございました。おかげでお嬢様をお守りすることが出来ました。その上、治療までして頂けるとは……」

「通りがかりです。お気になさらず」

 助けたことが大事にならないといいなと考えていると、馬のいななきが響き、蹄の音がどんどんと近づいてくる。 


「イレーネ! 無事か!?」

 真っ白な馬に乗って現れたのは、街の守備隊長、ジークハルトだ。金茶の髪に緑の瞳の、色白で整った顔立ちをした若い騎士。

 馬から降りたジークハルトは、少女の前にひざまずいて怪我がないか確認し、立ち上がって涙に濡れた少女の顔を覗き込む。

 そして無事を確かめるように抱き締めた。

「お兄様……! お兄様こそ、ご病気だったのでは……?」

 少女も泣きながら縋りつく。二人は兄妹だったのね。熱病のお見舞いに来る途中だったのかな、完治したみたいで良かった。

 私の傍に来ていた騎士は、二人の様子に頷きながらこう説明してくれた。

「あのお方はヘーグステット子爵の三男でジークハルト様、そしてお助け頂いたのが妹であるイレーネお嬢様です」


 ……え? 子爵?

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