第46話 がけ崩れの原因

 空から村に向かった私とベリアルは、途中で崩れている土砂をどかす作業をしている、守備隊の兵達を見掛けた。有志らしき町の人も手伝っている。

 物資を提供してくれた人もいるようだし、私は私の出来ることをしようと思う。


 目的の村に着くと、緑の毛に覆われた魔物が村の付近に居て、誰かが戦っているのが見える。

 やはり魔物はラ・ヴェリュだ。三体程確認できた。

 すでに怪我人も出ているが、なんとか数人が戦って抑えているようだ。初級の魔法で応戦したり、槍や武器を持って振り回したりしている。

 近くまで出てきた一体に、剣を持った男性が近づいて行く。

「近づいてはいけません!! その魔物の毛は、針のように固いのです!」

「え……? うわっ!」

 私は叫んで知らせてから、詠唱を開始した。


「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」


 私の声に気付いて男性が下がった為、防御の魔法が間に合った。

 すぐに傍へ降りて、しっかりと魔法を展開する。

「ありがとう……。なるほど、それで家畜や被害者に、おかしな傷がたくさんついてたんだな」

「この魔物はラ・ヴェリュ。私の祖国で、村を二つ滅ぼした危険な食人種カンニバルの魔物なのです」

「二つの村を滅ぼした、食人種……!」

 近くにいた別の男性が、驚愕の表情で呟く。

 村は封鎖された状態になっているのだ、そこの食人種の魔物など、恐怖の対象でしかない。

 魔物はプロテクションの壁をガンガンと叩いている。

 さすがにこれはプロテクションを切れないな……。

 

 攻めあぐねていると、ラ・ヴェリュの後ろに降り立ったベリアルが、二本の指を伸ばしたまま掌を上にして握る。そしてクイッと指を持ち上げれば、その動作だけで三体の魔物は炎の柱に包まれて燃え尽きてしまった。

 戦闘能力の低い人にはかなり恐ろしい魔物なんだけど、さすがにあっけない。

「も、燃えた!??」

 隣にいた男性も、他の人達も驚いている。

「心配いりません、味方の攻撃です。これで一先ずご安心頂けます」

「……安心はまだ早いであろうな。あの崖の崩れ方、アレは地震が原因ではあるまい」


 魔物の焼けた跡を尻目に、ベリアルが歩いて近づいて来た。

「確かに、そんなに大きな揺れでもないのにおかしいなって、村でも話してたんです」

「そういえば、山の形が変わったと噂していたのですが……」

「……山?」

 山の中腹ほどの集落なので、見回すと更に高い山がいくつも聳えている。

 元々の風景を知らないから解らないけど、何か違うんだろうか。

 そのうちの一つが、少し動いている……気もする。


「……あれは、山ではないな」

「と、申しますと?」

 ベリアルが睨むような厳しい眼つきで睨む、その先にあるもの。

「ギガンテス……最大クラスの巨人である。地震で目覚めつつあるというところか……」

「ギ……ギガンテス!??」

 男性たちの声が震えている。ギガンテスが現れるなんて、滅多にない。巨人の中でも体が大きく、倒すのが難しい部類に入る。

 もしこちらに向かってくれば、村どころか山ごと崩されるだろう。

「……どこに避難して頂いたら、いいと思いますか?」

 とりあえず尋ねてみた。

「道が封鎖されているのなら、無駄であろうよ」

「……では、このまま参りましょう」

「良い判断だ」

「エピアルティオン採取です! ギガンテスがいるということは、そこにあるはずです!」

「……そなた、色々と不憫ふびんな女であるな」

 なんで!?


 青白い肌のギガンテスが、ゆっくりと目を開く。

 上半身を気だるげに起こし、のろのろと立ち上がった。本当に山のように大きい。以前エグドアルムで討伐したことがある個体よりも、さらに大きいものだ。

 これに近づくのは危険。まずは少し離れた所から魔法で攻撃をする。


「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。厚く重なりて眩耀げんようなる武器を鍛えあげよ。雷鳴よ響き渡れ、けたたましく勝ちどきをあげ、燦然さんぜんたる勝利を捧げたまえ! 追放するもの、豪儀なる怒りの発露となるもの! ヤグルシュよ、鷹の如く降れ! シュット・トゥ・フードゥル!」


 渦を巻く厚い黒雲がギガンテスの頭上に発生し、稲光が生まれる。

 太く輝く閃光が地上へと駆けて、雷がギガンテスに直撃して真っ白い光とともに轟音が鳴り響いた。

 衝撃で巨体が膝をつくと、地面がドスンと揺れる。


「ほう、昔よりも威力がだいぶ上がっておる! では我の番だな。炎よ濁流の如く押し寄せよ!! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」

 巨人に向かって飛びながら、炎の剣を手に出現させる。肘まで火が残っていて、今回の剣の色はオニキスのような滑らかな黒だ。これは、最大の攻撃力を与えたことを意味する。ベリアルの剣は赤から黒になるほど、攻撃力が上昇するのだ。

 大きく振り被り、落雷の衝撃で動けないでいるギガンテスに頭から一撃喰らわせる。

「ウグアアアァ!!」

 天をつんざくような叫び。


 胸の高さまで降りて来たところで、左の掌を向け、焼き払うほどの炎を一気に浴びせる。ギガンテスは苦しそう腕を出して、ベリアルを振り払おうとした。

「……ぬっ! かなりしぶといな……!」

 すっとベリアルが後ろに下がって避ける。

「なんて生命力……! あの炎でもまだなんて……」

 明らかに、エグドアルムに出現したものよりも数段強い。こんな巨人が現れたら、どんな大国であれ滅んでもおかしくない程だ。


 まずは痺れる効果もある、風系の上位に当たる強い雷魔法を唱えたけど、これではまだ決定打に欠けるようだ。大地の巨人だから、火よりも水か、雷でない風系……。

 となると、一番得意な水属性にしよう。

 呪文を決めて、上級のマナポーションを飲み干した。雷属性は攻撃力が高いけど、魔力の消費が大きい。あと一本しかないから、また作らないと。


「原初の闇より育まれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの」


 呻きながら腕を振り回すギガンテスの攻撃を避けつつ、ベリアルの剣が巨体の皮膚に食い込み傷を与えていく。

 大きな足が地面を蹴ると、木はぎ倒され大地に深い窪みが出来る。

 詠唱を続ける私から意識を反らしてくれているんだろう。

 

「煌めいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス!」


 巨大で鋭い氷の柱が一本、ギガンテスの頭に突き刺さる。

 断末魔の叫びをあげてのけ反ったところに、ベリアルの剣が巨体の胸を深々と貫いた。

 背中からドンとまばゆい炎が溢れ、ついに敵は最期の瞬間を迎える。

 ギガンテスは体力があって、特に倒しにくい魔物。ベリアルの攻撃力に合わせて私の魔法をもってしても、手間がかかる。


 薬草、エピアルティオンはギガンテスが寝ていた近くの洞窟に群生していた。これはギガンテスが食べている、という噂があるのだ。

 嬉しすぎる! たくさん採取して、その日は村に泊まらせてもらう。

 ラ・ヴェリュがまだ居たら危険なので、とりあえず一泊だけ。宿がないので、村長さんが部屋を提供してくれて、村を救ってくれてありがとうとたくさん感謝され、食事もご馳走してくれた。


 セエレは私たちがギガンテスと戦っている間に来て物資を渡したらしく、彼もとても感謝されていた。

 彼への代償は、ギルドから出る報酬でいいそうだ。

 そしてセエレの私への態度が、ちょっと変わった。気を使われてる気がする。ベリアルの契約者だからだろうか。

 ちなみに彼は、盗賊でも何でも物資輸送の依頼があれば運べるだけ運ぶ、運送に生きがいを感じている異色の悪魔だそうだ。

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