第45話 熱病

「イリヤ、イリヤ」

 ジークハルトと一緒にいる妖精、シルフィーがまたもや窓からやって来た。

 引っ越したばかりなのに、なぜこの場所を知っているんだろう?

「どうしたの、シルフィー。それにどうしてここが?」

「悪魔の、怖い感じがするから解るの。イリヤ、お薬ちょうだい。ジークが病気なの」

「病気?」

「うん、昨日からお熱高いの。イリヤのお薬なら、きっとまた効く」

 どうやら前回渡した私のポーションが良くなかったのでは、ないらしい。ケガが原因の発熱……だったら、ポーションで何とかなっていたはず。

 偶然? まさかベリアルじゃ……。

 不安になってベリアルを見ると、嫌そうな表情で首を振った。

「我はそのような能力は持っとらんぞ」

 やっぱり関係ないのかな。もしも魔王の呪いなんて受けたら、それこそ病気なんてものじゃなく、死を宣告されたようなものだし。天使が祝福を与えるように、地獄の王も呪いを授けるけれど、どちらも簡単に使うものではない。


 とりあえずシルフィーに連れられて、守備隊の宿舎へと向かった。

 ベリアルは放っておけと忌まわし気だったけど、同行してくれている。

 宿舎といっても本部の隣にあるあまり大きくない建物で、四十人ほどが寝泊まりしている。現在は昼過ぎくらいだが、夜番だった数人が各々の部屋で寝ているらしい。

 ジークハルトは一人で、一番奥の角部屋を使っていた。


 ノックをするが返事がない。

 そっと扉を開けて覗き込むと、ジークハルトは窓際に置かれたベッドで苦しそうに眠っていた。

 壁にはマントや服が掛けてあり、デスクにしおりを挟んだ本が数冊並んでいる。

「ずいぶん顔が赤いですね。しかもかなり熱が高い……」

 忙しなく彼から漏れる息も熱い。かなり汗もかいている。

「お薬、飲んだけど効かないの。ずっと苦しそう」

「これは……尋常ではない感じがします」

 シルフィーが枕もとから心配そうに覗き込んが、うなされているジークハルトは、全く気付く様子もない。


「何か、おかしなものを食べたのではないかね」

「おかしなって……子供じゃないんですから」

 ベリアルはドア付近の壁に寄りかかって、つまらなそうにこちらを眺めている。

 私が取り合わないでいると、あたかも面倒だと言うようにため息をついた。

「そのような意味ではないわ。砂漠の熱病である。あやつが来た気配はない故、病原の魔力を何かに混ぜ口から入れられたのではないか、と言っておる」

「熱病……!? あやつとは誰か、聞いても宜しいでしょうか?」

「……風の魔王パズス。熱病をもたらすものである。我らとは異なる立場の者だ」

 これは魔王の魔力による病!? 薬が効いていないとシルフィーが言っていたし、この状況が続くとかなり危険なんではないだろうか。

 早くに呼びに来てくれて良かった。

「たべもの……。子供に貰ったって、ジーク、クッキーを食べてたよ」

「それであろう。子供に渡させれば、警戒感が薄れる故、な」

 子供を使うなんて、卑怯だわ!


「もしかすると、この熱を起こす魔力を持つ何かを、まだたくさん持っているんでは……?」

「それはない。ヤツ本人が来ておらんようでは、いい契約内容だったとは思えん。せいぜい命と引き換えに一つ二つが、いいところであろう」

「命と引き換えに……」

 なぜ、そこまでしてこんな真似をするんだろうか。それとも、全く命を懸ける気もなくて、簡単に考えていたのだろうか。誰かを殺す為に喚ぶなんて。

「そなたも解っておろう、地獄の王を召喚する危うさを。あやつは町一つなどの単位で病を起こす者だからな。一人を、などと言って交渉がうまく運ぶわけがない。そもそも、王を喚びだすこと自体が不敬である」

「……そうですね。とりあえずそのことはあとにして、病気を治しましょう!」

 これ以上病が広がる可能性は薄そうなので、ジークハルト一人に集中しよう。


 私はカバンの中からソーマを出した。あらゆる病を治すと言われる薬。これでもダメなら、私に出来ることはない。これ以上の薬も、この熱病に効果のある薬も知らないからだ。そして手持ちはこの一つだけで、あとはまだ製作中。足りなくても、もうどうしようもない……。

「浄化は……」

「此度においては必要ない」

 早速飲んでもらおうと思ったが、コップがない。瓶に入ったソーマは、一瓶で三回分程ある。

「ねえシルフィー、コップはどこ?」

「コップ、だいどころ」

 一緒に取りに行こうとしたところで、扉がノックされた。

「あの、隊長。マレインです。具合はどうですか?」

 ちょうどよかった! アレシアの知り合いの門番さんだ。彼なら顔も覚えてるし、話しやすい。

「失礼しています。お入り下さい、ちょうどお話がありました」


 私がいてマレインは少し驚いたようだが、シルフィーから薬が欲しいと連れてこられた伝えると、なるほどと頷いた。

 そしてこの病が砂漠の熱病と言われている、悪魔がもたらすものだと教える。

 効果があるかは解らないが、私が作った薬だと説明してソーマを渡し、とりあえず今と、朝起きてからまた飲んで欲しいと伝えた。治らなかったらすぐに他の方法をとるようにとも、念を押しておく。

 シルフィーとマレインさんがありがとうと笑顔を見せてくれたけど、これで治るかは私にも解らない。



 宿舎を出た私達は、家に向かう為に通りに出た。途中、交差点の左右に冒険者ギルドと商業ギルドがあり、いつもより人が多く出入りしていて、商業ギルドの外には箱や袋がいくつか置いてある。

「どうしたんだろう……?」

 気になったので私が登録している商業ギルドを覗いてみると、皆が慌ただしく動いており、珍しく受付には誰もいなかった。サロンでは商人達がいつになく騒々しく話をしていた。


「あの、どうされたのでしょう?」

 いつも受付にいる、水色髪で淡い黄色のシャツにカーキ色のベストをきた受付の女性が歩いているのを見つけて、話し掛けてみる。

「あ、イリヤ様! 大変なんです、数日前、地震がありましたよね!? その時にこの町の東北の山でがけ崩れが起きて、いくつかの集落が孤立しているそうなんです! 何とかここまで辿り着いた方が、食料などの物資が不足しているから届けてほしいと訴えてきたのですが……」

「そうですね……道が塞がれていては、物資があっても届けられないでしょう」

「ええ、飛行魔法が使える方がお二方いらっしゃったのですが、さすがに大量には運べませんし……。冒険者ギルドでも運搬する人を募集していますが、なかなか集まらず。現在は他の地域や王都に伝令を飛ばして、一先ず町長やギルド長で対策を考えているところです」


 確かに私達も飛行魔法を使えるけど、食料を運ぶとなると大した量は持てない。

 外にあった箱などは登録している商人が提供したものらしく、ギルド内でも追加を用意している。

 冒険者ギルドも混乱しているだろう。町からは備蓄を放出するらしく、現在準備中だとか。守備隊は土砂の撤去に向かったそうだ。こんな時に守備隊長が病で寝込んでるなんて、本人が一番悔しいかも知れない。

「更に、地形が変わったのが原因で凶悪な魔物が出たとかで……」

「……凶悪な魔物、とな。して、その物資とやらは集まっておるのかね?」

 唐突にベリアルが会話に割り込んできた。


「は、はい。集会所に町の備蓄と、民から提供された支援物資が集められる予定です。こちらには商人からの支援が現在も届いています」

「……ほう」

 どうやらベリアルには何か考えがあるようだ。

 凶悪な魔物に反応した気がするが。


 ベリアルに急かされて町の外へ出ると、なんとまたそこで召喚をしろと言い出した。

「物資の運搬が得意な者がおるからな! うむ、人助けだ!」 

 今回はベリアルがすぐそばにいるので防御のための魔法円マジックサークルはいらないと、急かされて円と五芒星ヘキサグラムと四つの力強い文字の描かれた、座標を書いた。 

 それにしても人助け……。似合わない単語を使うなあ。


「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。至高の名において、姿を見せたまえ。悪魔セエレ!」


 座標がパアっと光り、うっすらと影のような人馬の姿が浮かぶ。ブワッと煙が噴き出してから、徐々に姿がハッキリとしてきた。現れたのは翼の生えた白い馬に乗った、紺の髪の美男子。

「貴様! 魔法円も用意せず、ずいぶんこの私を見くびってくれ」

「ほう、見くびるとな。それはどのようなことを言うのだね?」

「あ、べ……ベリアル様でいらっしゃいましたか! 本日はお日柄もよく……」


 わりと気弱そう。やっぱり形だけでも、儀式魔術的に用意した方が良かったかな。とりあえず物資の輸送を頼みたかった事を告げてみると、それなら得意だと頼もしい返事が。

 いったん商業ギルドに戻ろうと歩いているが、セエレはベリアルに少し怯えているようだ。脅すのは良くない。


「ところで、その凶悪な魔物とはどのようなものだね?」

 商業ギルトに着くと、まず悪魔セエレが物資の運搬にけていると伝え、物資を持てるだけ運んでもらう事になった。サッと手を振るだけで荷物が消え、彼の特殊空間に収まるのだ。

 荷物を集めている間に、ベリアルは受付で情報を聞き出している。

「はい。緑色の毛で大きな体を覆った、蛇の頭に長い尻尾を持つ、変わった魔物だそうです。火を吹いて、家畜を食べるとか……」

「……まさかラ・ヴェリュ……」

 もしかすると、エグドアルム王国の魔物被害報告で見たものかも知れない。

「ご存知ですか、イリヤ様」


「それは人や家畜を食する魔物だと思います。エグドアルム王国では数体が確認された時、討伐までの間に山奥の村が二つ、壊滅させられた記録があるのです!」

「そんなに危険なのですか!?」

 受け付けの女性だけでなく、聞いていた周りもざわついている。

 当然だ。道が塞がれて通れなくなり、孤立状態の村にそんな魔物が現れたら、単なる餌場になってしまう。

「家畜が食べられたのなら、もう猶予はありません。すぐに参ります。その集落の場所を教えて下さい」

 女性が慌てて地図を出し、場所を説明してくれる。ちょうど来たセエレも一緒に見て、集会所の荷物も集めてから向かうと言う。

 私がベリアルと外へ出ると、どうやって行くのかと聞かれたので、飛行魔法でと答えた。

 使えることは、あまり知られていなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る