第227話 テナータイトのトレント

 支払いをしていると、窓際の席に座るサラキエルが質問をしてきた。

「君達のどちらかが、ベリアルの契約者?」

 ベリアルのことは見向きもしないのに、興味があるのかな?

「はい、私です」

「女性か。……気を付けるように。彼は一見紳士的に行動するけれど、ただの派手好きの自分勝手だから」

「心得ております」

「そなたっ、何故否定せんのだね!」

 ベリアルが抗議をしてくる。何故と問われても。

「否定する要素がありませんので……」

「自分勝手はそなたではないかね! 全く、どうしようもない小娘である」

「ふ……ふふ。すっかり見抜かれているね、ベリアル」

 もちろんルシフェルも、助け舟は出さない。

「揃いも揃って、見る目のない輩よ!」


「サラキエル。君達はこれから、どうする予定かな」

「せっかくなので、周辺を散策しようかと思いまして」

 ルシフェルもサラキエルもベリアルの抗議をよそに、別の話題に移った。

 湖での依頼はなくなったし、彼らは観光をするようだ。チェンカスラー王国周辺より、こちら側の方が観光に力を入れている国が多いような。

「私は山の向こうへ行く予定だよ。あまり人間の世界に長居はしないけれど」

「そうですね。ルシフェル様が御滞在と広まれば、高位の天使や悪魔が集まって参りましょう」

 集まって来ちゃったら困るわ……! それもあって、あまり長くはいないのね。

 狐達は天使と悪魔でケンカにならないかと、ハラハラしている。耳がピクピクしてるのが可愛い。


「君が召喚に応じて滞在する理由は、言えないことかな」

「……やはり隠せませんか。実は、地獄の公爵が召喚され、外交で圧力をかけてくるとの陳情が人間より寄せられております。我々が介入する程ではないとの判断なのですが、注視を続けようかと」

「……なるほど。ベリアルは山の向こうにある、チェンカスラー王国という国に滞在している。その者の目的を確認してもらおう」

 公爵。最近、悪魔召喚が流行ってるなあ。またエリゴールが出てきたり……、しなそうだな。それならベリアルの一声で簡単に片が付くのに。

「構わぬがね」


「こちらとしても、穏便に済ませたく思います。しかしルシフェル様のお手を煩わせるまでもないことです、黙っているつもりでした。しっかりやれよ、ベリアル」

「頼むというのであれば、へりくだって懇願するものではないかね」

 ここぞとばかりに居丈高になるベリアル。

「私としてはお前に任せるのは心外だが、ルシフェル様が託されるのだ。お前で我慢する。天でサボった分だと思え」

「それが我に対する態度であるかねっ!!!」

 ベリアルには高圧的な天使だなあ。エリートって感じがする。どっちにしても、ルシフェルから任されたら断るわけにはいかない。


「ではルシフェル様、この世界をご堪能されますよう」

「君もね、サラキエル」

 ルシフェルとサラキエルは、ベリアルが怒っているのを完全無視。気が合う人達だわ。天でも仲が良かったのかな。

 私達はもう出発しよう。道の向こうから、ワイバーンのキュイの瞳がこちらに向けられていた。

「キュイのご飯もあるよ」

「キュイイィ!」

 リニがパンを持って駆けて行く。私もちゃんと、キュイの分を持ってるよ。

「ワイバーン……、あれに乗るのか。いいなあ。俺は飛べないからなあ」

 天使の契約者が羨ましそうにしている。飛べない? 飛んでいたけど。

「私は契約者に飛行能力を与えられる」

 サラキエルの能力だったんだ! 珍しい能力なので、気付かなかった。それも自力で飛ぶように、自由に飛行していた。


「そうだ、君は冒険者だね。私の宮殿に使える者達に土産を買いたいのだが、気の利いたものを知らないかな?」

 ルシフェルがサラキエルの契約者に尋ねた。お土産ということは、そろそろ帰るつもりなのかな。

「この辺りですと、山岳民族が独特の織物や小物を作っていますが、数は揃わないですね。山を越えるんでしたら、少し南のテナータイトという町で、トレント材を用いて色々な物を作っていますよ」

 私達が最初の頃に行ったところだ。サラキエルの契約者も、訪れたことがあるのかな。雑貨や薬草も売っているよ。

「トレント材ね」

 あまり興味はなさそうだ。杖とかをイメージしているのかも。

「可愛い雑貨や食器などもありますし、お土産物も多いですよ。名産品です」

「通り道である、寄れば良いではないかね」

 とりあえず立ち寄って、商品を物色してみよう。気に入る品が無ければ、他を探せばいいだけだものね。


 リニとエクヴァルがワイバーンに騎乗してから、私達も飛行魔法で空に浮かんだ。

 山を越えたら、ついにチェンカスラー王国だ。山岳民族が幾つか小さな集落を形成していて、細い煙が立ち上っている。

 深い森が広がるのが、トレントの森だろう。よく見るとたまに木が動いている。平野に伸びる道には冒険者や荷馬車の隊列を組む隊商がいて、襲いかかった魔獣を護衛が倒した。向こうを流れるのはティスティー川だ。

 少しして、目的のテナータイトの町に着いた。

 人通りが多く、通りは賑わっている。ちょっと場違いだったかも。初心者の魔法使いやランクの高くない冒険者が多いから、ベリアルとルシフェルが揃うとやたら目立ってしうまう。


 視線を浴びながら商店街を散策する。魔法道具専門店以外に、トレント材のお土産物や素材のお店、雑貨屋など色々なお店が軒を連ねていた。

 トレントの木工細工を扱うお店で、ルシフェルが足を止める。

「寄木細工。これは美しい。店主、ここにあるものを全てもらおう」

「これはありがとうございます。……ん? 全部ですか!?」

「そう」

 相変わらず買い物が大胆! 即決で買占め!

 セビリノが受け取っている間に、ルシフェルはまたふらりと他の店を覗いている。


 優雅に買い物を続けるルシフェルに、中年の男性が護衛団を引き連れて近付いた。周りの客達は素早く道を空ける。 

「あの。もしや、ご領主様が派遣して下さった方で?」

「いや? 私は買い物をしているだけだけれど?」

 どうやら、誰かと勘違いされたようだ。ルシフェルは気にも留めず、トレント材で作られたお皿やスプーンを眺めている。トレントの湯飲みは驚くほど軽くて熱を通さないので、熱いものを飲む時にお勧めだよ。

「これは失礼しました……。ご領主様に魔物の生態に詳しい魔導師を派遣してくださるよう陳情したので、早速来て頂けたとばかり」

 肩を落とす男性。困りごとでもあるんだろうか。

「残念ながら、私は魔導師ではないよ。魔導師ならば、そこに二人いる」

 セビリノと私を示す。男性はバッとこちらに顔を向けた。


「私どもで宜しければ、ご相談に乗らせて頂きます。解決出来るとは限りませんが」

 セビリノはまだ、さっきのお店で商品の受け取り中なんだけど。

「町長、すぐに派遣されるとは限りません。まずは相談してみては?」

 声を掛けてきた中年の男性の隣にいる人が、耳打ちをしている。町長さんか。

「そうだな、緊急性が認められれば国に動いてもらえる。ドラゴンや巨人ではないのだから、魔導師の証明が必要だ」

「危険な魔物ですか?」

「ここではちょっと……、場所を変えましょう」

 同行している護衛の一人が会話を遮った。そうだった、往来だった。観光客や別の町からの冒険者も多い。

 町長に連れられ、皆で役所へと移動した。意外にもルシフェルも付いてくる。


 店が並ぶ目抜き通りを過ぎ、冒険者ギルドの裏手までやって来た。

 二階建ての役所の、二階にある応接室に案内された。革張りのソファーに座るよう促される。

「ええ~……、実はですね。このテナータイトはトレント材で知られているのですが、先日今までにない、巨大なトレントの目撃が報告されまして。この町にいる冒険者の手に余る個体なのです。怪我人も出ているので、対策を協議しようとしているところです」

 トレントは基本的に住んでいる領域から出てこない魔物なので、普通に暮らす分には危険はない。冒険者なんかも近寄らなければ、問題はない。


「確認してみなければ、判断のしようがございません。場所はどの辺りでしょう」

「……いや、確認するまでもない。トレントが成長しただけだね。今まで程よく討伐されていたんだろう。これは単純に、経年したトレントだ。栄養分が多いと、育ち過ぎることがある」

 わお。随分成長しちゃったってことね。やはり自分の縄張りからは出ないようだ。ただ、冒険者からしたら危険だから、討伐するに越したことはない。

「うーん……、国に要請して派兵してもらえるか、微妙なラインですな」

 エグドアルム王国だったらすぐに討伐隊が整えられるけど、チェンカスラーはそうでもないようだ。国からの派兵がないなら、討伐は高ランク冒険者に高額で依頼するしかない。


「売っているトレント製品は若いものばかりで、物足りないと思っていたところだよ。受けなさい、良質なトレント材を得られる」

 意外にも乗り気なルシフェル。お土産に質のいいトレント材が欲しいようだ。

「解りました。では私どもにお任せ頂けますか?」

「失礼、トレント材はどうなりますか?」

 受けようとしたところで、エクヴァルが質問を投げた。

 そうだった、討伐依頼は素材を依頼主が欲しがっている時は、渡さないといけないのだ。その場合は、素材の金額は上乗せされている。

「トレント材はそちらで好きなだけお持ちして、残りを我々が回収するのでは如何でしょう」

「ではそれで」

 話がまとまった。討伐が出来たら討伐報酬と素材、出来なければ危険性を示した報告書の作成。陳情する時に添えるの。ルシフェルが乗り気だし、失敗はないだろう。


「案内人を付けます。戦力に不安があれば、警備隊から派遣しましょうか?」

「いらぬ」

 ベリアルがキッパリと断った。

 今から行くと、着く頃には暗くなってしまう。出発は明日の朝。宿も用意してくれたんだけど、地獄の王二人の希望に沿わなくて一悶着あった。ここはあまり貴族とかが泊まりに来るような町でもないから、豪華な宿がほとんどない。

 貴族の接待用にしている宿の部屋を、改めて取ってもらった。


 日が暮れるまで時間があるし、討伐が終わったらすぐに戻れるよう買い物をしておこう。薬草やハーブも買って、お茶を飲んで……。

「師匠、私がお持ちします。他にも何か買いませんか、買うべきでしょう」

 何故かやたら、セビリノが荷物持ちをしたがる。魔法使いが多い町だから、弟子としての姿を見せたいとか……? 行動が謎だ。

 そもそも私はアイテムボックスを所持しているから本当は荷物持ちはいらないって、知ってるよね? 

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