第228話 トレント討伐(ルシフェル視点)

 テラス席で朝食を頂く。

 紅茶は爽やかな香りのディンブラ。スコーンにはジャムとクリームが添えられている。

「ルシフェル殿が討伐とは、珍しい」

「……私は見届けるだけだよ」

 ベリアルは昨日の話を正しく把握していないようだ。依頼として受けたのは、君の契約者達だろう。

「そなたがトレント材を欲しがったのではないかね」

「私に献上することを許そう」


 普段は人間からの供物や捧げものは、受け取らない。私には必要ないもので、願いを叶えられると思い上がりでもしたら迷惑だ。

 カップの底には、茶葉が僅かに残っていた。鍵のような形をしている。

 紅茶占いなどというものもあったね。これは成功を暗示するのだったか。

 通りには冒険者らしき者達や商売人が行き交い、にぎやかさを増していた。


 しばらくして、案内人が到着した。

「おはようございます。よろしくお願いします」

 緊張した面持ちで、しっかりと礼をする三人組。一人は魔法使い、残りの二人は槍を持った兵士。撤退を考えての人選に思える。トレントを討つなら、切れ味鋭い剣の方が良い。槍で突くと、抜けなくなる時がある。

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 ベリアルの契約者は、綺麗な所作で頭を下げる。成すことや言動は人間の女性として逸脱しているところもあるけれど、礼儀作法はしっかりと学んでいるようだ。

 彼が教育に関わったのだから、常識が欠落するのは仕方がないだろう。


 町を抜けて、山に向かって歩く。町の外は土の道で、特にトレントの森は石などで道を作らない。これはトレントが動く妨げにならないようにだ。素材として使用しているのだから、保護しなくてはね。

 ちなみに小悪魔は留守番をしている。戦えない者は、今回は足手まといになる。

 細い道を周囲に気を配りながら、奥へ進む。森には冒険者がいて、トレント退治や採取の仕事などをしているね。ベリアルの契約者、イリヤは採取している者の手元を眺めている。何が採れるか気になるようだ。

 採取すると言い出すかとも思ったけれど、さすがに依頼を優先させている。

 道の先には数人の兵が見張っていた。通行を制限していたのか。

「この先です。おおい、この方々は巨大トレントの討伐にいらっしゃった」

「ありがたい! トレントに動きはなく、冒険者達は入らせないようにしてる。気を付けて」


 森はさらに深くなり、所々でギシギシとトレントが動いている。こちらに攻撃してくる個体はいない。スッと、木々の間を抜けて鳥が飛んできた。

 魔物だろう、こちらに届く前にベリアルが燃やし尽くす。

 案内の兵が目を丸くしていたが、ベリアルの契約者達は無反応だ。いつものことだからね。

「どうせなら、ニワトリを焼いてくれればいいのに」

「何か言ったかね」

「唐揚げも美味しいですよね」

 ……あの娘、慣れ過ぎているね。


 時々分かれ道がある細い道を迷うことなく進み、ようやく標的が視界に入った。

「こ、これです!」

 木々の間に覗くのは、通常のものより、三倍も四倍も太いトレントだ。

 高さにそこまで違いがないので、上空から探したのならば見落としていたろう。幹はこげ茶色で、枝も太い。根が地面から盛り上がっている。

「皆様は隠れていてください」

 ベリアルの契約者が前に出る。

 君は魔導師だから、後衛でいいんだよ。仕方ないとベリアルが脇に立った。

「ベリアル。君は緊急でもない限り、手を出さないよう」

「こやつらに任せるのかね?」

「君はすぐに燃やす。価値が落ちてしまうだろう」

 ベリアルは火の属性だから、木の魔物など簡単に炭にしてしまう。せっかくの素材だ、価値を失わない状態で手に入れたい。


「では、失礼して」

 紺色の髪をした騎士の男が、オリハルコンの剣を抜き放つ。

「私達は風属性で攻撃しましょう」

 騎士の男は彼女の前から、スッと避けた。まずは魔法を使うことにしたのだろう、巻き込まれないようにだ。トレントの範囲外から魔法を仕掛け、そのまま一気に畳みかける作戦かな。


「冷たき風、身を斬る鋭き息吹きよ。嶺颪ねおろしとなりて、高きより流れよ。重なり合い、刈り尽くせ! ふさぐことなき深く深い傷を与えよ。乱れ舞う凶器よ、我が意に従い破壊するものとなれ! オラージュ・ラム・アルム!」


 豪風が吹き、風の刃が幾重にもトレントを襲う。葉をまき散らして、太い枝をいくつも切り落とした。近くに生える木々も切り刻まれている。

 それでも太い幹は下に切れ目が入っただけで、私が望む素材部分は傷つけていない。

 私達の近くでも風は荒れて、髪や服がはためいていた。

「葉っぱはいらないですよね」

「……いらないね」

 見た目に似合わず、行動は豪快だ。やはりベリアルの契約者だね……。

 地面は嵐の後のように、数多の葉や枝が散らばっている。枝を落としたのは、トレントが枝や葉を使って攻撃するからだろう。弱らせた方が倒しやすいしね。


 トレントは根をくねらせながら進み、残された枝を振り回して、こちらに向かってくる。騎士の男は軽く躱しつつ走り、幹の傷を更に切りつけた。

 切り倒せればいいのだけれど、簡単にはいかないだろう。

 さて、人間達はどう戦うかな。ベリアルは参加したくて焦れているようだ。

 弟子の男はストームカッターを唱え枝を切って攻撃を防ぎ、ベリアルの契約者は攻撃力増強の魔法を使っている。


「エグザルタシオン!」

 騎士の男一人に魔法が集中して、淡く光る。彼は攻撃した後トレントの後ろ側まで進んでいたので、近付けまいと行く手を防いで土から顔を出す根を避けて切り、枝をすり抜けて両手で剣を構えた。

「うおおお……!」

 珍しく気勢を上げ、力の限り振り切る。

 トレントの幹には鋭い傷が刻み込まれた。これまでの攻撃と合わせて耐えられなくなったのだろう。そこからまだ繋いでいた部分もベキベキと折れる音がして、木々にぶつかりながら倒れた。


「スゴイな、倒したな……!」

「助勢は本当に必要なかったね」

 案内の三人が離れた場所で、圧倒的な戦いに興奮している。魔法使いがプロテクションをかけてあるとはいえ、彼らは気付いていないようだ。

 既に別のトレントの攻撃範囲に入ってしまっていることに。

 土中を伝って根が走り、突如太い鞭のような、しなるソレが地面から土を零しながら姿を現した。

「うわああ!」

 想定していなかった攻撃に、三人とも驚いてそちらに視線が向いている。

 根を使った攻撃は、年を経て成長したトレントしかしない。若いトレントばかりを相手にしていた彼らには、知識がなかったのだろう。プロテクションの壁で一度は防ぐが、バリバリとヒビが入ってすぐに崩れ去ってしまった。


「も、もう一度、プロテクションを!」

「いや、逃げるんだ。間に合わない!!」

 別の方向からも根が迫っていた。焦って動きが鈍くなっている彼らは、標的として補足されている。仕方がないね。

「うわああぁっ!」

 先ほどよりも太い根が、襲いかかる。

 君達、目を閉じては逃げることも出来ないだろう。戦場に慣れていないのかな。

 私はその攻撃を手で防ぎ、光を地面から発して軽く引き千切った。切断された根の先が、衝撃で飛ぶ。外の木にぶつかり、地に叩き付けられて跳ねた。


「エクヴァル、あっちにも大きなトレントが!」

「確認されていたのが一体だけか、もしくは見分けがつかず、一体と勘違いされたか……!」

 トレントを隠すなら森の中。木に隠れる木の魔物を発見するのは、難しいもの。ましてや同じ固体か識別するなど、慣れていても至難の業だろう。

 ベリアルの契約者達も、攻撃があってようやく、もう一体の存在に気付いたようだ。

 既に攻撃を開始しているトレントだからね、先制で魔法攻撃を仕掛けた先程よりも苦戦を強いられるかな。

 騎士の男は即座に駆け出し、迫りくる枝を躱して切り、葉が身に降りかかるのにも怯まずまっすぐにトレントを目指した。地面から根が突如姿を現したが、軽いステップで横に避けて、ザックリと幹を切る。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 同時に反対側の幹を、弟子の男が放ったストームカッターの刃が通った。両側から傷を付けられたトレントだが、もちろんまだ倒すほどには至っていない。


「水滴よ集まれ、地を覆う敷板となれ。一面を銀の光を称える氷原とし、根を地中に閉じ込めよ。氷の大陸を眼前へと顕現させ給え。爪先から熱を奪い、嘆きの吐息までも凍らせよ! グラソン・プレーヌ!」


 ベリアルの契約者が両掌を地面に向け、水平にしている。押し込むように下ろすと、足元からバキバキと凍り付き、トレント周辺まで地面が真冬の池のように厚い氷で覆われた。地中から突き出した根は、氷に阻まれ動きを止めている。

 これで根からの攻撃を防いだ。

 ……つもりだろう。


「これで根っこは防げるよね」

「君ねえ!! 氷の上で、戦えるわけないでしょ! 滑るんだよ。危険で近付けないよ……!」

 騎士の男はさすがに抗議している。まあ当たり前だね。彼は飛べないのだから。氷の上を徒歩で戦えとは、無茶な話だ。

「あら、そうだわ」

 どうも、とぼけたところのある娘だよね……。

「……ベリアル。君の契約者は、なぜ味方の邪魔を?」

「単なる間抜けである」

「なるほど」

 身動きが取れなくなり、怒りに駆られたトレントが、枝を大きく動かして近くにいる騎士の男へ向けた。彼は氷から逃れようとしていた途中で、枝から離れるように剥き出しの地面まで飛んだ。

 さすがに体勢を維持しきれず、片膝と手を着いて身を低くする。足が氷に埋まらなかったのが、せめてもの救いか……。

 枝は彼を追い掛けて体の上を掠め、通り過ぎた時には先が切られていて、どこかへと飛んで消えた。瞬時に剣を合わせたんだね、さすがに反応がいい。


「師匠、魔力を合わせて頂けますか」

「もちろんよ!」

 弟子の男は彼女が魔法を使う間に、再度ストームカッターの詠唱を始めていた。

 そこに彼女の魔力を合わせる。

 ストームカッターというには巨大すぎる風の刃が浮かび、トレントの太い幹を半分以上の深さで一気に切り裂いた。

 なかなか良い魔法制御だ。これほど大きくなれば、一歩間違えれば思いもよらぬ場所に飛んでしまうものを、寸分の狂いもなく狙いに当てた。


 トレントが斜めに傾く。幹が内部まで割れて、ベキベキと崩れるように倒れていく。トレントは根と幹の間を切断すれば、生きられない。討伐完了だね。

 しかし最後に、氷が途切れた場所から根を出し、ベリアルの契約者を突き刺そうと待っすぐに伸ばした。すぐ脇にベリアルが飛び、手をかざして攻撃を止める。地表に出ている部分が、一瞬にして赤い炎で包み込まれた。

「根の一部を燃やすくらいは、構わんであろう」

「氷も溶けて、ちょうどいい」

 それにしても彼女は、突然の地中からの攻撃にほとんど反応しなかった。それだけベリアルを信頼しているということかな。

 案内の三人の方が、狼狽えていたくらいだ。少しは驚いてもいいのにね。

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