第229話 帰宅!

 二体のトレントの退治した。他にいないか確認した方がいいかな。案内の人に相談しようと、後ろを振り向いた。

「この二体は、君達に預けよう。ベリアル、君の契約者と来てくれるかな。私の分は、他にいるね」

 ルシフェルがスッと浮いた。やはりまだいるようで、それをお土産にするらしい。


 トレント材は木製のソリである、キンマに乗せて運ばれる。木馬キンマ道と呼ばれる丸太を組んだ細い道を、縦に滑って行くのだ。ある程度細かくするならともかく、丸々一本が収納できるようなアイテムボックスは、どの国でも開発されていないのではないだろうか。

 トレントの森の端を通って、町外れにある材木置き場まで運ぶのだ。

 ギルドの討伐任務の場合は特別なプレートを先に受け取り、討伐したトレントに付けておく。それを後で運搬する人が回収して、どのパーティーが討伐したかしっかり確認するわけだ。慣れない冒険者では、木の運搬なんて重すぎて無理だろう。

 遭遇して普通に倒した場合は、トレントの森を監視している特別な森林監視官や見回りの兵、運搬の仕事を生業にする人を探して伝えるか、樹皮に刻んでおくかになる。

 倒されているトレントに自分のプレートを掛けて討伐したように偽るのは、違反だよ!


 ルシフェルと向かうと、また大きなトレントを発見した。ここは森の奥の方だし、あまり冒険者が来ないエリアだったのね。

 今度も二体いたのだけれど、ルシフェルは光の剣を出しサッと枝を落として、太い幹を一刀両断にした。紙でも切るように力すら感じさせない、鮮やかな手並みだ。

 反撃の暇もなくトレントは切断され、事切れた。早過ぎる。しかも他の木にぶつからないよう、間をすり抜けるように倒れた。


 ここに私まで来た理由。

 トレントを地獄へ送るのに、また悪魔セエレを召喚するのだ。運搬が大好きで、収納の空間を持つ悪魔。トレントも入るのかな、すごいな。

 座標に姿を現したセエレは、最初から深々と頭を下げていた。

「ルシフェル様、ベリアル様! お会いできて幸甚の至りでございます。私にご用でしょうか」

「わざわざありがとう、セエレ。このトレントを私の宮殿に運んでもらえるかな?」

「ははっ! 是非ともやらせて頂きます!」

 セエレは紺の髪を振って顔を上げ、手をサッと動かして、すぐに二体のトレントを彼の特殊空間に収納した。後には葉と切り落された枝が地面を覆っている。


「さすがに早いわ。そうである、用を頼んで良いかね」

 ベリアルがセエレの後ろから近付くと、彼はビクッと肩を震えさせる。やっぱり気が弱そうな悪魔だ。

「は、他に用はございませんので、何なりとお申し付けください」

「キメジェスの所へ赴き、我を訪ねるよう伝えよ」

「キメジェスですか。確かこの国の王都におりましたね」

 なるほど、キメジェスならアウグスト公爵の邸宅にいるし、他国の有力な悪魔についての情報を持っているかも。呼び出して、話を聞くわけね。彼は侯爵だけど、王にかかれば使い走りみたいなものだ。


「それはいいね。任せたよ、セエレ」

「はいい、誠心誠意、努めさせて頂きます!」

 セエレはルシフェルに頼まれると、とても嬉しそうにガバッと礼をする。

 そして挨拶をして、すぐに去って行った。移動速度がとても速い。私達の方が遅くならないようにしないとね。

 さて、トレント退治はこれで本当に終了だ。


 空から宿へ戻ったけれど、他の皆はまだ戻っていなかった。

 朝のテラス席で、紅茶を飲みながら待つ。悪いなと思うんだけど、地獄の王二人を連れ回すわけにはいかないし。フルーツタルトでも食べて待つとしよう。大きなフルーツがたくさん盛られていて、キレイだし美味しいな。さすが一押しだ。

「やはり私達の方が遅かったね」

 エクヴァルだ。笑顔で布袋を顔の高さに上げている。もう報酬が入ったのね。

「師匠、全て終了いたしました。出立できます」

「トレント二体の討伐代金と、生薬にする樹皮を貰う段取りになっているよ。あとはエグドアルム王国で杖にする分のトレント材。君は樹皮だけでいいんでしょ?」

「うん、ありがとう!」

 案内人もいたから確認も済んでいるし、話が早い。素材は届けてもらえるらしい。

 後から倒した二体の討伐報酬は望めないね。確認に必要な幹を、セエレに回収してもらっちゃったもんねえ……。


 宿の部屋で大人しく待っているリニを呼んで、チェックアウトしなきゃ。王二人が戻ったのは感知している筈だから、出掛ける準備はしてあるだろう。怖いから顔を出さないだけで。

 すぐに出発して、家を目指すぞ。久々のレナントだ!

 キュイと一緒に飛ぶのを、道を歩いている人が指をさして皆で眺めていた。


 ついにレナントの町に到着。

 身分証として商業ギルドの会員証を提示し、北門から入る。セビリノがエグドアルム王国の宮廷魔導師の徽章を持っているので、悪魔二人については触れられなかった。ベリアルはそろそろ顔を覚えてもらっているかな?

 ルシフェルはこのまま買い物をするので、門の先でいったん別れた。セビリノもお供に付いて行き、私達は繁華街を抜けて家路を辿る。

 家が視界に入るところまで来たら、玄関の前にたたずむ三人の姿があった。

「たのもー! たのもーってば! ……いないのかしら」

「お嬢、留守でしょう。出直しましょう」

 自称ライバルの、グローリア・ガレッティ男爵令嬢だ。護衛のラウルとメイドを連れている。


「イリヤ嬢、帰るのは少し後にする?」

 エクヴァルが笑顔で、アイツら無視しようと訴える。しかし時すでに遅し。

「イリヤ先生! 帰ってきたところだったのね」

 見つかってしまった。

 グローリアは金の巻き毛を誇るように手で払い、ズカズカとこちらに向かって歩いて来る。何故か私を庇うように、前へ出るエクヴァル。敵じゃないと思うんだけど。

「……何か?」

「これ、お父様から。迷惑を掛けたからって」

 グローリアが目配せして、メイドが平たい箱を三つ重ねて渡してくる。


「男爵領名物、イチジクよ! 甘くて美味しい~のよ!」

「イチジクって、ワイン煮にしたりする果物ですよね」

 エクヴァルが受け取らないから、私が受け取っちゃったよ。リニも箱を眺めている。甘くて美味しいと説明されたし、気になるのね。

「これは生が一番よ。食べてよね。いざ勝負……、むごご!!」

 言い掛けたところで、護衛のラウルがグローリアの口を強引に手で塞いだ。

「挨拶だけなんで、これで失礼しまッス!」

「全く、かしましい娘よ」

「お騒がせ致しました」

 ベリアルが冷たく言い放つので、メイドはぺこぺこと繰り返しお辞儀する。まだ喋ろうと騒ぐグローリアを強引に連れて、三人は去った。何がしたかったのかしら。


「さ、家に入ろうか」

 彼女達を見送っていた私を、エクヴァルが促す。リニが鍵を開けてくれている。

「むぐぐー! 何よラウル、せっかく行商の馬車に乗せてもらって、ここまで来たのに!」

「また騒ぎを起こしたら、旦那様から謹慎を喰らいますよ! 相手は公爵閣下の庇護を受けている職人さんですからね、お嬢!」

 ……行商人の馬車に同乗して来たんだ。一口に貴族っていっても、色々あるものなのよね。まあいつキメジェスが来るか解らないし、帰ってくれて良かったかな。


 久しぶりの家なので、窓を開けて換気する。買ったものを仕舞って、ちょっと休憩! やっぱり我が家が一番ね。

 買い物を終えて戻ったルシフェルに、貰ったイチジクを一箱お裾分け。ほどなくセエレも合流した。しかし一人だけだ。

「キメジェスは契約者と出掛けたようで……、言付けだけしておきました」

「おや、それは仕方がない。ベリアル、後のことは任せたよ」

「うむ……、請け負ったわ」

 あまり乗り気ではない様子のベリアル。とはいえ、これは反故にしないだろう。後が怖過ぎる。


 セビリノが預かっていた荷物をセエレに渡し、二人を地獄へ送還する。また色々買ったみたいで、アイテムボックスから幾つも箱や袋を取り出しては、セエレの空間に移していた。

「これで全部です」

「よし。こちらは準備完了しました」

 全て収納して、ルシフェルを振り返る。

「ではね、ベリアル。羽目を外し過ぎないように」

「我がいつ、そのような愚行を犯したというのだね」

 ルシフェルが釘を刺すけど、ベリアルは全く自覚がないらしい。

 お帰りはこちら。地獄の門を開きます。私がルシフェルを、セビリノがセエレを送還する役目なのだ。

 銀の光に包まれるルシフェルが、私に微笑んだ。

「君の家は手狭だよね。少々広げた方がいい」

 また来る時までにしておくようにとの、強制なのでは。小さく手を振って、ルシフェルは姿を消した。


「ふーむ、さすがに弟子の男もいい腕だ」

 セエレはセビリノの腕前に感心していた。スウッと溶けるように地獄へ戻った。

「さすがセビリノね」

「師匠のご指導があってこそです」

 いや私、召喚術を指導した覚えなんてないよ。すっごい笑顔なんだけど、ここは彼一人の実力だと思う。

「やれやれ、気が楽になったわ」

「ベリアル殿も、少しは気を使うんですね」

「……そなたは相変わらず、口の減らぬ」

「紅茶でも淹れようか、お茶にしよう」

 エクヴァルがお湯を沸かしてくれていた。気が利くなあ。


「エクヴァル殿、それは弟子である私の仕事です」

 セビリノが慌てて台所へ向かう。いつも通りで安心するね。リニも台所にいて、自分用にココアの用意をしている。

 皆に挨拶するのは、明日でいいかな。

 またアイテムを作って、卸して採取して。仕事もしなきゃね。

「あの、あの。イチジク、食べても……いい?」

「もう食べ頃なのかしら。一緒に食べましょう」

「うん」

 笑顔で頷くリニと一緒に、箱を開封した。イチジクは底が濃い赤黒い色をしていて、裂けているのもある。触ると柔らかいし、すぐ食べた方が良さそうね。


 洗って手で皮を剥く。そのまま口に運ぶと、砂糖でもまぶしたのかなというくらい甘い。皮の近くは白っぽいのに中身は真っ赤で、噛まないでいいほど柔らかく、種の触感がプチプチとしている。

「美味しいわね」

「甘くて、とってもとっても美味しい……!」

 喜んで二個目を剥いているリニ。ベリアルも気になったようで、柔らか過ぎるとか文句を言いながらも口に運んでいた。

「こんなにおいしい果物だったのね。男爵領まで、買いに行きたいなあ」

「……この町でも買えるんじゃないかな」

 エクヴァルは本当に、グローリアとは会いたくないみたい。女性相手なのに、珍しいなあ。レナントで買えるなら、もっと欲しい。

 明日になったら、果物屋を覗いてみよう。

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