第414話 詐欺犯包囲網!
「ただいま……っ」
夕飯をどうするか考えていたら、リニが一人で帰ってきた。エクヴァルと一緒の筈なのに?
「お帰りなさい、リニちゃん。エクヴァルは?」
「あ、あのね、冒険者ギルドに寄るって。あとね、イリヤ。余計かも知れないけど、盗賊のお話をしたら、口止めしないとダメだと思う。……まだ捕まって、ないし……」
だんだんと声が小さくなる。
アレシアとキアラの露店で聞いたのね。そういえば特に口止めとかはしていない。二人は身を守れないんだし、万が一でも盗賊に目を付けられたら大変だわ。
「確かにそうだったわね。ありがとう、リニちゃん」
「ううんっ。早く解決すると、いいね」
リニはトトトッと軽快に階段を上って二階の部屋へ行き、しばらくしてから降りてきた。
「森に隠れてる、悪い人達を見張ってくる……。行ってきます。夜には、帰ってくるね」
「無理しないようにね」
「うん」
元気に出発したわ。リニはお仕事を頼まれると喜ぶからなぁ。
私も何かできないか考えていたら、セビリノに呼ばれた。
「師匠、カミーユ殿です」
「はーい」
バースフーク帝国の自称天才魔法アイテム職人、カミーユ。彼女はまだチェンカスラーで暮らしている。国に帰らなくていいのかしら。
「イリヤさん、こちらには不審な商人は来ていないかい?」
「いえ。私は遭遇していないんですが、隣国からポーションで詐欺をする集団が入ったようです」
「ポーションで詐欺! 私が取引する商店に、出発前に在庫を処分したいからと、安く大量にポーションを売ろうとする人物が現れたんだ。見本として渡されたポーションは確かな品だったが、やはり話が怪しいよね」
「まさにその手口です! 私の知り合いの商人のところにも出没しました」
詐欺集団はレナントで色々な商人や職人と接触しているのかしら!?
ローザベッラ先生も商人の行動に疑問を持ち、私やギルドへ伝えるように指示されたそうだ。
「あちゃぁ……。持ちかけられた店主は、購入すると約束してしまったらしい。今からでも断るように、忠告してくる」
「待たぬか」
早く教えようと踵を返したカミーユを、ベリアルが呼び止めた。台所の椅子で紅茶を飲みながら、私達の話を聞いていたのだ。
「どうしました?」
立ち上がって、私の隣に移動してきた。セビリノは斜め後ろに立っている。多分、一番弟子の立ち位置なんだと思う。
「放っておくが良い」
「ベリアル殿、それではお店の人が騙されてしまいますよ。小さなお店だと、かなりの打撃になります」
「そなたは全く阿呆である」
相変わらず他人事なベリアルが、小馬鹿にする視線で私を見下ろす。
「師匠、
「……確かにそうだね、帰って先生にも伝えておくよ。囮にする場合はしっかり守ってもらわないと。工房は借りものだし」
そういうことだったのね。ベリアルも説明してくれたらいいのに。素知らぬ顔で座っていた椅子に戻ったわ。
「酒はないのかね、酒は」
「ネクタルならありますよ」
「それは酒ではないわ!」
「冗談に決まってます」
四大回復アイテムの一つを、お酒代わりに出すわけないでしょう。ネクタルとソーマは酒類にも分類される。
「……なるほど。最高峰の魔導師の冗談はかくあるべき、ですな!」
何故かセビリノに喜ばれてしまった。真似をしないように、釘を刺しておかないといけない。また“師匠の教え”みたいな言い方をされたら困るわ。
「ただいま。どしたの、そんなところで」
カミーユを見送ってから、ついそのまま玄関で話を続けていた。帰ってきたエクヴァルが二、三度まばたきをする。
「来客があって。カミーユ様と取り引きのあるお店にも、詐欺商人が現れたみたい」
「なるほど……、リニの報告は聞いたよね?」
「ええ」
とりあえず、情報のすり合せをする。
都市国家バレンで詐欺を働き、兎人族の村でも偽ポーションを売った三人組は、北門近くの森に潜伏している。
商人として商業ギルドに堂々と出入りしている仲間がいて、そちらは商人と使用人の二人が確認されている。森で潜伏している三人組と合流した。
そして中央山脈の国境から、ボスと呼ばれる人物が越境を
「つまり、最低でもこの三組を捕まえなきゃいけないのね」
「水面下で働いている仲間が他にもいる可能性はあるけど、現時点で確定しているのはこれだけだね。ボスと仮定される人物がいるチームだけが、顔が判明していない」
詐欺の実行犯と商人のフリをしている仲間は、リニが顔を確認している。“ボス”は国境近辺にいたグループのどれか、くらいな推測しか立たない。
「では私が、守備隊長殿に伝えてきます」
「いやいや、私が行くから。セビリノ君はイリヤ嬢とアイテムでも作ってて」
「なるほど! それはいい考えですな」
エクヴァル、セビリノの扱いが上手いわね。セビリノは待てと言われてワクワクしている犬のような、純真な眼差しを私に向けてくる。
現時点で私が協力できることはないみたいだし、言われた通りにポーションでも作っているかな。
「我も森に隠れている者達の顔を見て参るわ」
「ベリアル殿、リニちゃんのお仕事の邪魔をしないでくださいね」
監視しているリニの魔力をたぐって行くんだろう。リニは怖がりだから、突然ベリアルが登場したら驚いてしまうのでは。
「我を誰だと思っておのだね!!!」
「揉めごとが大好きな地獄の王様、ベリアル閣下です」
「相変わらず、口の減らぬ小娘め!」
よく使う文句でぼやきながら、ベリアルは出ていった。私とセビリノは地下の工房でアイテムを作る。玄関はしっかり施錠して、階段を下りた。
エクヴァルは夕食の買いものをして帰宅、リニは夜更けまで戻らなかった。ベリアルもなかなか帰らなかったが、彼の場合は目的を済ませてから遊んでいたんだと思う。
リニによると、詐欺の実行犯と商人は一緒に野営していて、まだボスは合流していないとか。
「じゃあ冒険者ギルドを見てくる」
朝も早い時間からエクヴァルが出掛ける。冒険者ギルドの掲示板を、堂々と連絡用に使うケースもあるんだって。
冒険者には簡単になれるから、依頼の
関係ない人が受けても断わればいいし、場合によってはそのまま話を進める。断わってばかりでも不自然よね。
カミーユの付き合いのある商人は今日の午後に取り引きをするので、詐欺犯はその場で取り押さえる。森に潜伏している仲間も、同時に確保する予定。問題はボス達の動きが読めないし、正体が分かっていないことね。
取り引きをする商人の家は、隣の家などに守備隊の兵が潜ませてもらい、防衛はバッチリ。町の四つの門もいつもより警備を増やして審査を厳しくし、非番だった人まで巡回の任務に就いた。外に逃がさないという気合いを感じる。
私は結局、家の中で待つしかできないのかしら。
冒険者ギルドの様子を確認したエクヴァルは一味の商人を見つけ、依頼ボードに貼られた依頼を確認した。状況が変わったから、連絡を取りたいようだったとか。ただしボス達はこの町にいったん戻ったとして、接触せずに通り過ぎるつもりかも知れない、と言っていた。
仲間を捕えて、吐かせるしかないのかな。
どの道、今回は家で留守番している私には関係ない。一部の犯人の顔を知っているリニとエクヴァルが、守備隊に協力している。
張り切っていたのに、肩透かしを食らってしまったわ。せめてご飯でも用意しておこうかな、と台所へ移動する。
「あ、あ、待って、わ、わあぁ……!」
リニの声だわ。いつの間に戻っていたんだろう? セビリノを伴って、外へ飛び出す。声がしたのは、裏手のルシフェルの別荘付近から。
そこには門の前でオロオロと行き来して、家の中を見つめるリニがいた。
「どうしたの、リニちゃん!?」
「イ、イリヤ……! ど、どうしよう。隠れていた盗賊の仲間がね、他の人が捕まったのをみて、逃げちゃったの。それでこっそり追ってたら、その人達、裏手の窓から、王様の別荘に入っちゃったの。……ガルグイユが向かっているよ……」
言われてみれば、玄関の両脇に飾られていた一対のガルグイユ像がない。家の中にはさらに強力なもう一体がある。こんな家に入るなんて……。
「うわあああぁ! 火が、火がっ、燃える、ヒイィ!」
「なんで雷!?? この像、どうなってんだよ!」
「助けてくれええ!」
少なくとも三人は入り込んでいるわね。それにしても、彼らを追ってたのはリニだけ?
「リニちゃん、守備隊はどうしたの?」
「突入と、門に現れた詐欺の仲間を捕まえてて、あと、ボスを探すのに走り回っているよ。人手が足りていないの……」
詐欺グループは人数の多い、大がかりなものなのね。急だったから応援も呼べなかったろうしなぁ。
「……師匠、逃げて参ります」
セビリノに言われて玄関に視線を移すと、中から服を焦がして負傷した人物が、片足を引き摺りながら必死に逃げてきていた。生きてて良かったね。
「確保して、ガルグイユを止めないと」
「私、兵隊さんを呼ぶね」
リニは通りで左右を見渡し、交差点まで駆けて大きく手を振る。
「あの……、あの、……悪い人が、います。捕まえて、ください……!」
呼び掛けるのはリニには難しかったわね。私が行けば良かったかしら……。
別荘を飛び出して逃げてきた盗賊の前に、小さな火の柱が唐突に立った。
「ふはははは! そなたが一番手であるな! 賞品は、我の炎である!」
ルシフェルの別荘にいると思ってたベリアルが動かなかったのは、脱出する順位を競わせて遊んでいるからなの……! しかもこの景品、いらないわ。
足音が近付いてくるので、リニが無事に守備兵を呼べたんだろう。早く犯人を保護してもらわなきゃ。
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