第341話 村の診療所

 町を後にした私達は、先頭を飛ぶキュイに続いて飛んだ。

 眼下の広い道には馬車が走り、何もない平原に村が幾つか点在している。小高い丘にはゴツゴツとした白い石が木のように並んでいて、犬の魔物を冒険者が討伐していた。

「国境だね」

 大きな町と、その近くには城と塔がある。柵や塀など、境界線をハッキリと視認できるようなものはない。きっとエクヴァルは、その城を国境の守りだと判断したのね。


 だんだんと馬車や冒険者の姿が減り、畑に出ている人も少なくなった。庭に人が集まっている家は、薬草医の家なのかも。病が流行しているから、治療を求める人が殺到しているのね。

 冒険者ギルドに募集をかけていた町以外でも、似たような状況の場所が幾つもありそうね。自分も感染しないように、気を引き締めないと。

「うーん、どこに降りたら良いかな。さすがに依頼がどの町からかは、判断できないね」

「そうねえ、あ、あの先に行ってみましょう」

 色々な方向から、人や馬車が同じ場所を目指している。馬に乗っていたり、疲れて道の脇の岩に座っていたり。病人まで移動する人の中に混じっていた。もしかすると、有名な治療師がいるのか、薬や素材があるという噂が流れているのかも。


「……そなたの面倒事に誘引ゆういんされる性質は、何とかならぬのかね」

「どういう意味ですか、ベリアル殿?」

 ベリアルは呆れたような表情をしている。治療がどうというよりも、目的地に何かあるのかも。

 人々が目指す先にある村は森を背負う位置にあり、あまり大きくないし特別に発展しているわけでもない。ごく普通の農村だった。ただ、悪魔の気配が濃く漂っている。どこかで感じた魔力だわ。

 村の周囲は木の柵に囲まれていて、開け放たれた門を具合の悪そうな訪問者がくぐる。付近にいるのは村人だろうか、辿り着いた人を迎え入れていた。

 見れば、二階建ての家の広い庭に、人がたくさん集まっていた。


 そこの中心にいるのは。

「サバトでもお会いした、パズス様ですね」

「よくもまあ、王の居場所を選んで行くものよ」

 地獄の王の一人で疫病の悪魔、パズス。ベリアルとは敵でも味方でもない。

 別に悪魔がいると知って、選んだわけではないですが。

「まさか病を広めた……、わけではないですよね。パズス様の撒く病なら、移動する余裕なんてなくなります」

「そうだねえ、病はサバトより何日も前に広まった筈だしね。依頼が他国にまで回っているんだし」

 エクヴァルの言葉に、リニも頷く。依頼が出されてから、数日経過していたという。それにまずは国内で対処するから、いきなり他国のギルドに依頼は出さないだろう。


「とにかく降りてみましょう」

 私達は人が集まっている家の脇にそっと降りた。エクヴァルとリニは、キュイを隠すように森の方に着陸させ、歩いてくる。

 庭からは、人々の明るい声が響いていた。

「ありがとうございます、本当に助かりました」

「薬もなく治せるなんて……、きっと天のお使いに違いありません」

「悪魔だっての」

 祈る女性に、パズスがツッコんでいる。なんという馴染み方。

 病を治しているのね! 疫病の悪魔だけど、治療もできるだったわ。これは確かに病人が殺到するわね。薬がなくても熱が下がるんだし。


「そなた、このような寒村で人助けかね」

 ベリアルが声を掛けると、パズスは振り返って軽くて手を上げた。

「お~ベリアル。お前の契約者も、治療に呼ばれたのか?」

「呼ばれておらぬ。勝手にどこにでもチョロチョロと入り込むのだよ」

「私どもが立ち寄った国にも、薬や薬草を求める依頼があったので、気になって参りました。腹痛の薬の材料を大量に入手できましたので」

 ベリアルの言い方だと、私がいつも遊び気分で紛れ込んでいるみたいだわ。真面目にお仕事しているのに。


「腹痛の薬! それは助かります、村の薬草医のところに卸してもらえませんか? 熱は下がるんですが、腹痛や喉の痛みなどが残る方もいらっしゃって」

 パズスを拝んでいた女性が、顔を輝かせて私を見た。

「悪魔がもたらした病なら完璧に治せるが、自然に罹患りかんしたのは熱はともかく、他は症状の緩和くらいしかできねえ」

 なるほどなるほど。私は女性に案内されて、薬草医の先生の家へ向かった。パズスも付いてきて、集まっていた人々は見送ってから解散した。

 先生の家は、森側にある。薬草を採取に行きやすいからだろう。


「そもそもどのような経緯で、この何もない場所に来たのだね?」

「アレよ、サバトで頼まれてな。小悪魔の芸も楽しめたし、せっかくだから寄ってやったまでよ。いやぁ、こう感謝されるのも気分がいいよな! 病を振り撒くのは大規模にやらなきゃ楽しめねえが、契約もなしにすると天のヤツらの監視が面倒クセェ」

 サバトが終わってから、真っ直ぐここへ来たわけか。頼んだ小悪魔や契約者らしき姿はない。相手は飛べなくて、まだ到着していないのかも。

「……で、何故付いてくるのだね」

「楽しい匂いがするからだろ。ルシフェル殿はどうした? 地獄へ帰った感じもしねえが、気配が薄いな」

「別行動をしておるだけだわ。これから捜さねばならぬ」

 面倒そうにため息を吐くベリアルの隣で、パズスは手のひらを頭の後ろで組み、ニヤニヤ笑いながら歩いていた。

 村にはほぼ民家しかなく、民家の一室で食品や雑貨を売る小さなお店と、庭先に看板があり、泊まれますとベッドの絵と共に書かれた民宿があるくらいだった。


 薬草医の先生の家には人が外にもいて、診察を待っていた。熱はパズスが下げたから、お腹を押さえていたり咳をしていたり、あとは残った症状の治療ね。パッと見た感じ、あまり重い症状の人はいなそう。

 誰かが外から室内に声を掛けていた。

「先生、洗い終わったよ。ザルに並べといた。作業場へ運べばいいな?」

「助かるよ、しかしこの村でも薬が足りないんだ。他の村はもっと状況が悪いだろうな……」

「邪魔するぜ」

 庭で待つ人の間を通り、パズスが診療室に勝手に入る。診療室は庭から直接入れるようになっていて、衝立ついたてで区切られており、手前に二人ほど患者が待っていた。


「これはパズス様! お陰様で、この村はもう危機は脱しました。本当に助かりました」

「ありがたや、ありがたや……」

 拝まれているよ。村にいる患者、全員の熱を下げたのかしら。

 これは素晴らしい能力だわ、ただ使うかどうかは気分次第よね。現在村を目指している患者は、治してもらえるのかしら。

 衝立の向こうを覗いたら、診療用の椅子には誰も座っていなかった。ベッドにもいない。診療中ではないのかしら。

「休憩中ですか?」

「あ~、新しく届いた素材で薬を作っているところだ。手持ちの薬がないから、完成するまで診療できない。……魔導師の方ですか?」

 質問した私を通り過ぎて、先生の視線は後ろに立つセビリノで止まった。私が助手だと思われているわね。


「はい、腹痛に効果のあるハイ・リーの魔核を持ってきました」

「それはありがとう! 十個くらいあると助かる。冒険者ギルドに納品しなくて良いのかい? なんなら受け取りを書くよ」

「私は冒険者じゃありませんから、受け取りもなくていいですよ。十で良いんですか?」

 そもそも冒険者ギルドで依頼を受けたり、依頼品を納められるのは、登録している会員だけなのでは。

 私は商業ギルドしか登録してないし、この国ではチェンカスラーの会員証は使えないかも。冒険者は全国共通なので、どこかで登録すればいいのだ。

「まだ余分があるなら、それこそ冒険者ギルドや商業ギルドに卸してもらって、不足している地域に分配してもらいたいな」

「確かにそうですね。ではここでは十だけ置いていきます」

 お店に直接持ち込む手もあるし、望まれた十個の魔核だけ出した。焦げ茶色のいびつな塊を、机の上に転がす。先生は一つを手にして、目の前に持っていって確認していた。


「ちょっと削れた跡があるけど、かなり新しいものだね。代金を払うよ、ちょっと待ってて。誰か、これを粉にしてくれ! いい素材が手に入った!」

 先生は弟子らしき若い人にお金を準備させて、魔核を手に製薬室の扉を開けた。製薬室で作業をしている数人が、一斉に振り向く。

 ちなみに削れたのは、私のせいじゃないよ。漁協の人の扱いが雑だったからだと思う。色や大きさで仕分けもせず、木箱にドンッと大量に入っていたし。

「トンカチで砕いて、小さくして粉にするんだろ? 俺でもできそうだな、やるぜ」

「そういや君は大工だったな。木屑のついたトンカチは使うなよ」

 ハハハと、室内に笑い声があふれる。大工さん?

「製薬室に大工さんですか?」

「病気が流行って人手が足りなくなると、村の人が手伝ってくれるんだよ。薬草取り、薬作り、掃除や患者の整理とかね」

 今ここにいるのも弟子は一人だけで、お手伝いの人に指示をしながら薬を作っているとか。


 先生は診療と処方がメイン。お陰で一日に診られる人数が格段に増える。分業して効率を良くしているのね。なら私も、少し手伝おうかな。

「魔核を粉にする作業は、私どもでやります」

「知っているだろうが、結構根気のいる力仕事だよ。アイツらに任せて」

「いえ、魔法ならばすぐ終了しますし、手で作業するよりも細かい粉にすることが可能です」

 石を粉にする魔法は、この辺りでは知られていないのかな。認知度がまだまだ薄いわね。

「そんな魔法があるのか!? 対価を支払うから、教えてくれないか? 作業が楽になる」

「ええ、もちろ……」

「なりません」


 快諾しようとしたところで、セビリノが止めに入る。石を粉にする魔法はセビリノと共同開発して、魔導書をセビリノ名義で出版したんだった。セビリノには商売の邪魔になっちゃうのね!

「そうだったわね、魔導書を買ってもらわないといけなかったわ。売ってるかしら」

「いえ、そうではなく。師は我々の師匠です。指導を受けたいのならば、正式に弟子入りすべきでございます」

 そっちか。我々って、弟子はセビリノとアンニカしかいないわよ。

 これは全国に弟子やよく分からない応援者を増やしたい、崇敬会とやらの活動に違いない。

「確かに弟子を差し置いてってのは、調子が良すぎたな。今回だけでも、やってもらえたら助かる。効果を確認してから、魔導書を探すよ」

 先生が残念そうにしている。私が教えるのが良くないのかしら。それなら。

「じゃあセビリノが教えてあげたら、いいんじゃない? 私は見てるから」

「師に代わって指導をするのも、一番弟子の務め! 是非やらせてください!!!」

 思いの外、食い付きがいい。あまりの変わりように、先生も一瞬目を見張った。


 話がまとまって作業に入る準備をしていると、慌ただしい足跡が聞こえてきた。走って診療所に近付く人がいる。急患かしら!?

「ハア、ハァ……、こんにちは! 病の状況を調査にきたら、こちらに強い悪魔の気配が二つも……! 皆さん無事ですか? て、きゃああアーレンス様!!!??」

 息を切らして急いでいた女性が、セビリノの姿を確認して悲鳴を上げた。

 セビリノファンに違いない。入り口でへたり込んでしまったわ。

「何をしておるのだね、そなたは」

「ひいいいぃ、地獄の高位貴族!???」

 ベリアルの鋭い視線に晒され、再び叫ぶ。忙しい女性ね。

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