第340話 ねこねこ亭

 ねこねこ亭には机が十脚あり、お客が三組、席に着いている。猫人族のダンサーも一人、一緒に飲みものを飲んでいた。

 奥の棚と台には食べものや飲みもの、雑貨などが売られていた。部屋にあったクッキーの他に、煮干しや干したイカ、ポテトチップス鶏の胸肉味、マグロ味が所狭しと置かれている。

 差し入れに最適と書いてあるのは、従業員にあげるヤツね。猫人族は人に近いものを、ケットシーは猫に近いものを食べるよ。ネコマタは知らない。

 あとは猫人族が作ったビール。コップにフタが付けられて、部屋にも持って行かれます。


「ラッシャイ! 活きのいいミカンがあるよ!」

 猫人族がネット入りミカンを勧めてくる。

 活きのいいミカン。どこかの魚屋の言葉を、真似しているのかしら。

「猫人族の手作りがあると、聞いたんですが」

「それなら猫ビール! あと、毛糸好きの子が編んだマフラーや手袋があるよ」

 壁際の棚の一角に、猫人族の手作りコーナーがあった。

 小物なんかは、人が作るものとあまり変わらない。色合いがカラフルで独特だったり、短いマフラーが混ざっていたりするくらい。

「猫人族は短いマフラーを使うんですか?」

「それは飽きちゃったから、そこで終わりだって。短くても使うよ~」

 途中で飽きたのまで売るとは。さすが猫。


「飲みものはいかがですか~」

 商品を眺めていたら、下から声を掛けられた。視線を落とすと、従業員ごっこをしている黄緑ベストの猫人族がすぐ近くにいた。

「何がお勧めですか?」

「今日はミルク! 一緒にホウレン草もいかがですか」

「ミルクと……ホウレン草?」

「はい座って!」

 頼んでないのに決まってしまった! メニューの組み合わせが謎。これが猫人族式……!??

「あはは、お客さん諦めて座ってやってよ。あの子は接客が楽しくて仕方ないんだよ」

「そうですね、せっかくなので頂きます」

 ホウレン草ならお腹にたまるものでもないし、夕食に響かないだろう。

 他のテーブルを覗いたら、全員にホウレン草のソテーがあった。あの子の仕業か……、猫人族の営業、恐るべし。


「お待たせ~! ハチミツ入りホットミルクと、ホウレン草のおいしいの!」

 ミルクをトレイに三滴くらいこぼしながら、運んでくる。トレイごと受け取り、テーブルに置いた。猫人族にはちょっと高いのだ。

 暖かいし美味しいわ。ただ、何故ここで夕飯前にホウレン草を食べているのかが、ちょっと不思議な感じがする。

「あれ、イリヤ嬢。……珍しい組み合わせだね」

「師匠、なかなかの収穫です!」

 交渉を終えたエクヴァルとセビリノが私の姿を見つけて、ねこねこ亭にやってきた。黄緑ベストの子は、新しいお客に大喜び。

「お席へどうぞ! ミルクとホウレン草をお持ちます!」

 お持ちます。嬉しすぎて“し”が抜けたわ。またもやメニューを勝手に決められてしまっている。

「あ~、こういうコトね」

 エクヴァルが察して椅子を引くと、セビリノも首を傾げつつも、別の椅子に座った。


 戦利品は、イルルヤンカシュの爪三本に髭が一本。この中から、エグドアルムにも分ける。鱗もいい状態のものが幾つか採れて、これは薬にならないからエグドアルム分だけ引き取った。

 ラタトクスはドラゴンティアスの小さいのがあったから、欠片を分けてもらった。甲羅も少々。

「ベリアル殿がこっそり持ってきちゃった、アレはどうなったの?」

 アレとはイルルヤンカシュが持っていた、龍珠。龍が持つ最高のアイテムだ。

 ドラゴンティアスを体内で作る代わりに、手に持って魔力を籠めている珠で、装備アイテムに使う。

「こちらでもらえるよ。ネレウス様が、ベリアル様の戦利品だから諦めろ、と言ってくださって」

「素直に分配する性格でもないものねえ」

 大きい珠だから、少し分けた方がいい気がするわね。後で考えよう。


 ホウレン草を食べ終えて、ねこねこ亭で買いものをしてから部屋に戻った。支払いは人が計算をして、猫人族がお金を受け取る。

 部屋で私の分の素材をセビリノから受け取り、仕舞っておく。猫型クッキーと猫人族の麦わらカゴなどの、購入したお土産もアイテムボックスへ。

 時計を確認したらもう夕飯の時間になっていたので、またすぐにベリアルとセビリノと一緒に、階段を下りた。

 待っていた猫人族に部屋番号を伝え、食事処へ案内してもらう。

 大きい食事処を通り過ぎて、奥の廊下まで進んだ。扉が幾つかあり、その一つに入る。大きなテーブルがある個室で、角に観葉植物の鉢があり、奥は広く空いている。奥の壁の真ん中に普通の半分くらいの、格子状の小さな木の扉があるよ。

 エクヴァルとリニは先に座っていた。さっきの喋る猫妖精、灰色のケットシーまで、リニの横に座っている。


「おっそいよ~、食べちゃうよ~」

「遅いじゃないでしょ、なんでアンタまで座ってるの。お客さんの席でしょ!」

 案内してくれた猫人族が怒っている。

 ケットシーはテンテンと前足で机を叩いた。

「ごーはん、ごはんー! 踊ったから疲れたよ~」

「台所にいけばあるのに。あ、ここ猫踊りの注文入ってるよ。いるんだから、踊りなさいね」

「じゃあ、この子の食事も用意してもらえるかな?」

 エクヴァルが猫人族にお願いすると、猫人族は明るく頷いた。

「はーい。良かったね、しっかり踊りな」

「にゃい! 鶏ささみね」

 ケットシーも一緒にお食事するのね。ベリアルが呆れるような視線を投げているが、特に文句は言わなかった。


 ほどなく最初の前菜盛り合わせが運ばれてきた。料理はどんどん、猫人族と人で運んでくる。ケットシー用の前菜と、鶏のささ身肉やパンも並べられた。

 食事をしていると、奥の小さな扉から赤いベストを着た猫人族が登場した。

「お待たせしました~、猫踊りです!」

「ボクも踊る~」

 鶏のささみ肉をキレイに食べ終えて、ケットシーが二本足で立ち上がる。

「じゃあ大漁踊り、始まるよ~」

 一人と一匹が踊り始めた。どこからともなく弦楽器の音が聞こえ、他の席も拍手して盛り上がっている。音楽に合わせた猫踊りを、何組かに同時に披露しているのね。

「エクヴァル、猫踊り楽しいね」

 リニが手拍子しながら、エクヴァルに微笑みかけた。

「いい宿で良かったね」

「本当に可愛いし、楽しいわよね」


 私も手拍子しようっと。パパン、パンパチン。おかしいな、微妙にズレる?

 リニの手元を確認しながら私も手を叩くが、やっぱりズレている。ベリアルがニヤニヤ笑って、からかうような視線を向けてくるぞ。

「そなたは昔からリズム感がない」

「わりと合っていると思うんですよ。セビリノだって、こんな感じよね?」

「私ですか」

 セビリノも魔法一辺倒だから、きっとできないわ。そう思って、やってもらった。

 無表情だけど、リニと同じタイミングでしっかり手を打っている。エクヴァルができないわけがないし、私だけ手拍子が……下手……!??

 これ見よがしに、ベリアルが私を見て手拍子をする。

 くうう、悔しい!!!


 踊り終わったら猫人族は元来た奥の扉から出て行き、ケットシーは夕食が終わるまでリニの隣にいた。

「ボク王国に帰るよ~、小悪魔ちゃんバイバイ」

「王国に住んでるの?」

「うん。門の方の、路地裏に王国があるんだよ~。ボクはたまに、王国から出勤してるんにゃ~」

 ケットシーは集まると、異空間に集落を作って王国と呼び、暮らしたりする。そして狭い路地裏などに、自分達しか入れない特別な入り口を作るのだ。戦えない種族の、身の守り方だろうか。

 さすがにケットシーの王国は行ったことがないわ。


 翌日、ねこねこ亭は出発する時にもまだ閉まっていた。営業時間は“気が向いた時から、終わりたい時まで”と書いてあった。大体いつも、お昼前後に始まるそうだ。

 お金は払ってもらえるので、チェックアウトはすぐに済んだ。

 猫耳が付いた人が受付に立っている。人に化けきれないネコマタね。猫人族や猫妖精ケットシーと違い、ネコマタは元々は普通の猫。長く生きて魔力が強くなり、人語を解して人に化けられるようになったのだ。今は修行中かな。

 この宿なら、半端に化けたネコマタも違和感はない。


 宿を出てから、猫人族にお勧めされた隣のお店に入ってみる。猫人族の手作りコーナーの他、猫モチーフのグッズがたくさん売られていた。

 猫の手クッキーは、肉球部分は色が違う生地になっている。猫を描いた絵、猫刺繍ハンカチ、猫ぬいぐるみ、ふちに耳が二つ出て、その下に顔が描かれている猫マグカップ。スプーンは持ちの手の上が、猫の顔型だわ。

 宿に泊まった人もここに寄って、カゴいっぱいにお買いものをしている。

「すっごい良かったね! 猫だらけの宿」

「噂以上だったわ……。いずれ猫踊りを習得したい」

「アンタが踊ってどうするのよ」

 猫グッズは愛好家に大好評。私も多めに購入しようっと。リニは自分と同じ、黒猫グッズを選んでいた。

 猫人族の手作り品も、応援になるから買わないとね。木皿を買ったよ。


 買いものを終えたら、ルシフェルと合流しないといけない。鉱山の町に行ったので、山側だろうな。

「ベリアル殿、ルシフェル様はどの辺りか分かりますか?」

「……夕べから探っておるが、分からぬ。よほど近付かねば見付けられぬよう、隠蔽いんぺいされておる。面倒であるが、捜さねばならぬな。他の者であれば、放っておいて帰るものを……」

 捜されるから、隠れているわけか。悪魔って意地悪するのが仕事なのかしら。

 とにかく山の方へ向かおうかしら。考えていたら、エクヴァルがそれなら、と口を開いた。


「……実は今朝、先に冒険者ギルドへ行ってね。緊急依頼があったんだ。腹痛の薬、熱冷ましの薬や痛み止め、もしくはその素材を集めているって。東の隣国で流行り病が起きている。依頼品を届けに行った先でも羊先生が薬不足だと言ってたでしょ、この近辺はどこもそうみたいだね」

「腹痛の薬なら、ハイ・リーの魔核がたくさんあったんじゃないの?」

「あの村は冒険者ギルドがなかったし、少し場所が違うと情報が一切回っていないなんて、よくあることだよ」

 肩をすくめるエクヴァル。薬不足か、なら買ったばかりのこれを届けるかな。

「東なら移動途中よね、寄ってみましょう」

「さすが師匠、ご英断です!」

 セビリノって、本当に大げさに褒めるわね。どうも力が抜けるわ。


 行き先が決まったわ。この国は大きいので、隣国といっても少し遠い。海辺のこの町まで依頼がくるまでに、数日経っているかも。

 急がないとね。熱冷ましがあった方がいいわよね、どこかで採取できないかしら。

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