第329話 イリヤVSセビリノ!?
魔法戦が終わって、二階と脇の観覧席から降るような拍手が響いている。
セビリノは侯爵に耳打ちした後、いったん観覧席から出て廊下を通り、こちらへやって来た。直接は来られないのだ。
「師匠、侯爵に話を付けておきました。今度は我らの模擬戦です」
「え、セビリノと戦うの?」
「そうです。私を讃える者は多いですからな、私を倒してこそ師匠の名声が広まるというもの!」
「どういう理屈?」
おかしな結論に辿り着いていたらしい。最初からこっちが目当てだったんだな。
「さあ師匠、
「自分で言うセリフなの!??」
またおかしなスイッチが入ってしまった。こうなると止められないのよね。
エクヴァル達を見たら、皆が笑っている。
魔法戦をするのは別に問題ないんだけど、セビリノの謎の希望に添えるかどうか……。
「中級マナポーションです」
セビリノが作ったマナポーションを渡された。回復させて、ベストなコンディションで戦おうというわけだ。離れかけた術者のスペースに、私は再び入った。対戦者だった女性はそそくさと観覧席に移動している。
そこにセビリノが入った。
「準備できました。合図を」
「……始め!」
観覧席にも緊張が走る中、侯爵の合図が響き渡る。今度はカウントダウンなしにしてもらった。
開始とともに、攻撃魔法を唱えた。まずは光属性よ。
「天より裁きの光を下したまえ! シエル・ジャッジメント!」
「地の底より深き下層、東の果てより遠き彼方、汝が行く末に際限はなし。七つの門をくぐりて、全ての装飾を
光が闇に飲まれるように、闇属性の防御魔法で防がれた。光属性と闇属性が、あふれて混じり合っている。
魔法が終わると、すぐにセビリノが攻撃に入った。
「
なるほど、属性を強化しておいてから、この強力な闇属性の攻撃魔法を唱えるわけか。私の光属性魔法で
光属性の、最強の防御魔法にしよう。
「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール!」
どちらも発動までが長い。詠唱の間、周囲はしんと静まり返っていた。
厚みのある輝く防御の壁が現れ、それにガンガンと獣の牙が当たる。なんとか壊されることなく、魔法が終了した。
「あれでノーダメージ……!?」
「いきなりとんでもない魔法の打ち合いなんだが……」
「あの女性は誰なんだ!??」
観覧席がざわざわとしている。なんだか偉そうな表情をしているベリアルが、視線の端に映っていた。
「赤き熱、
「流氷の海を漂い、厳冬を割り泳げ。寄るべなき窓辺を叩き、
セビリノの中範囲の火の魔法に、水属性の同じような魔法をぶつける。ブレスのように放たれる魔法だ。お互い範囲を絞って、まっすぐに向かわせた。
ちょうど中央で衝突し、ざあっと白い霧が低く流れる。
霧が晴れる前にアイスランサーを唱えると、セビリノが唱えたファイアーボールとぶつかって消えた。
すぐ様セビリノが攻撃魔法を詠唱している。二つの炎をぶつける魔法だわ。
「二つの道は一つに交わり、出会いて膨大に展開するべし。融合し、狂猛なる火難となれ! クローサー・フゥー!」
「原初の闇より育まれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。
天井近くから太い氷柱が四本現れ、床に向けて勢いよく落ちる。
「攻撃魔法に攻撃魔法をぶつけるやり方はあるが、これは……?」
「氷柱で火を防ぐのか。防御魔法の方が確実では?」
「強い魔法を唱えているから、もう何度も唱えられないよな。そろそろ決着に動くはず」
観覧席では、どうなるのかと予想し合っている。
クローサー・フゥーの火の軌道は予想しやすい。特に、付き合いの深いセビリノが唱えているのだ。
まず氷柱を二本、私の人型がある少し前の左右に落とす。セビリノが放った二つの火球は、この柱に当たって弾け散る。
もう二本は、セビリノの人型を狙うのだ、魔法の最中なので、防御もできない。
見事に二本が人型にぶつかり、かなりのダメージを与えた。魔法を分散させたとはいえ、ギリギリ保っている程度かな。さて、とどめです!
「光よ激しく明滅して存在を示せ。
「間に合うか、……我らを守護したるオーロラを与えまえ。マジー・デファンス!」
「フェール・トンベ・ラ・フードル!!!」
人型の前に雷が発生し、セビリノを目指す。
セビリノの防御魔法はギリギリで間に合い、透明な壁が人型の前に展開された。
ドオンと落雷の音を
しいんと会場が静かになる。
「見事でした、さすがエグドアルムの宮廷魔導師様!」
パンパンパン、と静寂を
「さすが師匠、
セビリノがやたらと声を張り上げ、今日一番の笑顔を見せた。
「師匠? アーレンス様の師匠???」
「あのアーレンス様が、一つもダメージを与えられなかったなんて……」
「防御魔法も突破してた! すげえ!」
模擬戦の後に師匠と呼んだことで、全員に伝わってしまった。
私に好奇の視線が集まっている。これだからセビリノは!
観覧席にいた人達が一斉に廊下に出て、扉からこちらに入ってくる。観覧席から直接は来られないのだ。あ、全員じゃない。侯爵と、エクヴァル達は皆がいなくなったそこに残っている。
「あの魔法を攻撃と防御、両方に使うなんて!」
「魔法の発動がとにかく早くて、決断も瞬時で……」
「まだ魔法を唱える余裕があるのですか?」
口々に喋るから、どれに答えればいいのか分からない。
こういう対処はセビリノの方が慣れているわよね、と思って見上げたが、力強く頷かれた。
師匠、お言葉を!
みたいな意味なの? 無言で頷いたって分からないわよ。
返事を待たれているわ。えーとえーと。
「まだ得意属性の広域攻撃魔法の一回くらい、唱えられますね」
「そうですな、私も得意属性ならば回復せずとも唱えられます。一番弟子ですから」
とりあえず魔法に関する質問に答える。案内してくれた魔道師の女性も、興奮気味に詰め寄ってきた。
「私は防御魔法を得意とするのですが、イリヤ様には軽く破られました。攻撃魔法を得意とする方かと思いましたが、防御魔法も素晴らしい
「魔法アイテム作りですね」
「アイテム!??」
魔法を披露した直後の返答なので、どよめきが起こる。私が一番得意なのは、薬作りだと思うのよね。
「うむ、師匠のお作りになる薬は素晴らしい。私も薬作りを得意としている、一番弟子ですから」
「……召喚術も得意ですよ。特に地獄からの召喚です」
「ぐ……、私は召喚術はあまり学んでおりません。一番弟子なのですが……、いやこれからしっかりと師事します! 一番弟子ですから」
わざとセビリノが得意じゃない召喚術の話を出したのに、一番弟子という単語を混ぜないと気が済まないのだろうか。セビリノのこの主張、だんだん酷くなっていないかな。
「侯爵様。魔法を披露してくださったお二方を慰労する、食事会を開かれては?」
女性魔導師が観覧席に向かって、提案をした。
「良い考えだな。皆様、時間に余裕はございますか?」
言われてみればお腹が空いた。地獄の王が問題よね。
褒めておけば機嫌がいいベリアルと違って、穏やかに見せ掛けて気難しいルシフェルがいるのだ。気を付けてもらわないと。
「ええと……、騒がしいのを好まない方がいらっしゃるので、宴会のようなものでない方が良いのですが……」
「では私の屋敷でもてなしましょう。それならば気兼ねないでしょう」
ルシフェルに確認の視線を送ると、にこりと微笑んだ。オッケーですね。
「ありがたくお受けいたします」
「決まりだな、すぐ屋敷に知らせてくれ。その間にアーレンス様と、お師匠様のご講評など頂ければ……」
講評。こういうのって、得意じゃないのよね。うっかりすると話が長いとか難しいとか、意見が厳しいって言われちゃう。
それに皆が望んでいるのは、セビリノからの言葉だろう。彼に任せたい。
「……セビリノがすればいいよね」
「何を仰います、師匠。皆が師匠のお言葉を待っております」
そんなわけあるかい。
困っていたら、観覧席のエクヴァルが、セビリノを手招きで呼んだ。
「セビリノ君、イリヤ嬢が指導するのは弟子だよ。ここは君が講評をして、イリヤ嬢からは感想を少しもらうくらいがいいと思うよ」
「迂闊でした、エクヴァル殿の発言は
セビリノが一番弟子の仕事だ、と張り切りだす。やるわねエクヴァル、この面倒な一番弟子主張を上手く使うとは。
「食事のことは侯爵閣下と相談しておくね」
任せてという合図で軽くウィンクをして、侯爵と相談を始めた。
助かるなあ。
その後、この国の魔法使い同士の戦いを二戦見てから、セビリノが室内と室外で講評を行い、隣の侯爵邸で食事を頂いた。
泊まっていくようにとも誘ってもらえたが、リニが宿を探しに、この国の王都へ向かってくれているのだ。なんと一人で。キュイに乗っていくものの、キュイは王都には入れないし、エクヴァルを迎えにこちらへまた戻ってくる。
とはいえリニからしたら、王様二人と同じテーブルで食事をするよりも気楽だろうな。
食事を終えたら、リニと合流する為に侯爵邸を後にした。外で待つキュイの元までは、徒歩で移動する。
「有意義な訪問でした! 我が師匠の名声も高まったことでしょう」
「そうだねえ、アーレンス様の師匠として」
ご満悦のセビリノに、エクヴァルが答える。
ん? っと、セビリノが軽く首をかしげた。
「……イリヤ様の名が広まったのとは、
「有名な君の師匠、として知られただけで、半分以上の人は後になったら“その女性の名前は何だった?”と、なると思うよ」
確かにセビリノは師匠、一番弟子ばかり主張していた気がする。
私も名前は印象に残らないと思う。
「……不可解な……! 当初の予定では皆がイリヤ様を賛美し、最高の魔道師でいらっしゃると、恐れおののく予定であったのに!?」
「恐れおののかれなくて良かったわよ」
何を期待しているのやら。
セビリノは、どこで間違えてしまったのだ、と空を見上げていた。
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