第330話 猫ちゃんコースター
王都へは空からなら、ゆっくりでも一時間もかからない。あまり大きな国ではないのだ。
「こちらだね」
「そうであるな」
リニの魔力は、エクヴァルよりも地獄の王二人の方がハッキリと感知できるようだ。エクヴァルはこういうの、あまり得意じゃないから。
小国とはいえ、首都はとても賑わっている。魔石灯が輝いているが、さすがにエグドアルムほどの明るさではなかった。通り過ぎる貴族の一行が、私達を振り返る。
「立派な方々だが、この近辺では見掛けない者達だ」
ボソリと呟くと、近侍の武官も私達に顔を向ける。
「身元を確認しますか?」
「公、おやめください。地獄の高貴な方々です、刺激してはなりません」
反対側に控えた魔導師が忠言していた。防衛に関わる人なのかな。
「なるほど。誰か、こっそりついて
貴族が軽く手を挙げると、二人が一行から外れた。貴族達は馬車に乗り込み、残された二人は見送ってからこちらを注視している。
気付かないフリをして通り過ぎる方がいいよね。
素知らぬ素振りで歩みを進めるルシフェル達に付いて、大通りを歩く。お店の中から私達を見掛けた天使が、慌てて隠れていた。地獄の王二人は見てもいないよ。
「ここであるな」
ベリアルが足を止めたのは、庭まである豪勢な宿だった。門を潜ると立派な入り口が見える。リニが一人で来るのは、緊張しただろうな。
「……お、大きい立派なお部屋が、二つは必要なの……」
「申し訳ありませんが規則ですので、身分を証明するものを確認させて頂けなければ、お部屋はご用意できません」
「あのね、お嬢ちゃん。最上階は貴族専用なんだよ。小悪魔を使役するんだから、豪商かなんかか? それだとその二つ下からになるね」
「でも、でも、エクヴァルもセビリノも……貴族……だから……」
だんだんリニの声が小さくなる。エクヴァルが慌てて駆け寄った。
「リニ、私の渡した証は?」
「エクヴァル。見せたけど、知らないって言われちゃったの……」
暗い表情で戸惑っていたリニが、エクヴァルの到着にホッとして、
「こちらの小悪魔の契約者?」
冒険者姿のエクヴァルに、軽くため息を落とす男性。しかし後ろに控えるベリアルとルシフェルに目を留めた途端、ハッとしてとてもいい笑顔になった。
「これはこれは、失礼しました。当宿はご利用になる方々の安全を第一に考え、身分確認を徹底しておりまして……」
「……そう。私の身分を詮索されるのは、好まない。他にしよう」
ルシフェルがさらっと言い放って、
「そうであるな。第一が安全などと、最も必要ないものであるからな」
危険があった方が楽しいベリアルも、お気に召さないようだ。
私もリニに嫌な思いをさせた宿に泊まる気はない。一人は紳士的だったけど、態度をすぐに変えた男性は、リニを子供扱いだったし。
不穏な様子に、先ほどの二人組が慌てて姿を現した。
「皆様方、宜しければ大法官様の別宅にお泊まりになりませんか? もう日が暮れます、これから宿を探すのは難儀しましょう」
「どうしたらいいかな、エクヴァル?」
「確かに今から探すのもね。お世話になっちゃおうか」
「そうね。ありがたく受けさせて頂きます」
二人組の片方はすぐに知らせに走り、もう一人に別宅へ案内してもらう。宿の人が何か言っていたけど、そのまま道へ出た。
「別宅は町外れにあります、馬車を用意しましょうか?」
「いえ、準備もあるでしょうし、あまり早く着いても慌ただしいでしょう。歩きますのでご心配なく」
日が傾き、空は夕焼けに燃えている。もうすぐ魔石灯の灯が点く頃だろう。手を繋ぐエクヴァルとリニの陰が、長く伸びている。
「ごめんね……、お仕事……できなかった……」
「仕方ないよ。カールスロア侯爵家の紋章が分からないだけでなく、考慮もしてもらえなかったなんてねえ……」
貴族の紋章なんて、庶民には区別が付かないものねえ。幾つか小国を挟んでいるし、この国で認知度がないのは仕方ないのかな。
「それですが……、我が国では豪商や豪農も紋章を所持しているんですよ。男爵位は、お金で購入できるんです。隣国の者も、男爵位を得る為に来ますよ」
「普通に売ってるんですねぇ」
「ですからどの貴族かしっかりと把握しないと、高級宿では基本的に泊めないんです。本物の貴族と問題を起こす者も、中にはいますからね」
まあ爵位を買っているんで、本物の貴族ではありますがね、と武官が苦笑いしている。爵位を得て気が大きくなってしまうと、余計なトラブルを起こす人もいるようだ。
「リニは頑張ったから、いいんだよ。また次の仕事を成功させよう」
「……うん」
リニはずっと
「任務には成功か失敗しかない。結果が全て。最大限の力を尽くすのは、当然のこと」
「……はい」
ルシフェルの言葉に、肩を
「宿探しを託され、私達が現在宿に向かっているのだから、君は失敗をしていない」
「え……?」
ゆっくりとリニが顔を上げると、ルシフェルが小さく微笑んで前へ向き直った。
「ルシフェル殿は人間などより、悪魔の同胞を大切にされる故な。小悪魔といえど、人間に
「は、はい。頑張ります……」
珍しく地獄の王二人が、リニを思いやる発言を。やっぱりリニは、放っておけない気持ちにさせる子なのね。
エクヴァルが笑顔で、リニの頭を撫でる。
「堂々と、顔を上げていようね。リニが困ったら、お兄ちゃんも助けに来てくれるよ」
「エクヴァル、公爵様を喚べるようになったの?」
「うーん、私一人だとまだ難しいなあ」
お兄ちゃんとは、ベリアルの配下の公爵、エリゴールだ。リニのお兄ちゃんを自称している。地獄の自分の屋敷に、リニのお部屋を勝手に作っているらしい。
「…………」
「なんだね、そなたは」
「ベリアル殿は、断りもなく宮殿にリニちゃんの部屋を作らないでくださいね」
「作らぬわ!!!」
怒って否定しているベリアルだが、知らないうちに私のドレスを作っていたり、やることはエリゴールとあまり変わらない気もする。いや、もしかすると。図星を突かれて、誤魔化しているのでは?
私が鋭くて焦っているのね。納得。
「ところで、大法官ってどんな役職なの?」
エクヴァルに尋ねた。知ってるに違いない。
「そうだね、我が国でいうところの宰相かな。この国ではもっと権限が強くて、何て言うかな、国王陛下の秘書と最高裁判長を兼ねている感じ」
つまり国王陛下にとても近い、すごく偉い人なわけだ。
私達の会話が気になったのか、先頭を歩く武官が肩越しに顔をこちらへ振り向けた。
「我が国と申されましたが、差し支えなければどちらのご出身かお教え頂けますか?」
「エグドアルムです。所用で尋ねて参りました」
エクヴァルがさらりと答える。対応は任せておこうっと。
「失礼でなければ、ご家名を伺っても……?」
さっきルシフェルが詮索されたくないと発言したので、慎重に尋ねている。
「カールスロアです。こちらは宮廷魔導師の、アーレンス殿で」
「カールスロア侯爵家の方と、宮廷魔導師のアーレンス様でしたか! それで立派な悪魔をお連れになって、……なるほど!」
武官は失礼の無いようにせねば、と気合いを入れて前へ向き直った。
なんだかセビリノの視線を感じる。
「……どうしたの、セビリノ」
「師匠がご家名を名乗れないのが、口惜しいのです」
「だってないもの」
「作りましょう! そうだ、何故思い付かなかったのだ。作れば良いのだ!」
「いらないわよ」
セビリノは名案だとばかりに、両手で握りこぶしを作っている。
家名って、勝手に名乗って良いのかな。そもそもセビリノって、こういうセンスあるのかな。
「……イリヤ・サイキョウ・ノ・マドウシ、ではどうでしょう。自己紹介を兼ねた家名になります!」
「ありえません!!!」
センスの問題じゃなかった、自己主張が強すぎる。珍しくルシフェルが堪えきれずに、クッと声をもらして笑っている。
「セビリノ君、家名ならイリヤ嬢が望めば、殿下が領地と爵位をセットにして考えてくれるから。望まない家名を押しつけるのは良くないね」
言いつつもエクヴァルも、笑っている。かなり笑っていますよ。“そうやって名乗っちゃえば?”という、心の声が聞こえますよ。
高級街を抜けると、獣人の姿もあった。もこもこ羊人族が鞄を抱えて歩いている。羊人族は戦闘に向かない種族で、平和主義が多い。だからなのか薬草医になる人が多くて、他の種族の治療もするよ。
「羊先生、往診ですか?」
武官が気さくに声を掛けた。羊人族の先生は、笑顔で頷く。
「ええ。今年の寒さは厳しかったですからねぇ。食料に困った者が毒草まで食べてしまって、腹痛や発熱を起こすのが多くて」
「薬草が足りなくなりそうだったら、連絡くださいね」
「実は
貧しい人が、その辺の草を食べてしまったのかな。それが毒草だった。命に別条がないものでも、苦しいわよね。私は片手でアイテムボックスを漁って、瓶に入った粉を取り出した。
以前大量にセレスタン達からもらって、人に分けたけどまだ余分にあるものだ。
「アルルーナの根の粉末です。宜しければお使いください」
「そりゃ助かります、ありがとうお嬢さん。お代は……」
羊先生がお財布を取り出そうとすると、武官がやんわりと止める。
「こちらで支払っておきますよ。ありがとうございます、助かります。連絡をくださいと言っておいてなんですが、この時期は国も薬草不足になりがちで」
「薬草不足は毎年の課題ですねえ。では支払いを頼みました。お嬢さんには、私からこれをお礼に。兎人族の子を治療した時にもらった、毛糸のネコ型コースターです」
猫の顔の形をしたコースターを三つもらった。ピンクと水色と黒だ。
「ありがとうございます、可愛いですね」
先生は軽くお辞儀をして去っていった。
「薬草医が少ないので、交渉して住んでもらっているんです。羊先生は人混みを好まないのに、こうして往診も気軽に応じてくださるんですよ」
「羊人族は穏やかで根気強い気質の方が多いですよね。リニちゃん、黒猫があるよ。どうぞ」
「も、もらっていいの?」
「黒猫といったらリニちゃんでしょう」
私は三枚の内、黒猫のコースターをリニに渡した。コースターと私の顔を何度か見た後、両手で嬉しそうに受け取り、エクヴァルの前に披露する。
「ありがとう! エクヴァル、とっても可愛いよ」
「良かったね、リニ。ありがとうイリヤ嬢」
「どういたしま……」
「いいなあ、ネコちゃんコースター。おかーさん、おかしより、あたしもあれが欲しい」
高い位置で二つに髪を結んだ小さい女の子が、コースターをじっと眺めている。
「お菓子は
「実は、人に頂いたもので商品じゃないんです……」
子供が欲しがってしまったわ。リニはコースターを胸に抱いて、困ったように眉をひそめた。あげた方がいいか考えているに違いない。
「ええー、欲しい欲しい! 猫ちゃんがいい!!!」
「ダメよ、これはお姉ちゃんのなのよ」
「……こちらの二つでしたら、差し上げますよ」
私は別に猫じゃなくてもいいし。泣きそうになっていた女の子は、途端に目を輝かせて両手を出した。二つの猫コースターを手のひらに載せると、喜んで飛び跳ねる。
「ありがとう! やったー、大切にするね」
「すみません、すみません……。本当に有難うございました」
お母さんの方は、申し訳なさそうに何度もお辞儀している。女の子のはしゃぎように呆れつつも、口元はちょっと嬉しそうだった。
「いえ、大切にしてくださる方が使った方が宜しいかと存じます」
「何かお礼をしないと、……そうだわ。まだ使っていないハンカチです。代わりにこれを受け取ってください」
「いえいえ、お気になさらず……」
「そう仰らず」
断わったものの、結局押し負けてもらっちゃった。
まあいいか、せっかくのご厚意だし。広げてみたら、可愛い花模様で周囲には白いレースが縫い付けてある。
「あー、限定のハンカチ! お願いします、譲ってください! お金ならちゃんと、払います!」
今度は先程より少し年上の女の子。
今日は何の日なの???
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