第115話 セビリノ君の御実家

「父上、母上。ただいま戻りました」

「セビリノ……あなた、大丈夫なの? 宮廷魔導師なのに、国外に出てばかりで……」

「問題ございません。殿下のお許しは得ておりますし、素材の輸出の交渉等を任じられておりますので」


 セビリノのお母さん、アーレンス男爵夫人は、彼が最近あまり国内にいないのを心配しているよう。私のせいかな、なんだか悪いな。

 元々彼は、国からほとんど出ない人だから。

「息災で何よりだ。魔導師長も亡くなり、色々と後始末もあるだろう。あまり無理をせぬようにな」

 お父さんである男爵は、任務で国外にいると勘違いしているようだ……。罪悪感があるな。仕事もしているようだけど、なんだか私の傍にいたがるのよね。


 彼は体を半分私に向けて、左手の指を揃えて私を差し示した。

「今日は紹介したい人がいます。彼女が……」

 待って! その紹介の仕方、そしてご両親であるアーレンス男爵夫妻の期待に満ちた目! 居心地が悪過ぎる!!!

「ほうほう」

「私の師匠、イリヤ様です」


 その言葉を聞いた男爵は、大きく目を開いて私とセビリノを交互に見た。

「…………し……師匠?」

 やっぱり恋人の紹介だって思われてた……。辛い……。

「お初にお目に掛かります。イリヤと申します」

 この場をどう言いつくろえばいいのか。居た堪れない気分になる。彼の両親は座った椅子から立ち上がろうとして、中途半端な姿勢になって結局また座り直した。

 あちらもどうすればいいのか解らなかったようだ。


 セビリノの実家は貴族の屋敷というにはあまり広いものではなく、二階建てで丘の上にある。

 玄関を入ってすぐの正面に国王夫妻の大きな姿絵が飾られていて、左右には階段。右手側に行くと台所や離れの使用人スペースに繋がる渡り廊下があり、左手側に客間や広間がある。調度品などは少なく質素で、レンガの赤茶色が落ち着いた雰囲気をかもし出していた。


「お前……、婚約の話も見合いも片っ端から断り、女性を連れて帰省したと思えば、それか……」

 父親である男爵の落胆ぶりといったら、可哀そうな程だ。夫人は扇で顔を覆っている。

「貴方は魔法と結婚したとまで、噂されているのよ……」

「魔法と結婚……、それは考えが及びませんで」

「……お前がそういう顏の時は、ろくな考えをしていない。口にするな」

 何かに勘付いたようで、男爵が止める。

 何故かセビリノは私に近付いて、私の右手を両手で包んだ。


「師匠。私と結婚してください! そして共に魔法の研究を続けましょう! この庭に、宮廷よりも立派な魔法実験施設を建てます!」

「……ごめんなさい、お断りします」

 ……魔法と結婚、てことは。私は魔法の擬人化扱い! すごい、愛してないけど研究の為に結婚してと、迷いなくのたまったわ! これはないわ!

「なんと!!?」

 そして断られるとは想定になかったらしい。貴族の結婚は政略というが、これは色々と違うのでは。

「……愚息が大変失礼した」

「この子は昔から、デリカシーの欠片もなくて……」


 アーレンス男爵夫妻に謝られてしまった。夫妻はかなり常識人のようだ。

 そういえばセビリノはもう四十歳近いんだった。貴族の跡取りで結婚してなくていいのだろうか。

 宮廷魔導師長の候補にもなるような人だから、彼を無理にどうこうしようとするのは難しいだろう。

「こちらこそお騒がせしてしまい、申し訳ございません」

 とりあえず頭を下げておこう。

「できたお嬢さんじゃないか。しかし、師匠とはどういう意味だ? お前は宮廷魔導師だろう」

「師にエリクサーの調合を指導して頂き、宮廷魔導師に合格できました。今の私があるのは、全て師匠のお陰です。私は一生、師の元で学ぶ所存です!」

 一生!? そんなつもりだったの? 重いわ!

 セビリノは夢を語る少年のような、いつになく興奮した様子だ。


「セビリノ、貴方より彼女の方が随分年が下のようだけど……?」

「はい。ですが私は魔法においても、魔法薬の精製においても、ましてや召喚術の分野でも、師に勝るものは何一つありません」

 それを胸を張って説明するのって、どうなんだろうなあ!

「そんなことはないわ、セビリノ! 貴方だって……」

「いえ、ご謙遜なさる必要はございません。雲を掴めぬように、師の至高の才能に触れることなど叶わないのです!」

 また出た、謎の比喩。よく解らなくて答えられないぞ!


「……とりあえず、食事でも用意させよう。せっかくの帰郷だ、あとで領民にも顔を見せてやってくれ」

 セビリノの言動にどう反応していいのか判断がつかない男爵は、話をいったん打ち切った。男爵が合図を送ると扉が開かれ、どうやら準備は既に整っているようだった。みんなで食堂に移動する。

 十人分の椅子が備えられたテーブルで、白い壁紙に白い暖炉。天井はシンプルなデザインの模様が描かれていて、可愛い感じの部屋だった。

 食事はわりと素朴で、食器類も貴族が使うにしては高くなさそうなもの。

「大したものがなくて、ごめんなさいね」

 申し訳なさそうにする男爵夫人。

 私はとても美味しいと思うし種類もあるし、野菜が多くて食べ応えもある。

「とんでもないことでございます、美味しく頂いております。誤解されていらっしゃるかも知れませんが、私は貴族ではありません。とても丁重なおもてなしをして頂き、感謝の念しかございません」


「貴族ではないと! それは気付かなかった。品が良く控えめで、そこらの貴族の娘なんかよりもよほど良い娘だ」

「本当に、セビリノのお嫁さんになってくださらないかしら……」

 男爵夫妻の言葉に、セビリノが私を《ま》真っぐに見つめてきた。

 これはやらかすぞ。うん、展開が読めた。

「師匠! どうでしょう、両親も認めてくださっています。私と結婚して、我が領をエリクサーの一大生産地に致しましょう!」

「お・こ・と・わ・り、します。もう一度言う?」

 私はエリクサー製造機じゃありません!


「セビリノ……、デリカシーの意味を辞書で調べていらっしゃい。問題は貴方に全てあるわ」

 奥さまはとても呆れ果てていた。

「何故でしょう!? 壮大な夢を語ったのに、まだ何が足りぬのだ……? 私の腕が未熟だからか……!??」

「心情が未熟だ」

 男爵がばっさり切り捨てたところで、セビリノは黙った。



 男爵領はライ麦畑が広がっていて、畑には収穫間近のジャガイモやカブが植えてあり、ハーブ園も営まれている。放牧された牛や羊が小高い丘の柵の中で、のんびりと過ごしていた。

 長く伸びた広い道を時折荷馬車が通って、横切る牛が渡り切るのを待っていたりする。

 この辺りは男爵領の穀倉地帯で、領の中では裕福な方らしい。場所によっては、私が生まれた村よりも生活は厳しいとか。


「こりゃ若様! お戻りでしたか、お疲れ様です!」

「うむ、健康そうでなにより」

「若様、どうぞ疲れの取れるハーブです」

「良い香りだ、ありがとう」

 セビリノに気付くと、皆が笑顔で若様と声を掛ける。そしてハーブにチーズ、ジャガイモなど色々と渡してくる。もう両手がいっぱいよ、セビリノは人気みたい。

 宮廷魔導師になっただけでもすごいのに、領の魔物退治をしたり、給料を領民の為に使うことをいとわない人だから、口数は少ないけど皆が親しんでくれている。

 エグドアルムでは、普通はもっと貴族と平民の間に壁がある感じ。

 貴族が平民に怪我を負わせても罪にならないのも、原因にあると思う。粗暴になりがちよね。最近は怪我が重傷だったりすると、お咎めがあるようになったところ。


 人が途切れて、太陽が地平線に降りてきた。日暮れ間近だ、そろそろ男爵邸に戻ろうかな。

 アーレンス男爵領に強い魔物が出没しやすいと知って、喜び勇んで狩りに出たベリアルも戻って来たし。

「コカトリスがおったわ! ここは良い狩り場であるな。ほれ、アレクトリアの石である。蛇の魔核も手に入れておる!」

 戦果を下げ渡し品とばかりに、私に寄越した。かなり機嫌がいい。すぐにアイテムボックスに仕舞って、何に使おうか考えた。

 ベリアルを放っておけば、ここら一帯の危険な魔物は全部駆除できそうね。

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