第116話 エクヴァル君の御実家

「やあイリヤ嬢。セビリノ君のご実家はどうだった?」

「エクヴァル。ドラゴンは出なかったわ」

「いや、そうじゃなくてね」

 エグドアルムでのエクヴァルは、親衛隊として仕事をしてる。

 訓練を覗かせてもらったら、彼の周りで部下達がうずくまったり座り込んだりしていた。何の訓練だったのかしら。今日もこれから出仕するらしい。

 

「冗談よ。エクヴァルは毎日大変ね、せっかく故郷に戻ったのに」

「まあね、それなりに充実してる。じゃあ……」

「エクヴァル!! ここにいたのね。あ、ベリアル様! お久しぶりです。イリヤさんも」

 空から降りてきたのはエンカルナだ。エクヴァルの同僚で、ののしられるのが好きな変な女性。

 セビリノは宮廷魔導師として研究施設に顔を出しているので、一緒にいない。


「緊急事態なんです。エクヴァル、アンタんトコのカールスロア侯爵領で、上級ドラゴンらしき目撃報告があったわ! こっちはいいから、家に帰って状況を確かめて頂戴!」

「ええ……家に行くの……?」

 エクヴァルは家という単語に、あからさまに嫌そうな顔をした。よっぽど帰りたくないみたい。

「行きましょう、エクヴァル! 私も一緒に行くわ」

「うむ、上級ドラゴンとはな! 我の為ににえを用意したようなものではないか。気が利くな、そなたら!」

 上級ドラゴン。エグドアルムでも、出てくると厄介とされているわ。他の国より目撃頻度は高いかな?

「あああ……! ベリアル様の勇姿も拝見したいけど、伝えたら戻らなきゃならないの……。エクヴァル、しっかりね」


「いいんだけどね。ウチは不快になるだけだから、来ない方がいいよ、君達。ベリアル殿を怒らせたら、上級ドラゴンなんて比べものにならない災禍を招くし……」

「でも、エクヴァルいじめられたんでしょ? 一人では行かせられないわ!」

「一応実家なんで、いつも一人で帰ってたよ……?」

 エクヴァルは私達を実家に連れて行きたくないみたいだったけど、結局一緒にカールスロア侯爵領に入った。やっぱり心配だし。

 


 エクヴァルの実家はさすが貴族の邸宅という感じで、庭も広くて馬車をつける場所があり、所々に彫刻が飾られている。ただし、たまに壊れている。両開きの扉を使用人が開けてくれて、すぐ目に入るのは陽の当たるロビーに、赤い絨毯を敷いた幅の広い階段。

 ご両親は一階にいるらしく、すぐに執事が案内してくれた。その際にもちょこちょこと、他の使用人に何か言葉を掛けながら歩く。上級ドラゴンが目撃されたというだけあって、メイドさん達はどこか怯えた様子だわ。

 案内されたのはリビングで、広くて大きな窓がいくつもあって明るい。金の縁取りのあるソファーは、ゆったりと横になれる長さがある。棚もそれ自体が高そうだし、小さく精密な像が飾られていて、暖炉もオシャレでさすがに豪華だなあ。


「エクヴァルか。帰って来たのかよ、ドラゴンが出たってのに」

 これが次男のカレヴァ? 体格はエクヴァルより大きい。

 ソファーに並んで座る両親とは離れた窓際で、一人用の椅子に足を組んで腰掛けている。髪は真っ青で、お父さんに似ている。エクヴァルと長男のマティアスは、お母さん似なのね。

「父上、母上、兄上におかれましてはご健勝のことと、お慶び申し上げます」

 頭を下げるエクヴァルは、家族というより上司との面会みたいな。


「お前も元気そうで良かったがな。今はそれどころではない。我が領に上級ドラゴンが目撃されたから、討伐依頼を出したのだよ」

「殿下もお気に掛けてくださっておりまして、現在の様子などをお聞かせ願いたいのですが」

「ハンッ! 殿下のお情けで親衛隊にいる、お前なんかに話して何か意味があるのか!?」

 丁重ていちょうに問うエクヴァルに、カレヴァは顎を上げ吐き捨てるように答えた。

 父である侯爵も首を振って溜息をつき、面倒そうな態度をとっている。

「討伐隊もすぐ到着するだろう、お前はどうせ役に立たん。さっさと避難しておれ」

 ……なんなの、このお父さんとカレヴァというお兄さんは!全然エクヴァルを相手にもしていない感じで……! 貴族って、これでも親や上の兄弟に言い返しちゃダメなの!?

 私もエグドアルムで嫌がらせを受けたけど、家族からのこの扱いは酷いわ!


「私も殿下よりめいたまわっておりますので、詳しい状況をお聞かせ願いたく……」

「黙れ! 父上が避難しろと言っているんだ、下がってろ!!!」

「カレヴァの言う通りよ、エクヴァル。貴方がいたって仕方ないわ」

 お母さんまで!

「……不愉快よ、エクヴァル」

「……ごめん、だから来ないでって……」

「そうじゃなくて! 貴方が不愉快だわ! こんな言い方をされて、ただかしずいてるなんて!!!」

 自分が言われるよりも、頭にくるんだけど。なんでエクヴァルは、こんなに大人しくしているんだろう!??

 彼はただ諦めたように苦笑いしている。

「それはまあ、そういうものだと思って」


「生意気な女だな。使えないお前にピッタリな」

 またこの次兄! 使えないとか……!

「エクヴァル! 貴方が侮辱されるっていうことは、貴方を選んだ殿下の判断を軽んじてることよ! 貴方は殿下に、最も信頼できると選ばれた、五人の側近の一人でしょう!」

 エクヴァルは意外そうな表情で二、三回まばたきをしてから、不敵に笑って口許くちもとを歪ませた。

「……その考え方は、なかったね。殿下のご威光を汚す真似は、許されないな」


 殿下の判断を軽んじている、という言葉に侯爵である父親が、怒りからか足に力を入れてバンと床を蹴った。

「……エクヴァル、お前はどんな女を連れて来ているのだ! 我らが殿下をないがしろにしているような発言をしおって……」

「いくらお前に惚れてるからって、ずいぶんブッ飛んだことをいう女だなっ!」

「……黙って頂こう、父上、兄上。殿下と彼女への侮辱は、到底許せん!」

 エクヴァルが鋭い眼つきになって三人を睨むと、圧倒されて思わず皆が口をつぐんだ。軍人モードになると雰囲気が別人だからなあ。

 怖いけどちょっと慣れたわ。ベリアルの視線が冷たいけど、何かを待っているような?


「侯爵閣下! 討伐隊が到着致しました!」

 剣呑けんのんな雰囲気を破るように、兵が飛び込んできて報告した。

 続いて軍人らしい規則的な足音が廊下に響き、鎧が擦れる音が扉の前まで迫る。そういえば、外に大勢がいるような物音がしてる。さすがに訓練された兵ね、無駄話みたいなざわめきは、ほとんど聞こえない。

 ウッカリしてたわ、討伐隊が派遣されているんだったっけ。ここに寄らずに倒しに行っちゃえば良かった。あ、でも目撃された場所を知らないわ。


「ただいま到着しました」

 最初に入ってきたのは、セビリノと第二騎士団の団長。

 そうだった! 討伐といえば彼らじゃない!

 うわあ、宮廷に戻ったみたい。私を見ると特に団長は驚いた表情で、目を大きく開いた。


 セビリノは。そう、セビリノは。

「師匠、こちらにいらっしゃいましたか! もはや龍など、何の脅威にもなりません!」

 迷わず私の前に来て、ひざまずいた……。やってくれるわ。挨拶する相手が違う、まずは領主であるカールスロア侯爵よ。

「イリヤ殿……、ていうかスゴイな、セビリノ殿。」

 団長は呆れたようだけど、なんだか嬉しそうにしている。 

 その様子に候爵夫妻と次男カレヴァは、呆然としてこちらの様子を眺めていた。

 それまで黙ってなりゆきを見守っていたベリアルが、面白そうに笑っているわ。こうなると予想してたのね……!


「皆、無事が確認されたと発表があった、イリヤ殿だ!」

「先生!?」

 第二騎士団の皆は一緒に討伐もしたし、ほとんどが顔見知りだ。ここにいるのは代表の数人で、私との再会をすごく喜んでくれている。

 魔導師側は一人だけ知らない人で、一人は何度か討伐で一緒した宮廷魔導師の男性。

 そして先生と叫んだのは、私が魔法養成所でおこなっていた授業に毎回申し込んで参加していた、ザシャ・オウル・ヴォルテルという男性。私より少し年下だと思う。憧れてた宮廷魔導師の見習いになれたのね。

 ということは、今度は彼も授業をする立場になるのね。


 ここは、しっかりと! 負けないところを披露しないと、いけない場面ね!

「お久しぶりです、団長殿。私はセビリノと討伐に向かいます。一般市民が近付かぬよう、規制をお願いします。ザシャ・オウル・ヴォルテル。一緒に参りましょう」

「お任せあれ、スミレの君!」

「はい、師匠!」

「先生、お供致します!!!」

 みんな予想以上のいい返事だ。

 第二騎士団は、まだこのノリを継続していたのね。スミレの君はやめて欲しい。誰が考えたの、このおかしな呼び名。

 残りの魔導師二人は、呼ばれなくてむしろホッとした様子だわ。行きたいなら、付いて来ても構わないよ。


「エクヴァルも、一緒に行こう!」

「……勿論。地獄の果てまで」

「いや、地獄は行かないよ」

「例え話でしょっ!」


 いざ出陣!

 と、その前に挨拶をしなきゃね。

「ではカールスロア侯爵夫妻、……カレヴァ・タイスト・カールスロア様。失礼させて頂きます」

「あ、ああ……」

 ふふふ。侯爵は言葉にならないみたいだし、次男に至っては絶句してるぞ。勝ったわ!

 エグドアルムの高慢な貴族に、一矢報いた気分よ!


 後はドラゴンを退治するだけね。

 私には貴族の相手よりよっぽど気楽だわ。

 ベリアルもやる気だしね!

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