第117話 龍退治🎵今度は炎の魔法だよ!
ドラゴンが目撃されたという場所まで、セビリノの案内で行く。
メンバーは私とベリアル、宮廷魔導師見習いになったザシャ・オウル・ヴォルテル、ワイバーンに乗ったエクヴァル。
都市を抜けて町を越え、森や小さな山の間の平原に、ちょうどそれはいた。周りに何もないし、人がいる気配もない。攻撃魔法を使うのにもってこいの場面ね。
第二騎士団はここから近くて道が続いている二つの町に展開して、こちらに来ないよう通行を規制する。今回は戦うのは私達だけでいいので、馬で早掛けが得意な人達が少人数で向かってくれた。残りは侯爵邸付近に待機。
それでも空から行った方が早いから、先に着いちゃった。
でも待ってもいられないわ!
姿を見せたのは、風属性の上級の龍、エヘカトル。背に翼のある蛇タイプの龍で、白っぽい体。素早くて切り刻む風のブレスを吐き、それが防御しなければ人間なら一発で真っ二つになるような、恐ろしい切れ味の攻撃なの。
これは早々に倒さなくてはならない敵。
「セビリノ、防御を!」
「はっ! ヴォルテル、補助を頼む!」
「はい、アーレンス様!」
二人は頷き合って、一緒にブレスの防御魔法を唱える。
「「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」」
スーフル・ディフェンスの防御が展開されるより早く、ベリアルは龍へと真っ直ぐに飛んで向かった。彼が去った後に、透明な光の膜のような防御が展開される。
「炎よ濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」
黒っぽい色をした炎の剣を出現させ、まずは龍に炎の玉を浴びせてから斬り掛かる。叩きつけようとする龍の手をすり抜けて脇腹を切り、そのまま横に流れて後ろへ回った。
動きの速いこの龍だとワイバーンでは追い付けないし、エクヴァルは見学になっちゃうな。
息を深く吸った龍が、広範囲に被害を及ぼすブレスをこちらに向かって吐いた。
セビリノ達の防御は完璧で、全てしっかり防げている。辺りではブレスの範囲に入ってしまった場所にあったものが全て切り刻まれて、大木の太い幹が分断されて上半分は地面に落ちた。大地にも鋭く斬られた跡が無数に残っている。
「エクヴァル。この辺りを焼いちゃうけど、何もないしいいよね?」
「え……いいけど、君は何を唱えるつもり?」
「ちゃんと、後で見て解るような魔法にするつもり!」
侯爵の鼻を明かしてやるんだから!
私はゆっくりと呼吸をして気持ちを整え、落ち着いて詠唱を開始した。
「燃え
ベリアルが背後から龍を斬って注意を引き付け、振り向いたエヘカトルの手による攻撃を防ぐ。龍の顔の前まで飛んで移動し、再びブレスを吐かれるより早く手から火を放った。熱さに目を閉じて身をよじる隙に、素早く移動。
ベリアルを逃したエヘカトルが怒りの咆哮をあげてこちらに狙いを定めたけど、魔法はもう準備できた。
効果範囲を定めて魔法の詠唱を終了させ、発動させる。
「燃えさしは燃え尽きることなく波状のように舐め尽くし、野の草の
範囲の端から炎が発生し、ぐるりとうねりながら膨れ上がり、ドミノが倒れるようにザッと範囲内に広がって満たす。赤い火がごうごうと音を立てて燃え立ち、煙が天へと幾筋も太く伸びた。
中心部は小金に燃え、範囲の端から中心部へと重ねるように、火を龍に集中させていく。波のように熱いうねりが押し寄せ、龍の悲鳴が響いていた。
「さすが、我が師……!」
「せ、先生の魔法、本当にスゴイですね……!」
ザシャは魔法養成施設の実習室で私の魔法を見ていたけど、広域攻撃魔法なんて初めてね。外なら結界が壊れることを気にしなくていいし、ここは人里離れた場所だから安心して思う存分魔法が使えたわ。
この龍はドラゴンティアスを持っていないタイプで、蛇に近いのか何故か蛇の魔核を持っているの。しかもシーサーペントのものより上質。後で忘れずに採ろう。翼ある蛇、とも呼ばれている。
その上さっき魔法の前にベリアルが髭を切り取ってくれていた。嬉しい。
セビリノに素材は半分こでいいかなって尋ねたら、自分には権利がないが、髭を一本分けて欲しいと言われた。防御しかしていないから、遠慮してるみたい。防御だって、普通はあんなに完全にはできない。彼だから安心して任せられる。
最後はウロコが焦げて弱ってのたうつ龍に、ベリアルがとどめをさして、終了。
さすがに上級の龍は、魔法の一撃では倒せない。少しすれば反撃してくるだろう。回復も早いから、もし逃げられでもしたら後で大変なことになる。
「そなたとの狩りは、どうにも我の出番が薄い……」
ベリアルにはご不満らしい。でも上級の龍の注意を引き付けたり、とどめを刺すだけでも、そこら辺の冒険者ではできない。
何と言っても、龍の巨体は真っ二つ。
これを後で目撃したら、どういう攻撃をしてこうなったか、疑問に思い戦慄が走るだろう。
始末したのを見届けたセビリノとザシャは、城に戻って報告をしてくれる。ザシャは詠唱を覚えられたかな? 多分、まだ知らない魔法だろうな。
警戒していた第二騎士団の皆と共にいったんエクヴァルの邸宅に戻って、こちらに報告してから待機していた人達と合流する。
侯爵家の面々が討伐の確認に来てこの一面の焼け野原を目にしたら、魔法の範囲の広さを知ることになるでしょう。知っている中で、一番範囲が広い火の魔法を使ったからね!
小さな村なら、まるごと入るくらい広大。驚くといいな。
カールスロア侯爵に討伐の報告を終えて皆が退室してから、エクヴァルが口を開いた。
「私の出番は、ありませんでしたよ」
そうなんだよね、せっかくなのに! 失敗したな、ここはエクヴァルにとどめを刺してもらう場面だった。でもそうすると、辺りの熱が引くまで待たないといけない。
ベリアルは炎を直接浴びても平気なくらい、火に対する耐性が強いから平気なのだ。
「見てみろ! お前はやっぱり役立たずじゃねえか!!!」
次男のカレヴァがエクヴァルにわざとらしい程、蔑むような視線を向ける。
エクヴァルはこちらもまた、わざとらしい程に笑顔を作って見せる。
「兄上」
次の瞬間地面を蹴ると、結構な距離があったと思うのに、驚いたカレヴァが抜いた剣を構える間もなく、エクヴァルの剣が彼の首元にピタリと付けられていた。
「口は
「……っ!」
カレヴァはそれまで従順だった弟の突然の豹変に、返事もできない。今まで彼の前では、実力を欠片も披露していなかったみたい。
「エクヴァル、やめんか……! お前の兄だぞ!!」
父親であるカールスロア侯爵が椅子から慌てて立ち上がって、手を伸ばし制止する。
エクヴァルは動揺する父親を冷たく一瞥して、剣を鞘に仕舞った。
「行こうか、イリヤ嬢」
他に何も口にせず、
「お前なんか…、お前なんか……」
後ろで抜身の剣を持ったまま、手を震わせているカレヴァ。
「認めないからな! 俺の好きな女は、みんなお前を好きになる! チクショウ、この泥棒猫!!!」
……表現がおかしいよりも、え、なに? エクヴァルを嫌ってた理由って、嫉妬……?
エクヴァルも気付いていなかったのね。立ち止まって彼に向けた眼差しは、完全に呆れ返っていた。顔を赤くして怒るカレヴァに、ため息をついて一言。
「ところで兄上、私をコネで殿下の親衛隊に入隊したと言いふらしているようですがね」
「な、何だよ! 本当だろうが!」
どこまでも小物なのね、カレヴァという次男は。残念な人だなあ。
対するエクヴァルは意地悪そうな微笑。うん、この方が彼らしいね!
「ご自身はコネですら入れなかったと、宣伝しているようなものですよ。入隊審査に落ちたことを忘れましたか?」
「……うるさい! アレは何かの間違いだー!!!」
カレヴァの叫び声が響く中、私達もカールスロア侯爵の邸宅を後にした。
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