第118話 自由国家スピノンの市(いち)
「また自由国家スピノンに寄りたいな。あそこでお店、出してみない?」
帰るルートを話し合っている時に、私は行きに寄った国を思い出した。色んな種族が仲良くしていて、とてもステキな国だった。
「お店? 確か
「師匠の薬品を販売なさるので?」
エクヴァルとセビリノの視線が私に集まる。
「うん、セビリノも売ればいいじゃない。そうだ、どっちが売れるか競争しましょう」
「師匠と競争ですか!」
「薬は一朝一夕では、なかなか売れないよ? まあ、試してみてもいいか」
そんなわけでまた来ました、スピノンの首都。門番は同じ人で覚えていてくれたから、すんなりと通れた。ここは基本的に来る者拒まずなので、他国から来た人へのルールの説明が、門番の主な仕事なの。
まずは宿を手配してから、お目当ての商業ギルドへ!
市が立つ関係か、ギルドはかなり人が多くて受け付けでしばらく待った。
「次の方、どうぞ」
「はい!」
ついに私の順番。明日の市に、空きはあるかしら?
「失礼致します。私は他国にて、魔法アイテムを作る職人をしている者にございます。市への参加を希望していまして、登録をさせて頂きたいのですが、どのような手続きをすれば宜しいのでしょうか?」
「はい、まずはこちらにご記入ください。回復アイテム類はトラブル防止の為に、一つずつ見本の提出をお願いしています」
受け付けの男性がテーブルにある引き出しを開け、慣れた手つきで書類を出した。
「二枚お願い致します、彼も参加しますので」
後ろにいたセビリノが、横に並んで頭を下げる。
まずは参加する為に登録をして、登録料を納付。
それから明日の
これは回復アイテムや武器防具など、特に命に関わるものをチェックする。雑貨や普通の食品とかは申請だけ。一度チェックや申請をすれば、基本的に次からは必要ない。
「あ、あの……これ、本当にあなた方が作られたので……?」
「はい、勿論です」
もう解ったぞ。品質が良すぎると言われるのね。チェンカスラーでも驚かれたもの。しかし今回は、隠し玉がある!
「彼はエグドアルムの宮廷魔導師です。市に参加して、販売の様子や人々のやり取りなどを知りたいそうです」
ちらり、とセビリノにしせんを送る。
彼は私の意を汲んで、宮廷魔導師の勲章をそっと取り出してくれた。職員の男性はそれをじっくりと眺め、深々と頭を下げる。
「こ、これは失礼しました! 問題なしです、ぜひ明日の市で販売してください。いっそ、もっといい場所を空けさせましょうか!??」
「それはならん。他者に迷惑を掛けてはいけない。私は場所が悪いと難癖をつけることは、ない」
「はい……!」
宮廷魔導師の威光の効果で、速やかに販売許可が降りた。
お店や露店で売ってもらうのじゃなくて、自分で販売するのは初めて。楽しみだなあ。
次の日。メインの広場から外れた、壁際が私達の場所だった。
それでも冒険者や街の住人らしき人に、ぼちぼちとポーションと薬は売れている。今のところ、セビリノの方がたくさん売れているかな。
セビリノが販売している薬は男爵領の為に自分で揃えた材料で作っていたもので、宮廷魔導師の仕事で作製したものじゃないよ。半分くらいは置いてきたらしいんだけど、これは販売して炊き出しの資金にしたい分だとか。
この辺りは人通りが多くない分、ゆっくり買いものをする余裕があるのはいいかも。メインの広場は混み過ぎていて、何が行われているのだか分からない。
エクヴァルは使い魔のリニと、市を回っている。
私の隣は、竹細工を売っている女性。とても丁寧に作られているので、私も二つほど買わせてもらった。彼女は広場より場所代が安いから、こちらを希望したと話していた。
少しして二人組の背の高い男性と、女性が歩いてきた。
虎人族と、兎人族の組み合わせ。アンバランスさが微笑ましいな。虎人族は顏が虎に似ていて、兎人族は人間っぽい顔に兎の耳。
じっと見てしまったからだろうか、男性がこちらに足を向ける。
「……この辺のヤツじゃないよな。何か用かよ?」
「やめなよ、女の人よ」
わわ、迫力あるな。
兎人族の女性が、男性の袖の肘の辺りを引っ張って、
「す、すみません。虎人族は踵を付けずに歩くんだな、と思いまして」
「失礼、私と師はエグドアルムから参りましたので、獣人が珍しいのです。他意はありません」
セビリノが頭を下げてくれると、虎人族の男性はちょっと気まずそうな表情をした。
「いや、悪い。ちょっとイライラしてたんだ。この国では差別はほとんどないが、少し離れれば獣人に薬は売れないという輩もいるんでな」
「私達、それで困ったことがあって……」
なるほど、だから他国から来て薬を売ってる私がじっと見てるのが、不愉快だったのね。
「そのような事情とは知らず、大変失礼を致しました。私どもで販売している薬は、種族で区別することはございません。お入用の品がございましたら、どうぞお申し付けください」
「やだ、そんなに丁寧にしないでよ。普通の冒険者なの」
兎人族の女性が慌てて手を振る。
丁重に謝ったのが逆に照れたようで、虎人族の男性は困ったように手を首に当てた。
「まあな、だが今探してるのは上級以上のポーションだ。俺たちは人間よりも頑丈で、多少の怪我は何ともないからな。上級でも足りないくらいなんだよ」
「なら、こちらですね」
あっさり答えると、男性は面食らった顔をしている。
「はあ? あんた、作れんの?」
「私も彼も作れます。あ、でも私、値段とか解らないわ。セビリノ、解る?」
「……師匠。師匠は相場を知らずに、販売されようと?」
「だって、いつも後でまとめてもらうから、単価までは知らなかったわ……」
数種類分だから計算するのも面倒だし、充分貰えていたから気にもしなかった。うっかりしてたわ。
元々アイテムは作るのと材料と、効能しか興味がないからなあ。
「では、交渉は私が全て請け負います。一番弟子ですから、当然といえば当然でしょう!」
呆れるどころか、むしろやる気に満ちるセビリノ。
男性は私のハイポーションと上級ポーションを何本か買ってくれて、助かったと喜んでいた。他の薬も一緒に売れたので、これでセビリノと販売個数で並んだかな?
二人が去って入れ違いに、ベリアルが上機嫌で戻った。
「イリヤ! 見よ、自家製の酒が売っておるのだ! 試飲まである、良い市であるな!」
開始とともにそそくさと消えて、そういうのを探していたのね。てっきりつまらなくて、何処かへ出掛けたのかと思っていた。
エグドアルムでも結構買い込んで、セビリノのアイテムボックスに入れさせてたのに、まだ足りないのかしら。
宮廷魔導師のアイテムボックスは、見習いのそれよりも容量が大きいの。
本来なら辞した時点で返さなきゃならない。ただ、死んだことにしたのに返すものおかしいので、持っていたままだった。今は殿下にお会いして、直接持っていていいと許可をもらえている。
これは特殊技術を持つ職人が作っていて、秘匿技術にされている。誰が作っているかすら公表されない。家族にもこの仕事をしている人は、秘密にしないといけない。
国ごとに開発されていて、やはり国によって差異はある。エグドアルムのは基本的に容量が大きいらしい。さすがに私も、これをどうこうとはできない。しようとも考えないわ。
ベリアルはご機嫌で、この場で一本開けている。
ガラス工芸を売っている出店で、グラスまで買って用意していた。
「すみません! こちらに素晴らしい薬を売っている方がいると商業ギルドで聞きました! お願いします、なるべく強力な毒消しを売ってください!」
町に溶け込むラフな服装の男性が、セビリノを目指して駆けてきた。ギルドではセビリノが宮廷魔導師と告げたから、紹介されたのね。
「ならばこれですね。蛇の魔核とアルルーナを加えた、強力な毒消しです。私が解毒の魔法を使いに行くことも可能ですが……」
「……っ! いえ、これを頂きます!」
魔法を提案すると、男性はビクリとして戸惑っていた。使用人で、勝手に主人の部屋に見知らぬ他人を連れて行かれないのかも知れない。相手は貴族か富豪とかかも?
毒消しを三本買って、足早に去って行った。
「セレスタン様に頂いたアルルーナが、早速役に立ったわ。嬉しいわね」
「はい、師匠。しかし、かなり安価でお売りになりましたね」
「そうなの? 毒消しって、こんな値段じゃなかった?」
強力だから少し高めに設定したつもりだったのに、まだ安かったらしい。もらったアルルーナと自分で採った魔核を使ったから、原価が不明なのだ。
「師が使われたのは、シーサーペントの魔核と伺いましたが」
「うん、そう。死海で弱っていたのを見つけてね、倒したの」
「アレでは、シーサーペントの魔核よりも安いですよ……」
やたら言い辛そうにするセビリノ。
シーサーペントの魔核って、そんなに高いの!??
「ええっ!? でもシーサーペントよ?」
「そうです。海に生息し、飛行魔法を使うか、頑丈な船を何隻も用意して魔導師グループと繰り出さないと倒せない、シーサーペントでございますよ」
「海龍に比べたら、本当に蛇なのに」
「だから君は非常識っていうの」
ちょうど買いものを終えたエクヴァルに言われてしまった。
ブレスを使う龍と比べて、ブレスが使えず基本的に手もないシーサーペントは、攻撃手段が少ないのよね。海に及ぼす影響も小さいし。
「我が契約者が、人の
お酒を飲んで楽しそうにしているベリアル。
いや、私は普通に人です! リニちゃんまで一緒に、皆で納得しないで!
やっぱり販売は、全部セビリノに任せれば良かった……!
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