第119話 宿での一幕(エクヴァル視点)

「私はもっと、師にお仕えしたいのです!」

 宿の一室に集まり、イリヤ嬢とセビリノ君の三人でこれからの打ち合わせをしていると、セビリノ君が唐突に言い放った。


 私の使い魔のリニはイリヤ嬢と同室で、今日はもう眠ってしまった。ワイバーンに乗って一緒に飛ぶのがとても楽しいと、興奮して最近はなかなか寝付けなかったようだ。彼女は人族に似た本性では飛べず、コウモリに化けた時だけ飛べる。しかし速度はそんなに早くないんだ。

 早く高く飛べるワイバーンに乗れたことが、本当に嬉しかったらしい。


「セビリノ君、弟子というより臣従している気がするんだけど」

「いえエクヴァル殿、これが内弟子としての正しい仕え方です」

 内弟子。今は彼女の家に住んでいるから、そうなるのか。いや、そう言いたいんだな。

 鬼才と称えられ、エグドアルムでも一目置かれる彼が、ねえ。


「薬草を採りに行ってもらったり、一緒に調合したり、家事もしてくれるし……、ちゃんとやってると思うわ」

「そうなんですが……、なんと表現しますか、こう。一番弟子であるからという、もっと決定的な事柄はないでしょうか」

 どうやら彼は内弟子や一番弟子というものに、大きな夢を持っていたようだ。

 イリヤ嬢も困っている。彼にとって決定的な事柄とは、どんなことを指すんだ?


「そうです、師匠! お背中をお流ししましょうか?」

「……へ!? なんで? いらないわよ!」

 どうしてそういう方向に!?? セビリノ君は真剣な表情で、冗談とも思えない。冗談を口にする男ではないか。しかし突拍子もないね!


「ならば、伽をいたしましょう。私にお任せください!」

「な……」

 顔を赤くした彼女の言葉を、私が大声で遮った。

「ちょおおっと待った、セビリノ君! 君は何を言い出すのかな!」

 なぜか自信にあふれた表情で、手を胸に当てているセビリノ君。流石に私も、この発言の意図は全くと言っていいほど掴めないね!


「いえ、エグドアルムで一部の魔法の師が弟子に伽や背中を流すことを強要して、問題となっておりまして。私ならば、そのような肉体的ご奉仕もいといません、という決意をですね」

 その問題は私も知っているけど!

 そういう抜け駆けはズルいんじゃないかな!?

「それは男が嫌がる女性に命じるから、問題になってるの! イリヤ嬢の伽なら、私だって毎日でも喜んでやるよ!」

「いえ、エクヴァル殿は弟子ではないでしょう」


 バチン!!!

 大きな甲高い音がして、私の頬に熱い衝撃が走る。

 ……私、今頬をぶたれたの? イリヤ嬢に……!??

「エクヴァルの変態!!!」


「……は? え? 言い出したのは、セビリノ君なんだけど……?」

「セビリノは仕方ないけど、貴方は解って言ってるでしょ!」

 一瞬、セビリノ君の動きが止まり、落ち着きを取り戻すようにゴホンと咳ばらいをした。

「……まあ、そうでしたな。大の男が女性に伽をするというのも、おかしな話で」

「……君、誰のせいで私が叩かれたと思ってるの……」


 なんで私だけビンタされたんだ……?

 納得できないんだけど!

 彼女はもう知らないと、出て行ってしまった。明日機嫌が悪いのかな、辛いなあ。女の子のご機嫌をとるのは得意だと思っていたんだけど、彼女には全然効果がないんだよね……。



 仕方ない。気を取り直して、彼女に聞かれたくない話の方をしよう。


「ところで君、イリヤ嬢にどこまで話してる?」

 セビリノ君と二人になった部屋で、問い掛ける。

「どこ……と、申しますと?」

「例えば、前魔導師長のピンハネとか」

「それですか」


 あの自滅したクズ魔導師長は、彼女の功績を報告していなかった。

 なので、与えられるべき報酬が与えられていない筈なのだ。エリクサーに至っては、一部は横流しした経路も判明した。効果が他よりも優れていた為、驚いた先方から問い合わせまできたよ。

 売った記録のない相手からね。本人がいないから、もう情報を握り潰される心配がない。


「エリクサーの報奨については、全く説明していません。魔導師長が横流しをしていたことに気付いていたので、師だけ与えられぬ事実を知らせるのが忍びなく……」

「あの頃は訴えても無駄だったろうからね、今更知る方が酷だね」

「はい。討伐は後方支援とされていたようで、手当が少額だったのですが、……たくさんもらえたと喜んでいらっしゃいました」

「……そりゃ黙っていて正解だ。そういえば村出身だから、金銭感覚が元々違うのか。」


 喜んでいたのか。それならまあ、わざわざ悲しませることもないね。

 ドラゴン退治を素材採取と言うんだから、強敵の感覚すら違うんだった。

 今回の龍退治については、殿下に報告してある。いずれ国から報奨を送られるだろう。

 防衛都市でも色々やってるよね。指揮官のランヴァルトは優しそうな外見に似合わず抜け目のない男のようだったから、何か謝礼を考えてくれているかも知れないな。また素材でもくれるかな?


 いやー、この無邪気でどこか世間知らずなのに、無鉄砲なところがいいよね。

 彼女がお金に無頓着な理由は、少し分かった。

 使いたい希少素材は基本的に自分で採取するし、いい交友関係を作っているから貰えるし。利益に関わらず助けようとするから、相手も彼女の為に尽くそうとする。いい循環だ。

 お金で買いたい物が少ないから、お金を欲しがらないんだね。

 ベリアル殿はもっと頼られたいようだし、彼に頼めばいくらでも貢いでくれそうに見えるんだけど、彼女は基本的にねだらないな。

 

 私の仕事は、そんな彼女の善意に付け込もうとするハイエナ退治かな。


「……ところでエクヴァル殿。何故私より先に師に行き着いたかと疑問でしたが、通信魔法に気付いて連絡を待ちましたね」

「ああそっか、君も彼女の実家に行ったのかな? さすがに君の師匠だよね」

 軽く答えた私に、セビリノ君は疑いの目を向けた。

「……はぐらかすおつもりで? なぜ師に、秘匿技術とお伝えしていないので?」

「う~ん! バレたね。もしチェンカスラーで迂闊に話して上に報告されたら、こっちの技術を盗んだと難癖をつけて、魔導師長の件に協力させようと思ったんだよ。その必要はなくなったけど」


「……アレが広まれば、貴殿は処分されるのでは?」

 意外と鋭いね、彼も。イリヤ嬢に関してだけ、ちょっとおかしくなるけど。

「単に賭けだよ。君も知っているだろう、私は自分の保身を考える様な作戦は取らない」

 それにイリヤ嬢なら、自分で開発した魔法で送る情報を、自分の手元にもくるよう細工するくらいできそうじゃない?

 防衛都市の情報が、もっと欲しいんだが。チェンカスラーで一番危険があるのは、あそこのようだし。

 

「それから。師匠達とエクヴァル殿は、チェンカスラーで上級のドラゴンを倒されたとか。殿下がエクヴァルが正しく報告しない、と殿下が仰られてましたよ」

「あっちゃー、せっかくドラゴンのランクを濁して報告したのに、彼女バラしちゃったんだ……。それはね、報告のしようがなかったんだよ。ベリアル殿が王の呪法でとどめを刺したんだけど、勝手に王だとは明かせないし、とても言えないでしょう」


 彼女の魔法を確認したから、魔法で仕留めたとうまく誤解するように、報告したんだよね。本当は義務違反なんだ。

 だいたい、本来なら国を挙げて討伐に出る上級ドラゴンを、出会ったから倒しましたなんて有り得ないからね! 殿下に虚偽や誤認させるような報告なんてしたくないのに、どうして彼女は私の苦労と努力を潰すのかな!

 キスくらいしていいかな!?


「ベリアル殿の呪法! それは私もぜひ見たい! またそのような機会に恵まれるのが、待ち遠しいですな!」

「君らは呑気でいいね……」

 やたら嬉しそうだな、セビリノ君。人の気も知らないで……。

 セビリノ君は笑わないとか無口とか言われているけど、魔法やイリヤ嬢のこととなると、興奮気味にせきを切ったように喋り出すんだよね。

 ここに来て彼の印象がかなり変わった。


 殿下もイリヤ嬢たちに会って直接本人を確認したんだし、これからはそれなりの報告をしていいだろう。この非常識に触れてくれれば、言わずもがなで解るようになる。

 前情報もなく“うっかり上級ドラゴンに出くわして倒しました。みんな無事です。”なんて報告が来たら、暗号か何かの比喩かと思われるくらい、異常だからね!

 根掘り葉掘り聞かれても答えられないから、報告できなかったんだよね……。

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