三章 二番弟子です
第120話 異変
「元帥皇帝陛下! こちらが地獄の王にございます」
悪魔の契約者である男が、玉座の前に
「よくやった、ついに成功したか! 後で褒美を取らせよう! して、うぬは何という名じゃ?」
「……お前が僕を喚ばせたんだな?」
「……そうだが……、無礼な」
「ならば死ね」
玉座の男が言葉を言い終わらぬうちに、青年の手は椅子に座ったままの男の胸を貫いていた。
誰一人、すぐそばにいた近侍すら動く間もない程、あっという間の出来事だった。頭から滑り落ちた豪華な王冠が、コロコロと床に転がる。
唖然とする一同の前に高々と掲げられた、血塗られた手。
「……さあ……供物を捧げよ! 地獄の王を喚んだ代償を、貴様らは払わねばならない! その卑小なる命でねっ!!!」
叫んだ青年の手には、先程
それを握り潰すと、血が辺りに勢いよく飛び散った。服まで血に塗れて嗤う表情は、愉悦に歪んでいる。
一瞬の静寂の後、悲鳴が城内に響き渡った。
逃げようと後ろを向いた大臣の首が飛び、恐怖に震えながら槍を構えた護衛兵の鎧に穴が穿たれてその場に倒れ、近侍達が成す術もなく躯に代わる。
なんとか止めようと詠唱を開始した魔導師達も、魔法を発動させることはついになかった。
血塗られた謁見の間には、悪魔と一人の男しか命のあるものは残っていない。
「な、なんと……、なんということを……! 生贄は用意すると……言ったでは、ないか……っ」
「まずは王を喚んだ報いを受けるものじゃないの? 契約がある、お前は殺さないけどね。お前には、これから僕がやる遊びを見届ける義務があるのさ。遠くない場所にアイツもいるはずだし、良い遊びの場に招待してくれたよ」
真っ青になって震える契約者に向ける笑顔は、凄惨な現場に相応しくない、心から楽しんでいると言わんばかりのものだ。
太陽は中天に差し掛かり、風は凪いで静かな暖かい日。窓から差し込む光はやはり眩しく。
明るく照らされた部屋の中を、絶望の濃い香りが漂っていた。
□□□□□□□□□□□□ 以下、イリヤ視点
「探したよ、君達!」
声を掛けてきたのは、冒険者らしき男の人。
チェンカスラーに帰ってきて、私とセビリノ、エクヴァルの三人で街を歩いていた。冒険者だからエクヴァルの友達かと思ったけど、違うみたい。彼もDランクのランク章を付けている。
「……見覚えがないのだが?」
セビリノに用があるのかな。人懐っこい笑顔で近付く男に、彼は怪訝な眼差しを向ける。
「いやあ、王都ですごい回復魔法を使ったろ? あの時の親子が、君にお礼をしたいと言ってるんだ。その交渉で来たんだけど……」
冒険者のお仕事なのかしら? しばらく留守にしていたから、悪いことをしちゃったかな。
「すごいわね、セビリノ。でも、いつそんなすごい魔法を使ったの?」
「いえ、身に覚えがないのですが……」
私たちのやり取りに、冒険者はおかしいな、と首をひねる。
「……彼はエグドアルムから事件の幕引きに来た、宮廷魔導師だよ。アレは慈善活動の一環で、お礼は必要はないね。そして、あの程度の魔法は彼には普通。凄い魔法には入っていないから、思い浮かばないんだ」
エクヴァルが前に出て、説明してくれた。
もしかして、あの土属性の回復魔法?
じゃあ、召喚された獣に噛まれた子を助けた時ね。まさかお礼の為に探してくれるなんて思わなかったし、分からなかったわ。
宮廷魔導師と聞いて、冒険者は逃げるように去って行った。エグドアルムの貴族は、基本的に評判悪いからね!
家に戻ると、エクヴァルが台所の椅子に座るよう促す。
「彼はね、仲介料目当てなんだよ。あのレベルの回復魔法は、結構な金額を取るものなんだ。そのおこぼれに預かりたかったわけ」
「ああ、そっか。それで私達を探していたのね。でも、勝手に治してお金を取るのもねえ……」
「はい。あの程度の魔法、金銭を授受する必要性すら感じません」
きっと、町では普通にお金を請求するのね。魔法による治療院とかもあるし。
でも魔法を使ってお金をもらうって、正直あんまりピンとこない。決められたお給料を貰えていたし、破格だったしなあ。
「多分君達、気付いていないと思うけど。いや、セビリノ君はともかく、私より長くいるイリヤ嬢はどうかと思うんだけど……。チェンカスラーでは召喚されたものが怪我をさせた場合、契約者が罪に問われるんだよ? 怪我だと罰金刑らしいね」
「そうなの!? エグドアルムだと、せいぜい治療して示談だったよね?」
「あっちは貴族や魔法使いを優遇していたからね。秩序よりも」
知らなかった……。エグドアルムだったら、セビリノが治療しちゃったからこれでいいよね、で終わってたと思う。
あってもせいぜい、厳重注意くらいかな。冒険者ギルドのペナルティーは一緒なのかな?
治療費は……。もし相手が貴族だったら、向こうから払うと言わない限り請求できない。エグドアルムでは、平民にそんな権利はないから。殿下はこの辺りを、少しでもどうにかしたいんだって。
ということは、あの冒険者はもしかしたら治療費と罰金、両方払うハメになったわけ? 法律の違いも知らないといけないのね。
「エクヴァル、よく調べてるわね。冒険者仲間に聞くの?」
「……師匠、それは」
「あのねえ、私が身分を隠して潜入しておいて、些細な法律違反で捕まってバレたら、どうしようもないでしょ。少しくらいは把握しておかないと」
説明が始まると、セビリノはお茶を淹れに行った。彼はマメだなあ。
「……そっか」
「心配になるよ、本当に君は社会常識に疎いから……」
「そんなことないわよ。ちゃんとしてます!」
こっちに来てもやっていかれているし、問題ないわよ。エクヴァルはちょっと、心配性なところがあると思う!
「じゃあ、聞くけど。広域攻撃魔法はどういう魔法だと思うかな?」
「う~んとね。……範囲が広くて便利だけど、広すぎると困る……?」
ガチャン、とお盆に乗った茶器が揺れてぶつかる音がした。
「し、失礼しました」
「セビリノ、大丈夫?」
「彼は大丈夫だけど、君は大丈夫じゃないね、やっぱり」
にやにやとエクヴァルが笑ってる。何このホラ見ろ、とからかうような表情は。
「広域攻撃魔法って、使えると証明できればすぐにでも軍に好待遇で迎えられるくらい、戦略上重要なものなんだよ。ほとんどの国で勝手に教えることは禁止や制限されてるし、チェンカスラーでも販売禁止になってる。どの国の魔導書店でも見掛けないでしょ?」
「……見掛けないって、思ってた……」
広域攻撃魔法も子供の頃にベリアル達から教えてもらっちゃったから、そんなに重要な気がしないんだよね。場面に応じて使い分ければいいかな、くらいで。
「エグドアルムの宮廷魔導師でも、得意属性しか使えない人もいる。君、何種類使えるの?」
「種類……」
私が数えないと解らないと思い浮かべていくと、セビリノがお盆を持ってやってきた。お茶を私の目の前に置きながら、こちらに視線を寄越す。
「師匠、これは誘導ですよ。教えてはなりません、魔導師の奥の手ではないですか。」
「……ああっ! 騙されるところだったわ!!」
軽く睨むと、エクヴァルはそんなつもりじゃなくてね、と言い訳をしてる。
「いや、純粋な興味だったんだけど……」
「教えませんからねっ!」
誤魔化されないわよ! やっぱりエクヴァルは油断できないわ。セビリノがいてくれて良かった。
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