第370話 レナントのお祭り、二日目

 お祭り二日目。本日は魔法付与大会の、一般の部が開催される。

 明日に備えて、見学をしに会場へやって来た。多くの観客が予想されたので、守備兵の訓練場が会場として選ばれ、魔法付与するスペースや観客用のイスが設営されていた。

 初めて開催される魔法付与の大会なので様子見なのか、参加者の数は多くなかった。訓練場の中心部に三方を壁で囲んだ仮設の作業場が、間隔を空けて並んでいる。入り口はカーテンで、上半身が隠れる程度の長さ。

 訓練の視察用の部屋がビップルームになっている。


 開始時間になると、司会として商業ギルドの従業員が挨拶をした。

 まずはギルド長が開会宣言をし、続いて大会の発起ほっき人であるローザベッラ・モレラート女史の演説が。魔法付与をもっと身近な技術にしたいということや、大会の理念などを語っている。

 彼女は契約している天使ラファエルと一緒だった。

 審判は募集で選ばれた人が五人。彼らの挨拶もあった。

 イサシムのリーダーであるレオンと、彼らと仲がいい女性二人組冒険者、エンゼルトランペットの剣士。それから昨日会ったBランク冒険者、リエトだ。彼の武器は槍だが、今回は剣のみだよ。

「僕もそろそろ、魔法付与した武器が欲しいと考えていて、審査員に応募しました。実際に使ってみて、参考にさせて頂きます」

 なるほど。色々な人が付与した武器に触れられる、無料お試し会。こんな機会は滅多にないわね。

 他にはレナントの魔法アイテムを扱うお店の人と、自称私のライバル、ガレッティ男爵令嬢グローリアがいた。


 モレラート女史は特別審査員を勤める。

 紹介が終わると、大会のルールや審査についての説明がされる。制限時間以内で付与を終え、その後は誰がどれに付与したか分からないように、番号で審査されるそうだ。


 魔法付与する為の宝石は、運営が用意したものを使う。これはアウグスト公爵も集めるのに協力してくれて、余るくらいたくさんあるのだ。この中からどれを選ぶか、そこから審査は始まっているわけだ。

 倉庫の中で宝石を選び、箱に入れて係りの人が作業場へ運ぶ。誰がどの石を使ったか分かってしまったら、付与した人の見当が付いてしまうから。


 石を運び入れた人は、そのままカーテンの中で待機。問題があった時の対処と不正防止、それと終わったら石の運び出しも請け負う。

 そして仮設の作業場の付近で、アウグスト公爵の邸宅で勉強を続けている魔導師、ハンネスが監視している。

 一般部門の付与は、攻撃力増強。

 付与している間は待っているしかない。やはり攻撃魔法を唱えるとかよりも、地味になるわね。

 仕方ないので壁を見てみる。壁には宣伝が貼られていた。

『南トランチネルへ移住しませんか。魔法アイテム職人募集、住居あり』という案内が、一番目立っている。ただ、トランチネル自体の印象が良くないので、監禁されそうと噂する人がいた。

 他にはガレッティ男爵領で行われるアイテム作製講習会の参加者募集と、同時開催されるエルフの森の薬草販売会のお知らせ。ビナール商会は

回復薬の買い取り、魔法付与する職人の募集などなど。


 ビップルームは窓が広く、南トランチネルのキースリング侯爵が座っているのが分かる。隣では知らない貴族同士が会話していた。

「ここのご領主だよ。親しそうにしているから、隣は招待した友人だろうね」

「そうなんだ」

 じっと眺めていたら、エクヴァルが説明してくれた。いつ領主の顔を確認したのかしら。そもそも私は、誰が領主かも知らない。知らなくても生活には困らないし。

「あとはフェン公国で見た顔がいるね」

「よく覚えているわね」

 アルベルティナは覚えたけど、他の人までは分からないなあ。同じ人にそんなに会わないし。


「いやね、私の仕事は君の近辺の調査もあるから」

 だからといって、また会うとも分からない人なんてそうそう記憶できないわ。

 ビップルームは訓練を視察する横長の部屋を衝立で区切っただけの造りになっている。まだ余っているので、明日はもっと増えるのかも。

 エクヴァルとリニは用事があるからと、始まって間もないうちに出ていってしまった。


 会場を見回しながら、明日に備えて大会の段取りを確認しておく。

 到着時はまばらだった観客も、少しずつ増えてきていた。中には何をしているかも分からないけど、大会だから観戦するという人もいる。

 司会の人が作業室の周囲を移動しながら、挑戦者の状況や進捗を説明し、モレラート女史が魔法付与について解説している。作業中の時間繋ぎが課題だわ。


 ようやく全員の魔法付与が終わり、作業室とビップルームの間に並べられた長机に、箱が人数分の箱が揃った。

 蓋を開けると底にAからの番号が振られていて、これは作業した本人しか知らない。

 宝石を取り出し、用意された剣に嵌める。そして一人ずつ使っていくのだ。

 差異がでないように、剣は一本。なんとモレラート女史が模様を彫ってくれているのだ。先に剣を確認して、宝石との親和性などを考える参考にさせてもらえる。


 審査員の五人が、緊張しつつも楽しそうに剣の回りに集まった。まずはレオンが掲げ、魔力を通している。発動したのかも分からず、首を捻っていた。

 攻撃力増強って、慣れないと発動を認識しにくいのよね。

 先に剣の切れ味を試していて、審査では宝石を嵌めた状態との違いを確認する。一本ずつ確認し、全九回の試し切りを繰り返した。いつの間にか増えていた観客が、なんとなく拍手したり盛り上がっている。

 ただ試し切りを眺めているだけですが。


「確かに切れ味が違う! 切った時の反動が少ない!」

「私はこのBのヤツがいいな。発動したの、なんか分かる」

 レオンの言葉に、冒険者仲間の女性剣士が感想を伝える。再び箱に戻された宝石を眺めつつ、Bランクのリエトも呟いた。

「効果が強いのは……E?」

「商品として売りたいのは、CとG……Bもかな。効果が長そうな方がいい。あまり早く尽きると、苦情がくるし」

 冒険者は自分で使うなら、お店の人は商品として扱う視点で審査しているのね。

 楽しそうだなあ、私も審査員をしたかったかも。

「うーん。どれがいいかって、難しいわね」

 意外にも首を捻っているのが、自称ライバルのグローリアだ。一発でコレと決めそうなタイプなのに。考え悩む時もあるのねぇ。


 彼らが話し合って、審査員賞が決められる。優勝はモレラート女史が、審査員やビップルームの人達、それからハンネスにも意見を求めて決めるよ。

 流れは確認できたし、審査の基準もちょっと分かったわ。

 

 優勝は別の町から参加した職人さん。ビナールと懇意にしている職人も参加していたが、二位だった。審査員賞は女性職人が選ばれた。

 モレラート女史から今回の講評がされて、解散になる。

 入賞した職人には早も接触しようとする人がいて、商業ギルドの職員が間に入って応じていた。

 午前中で全て終わり、午後からは掃除して浄化をしたり、作業室の数を減らしたりと、もう明日の準備に取り掛かっていた。


 人波が途切れて私も帰ろうとしたところ、出入り口で見知った二人が立ち話をしていた。

「ついに明日だな……、この天才で優勝は決まりだ!」

「火属性はちょっと自信ないわぁ……。私が得意なのは風なのよね」

 モレラート女史の弟子、自称天才のカミーユと、達人部門に参加するAランク冒険者ティルザだわ。仲良くなって、一緒に見学してたのね。

 私も誘ってくれればいいのに。ベリアルがやはりな、というような目で見下ろしている。

「ただ、いつもと評価基準が違うな……。その点は、やりにくいね」

「初心者相手なら私はよくやってたから、有利かも。お互い全力で頑張りましょう!」

 二人は今回の感想を話しつつ、楽しそうに去っていった。


「……師匠!」

「うん?」

 セビリノがキラキラした瞳を私に向ける。これはいつもの、ろくでもない予感が。

「優勝は師匠で決定です! 私が全力で二位を取りにいきます!」

 きっと二人の会話を羨ましがっているのを分かって言ってくれているんだろうけど、どうもニュアンスが違うのよね。対等に勝負したいのに、セビリノは必ず私を持ち上げる。端から見たら、やらせているように誤解されそう。

 そもそも、北と南の魔法アイテム職人対決だという雰囲気で、主役はセビリノとカミーユなのよねえ。

「セビリノも頑張ってね」

 適当に返事をして、会場を後にした。


「イリヤ嬢、大会はどうだった?」

「あ、エクヴァル。意外と人が集まらなかったわ。外にいたの?」

「あのね、エクヴァルと、見回りをしていたの。外の警備状況とか、危ないものはないか、とか……」

 大会を見ずに、周辺を確認していたの。リニはエクヴァルと一緒に仕事をして、むしろ楽しそう。とはいえ、せっかくだしお祭りを満喫すればいいのにな。

「お疲れ様。でも、警備はちゃんとジークハルト様がしてくれるわよ?」

「嫌だなぁ、彼がそんなに信用できそうに見える?」

「うーん……、頼りない部分があるかな……」

 頑張っているものの、どうも思い込みが激しかったり、甘い部分がある気はする。皇太子殿下の護衛もするエクヴァルから見たら、まだまだ未熟に映るんだろうな。

 分け隔てなく優しくするし、町の人には人気なのよね。


「でしょ。せめてランヴァルト君くらい、慎重な性格ならねえ」

 ヘーグステット家の次男、ランヴァルトは確かに安心感があるわ。

 ただ、エリートの兄と比べたら可哀想ね。ランヴァルトは防衛都市の任期を終えたら、かなりの厚待遇で王都へ戻れるらしい。

「ところで、見回りはもう終わったの? 私は家に帰るところよ」

「警備計画の最終確認をしてくるよ。こちらも優秀な人材が参加するから、把握しておく必要があるからね」

「お、終わったら、アレシアとキアラの露店で、一緒にお店番をするの。夕方に帰るね……」

 リニが顔の脇で小さく手を振って、エクヴァルの後ろを付いていった。

 会話している間、ベリアルは少し先で待っていた。あまり近くにいると、リニが緊張しちゃうからかな。


 私達も家へ帰ろうと、歩き出す。元々人通りが少ない区域なので、大会が終わってしまえば人影はまばらだ。

「きゃあっ!」

 歩き始めて少しすると、リニの悲鳴が届いた。

 振り返っても、角を曲がった二人の姿は見えない。私は咄嗟とっさに二人が向かった方向へ走った。

 ベリアルが軽く飛んで、私を追い越す。

「リニちゃん、大丈……」

「ぴー!!!」

 目に飛び込んできたのは、リニと向かい合う天使の少女が、柄だけになった武器を持って呆然としている姿だった。


 二人の間にはエクヴァルがいて、抜き身の剣を手にしている。地面にハルバードの先端である武器の部分が転がっていた。

「勝負、じゃないでしょ。リニは戦闘要員じゃないんだから」

「わーん! だからって、武器を壊すことないじゃん! ちょっと威嚇しただけなのに!」

「すみません! この子は戦闘職を希望していて、悪魔との戦闘経験を積んだ方がいいとアドバイスをもらっていたんです。まさか武器も持っていない子を襲うなんて……!」

 叫んでいる子の後ろから、契約者らしき女性が慌てて駆けてきた。

「襲ったんじゃなくて、勝負を……」

「バカね~、強い相手と戦わなくちゃ意味ないよ」

 バサッと翼を動かし、上空から別の女性天使が現れた。濃い緑色の長い髪がふわりと風に舞う。


「……楽園の天使、ゾティエル。この天使はそなたの配下かね」

「うわ、貴族悪魔の気配! ゾティエル様、アイツは……ゾティエル様?」

「きぎゃあああぁ! ベリアル!!! なんでアンタがいるのよ!!!」

 上品そうな天使の口から響く、けたたましい悲鳴。目の前で騒がれて、リニがオロオロしている。

 さすがにこれ以上、悪魔と戦おうとはしないだろうな。エクヴァルが剣を収めた。

 どう収拾を付けよう……。

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