第371話 レナントのお祭り、三日目

 魔法付与大会の一般の部は、午前中で終了。大会の流れも把握したし帰ろうとしたところ、リニが天使に絡まれる事件が発生した。

 ベリアル出てきて、さあ大変。

 そもそも少女天使は、どうしてリニと勝負しようとしたのかしら。

「ゾティエル様、ベリアルって危険な悪魔なんですか?」

 状況を飲み込めていない元凶天使が、上空のゾティエルに尋ねる。ゾティエルは彼女の脇に降り、ベリアルは私の隣に立った。

「危険なんてもんじゃないわ……、ああいうのは見掛けても気付かない振りをしなさいよ! うう、小悪魔ちゃんゴメンね。アイツはシメておくからね。こんな大人ししい子じゃなくて、血気盛んな悪魔と戦いなさいよ」

「あ、あのね。私は大丈夫、だったから。シメたら可哀想……」

 リニが元凶の天使を庇うと、ゾティエルは首をかしげた。


「おかしいな、小悪魔よね? 堕天使の系統?」

 リニはエクヴァルの後ろで、必死に首を横に振る。リニの様子に、二人は顔を見合わせて相談を始めた。契約者の女性もそっちのけで、彼女も困っている。

「ゾティエル様、違うみたいですよ。それよりそのベリアルって悪魔、大戦の記録にはいませんよね?」

「そりゃそうよ、早々に堕天して大戦には参戦していないから。原初の天使には常識な、性根の悪い悪魔なのよ」

「……悪魔と勝負をするのであったな? 我が相手をしようではないかね」

 目の前で性根が悪いとか言うから。

 睨み付けながら、口元は笑っている。


「「間に合ってます!!!」」

 二人の天使の声が揃った。どちらもベリアルには全然、敵わなそうだもの。

「ベリアル殿、楽園の天使とは?」

 この機会に、耳慣れない言葉を尋ねておこう。

「言葉通り、楽園の守護や管理をする天使である。連れておるのは、見習いであろうな」

「なんでその見習いがなんでまた、リニちゃんを襲うんですか?」


「襲うなんて人聞きの悪い! 悪魔を十人倒すと、楽園の警備の職につけるって聞いたの。それで、まずは倒せそうな悪魔から挑戦しようかなって」

「それガセだから。信じてんの?」

 元凶天使の言葉を、ゾティエルが即座に否定する。天国にデマが流れるの。

「ええっ、嘘なんですか……?」

「うーん、厳密には爵位のある悪魔を倒せば、かな。さすがにデーモンをどれだけ倒しても、楽園警備には考慮されないよ」

 楽園まで攻め込まれるほどの状況になっていたら、地獄のけっこうな主力部隊が襲来するのでは。それこそデーモンの相手しか出来ないようでは、戦闘員としてかなり不足だと思う。

 楽園警備をしたいのなら、ベリアルとの戦闘を経験しておくのも、悪くないのかも知れない。


「その通り。ゾティエル、部下の管理がなっていないね」

 上から降る声に空を見上げると、四大天使のラファエルがいた。やはり貫禄が違うなあ。

「ラファエル様……!」

「無礼な者達の代わりに、そなたが我と戦うかね?」

「あはは、そんな面倒な」

 真面目そうな天使だったラフェエルが、中立地帯だからとか、規則がとかではなく、面倒だと言い切ったわ!

 地獄の王や、天国の最高位の天使は互いに争わないと決めて、現在は休戦協定を結んでいるのだ。


「……さっさとこの不快な輩を連れて去るが良い」

「悪いね、こちらでしっかり……ゾティエルの言葉を借りるなら、シメておくから。ガセとか、天使が使う単語じゃないね? 言葉遣いにも気を付けるように言われているはずだよねえ……?」

 あ、笑顔が怖いタイプだ。二人の天使が脅えている。

「すみませんー!」

「うん、謝罪はいいから。地獄の王の関係者に仕掛けるとか、どれだけ自意識過剰なんだい?」

「ギャア! 王……!??」

 ゾティエルは知っていたみたいだけど、もう一人は知らなかったのだ。今更になって真っ青になる。天使二人はラファエルに連れられて、半泣きで飛び去った。契約者も一礼して、道を走って追い掛ける。


 いなくなった空を、リニが見送っていた。

「だ、大丈夫かな……?」

「リニが気にする必要はないよ、天使の問題だからね」

「あやつならば、せいぜい説教で夜明かしをする程度よ」

 オールナイト説教! それもキツイ。

 私の周りは悪魔しかいないし、下手に介入する必要はないわね。

「ふむ、天使と契約するのも面白そうですな」

「そんな要素あった!?」

 黙って眺めていたセビリノが、唐突におかしな発言をした。ゾティエルと契約したいの? それとも、見習い?


「悪魔との関係性が興味深いです」

「なるほど、ベリアル殿と過ごしたらどう対応するか、とが気になるのね」

 セビリノが契約しているのは、聖獣の麒麟だけ。天使なら、それなりの立場の天使を召喚できるだろう。

「阿呆共が! 天使と契約をしたら、セビリノ、そなたを追い出すに決まっておる!」

 愉快な発想なのに、ベリアルはちょっと不機嫌になった。仕方がない、この話はこれで終わりだ。

 帰って明日に備えようっと。



 次の日、ついに魔法付与大会の達人の部が開幕した。

 本日は魔法刺繍をした衣装は使用不可なので、いつものローブは使えないのだ。代わりに、リニがくれたコートを着ている。私がアイテム作りをしていたので、エクヴァルと出掛けて購入し、プレゼントしてくれた。

 何故私は、よりにもよってあの時、地下の作業室にいたのだろう……。

 コートは髪より少し濃い上品な紫色で、膝下くらいの丈。すその後ろ側がふわりと広がり、いつもより大人の雰囲気になる。袖は七部で、作業しやすそう。腰の部分にコートと同じ生地の太いベルトがあり、長く垂らすタイプだ。


 エクヴァルとリニは、観客席の端に立って仲良くお話ししている。椅子はまだ空いているのに、何かあったらすぐに駆け付ける為かな。

 観客は昨日よりは増えたものの、まだ空席の方が多いくらいだ。これから徐々に集まると思う。

 昨日と同じように挨拶や説明が続き、それが終わると石選びをする。

 参加者は私とセビリノ、モレラート女史の生徒カミーユ・ベロワイエ、Aランク冒険者兼魔法付与職人のティルザ、そして男性の職人が一人。

 全員で倉庫に入り、棚に並ぶ空の箱から一つ取る。箱には番号が書かれた札があり、最後に箱を渡す時にそれを持つのだ。箱の底には、札と同じ番号が書かれている。


 皆が箱を手にしたら、テーブルの上の布が外される。そこには魔法付与用の石がたくさん用意されていた。

 付与が二つなので、石も二つ必要だ。

 一つはクリスタルと決まっている。クリスタルに攻撃力増強、あとは火属性の付与をする石を選ぶ。

 ルビーやガーネット、レッドスピネルなど、様々な種類の赤い石が輝きを放っていた。火属性の付与には、基本的に赤い石が相応しいのだ。希少な深紅のレッドベリルもあるが、これは火属性で攻撃するには少し不向きね。わざとそういうのも混ぜてあるのかな。


 早い者勝ちだけど、皆さすがに慎重に選んでいる。

 一番に決めたのはセビリノだった。サンストーンだわ。同じ宝石でもいくつか置いてあるので、宝石を決めたら今度はどれにするか選ばないといけない。セビリノはキラキラとしたキレイな内包物のある、だいだい色のものを選んだ。

 私はカーネリアンにしよう。アドバイスに従って、強過ぎない石にするぞ。他は男性職人がルビー。強度も高く、扱いやすい石なのだ。

「私は、コレ」

 ティルザはアグニタイトという、水晶の中に褐色を混ぜたような変わった石を選んだ。濃い赤のもの、ピンクっぽいもの、くすんだ透明部分が多いものなどがある。

「初めて見る石だわ」

「南方でしかと採れない、希少な石だよ。短期間によく揃えたなあ」

 カミーユが教えてくれた。エグドアルムまでは流通していない石で、チェンカスラーでもまだ目にしていない。


「へっへ~、火属性にはもってこいの石よ。ただ、扱いがちょっと難しいのね」

「私も失敗を恐れて、倦厭けんえんしてしまった。大会で選ぶとは使い慣れているね」

 セビリノも男性職人も、興味深そうに石を眺めていたけど、さすがに知らない石に挑戦はしない。

 最後まで悩んでいたカミーユは、幾つか手にしてじっと見比べてから、ガーネットに決めた。審査員のメンバーを考慮して、値段的に手が出やすい宝石を選んだようだ。


 水晶も選んで、箱に入れる。これを各職人に付く補佐に渡し、作業室まで運んでもらうのだ。

 作業室は昨日よりも一つ一つの間隔が広く、客席からは規制ロープが引かれ、入れないように警備兵が何人も並んでいた。昨日の倍以上いるわ。

 キメジェスとハンネスも作業室の警備をしている。

 本部にある特別審査員のモレラート女史の席に、今日はチェンカスラーの王宮魔導師エーディット・ペイルマンが同席して、嬉そうに話し掛けていた。魔法会議に共に出席した彼女は、チェンカスラーでは指折りの女性アイテム職人なのだ。目下、チェンカスラーの魔法アイテム作製の向上を目標にしている。

 南の魔法大国、バースフーク帝国のお話でも聞いているのかな。いいなあ、混じりたい。


 隣では、四大天使の一人ラファエルと、地獄の王ルシフェルが並んでいる。ルシフェルは達人の部だけ見ることにしたんだ。……すごい席だな、あそこ。

 そして何故かベリアルが一人で貴賓室の椅子に座り、ワイングラスを傾けていた。悪魔は本当にフリーダムだわ。小悪魔が後ろに控えているけど、誰かしら。相変わらず、他人が召喚した小悪魔を勝手に使うんだから。

 貴賓室には昨日のメンバーの他に、貴族の夫婦とローブを着た人物が増えていた。観客も石を選びに倉庫に入っていた間に、確実に多くなっていた。


 さて、気合いが入るわ。私は魔法円を描いた紙を広げ、その上にまず水晶を載せた。攻撃力付与からやる。

 隣の作業場からは、早くも詠唱が漏れ聞こえていた。この声はティルザね。


「……光輪クワルナフをまとい、力で満たされよ。孔雀の旗に勝利あれ」

 

 私達とはちょっと違う雰囲気だな。

 気にしている場合じゃないわ、私も魔法付与をやらなければ。透明な水晶は程よく魔力を帯びていて、魔法付与にはもってこいだ。

 深く呼吸して、水晶に意識を集中させる。

 魔法円に書かれた文字、『Asher』が水晶を透過してくっきりと浮かぶ。


「貫くもの、刃よ、茨の棘よりも鋭くあれ。精彩を放ち、敵をつらぬく牙となれ」


 水晶が柔らかく光り、背にした入り口のカーテンに私の影が大きく映る。ざわざわと人々のざわめきが遠く聞こえて、徐々に光は収束した。


 続いて火属性付与だ。

 またもやティルザの声が小さく漏れている。あのアグニタイトに、どんな付与をするんだろう。


「火よ、天と地の息子よ、三つの生命を持ってこの宝玉に宿れ。嵐の雲の内にあっても、尽きることなく燃え上がれ。オン・アギャナウェイ・ソワカ」


 最後に聞いたことのない言語の呪文が唱えられ、何度か繰り返している。

 これは噂に聞く、東方の術に違いない。どんな効果になるのか、これは審査が楽しみだわね。

 私もしっかりやらねば! 負けられません、優勝賞品に蛇の魔核があったので!



★★★★★★★★★★★★★★


久々に参考書籍の紹介を。


ケウル~ミトラ聖典 神話・伝承・秘儀・聖詩・語録・注釈・予言のすべて 天の友からのおくりもの~


ミトラ教ってどんなのかなーと、買ってみました。

ざーっと見たんですが、キリスト教、イスラム教、果ては仏教の影響まで受けた内容で、むしろなんだか分からなくなりました。

「孔雀の旗に勝利あれ」は、この本に出てくる表現です。


ヨーロッパからシルクロードを越えて来てるから、今回の参考にむしろちょうど良かったかも知れない(笑)。

ティルザには密教の真言を唱えてもらいました。

分かりやすく、タイプが違う!(笑)

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