第二部 トランチネル編
一章 ルシフェル様といっしょ!
第99話 ネクタルを作ります
軍事国家トランチネル。
何十年も昔、当時の
元々トランチネルの領土だったフェン公国を取り戻そうと虎視眈々と狙うが、阻まれ続けている。そして現在の三代目に当たる元帥皇帝が打った手段が、地獄の王の召喚だった。
戦争に王を使うことは召喚規範で禁じられている。
しかしそれを理由に断れば、死罪は免れない。召喚師たちは召喚に失敗することを祈りながら、実験を続けていた。
ある日、この国で一二を争う腕の召喚術師がついに、地獄の公爵の召喚に成功する。しかし首を
これで諦めるかと思われたのだが、公爵を召喚できたのだから次こそは王を、と元帥皇帝は意気揚々と命令した。
恐れながらと危険性を説いて中断するよう
□□□□□□□□□□□(以下、イリヤ視点)
今日はネクタルを作る。
そんなわけで、例によって商業ギルドのメガネをかけたギルド長と、エクヴァルが見学に来ている。
そして今回は特別ゲスト。地獄の王、ルシフェル様がいらっしゃる……!! これは本当に失敗できない。
ギルド長には地獄の方だとだけ伝えてある。
「オプスト、モーリュ、ガオケレナ、エピアルティオン。これがネクタルの材料です。これをきれいに洗っていらない茎やガオケレナの殻などの不純物をとり、細かく潰す。そして買って来た粉末状のラインツフトヘーフェを均等に混ぜます」
「ふむふむ」
作業をしながらの私の説明に、ギルド長が頷いて答える。
「それから特殊な容器に入れて、二週間寝かせます」
隙間なく容器に敷き詰めて、蓋をしっかり閉め、保存用に買っておいた棚に入れる。棚にはすでに容器があって、こちらを取り出して。
「はい、その二週間経ったものがここにあります。用意しておいたので!」
しっかり寝かせたそれを取り出して見せると、エクヴァルがおお! と歓声を上げる。うーん、やらせっぽいぞ。
ここからが仕上げの作業。
これを蒸留装置にかけて、いったん気体になり、冷えて全て液体に戻ったところで魔法を唱えるわけだ。
「
ゆっくり魔力が馴染むのを待ち、レモンをちょっと絞る。これで完成!
液体を蒸留し終わった後の、残ったカスは肥料になる。ギルド長が欲しいと言ったので、差し上げた。
「いやあ、四大回復アイテムの作製現場を全て見られた! 本当にありがとう!!」
ギルド長は私の両手を取って喜んでいる。このチェンカスラー王国では魔法アイテムの作製が各国より遅れていて、四大回復アイテムを一人で全種類作れる人はいないんだとか!
しかもエリクサーを作れる人は王宮に数人いるくらいで、どの町にも一人もいないなんて……。
「イリヤ嬢、君が考えているより希少価値があるんだよ。普通はそこら辺の町にこの中の一つでも作れる人なんて、大都市ならまだしも
エクヴァルがため息交じりに教えてくれる。まだ気付いてなかったの? と。
まさか! セビリノも研究所の所長も全種類作れた……って、トップクラスだから当たり前か。考えてみれば、いつも一緒にいた人を基準にしていたかも知れない。
これからは気を付けよう……。
でき上がったネクタルを瓶に移した。一月経ってすっかり仕上がったソーマも瓶に注ぐ。両方とも十個ずつ。だいたいいつも十個ずつ作っている。
そして恒例の儀式、二個ずつギルド長に差し上げる。
「ネクタルはもう少し時間が経った方が美味しくなりますよ。ソーマは甘みがあります」
「……もしかしてイリヤ嬢、味にもこだわってたりする?」
「そりゃ多少はね、飲むものだもの」
いくら回復薬でも、あんまり不味いのは嫌じゃないかなと思うんだけど。
「ダメだ……。私には天才の思考は解らない」
「なんていうか……、頼もしいね。うん」
二人ともなぜか呆れ顔になっている。
「さすがに腕がいいね、人間の娘」
「ありがとうございます、ルシフェル様」
やった、褒められた。
ルシフェルはアイテムを確認した後、喜んで瓶を持っているギルド長を眺めた。
「君は商業ギルトの
「は、はい。品物にもよりますが、登録してある商人を仲介できます」
さすがに緊張するらしい。一瞬体が固まった。
「私の庭を飾る、花が欲しい。同じ品種で様々な色を楽しめるもの。何か見繕ってもらいたい」
「ええと……、そうですね。これからですと、ダリアなどは
考えるようにメガネを中指で直しながら答えるギルド長。他にも提案しようと思索しているようだったが、ルシフェルは満足そうに頷いた。
「皇帝ダリア。それは良い。是非、皇帝陛下にお見せしたい。では今言ったものを用意してもらおうかな。詳しくは、ぺオルに任せよう。人間の娘、あとで召喚をするように」
「
「…………皇帝……陛……下……」
そうだよね、地獄でその単語が出たら、もう相手は王か公爵かなって感じがするよね……。
「千本もあれば楽しめるかな?」
「せん……」
「ふふ、楽しみだ」
そうだよね! 庭っていうレベルじゃないよね! どこの観光地なんだろう。
ギルド長は早急に手配すべく、すぐに戻って行った。最上級回復アイテムを所持しているので、念の為にエクヴァルが護衛として同行してくれた。
地下の作業場を片付けて階段を上ると、チェンカスラーの王城から帰っていたセビリノが、先に一階に戻ったルシフェルにハーブティーを淹れているところだった。
「師匠、いらっしゃったんですね。師匠も召し上がられますか?」
「ありがとう、頂くわ。セビリノもお疲れさま」
魔導師長が悪魔を召喚してチェンカスラー王国の外れにある城を木っ端微塵にした件で、エクヴァルとセビリノは後処理としてチェンカスラーの王城に行ったりしているのだ。
二人とも何故か毎日、私の家に帰ってくる。王都で宿を取れば楽なのに。
まずお詫びの品としてアイテムを渡し、それから交渉した結果、魔法と魔法アイテムの作製をセビリノが指導することで手を打つと決まった。使ってないお城だし、金銭的な賠償は発生しなかった。
代わりに上級マナポーションと傷用の軟膏を追加で差し出し、あとは一つ魔法付与をしたって言ってたかな。
セビリノは昨日と今日、魔法指導に王城へ出向いていた。
私にもハーブティーを淹れてくれた後、セビリノはソファーの後ろに控えるように立つ。
ソファーには私とルシフェルが向かい合って座っている。
エグドアルムの魔導師なら許可がない限り師匠とは同席はしないものだけど、距離を開けられているみたいで寂しいな。座っていいよって言うのも、なんだか偉そうだしタイミングが難しい。
どうしようかなとソワソワしつつもハーブティーを口に含む。ルシフェルは指を揃えて上品に取っ手を摘まんで右手で持ち、左手はソーサーをカップに添えるようにしている。
一口、二口と喉を潤してから、テーブルに静かに置かれたカップには、半分くらいに減った淡いピンク色のハーブティーが僅かに揺れた。
「そうだ、人間の娘。クイズをしよう。どこか、魔法を使ってもいいような場所を知らないかな?」
唐突にルシフェルが提案してくる。何をするんだろう、何処かあったかなと考えていると、セビリノと目が合う。
彼は王都に行く。王都といえば!
「公爵閣下の魔法実験施設を借りられると存じます」
あそこなら厳重に造られているし、バッチリだよね。
……ていうか、物騒な感じのクイズだ。どうして魔法実験施設が必要になるんだろう。
「では、私が先触れに参りましょう。もう夕暮れになります、実行は明日で宜しいでしょうか?」
「そうだね。ではお願いしよう」
「はっ」
頭を下げて、セビリノは連絡する為にすぐに出立した。ルシフェルにも配下みたいに振る舞うんだよね、彼。だからこそ気に入られているのかな?
「私はお題を呼んでおくよ」
呼ばれるお題。何か危険な香りが濃くなるぞ。
明日のクイズは、絶対普通のクイズではないよね。しかし彼を止められる人は、事実としてこの世界にはいないのだ……!
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