第323話 出立の挨拶
バックス辺境伯が討伐状況や隣国との関係についてなど、皆が揃っているうちに説明していた。この近辺の貴族は、討伐や戦争になれば協力するので結束が強い。
エグドアルムの侯爵級悪魔、フェネクスの契約者が年老いて体調不良も抱えているから、隣国からは
軍本部でも対策を考えているのでなるべく情報を漏らさないように、怪しい動きをする人物を見掛けたら知らせて欲しい、と注意喚起している。
途中で揉めそうな雰囲気はあったものの、ティーパーティーはつつがなく終了した。
ヴァルデマルのおかげで最後に無駄に注目されてしまったが、魔導師団長が興味津々になっていた為、他の人は寄って来なかったのが幸いだ。
波が引くように、サアッと人が帰っていく。外からは早くも馬車の車輪の音が聞こえていた。
バックス辺境伯は、アーレンス男爵とまだ会話をしていた。セビリノが契約しているのは戦わない
「ペオルが皇太子妃を気に入っているから、彼が戻ったところで即座に守りが消えることはないね」
ペオルとはロゼッタと短期で契約したりする悪魔、ベルフェゴールのこと。ルシフェルとロゼッタだけが、こう呼ぶ。関係ない人がいなくなった頃を見計らって、ルシフェルが呟いた。
そもそもベルフェゴールの方が侯爵より立場が上では。
「ペオルとは!?」
辺境伯がルシフェルを勢いよく振り返った。
「ベルフェゴール。
いつの間にかベリアルは、紅茶ではなくワイングラスを傾けていた。赤が好きだからか、ワインも濃い赤い色のものを好む。
「ベルフェゴール殿なら、侯爵の穴埋めをして余りありますね。しかし彼女がこちらにいるのは、パレードまでではなかったのですか?」
「皇太子妃は活発な女性だね。心配をしていたから、しばらく付いているように伝えたよ」
アスタロトの問いに、ルシフェルが答えた。
ベルフェゴールはロゼッタが心配なのね。そうよねえ、王妃様に憧れているし。
アスタロトとヴァルデマルは、まだ残って辺境伯達と会話を続けている。私達は王都へ戻ると伝えると、魔導師団長が名残惜しそうにしていた。
「セビリノ君の師匠……、ぜひ次は我が領地にも顔を出してください!」
「この娘がセビリノ君のねえ……、にわかには信じられないな」
盲目的な魔導師団長と違い、バックス辺境伯は
「バカだなバックス、ここはアーレンス男爵領で、この家はアーレンス男爵の屋敷だぞ。セビリノ君のご実家だ。そんな嘘をつく道理がない」
「そりゃそうか」
納得するしかない理由だった。
アーレンス男爵とも別れを告げ、最後に何故か魔導師団長から握手を求められた。
断わる理由もないので手を握る。嬉しそうにして、なかなか離そうとしないよ。
「帰るぞ、小娘」
待ちきれなくなったベリアルがピシャリと叩いて、ようやく手を離した。ルシフェル達が笑っている。
「では失礼します」
「お元気で。よし……、帰ったらアイテムを作ろう。いつもより上手くできる気がする」
私との握手に、そんな効果はありませんよ。
王都の宿に戻り部屋へ行こうとしたら、受付の人から宝飾品店から連絡が届いていると教えられた。
ついにロゼッタへのプレゼントが完成したわよ! 早速お店に取りに行く。
四角いの金の枠の中心に、ダイヤモンドが輝いている。四つの辺の真ん中に小粒のダイヤがあって、メインのダイヤの土台と枠を繋いでいた。チェーンと繋ぐバチカンに彫られているのは、ガーベラ模様。ガーベラの真ん中には小さな真珠。
揺れると眩しいくらいにキラキラ輝く。
宝石は持ち込みとはいえ、さすがに値段が張るものだった。これを渡したら、エグドアルムでの用事は全部終わりね。
次の日、まだ海辺の町にいる殿下達を目指した。
今度こそ快晴、肌寒い海風が太陽の下をさらさら流れる。沖には何艘も漁船が浮かび、海岸沿いの道を貴族の豪華な馬車が走っていく。
海辺の別荘に近付くと、悪魔好きのクレーメンスが屋根の上で大きく手を振っていた。
「ベリアル様、ルシフェル様〜! ようこそようこそ、いらっしゃいまっせ!」
二人はそんな彼には目もくれず、敷地内に降りた。
「ルシフェル様、お疲れ様です」
ベルフェゴールは花壇の前で待っていた。花はまだ、ほとんど咲いていない。
「あああああ、ルシフェル様ベリアル様! また来てくださって嬉しです、貴方のエンカルナでっす! ベルフェゴール、抜け駆けはナシよ!」
慌てて駆け付けたエンカルナを完全に無視して、ルシフェルはベルフェゴールへ話し掛けた。ロゼッタがエンカルナに
「ここを発つ。しばらく自由にするよう」
「ありがとうございます、ルシフェル様」
ルシフェルはベルフェゴールに挨拶する為に、一緒に来たのかな。
「イリヤさんっ! もう出発ですの? 残念ですわ、ゆっくりお話ししたかったのに……」
「ロゼッタ様、婚約祝いを届けに参りました。昨日、完成したんです」
「まあ、わざわざ届けに来てくださったの?」
「中で話さない?」
殿下とエクヴァルが、部屋の窓から呼んでいる。庭で渡すのもなんだし、上がらせてもらうことにした。クレーメンスは屋根から降りてきて、ベリアルの横にピッタリ寄り添っている。
「ごゆっくり滞在してくださいね〜」
「相変わらずモテるね、ベリアル」
「相変わらず性格の悪い男よ……」
クレーメンスのせいで、ルシフェルにからかわれているよ。クレーメンスは、ベリアルの方が好きなのかしら。
「アンタは遠慮しなさいよっっっ!」
「痛い痛いよ、ノルドルンド!!!」
エンカルナがクレーメンスの首根っこを掴んで、引き離してくれた。そのままクレーメンスを引き摺って、廊下に放り投げる。
相変わらず親衛隊の面々は元気いっぱいだ。
「ノルドルンドに捨てられた………」
「変な言い方しないでよ。次に言ったら、斬るからね!」
「捨てられた〜酷いなあ〜」
「こんのおぉ………っ、待ちなさい、クレーメンス!!!」
子供の喧嘩みたい。エンカルナは仕事の時は真面目な大人なのに、クレーメンスにすっかり釣られてしまっているよ。
こちらに顔を向けながら逃げるクレーメンスが、何かにぶつかって止まる。
見慣れた紺の髪、エクヴァルだ。
「ついに粛清するの? 縛っておこうか?」
「カールスロア君っっっ! 遊びじゃないか、ささ、おもてなししなきゃ」
逃れようとするクレーメンスの肩をエクヴァルが押さえると、クレーメンスは途端に大人しくなった。
「ああ、クレーメンスの処刑ショーね」
「君は本当にやるから、洒落にならないよっ。ノルドルンド、止めてくれよ〜!」
「知らな〜い。私に捨てられたんでしょ? ご愁傷さま」
悪魔達は親衛隊のやりとりを横目に、案内されて客室へ移動している。全くの無視だ。私も後に続いて、邪魔をしないよう通り過ぎた。
「エクヴァル、離してやって。今は人員を入れ替えるタイミングじゃないから」
「それもそうですね」
部屋から顔を出したトビアス殿下の制止で、エクヴァルはクレーメンスを解放した。人員を入れ替えるタイミングだったら、どうなってたのかな……。
「……あの、あの。お茶のご用意ができましたって……メイドさんが」
リニも部屋から半分顔を出した。近くにベリアル達がいるものだから、小さく頭を下げてすぐに部屋の中に引っ込む。
広い窓からは、庭や入り口の門が見える。ちょうど、哨戒の兵が歩いていた。よく見たら、要所要所に警備兵が立って警戒しているよ。
窓の両脇には、コウモリの翼が生えた黒い悪魔像が飾られている。これはクレーメンスの趣味なのかな。
私は完成したばかりのネックレスを、テーブルの上に出した。
「お祝いの品です」
「ありがとう! ステキなネックレスですわね。次のパーティーで、付けさせて頂きますわ」
向かいに座るロゼッタが早速手に持って、ネックレスを胸に当てている。隣で殿下も笑顔で眺めていた。
「よく似合うよ、ロゼッタ。ありがとうイリヤさん」
「本当に立派なダイヤですわ。無理をしていないかしら?」
「実は町から攻撃された時に、謝罪の印に頂いた宝石なんです。加工料金と追加の小さい宝石分しか、かかっていないんですよ」
「町っ!!??? どうしたらそんな事態になるんですか!?」
声を張り上げたのは、サンパニルからロゼッタに付き従ってきた侍女、ロイネだった。ロゼッタも目を丸くしている。
「……申し訳ありません、驚いてしまいました」
思わず反応してしまったロイネは、慌ててお辞儀をして一歩下がった。
「……また巻き込まれたんですのね。気を付けてね、イリヤさん」
「エクヴァルから報告を受けているから、ロゼッタにも後で説明するよ」
親衛隊の面々は知っているみたい。だから他の人は苦笑いするだけなのね。
「ふふ、イリヤさんですから魔法関係のものをくださると思っていましたわ」
ロゼッタがネックレスを丁寧に箱に仕舞いながら、いたずらっぽく笑う。
「やっぱり期待されますよね! エクヴァルにこれが良いと言われたんですけど、私も喜ばれる贈りものを考えてあります。以前作った、土を耕す魔法です。範囲や威力を弱める詠唱を考えました。コレだったら安全に魔法の練習ができます!」
ロゼッタの魔法練習用の魔法!
自信満々に渡すと、殿下が隣で吹き出した。
「ぷっ……、イリヤさんっ……! わざわざありがとう」
「……ありがとう。でも、私は魔法よりも実戦かしら」
そうか、魔法付与した武器が良かったのかな。でもロゼッタって武器も得意じゃなくて、今は蹴りとか練習をしていたわ。
攻撃力のある靴……、ちょっと危険そうだ。うっかり誰かの足を踏んだら、大惨事。
「そーなーた、それが婚約祝いかね。全く、気の利かぬ小娘よ」
「彼女らしくて良いんじゃないかな」
悪魔達まで笑っている! ティーパーティーの手土産に、魔物を選んだクセに!
「はいはーい、ちょうどフィナンシェが焼き上がりました。どうぞ皆さん!」
メイドが運んできたので、エンカルナが声を掛けてくれた。
「リニも座って食べようね」
「わ、私もエクヴァルのお仕事、手伝うよ」
リニはエクヴァルの隣に立って、一緒に殿下とロゼッタの護衛をしていたのだ。
こんな地獄の王だのが揃う場に襲ってくる人がいたら、むしろ不幸なのだわ。
「いっぱい頑張ってくれたから、休憩だよ。一緒に食べよう」
「………うん!」
エグドアルムでの生活も楽しいし、なんだか名残惜しくなるなあ。
でもそろそろチェンカスラーへ帰らなきゃね。
ベルフェゴールもルシフェルと離れるのを、惜しんでいた。
最後に所長に挨拶をしに、研究所に寄った。所長は来客があり、少し待ったけど会えたよ。
「寂しくなるなあ。また来てね、イリヤさん。色々巻き込まれて、面白い話を聞かせて頂戴」
「無事なように、じゃないんですか?」
「だってねえ、何が起こっても平気でしょ。ああ、やり過ぎないようにね」
「信用されておるな」
「そうなんですかね!?」
所長の別れの挨拶が酷い! ベリアルがやたらニヤニヤと私を見下ろす。
「師匠〜!!! 明日が出立ですか!? 何故先に、一番弟子に伝えてくださらぬのです!」
「あ、セビリノ。ごめんね、バタバタしていて忘れてたわ」
受付の人に伝えたから、聞いてきたんだな。セビリノがノックも忘れて飛び込んできた。
殿下とロゼッタは明日、王都への帰路に就く。エクヴァルとリニは一足先にこちらへ戻り、明日は一緒に出掛けるよ。
「セビリノ君、まだまだ甘いねぇ。一番弟子は、師匠の先回りをして準備をするくらいじゃないと、いけないよ」
「所長、確かにその通りでした……! 私が
所長のからかいを真剣に捉え、衝撃を受けるセビリノ。嵐のように去っていった。
「イリヤさんが絡むと、セビリノ君も愉快な人になるよね」
「面白がらないでください」
「どうにも小娘の周囲は騒がしいわ」
何はともあれ明日は出発。
チェンカスラーの皆は元気でやっているかな。
皆で旅をするのが、お決まりになってきたね。
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