二章 チェンカスラーを目指して
第324話 レナントに天才現る!?(アレシア視点)
イリヤさんが生まれ故郷のエグドアルムに帰ってから、何日も経った。お友達が婚約したから、お祝いするんだって。ついでに妹さんに王都を案内してあげたいって、言ってたな。
無事に到着して、楽しんでいるかしら。知る方法がないから心配だわ。
ベリアルさんがいるから、しっかり守ってくれるよね。同じエグドアルム出身の人達も一緒だし。リニちゃんも元気にしているかな。
「お姉ちゃん、今日はあんまり売れないね」
妹のキアラが、隣でつまらなそうに足をブラブラさせている。
ブスッとしているから、思わず笑ってしまう。
イリヤさんは一人で村を出て、都会で頑張ってたんだよね。私だったらきっと無理。キアラとずっと一緒にいるから、離れるなんて考えられないな。
「笑顔じゃないと、お客さんが逃げちゃうわよ」
「人はいっぱい通るけど、誰も見てくれないんだもん」
最近のレナントは、訪れる人が目に見えて多くなっている。お店も増えたし、住人も増加しているんだとか。
軍事国家トランチネルが危なくなくなって、フェン公国との行き来も安全になったよ。いろんな薬草が前よりも入手しやすくなったから、個人の素材屋やポーション屋さんが新しく増えたりした。
「アレシアちゃーん。イリヤさん、まだ来ないの?」
冒険者パーティー、イサシムの大樹の人達だ。一番に露店に来たのは、弓使いのラウレスさん。前より筋肉が付いて、しっかりした体型になってきたわ。
五人はレナントを拠点にしているよ。家も買ったし、これからもずっとだよね。
「まだまだですよ。エグドアルムは遠いんですよ」
「やっぱりイリヤさんのポーションが一番だから、早く帰ってほしいな」
リーダーのレオンをさんを、寡黙なウーロフさんが肘で軽く小突いた。背が高いから、肩の近くになる。
「もちろん、アレシアちゃんのポーションも立派だよ!」
「気にしませんよ、イリヤさんはお弟子さんがいるような上級職人さんですし」
最上級の職人、マイスターにもすぐなれるんじゃないかしらと思ってたけど、そんなに簡単じゃなかった。
マイスターに認められるには腕だけじゃなく、町やギルドへの貢献とか信頼とか、色々条件があるんだって。
「しばらくまた近くの依頼をこなしたりするから、家にいるのよ。暇な時に遊びに来てね。ハヌも待ってるから」
「あはは、ありがとうございます……」
「お姉ちゃん、トカゲ怖いって言ってたよ」
もう、キアラってば余計なことまで話さなくていいのに!
エスメさんがハヌハヌって可愛がっているから、子犬か子猫か妖精かと期待して見せてもらいに行ったの。大きなトカゲの魔物で、驚いちゃったわ。
今回みたいに数日空ける時は、親しい冒険者友達に預かってもらうんだって。
「食材の買い出しに行くから、誰か荷物持ちして。他はギルドに終了の報告ね。じゃあね、アレシアちゃん、キアラちゃん。また来るね」
しっかり者のレーニさんの指示で、皆が動いた。レーニさんがリーダーっぽいよね。
「あ、そうだ、これ頂戴。袋が破けちゃっの」
「ありがとうございます!」
去り際に大きめの布袋を買ってくれた。
自分達で作るより頑丈で使いやすいって、一回デザインが気に入って買ってから、他の人に宣伝してくれたりもしている。
お陰で布袋が、冒険者の人達に買ってもらえるようになったよ。冒険者さん達は戦闘や森の中の移動で、破いたり汚したりしがち。なので街の人より買い替えが早いの。
五人が去ってから傷薬が一つ売れて、キアラが刺繍したハンカチも買い手が付いた。だんだん刺繍の腕が上がってるわ。
「自分で作ったのが売れると、嬉しいね! 次はケットシーのハンカチにしようかな~」
「いいわね、売れそう。猫って人気だし」
「ただの猫じゃないよ、ケットシー!」
姿は一緒だから、刺繍じゃ区別が付かないよ。
お喋りしていたら、不意にテーブルに人の影ができた。お客さんだ。
「ゆっくり見て行ってくださいね」
「……ポーションは、ないな」
「今日は売り切れです」
裾の破れたローブを着た女性の魔法使いさんが、露店の商品を一通り眺める。
生地は良さそうだし、しっかりした刺繍が施されている。どこかに仕えている人かしら。冒険者だとしても、ランクの高い人に違いないわ。
「そうだったか。実は王都で、魔法使いや職人を支援するという公爵と謁見してきてな。支援を取り付け、この国で有能な女性職人を紹介してもらったのだ。このレナントに住んでいるという。知っているか?」
「ええと……」
公爵様のご紹介なら、教えちゃっていいのかしら。イリヤさん、色々巻き込まれやすいからなあ……。
「それなら、イリヤおねえちゃんだよ!」
悩んでいたら、元気にキアラが答えちゃったわ。
「イリヤ……確かにそのような名を聞いた気がする」
イリヤさんの名前って三文字なのに、公爵様のところから来る間に、もううろ覚えなの!? 喋り方も男性みたいだし、なんだかおかしな人。
「私達からすればイリヤさんはすごい職人さんです。でも、……立派な方ですよね? 貴女が求めている実力かは、分からないですよ……?」
大商人のビナールさんも認めるくらいだから、誰から見ても十分な腕のはず。でも後で違うと怒られても困るから、断りを入れていた。
「ふ……私に恐れをなすのも仕方がない。私はただ、このチェンカスラー王国のレベルを知りたいだけなのだ。この私が滞在するのに、相応しい地か……」
「どこか、他の国から来たの?」
キアラの何気ない問いに、髪を掻き揚げてフッと笑った。
「聞いてくれるな。私は今まで、ここより南のとある国に仕えていたのだ」
「いえ、無理に教えてくれなくていいですよ」
「しかし女性がアイテム作製をするのに理解がない国でな……、髪を短くして言葉使いも女性らしさをなくし、男性職人に溶け込めるよう努力した」
なるほど、それで中性的なんだわ。
誰かに喋りたかったのかな、うんうんと頷くキアラに気を良くして、彼女は話を続けた。
「結果、何故か女性にモテた。そして男性の同僚達に嫉妬され、嫌がらせをされて追われるように国を出たのだ」
「そんなことで? ひどい人達だね、だから女の子に嫌われるんだよ!」
キアラが頬を膨らませる。
「イリヤさんも嫌がらせをされて、国を出てきたと言ってました。気が合うかも知れませんね」
「そうなのか……、だが私も酷い目にあったぞ! 年に一度のアイテム評価で、妨害されたんだ。とても許せない!」
「妨害って、素材を使わせてもらえなかったりしたんですか?」
された嫌がらせで張り合ってるのかな。わりと面倒な人かも。お客さんが途切れてたし、多少長くなってもいいけど。
「入賞を逃した。本当なら私が最優秀賞を取る筈だった」
「入賞の予定? 事前に分かるんですか?」
「分かるも何も、私は天才だから優勝して当然!」
ものすごい自信! 勝手に確信してたの。彼女の肩を持っていいのか、不安になってきたわ。
「それはひどいね~」
「そうだろう!」
キアラが話を合わせてくれているので、私は笑って済ませた。
この流れに乗っかるのは、ちょっと恥ずかしい。盛り上がる二人に困っていたら、酔っぱらった男性が反対側から来た人にぶつかり、よろけて今度は私達の露店にぶつかった。はずみで台が揺れる。
「いてえなぇ!」
「動かない露店に勝手にぶつかったのは、そちらだろう。商品が倒れてしまった、直すべきだ」
テーブルに置いた薬の容器が倒れて転がった。きれいに並べた商品もずれて、重なってしまった。
でもちょっとだけよ、すぐに自分で直せるよ!
まだ明るいうちから酔うほどお酒を飲む人って、お酒が好きな人、集まるのが好きな人、飲まないとダメな人、あとは依頼に失敗した冒険者が多い。
こういう気が荒い感じの人は、大抵仕事で上手くいってない人だよ!
「うるせえ!!!」
酔っ払いは口論のあとに、手を振り上げてお姉さんに殴りかかった。
動作が大きかったから、お姉さんは簡単に避ける。酔っ払いは体制を崩し、フラフラと数歩ほどよろけて止まった。
「みっともない男だ! ここは私の魔法で痛い目を見せて……」
「お姉さん、こんなに近かったら詠唱をしている余裕はないですよ! 逃げちゃった方がいいです!」
相手は走れば追いつけないよ、きっと。
「………しまった、護衛がいないんだ! どなたか前衛をしてくれる方、いませんかー!」
通行人に呼び掛けている。通り過ぎる人がこちらに視線を向けてから、周囲を見回して去って行く。
絶対ムリでしょ、どういう人なの!??
「ケンカか? 露店のお嬢ちゃんの迷惑になる、
またお姉さんに襲い掛かろうとした酔っぱらいの肩を、誰かが掴んだ。
酔っ払いよりも大きくて体格もいい、銀の鎧に身を包んだ男性が見下ろしている。後ろには金の髪と尖った耳の中性的な美形お兄さん。
「え………Aランク冒険者!?」
ノルディンさんとレンダールさんだ!
二人は最近、レナントを拠点にしている。レナントとフェン公国で、名指しの護衛の依頼が多くくるんだって。
「……冒険者ではないようだな。すぐに去れば、守備隊に突き出さない。深酒はやめておきなさい」
レンダールさんに言われるまでもなく、酔っ払いはさっさと逃げちゃったわ。
「助かったよ、ありがとう」
「ありがとーございました!」
お姉さんとキアラがお礼を伝えた。私も言わなきゃと思っているうちに、先に二人から話し掛けられた。
「よっ、アレシアちゃん、キアラちゃん。元気みたいだな! 威勢のいい姉ちゃん、魔法使い一人でケンカなんてふっかけちゃ危ないぜ」
「国が荒れている北トランチネルから、家を失い仕事もない民が職を求めて流入している。ただ、なかなか希望する職場が見つからずに、荒れる者がいるのも現実だ。気を付けて」
レンダールさんの言葉を聞いて、キアラがそういえばと頷く。
「なんかねー、この前傷薬を買ってくれた人が、フェン公国でお仕事が見つからなくて、こっちまで来たって。すごく疲れてそうだった」
トランチネルは、悪魔が暴れて大変だった国。家を壊されて復旧できない人が、レナントまで仕事探しに来ているんだ。今は駆け出しの冒険者の仕事が少ないって聞いた気がする、こういう理由なのかな。
「貴族悪魔を召喚して、国主が殺害された事件がその国か? 中枢がガタガタだとか」
「城だけじゃなくてな。町も気が向いた場所を壊し尽くしたって感じだぜ」
お姉さんは、事件自体を詳しくは知らないみたいだった。ノルディンさんは破壊された北トランチネルに行ったのかな? 珍しく顔を
私が聞いたのは、偉い人が皆殺しで、お城が赤く染まったっていう怖い噂。正しい情報は知らないのよね。
キアラが黙って台の上の商品を並べ直しているので、私も会話しながら手伝う。
商品は残り少ないから、そろそろ終わりでもいいかな。考えていたら、数人の兵士が走ってきた。
「酔っ払いが暴れていると通報があった」
守備隊長のジークハルト様も来てくれた! 空色のマントと金色の髪が、揺れている。
「解決しました。冒険者さんが来てくれただけで、逃げちゃいましたよ」
「それなら良かっ……」
「兵隊さん、こっちこっち! 広場で喧嘩しているよ!!!」
今度は道の向こうから、何人かがジークハルト様を呼んでいる。足を止めたばかりの守備隊の人達は、また走り出して呼ばれた方へ急いだ。
「……意外と治安が悪いんだね」
お姉さんが列になって走る兵隊の後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「いやあ、ケンカくらいで守備隊が飛んでくるんだ。むしろ安全だろ」
兵が金でしか動かない場所もあった、とノルディンさんが付け加える。最近ちょっと揉めごとが多くて怖いなって思ってたけど、確かに呼んだら助けに来てくれるから、安心感があるね。
ノルディンさんとレンダールさんは、念の為にケンカの現場へ足を向けた。女性はいい宿がないか聞いてきたので、私達が泊まっている宿を教えてあげた。
「いないなあ、あの娘。それらしい薬もない」
「この町だって言ってたわよね」
行き方を説明していると、二人が行ったのと反対側から、背が高く虎みたいな獣人さんと、兎の獣人さんの女性が誰かを探しながら歩いてくる。
「誰か探してるの?」
キアラって、暇だと知らない人の会話にも入っちゃうのよね。商売には向いてるのかも。
「いやあ、以前出会ったアイテム職人の、イリヤって女性を探しているんだ」
「イリヤお姉ちゃん、故郷に帰ってるよ。遠い国だから、まだ帰って来ないみたい」
イリヤさん、人気者ね。どこで会ったのかな? 虎の獣人さんは、この辺りではあまり見掛けないタイプだわ。
「そうなの~。あの娘のポーション、欲しかったなあ」
「……そのイリヤという女性のポーションは、そんなに品質が良かったか?」
露店の脇で会話を聞いていた女性も、イリヤさんのポーションに興味を持ったよ。兎人族の女の人に詰め寄る。
「おうよ。ハイポーションと上級ポーションを買ったんだが、どの薬よりも効果が良かった」
答えたのは男性の方だった。
「それなら両方、私も持っている。一本ずつ無料で譲ろう。その女性のポーションと比べてどうだったか、感想を教えて欲しい」
「貴女も職人さん? 感想は教えるし、買うよ。どうせ欲しかったんだし。ハイポーションを売ってるお店を探すの、大変なんだもの」
ポーション勝負!
イリヤさん本人の知らないところで、戦いが始まるわ!
それにしでも、このお姉さんずっといて商売をするつもりかな。商業ギルドで登録するよう、注意した方が良いかしら。
「商売の邪魔をしたね。では、また!」
「お姉さん、ポーションを売るなら登録が必要ですよ……!」
聞こえなかったのかな、行っちゃったよ。
女性は獣人さん達と適当なお店で商談をしようと、日が暮れかけて仕事帰りの冒険者や買い物客が増えた道に姿を消した。どこかに吟遊詩人が来ているのかな、歌うような声がかすかに流れてくる。
「お姉ちゃん、そろそろ片付けてご飯にしようよ」
「そうね、暗くなる前に仕舞わなきゃ」
暗くなると、私達だけじゃ危ないからね。
広場の屋台でご飯を買って帰ろう。それで早く寝ようっと。明日は露店はお休みで、薬を作る日なの。寝不足は失敗の元だもんね。
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