第322話 ヴァルデマルとティーパーティー

 アーレンス男爵のお茶会に参加している。

 私はヴァルデマルと同じテーブルで、セビリノは忙しいから不参加。奥の席ではベリアル、ルシフェル、大公アスタロトという地獄の重鎮が陣取っている。

 ベリアルとルシフェルは狩った魔物を手土産にしていたが、アスタロトは王都で高級チョコレートを購入して持参していた。三人の中で最も常識的だわ。アーレンス男爵や参加している方々を驚かせてしまったな。

 まあ地獄の王がすることを止めるのは、難しいのだけれども。


 男爵夫妻が二杯目を注いで回っている時に、最後の招待客が来訪した。男性二人で、一人は魔導師。五十歳は過ぎていそうだが、一人はがっしりして体格のいい騎士といった風体ふうていをしている。

「悪い、やっと着いた」

「バックス辺境伯、お疲れ様です。奥様ではなく、魔導師団長がご一緒でしたか」

 あ、親衛隊のジュレマイアのお父さんね。そういえばセビリノのアーレンス男爵領と、隣接しているんだっけ。

 魔導師団長はベリアル達をじっと見て、目を逸らした。気にはなるけど関わりたくない、そんな感じかな?


「いや、これは……もしかして」

 顔をベリアル達から反対側に反らしたまま、魔導師団長は小声でぶつぶつ喋っていた。

 そうか、うん。

 ベリアルとルシフェルが獲物をバックス辺境伯の領地まで狩りに行って、魔力を感知してしまい、あちらで大騒ぎになっていたに違いない。もしやこれが遅れた理由では。

「どうされましたか?」

「……男爵、あちらのお三方はどういった方々でしょう」

 男爵に顔を寄せて、こっそりと尋ねる。

 ルシフェルの視線が一瞬こちらに流れた。様子に気付いていて、素知らぬ顔で紅茶のカップを傾けている。


「息子の友人が契約している悪魔だとか。皆さん端正な顔立ちをされているんで、女性達が気になって仕方がないようですよ。友人も魔導師で、そう、あの窓際の席にいるお二方です」

「セビリノ君の」

「そういえばセビリノ君はいないのですか? 王都の様子を聞きたかったんですが」

 バックス辺境伯は、王都での事件の顛末てんまつが気になって参加したのかしら。国内で揉めると隣国が機会だとばかりに攻めてくるかも知れないので、全く関係ないわけではないのよね。


「息子は残念ながら戻れませんでした。後始末が色々とあるようで」

「それならば、俺が。この国の人間ではないが、現場には居合わせている」

 ヴァルデマルが軽く手を上げて、二人を招いた。確かに襲撃も誘拐も、どちらの事件でもその場にいたわ。

「助かる、王都から離れているから、詳しい情報も速やかには入ってこないんだ。貴公はあの悪魔の方の契約者だとか」

 あっ。

 アーレンス男爵は、ベリアル達と契約しているのを“セビリノの友達”と説明していた。ヴァルデマルも確かにルシフェルと短期の契約を継続中だけど、あの言葉が指すのが私だとは、さすがに思われなかったな。


 誰も特に否定せず、本題に入ってしまった。

 パレード襲撃はヴァルデマルも防衛に協力していたが、王都の正門をヴァンパイアに襲わせた現場にはいなかったわ。こちらは私が説明する。

 ヴェイセル・アンスガル・ラルセンが起こした大量殺人に関しては、女性がいる場所で口にする話題ではないと、場所を改めて説明するとヴァルデマルが約束していた。突入にも協力していたしね。

 そういえば、犯人の屋敷の包囲に協力してくれた冒険者、セレスタン達はどうしたんだろう。目的のパレードには間に合わなかったから、諦めて帰ったのかな。


「紅茶のお代わりは如何いかがですか? リンゴのフレーバーティーです」

 奥様がお客に新しい紅茶を振る舞っている。きっと男爵領のリンゴを使ったんだろうな。

「ああ、香りが良いね」

 ルシフェルにも大好評。紅茶を楽しむ三人のテーブルに、女性が近付いた。

「あの……、どこかの国の高貴な貴族の方ですわよね? 宜しかったら是非、我が家のパーティーにもいらしてください」

「……そなたは何だね」

 ベリアルがジロッと見上げる。下からの視線になると、目つきの悪さが五割増しだ。女性はたじろいだが、話を続ける。


「私はビョルケルと申します。主人は子爵ですの! 男爵の家よりも、立派なパーティーを開けますわ。こんな貧相な食事など、お出ししません。お口に合いませんでしょう?」

 招待してくれたご本人にも聞こえるような声で、よくあんな発言ができるなあ。

 男爵はまた始まった、と小さく呟いた。どうやらいつも通りらしい。男爵よりも、バックス辺境伯の隣にいる魔導師団長の方が顔が引きつっている。

「男爵。このサツマイモとリンゴを煮たものは、いい味だね。レシピを頂けるかな?」

「それは勿論です……」

 子爵夫人の発言は、ルシフェルの気にさわったようね。無視してアーレンス男爵に語り掛けている。男爵は困惑して子爵夫人を視界の端に捉えつつ、返事をした。


「あのっ、もっと立派な食事やお酒を用意しますわ!」

「……君にはこの方々をお招きする資格はない。去りなさい」

 アスタロトがピシャリと断った。ルシフェルとベリアルは、完全に関係ないという態度だ。

「バックス、早く止めろ! ビョルケル子爵夫人、客人を強引に誘うなどマナー違反ですよ。離れなさい」

「ですが……」

 魔導師団長が注意すると、子爵夫人は不満げな表情で振り返った。これ以上揉めたら良くないわ。私も立ち上がろうとする。それをヴァルデマルが制した。


「イリヤ様、この場は俺に任せてください。ああいうタイプの人間は相手を見ますからな、女性では舐められますよ。そうなったら、むしろベリアル殿が怒って取り返しのつかない事態になり兼ねません」

 言われてみれば、その通りだ。ベリアルはおかしな部分で過保護だし、私は関わらないでいた方が良いかも。

「確かにそうですね。お任せして宜しいでしょうか」

「なんの、いくらでもご命じください」

 セビリノもヴァルデマルも、頼りになるけどどこか変なのよねえ。ヴァルデマルなんて特に、俺に任せろというタイプっぽいのに。


「お騒がせして申し訳ありません、新しい紅茶と取り替えますね」

 アーレンス夫人が私にもリンゴの紅茶を注いでくれた。甘く爽やかな香りが、鼻孔びこうをくすぐる。蜂蜜をちょっと入れて、甘くして飲むのが好き。

「どの料理も美味しいですね。スモークサーモンが紅茶とよく合います」

「満足して頂けて良かったわ。セビリノがいつもお世話になっていますね。あの子は頭が固くて視野が狭いでしょう、ご迷惑を掛けていないか心配で」

「一緒に研究をしたり、楽しんでおります。ここに来る前も、セビリノと魔法研究所の所長と、エリクサーを作る競争をしまして」

 ざわ。

 男爵夫人と会話しているだけで、周囲が怪訝けげんな表情でこちらを振り向いた。

 ビョルケル子爵夫人はヴァルデマルにもいさめられ、言葉に詰まって黙っている。夫である子爵もいつの間にか横におり、善意だからと夫人を擁護しようとして、一緒に叱られていた。


「エリクサーで、セビリノと競争を……? 作るのがかなり難しいのでは? そういえばイリヤさんは、セビリノと一緒に国を離れているんでしたね。どんなことをしているのかしら? セビリノはきちんと、仕事をしていますかしら」

 男爵夫人はセビリノがサボっていないか心配なようだ。

 ここは一つ、異国でもしっかり働いていると、アピールしておかねば!

「セビリノは真面目な性格ですから、むしろ仕事をし過ぎるくらいでございます。定められた分と男爵領に仕送りする分のアイテムを作製しますし、素材の輸入交渉もしていました。この前は私と、新しい魔法を開発しまして」

「魔法の開発なんてしていたのね。宮廷に勤めると、難しいお仕事があるのね」

 魔法を研究して改善するならともかく、開発までするのはごく少数。重要な仕事をしている印象になるよね。


「二人だと視点が二つになりますから、はかどりますね。直近ちょっきんでは、土を軟らかくする魔法を開発しました。セビリノは土属性が得意なので魔法の効果を考えながら開発するにはうってつけでして、掘る魔法とは違って浅く広い範囲に効果をもたらし、土が飛び出さないよう工夫しまして、魔力が少ない方でも使用しやすいように必要以上の効果をもたらさない魔法に仕上げる必要がありましてですね」

「優秀な方は違いますのねえ……」

 セビリノの説明ではなく、魔法開発の状況を説明してるだけになってしまった。夫人は笑顔で聞いているので、きっと喜んでもらえただろう。ちょっと内容が抽象的だったかな、詠唱を加えた話にすべきだったかな?


 私達の会話は、ヴァルデマルの耳にも入っていた。

「この方々は、セビリノとの縁で参加されていらっしゃる。分かっただろう、彼らと親交が持てるのはこのクラスの人間だ」

「…………」

 さすがに反す言葉もなく、ビョルケル子爵夫妻は席に戻った。

「大事な話は同時開催しないで欲しいですね……! こちらは放っておけないし、あちらも気になって仕方ない……!!!」

 バックス辺境伯領の魔導師団長は、私達のテーブルも気になっていたのね。辺境伯軍の魔導師だから、攻撃魔法とかにしか興味が無いのかと思ったら。


 ビョルケル子爵夫妻は、最近夫妻の行動が目に余るとバックス辺境伯から席でお説教を受けている。

 入れ替わりでアーレンス男爵が、悪魔達にお詫びしていた。

 ヴァルデマルが私と同じテーブルに戻り、魔導師団長もついて来た。

「イリヤさんでしたね、セビリノ君は元気にやっていますか? 魔法の開発までしていたんですね、彼は昔から優秀でしたよ」

 セビリノは辺境伯の推薦で魔法養成所に入ったそうだ。魔法の先生を探すのって、お金と伝手つてがないと難しいのよね。ましてや宮廷に入れるレベルともなると。


「元気にしております。もうすぐまた、エグドアルムをつ予定です。昔からのお知り合いですか?」

「ええ。彼は一時期、辺境伯軍で魔法を学んでいましたから。無口で魔法に一途な子でした。教師が見つからず、男爵が東奔西走してましたね。男爵家は騎士の家柄なので、魔法ばかり学ばせてどうするんだと笑う人もいましたが、宮廷魔導師になった途端に皆が手のひらを返す様が愉快で」

 セビリノの子供の頃、なんだか想像が付くね。


「ははは、今はイリヤ様という立派な師がおりますからな! 尊敬できる人物に巡り合えるのは、貴重です」


 ヴァルデマルの笑い声が響いた。

「師匠……ですか? そちらの女性が??」

 魔導師団長が頓狂とんきょうな声で尋ねる。

 会場がしんとなって、こちらに注目が集まった。

 エグドアルムではセビリノは一、二を争う実力者という認識だ。しかも出身地のこの地において、一番人気の魔導師ではないだろうか。


 せっかくアーレンス男爵が友達だと言葉を濁してくれたのに、ヴァルデマルに暴露された……っっ!!!

 あの二人は、どうしてこうなのー!!!

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