第181話 あの頃のルフォントス皇国(第二皇子視点)

★都合で第三部の、一章の頃の話になってます★



「邪魔が入りまして、取り逃がしました」

 任せておいた奴が、こんな報告をしてきた。仕事はサンパニルの侯爵令嬢、ロゼッタ・バルバートの暗殺。

 婚約者ではあったけど、他にもっと魅力的な女性を見つけたから、せめて側室にしてやると言ったんだ。なのに婚約は破棄だ、などとこの私に言い放った。気が強くてムカつく女だ。

 あの女を殺し、兄上の責任にすれば皇帝の座は必ず手に入る。

 公爵が教えてくれた。タルレス公爵は私の事をよく考えてくれる、頼りになる男だ。年は五十才後半くらいで、父上より少し上だな。

 父上を思い通りにする薬も手配してくれた。あんなに寝込むだけになるというのは、予想外だったけど。


 最初は上手くいっていたんだ。

 父上は突然倒れていったん昏睡状態になり、意識を取り戻した時に、ロゼッタとの結婚後に私に皇位を譲ると宣言した。このまま譲るとなると兄上の側が黙っていないだろうから、苦肉の策ではあった。もともと兄上を次代の皇帝にしたいだろうというのは、解っていたしな。

 

 しかしだよ。モルノ王国の第五王女、エルネスタ・ダマート。あんな可愛い子が居るなんて、知らなかった! 彼女こそ、皇帝となったこの私の横に相応しい。可愛らしくて私と会うと嬉しそうにする。装飾品をプレゼントすれば喜んで身に付けてくれるし、ドレスを選んでは笑顔で着て私に披露してくれる。これが可憐な女の子というものだね。

 あの税金がどうの、民がどうのと、うるさいロゼッタとは大違いだ。生意気で性格がキツクて、最初に会った頃の穏やかな淑女ぶりは見せかけだった。

 まあ顔と声はいい。殺すほどではないけど、殺した方が得になる。

 なのに取り逃がすとは。邪魔が入ったが、第一皇子の仕業と匂わせておいたそうだから、一応の仕事はしたって事だろうけど。あーあ、使えない。


「タルレス公爵、次はどうすればいいと思う?」

「お任せを、皇子。既に更なる手を打ってあります」

「さすがにお前は頼もしいな!」

 褒めて軽く肩を叩いてやる。もう刺客を送ってあるとは、さすがだな! 公爵は私の母の兄なので、とても信頼できる。年が増えるごとに体重も増えているんじゃないか、というのが気になる所だ。

 その様子を見ているもう一人の男は、四十代のヒルベルト・ファン・ピュッテン伯爵。灰色の髪をオールバックにした、細身の男。


「帰国したアデルベルト皇子殿下は、モルノ王国に急ぎ向かうようです」

「構わないだろ、好きにさせておけ。何もない国だったよな」

 今更何をしに行くんだか。兄上のやることはよく解らない。側近にどんくさいなんて言われてるくらいだしな、仕方ないか。

「国を空けてくれるならばむしろ助かる」

 公爵も同じ意見のようだ。


「皇子殿下、タルレス公爵。アデルベルト殿下はどうやらエグドアルム王国を後ろ盾に考えているご様子。このような書状をやり取りしておりました」

 ピュッテン伯爵は私が欲しいものを手配したり、兄上の動向を探ったり、ちょっとした用を命じればすぐにこなしたりと、いろいろと私の為に働いてくれている。なかなか気が利く。彼は商売上手で金を持ってる。貴族に金を貸して厳しく取り立て、財も手駒も手にした狡猾な男だが、味方なら心強い。

 タルレス公爵の話だと、ピュッテン伯爵は更なる爵位と領地を狙ってるらしい。

 そんなもの、私が皇帝になればいくらでもくれてやる! もちろん、私に誠心誠意、尽くすのならな!


 手紙には生意気なロゼッタを連れてエグドアルム王国へ避難することを匂わせてあり、父である皇帝陛下によろしく、とあった。

 バカな奴らめ、全て知られているとも知らずに!

「なるほど、エグドアルムに。さすがだな、ピュッテン。有益な情報だ。すぐに向かわせている部下どもに知らせよう。では引き続き、令嬢については私にお任せを」

 恭しく礼をして、タルレス公爵は部屋を後にした。すぐに何か作戦を考えてくれるんだろう、頼もしいな。

「……皇帝陛下は病に伏しております。どのような意図とお考えに?」

 ピュッテン伯爵は、手紙を睨んで考えているようだが、こんな解り切った事を!


「要するに、病だと隠して頼んでいるんだろう。皇帝が病で動けないほどとは、まだ公表していないからな。エグドアルムの後ろ盾が得られなければ、私の即位を邪魔する手立てなどない! タルレス公爵は、エグドアルムの者と接触して、父上の病状を伝えるつもりだろう。そして、ロゼッタを引き渡せば便宜を図る事を知らせれば、こちらに協力するはず。あの国で欲しがってるものが、我がルフォントス皇国では、たんまりと手に入る。これで私が次期皇帝になれる!」


 ロゼッタとの婚約破棄を知るや、「モルノ王国の第五王女、エルネスタ・ダマートとの結婚では、皇帝の御心に適っているとは思えない」などと、言いがかりをつけて皇位継承を妨げた兄上達。

 いつまでも小細工が通用すると思うなよ!

「……殿下。エグドアルム王国の諜報部門は、音に聞こえた有能な組織です。何も把握していないとは、思えませぬ」

「弱腰になるな、ピュッテン。敵が守りに入る間もなく、一気に攻めるべきだ」

 私が激励しているのに、伯爵の表情は晴れない。

「皇帝陛下の病を治す薬は、エグドアルムにもないのでしょうか……」

 なるほどエグドアルム王国との取引で、兄上が薬を得て父上を快癒され、その功績で皇位を持っていかれると危惧しているんだな。さすがに商売上手な切れ者だ。


「心配はいらない。父上は、もう回復されることはない。それこそ、如何なる万能薬を用いても。病ではないのだからな……!」

「……病では、ない……!?」

「これ以上は知らなくていい事だ。さあ、これで安心したろ!」

 普段あまり表情を崩さないピュッテン伯爵が、大きく目を開いて驚いていた。

 私とタルレス公爵の秘密のはかりごと

 皇帝である父上は、私の掌中にあるのだ!


「……では、失礼いたします。私はモルノ王国に赴いて参ります」

「あんな貧乏な国へ? 誰か任せられる人材がいないなら、貸し与えようか?」

「いえ、自分の目で確かめねばならぬ性分なのです」

 カッカッカと、規則正しい靴音で部屋を出て行った。何をしたいのかは知らないが、直ぐに取り掛かるらしいな。伯爵の事だ、商売になるものを探しに行くのかも知れない。


 まあいい、面倒な用は済んだ。

 私は愛しい女性の待つ、私の離宮へ向かった。

「待たせたね、エルネスタ」

 モルノ王国から人質としてやって来た第五王女、エルネスタ。

 黄緑色の明るい髪に、マラカイト色の緑を固めたような瞳。ピンク色のドレスが良く似合う。可愛くて優しい、それが女の子ってもんだ。

「シャーク殿下、お待ちしておりました。ここは知り合いも少なく、寂しいです」

「大丈夫だよ、もうすぐ君が皇妃になれば、この国の全てが君に跪く!」

「まあ。殿下もですか?」

 笑いながら聞いて来るエルネスタ。彼女の笑顔は、何より嬉しい。


「私は一番の、君のしもべさ! さあお姫様、欲しいものはあるかい?」

「殿下とお会いするための、ドレスがもっと欲しいのです。ルフォントス皇国の流行の品を、私はあまり持っていませんの」

「そうだったね、今度は別の店の職人を呼ぼう。可愛い女性を着飾らせることは、男の義務みたいなものだよ」

「まあ、殿下ったら」

 可愛いおねだりだ。モルノ王国は豊かな国ではないから、ろくに好きな服も買ってもらえなかったんだろう。私に見せる為のドレスが欲しいなんて、嬉しいワガママなんだ。毎日着替えられるほど、作らせよう! そうだ、ドレスを買うならネックレスやブレスレットも、揃えなきゃならないな。

 私は侍従に命令して、早速職人を手配させた。彼女は侍従にお願いしますと、微笑を浮かべている。


「あと、もっと祖国の人とお話がしたくて。連れて来られている人の中で、私のお友達や護衛になりそうな人はいませんか?」

「あとで見繕っておくよ」

 帰りたいとは言わないけど、さすがに故郷が懐かしくもなるものかな。単なる田舎なのにな。落ち着いたら洗練されたルフォントスの町並みを、案内してあげよう。

「祖国の皆が、幸せになると嬉しいのです。私のように」

「うんうん、君は優しいね」

 この国で彼女が楽しく暮らせるよう、私も気を配らないとな。なんと言っても、私の妻になる女性。世界で一番幸せな女性なんだから、君は!

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