四章 山脈を越えて

第182話 ハンネス君の親友

「ロゼッタ嬢。故郷に帰りたい?」

 公爵邸での夕食時、エクヴァルが尋ねた。

「……家の者に元気な姿を見せたいとは思いますけど、でも……」

 命を狙われたんだものね、不安になるよね。

 メイドのロイネが、ちらりとロゼッタに視線を送る。


「実はねえ、君達は第二皇子の手下に捕らえられてる事になってるの。私の仲間が襲撃者を捕らえて、奴らのフリをして連絡を入れたんだよね。捕らえたけど、警備が厳しくて国を出られないって。向こうからの応援が何か手を考えて来るみたいだから、山脈を越えて、あっち側に渡っちゃおうかなと考えているんだ」

 何やら話が進んでいたぞ。

 襲撃者って、殿下の馬車を襲わせたの? そういう囮、アリなの?

 深く考えるのはやめて、目の前の野菜のソテーを口に入れた。


「まあ、そんな事に……」

「もし事態を疑問に思うようなら、この周辺でも調査するだろうから、離れている方が無難だろうから。その間にルフォントスの問題も解決してもらって、最終的にはサンパニルに帰れるようにするつもりだ」

 そうか、チェンカスラー王国でエグドアルムの使節と合流した事は知ってるものね。怪しいと思ったら、こっちでまた探り始めるのかな。公爵邸の中にいれば安心だけど、いつまでもこのままって訳にはいかないよね。いずれはルフォントス皇国に、第二皇子を殴りに行くんだっけ。それで問題を解決できたら、サンパニルに晴れて帰れるのね。


「ならば万が一にも移動姿を見られてしまったら、良くないですね。明日、テナータイトからの隊商がここにやってきますよ。公爵様が庇護している職人に融通するための素材を、持って来てくれるんです。その馬車で一緒に、テナータイトに行かれてはどうでしょう?」

 提案してくれたのは魔導師ハンネス。テナータイトはレナントの北にある町で、トレント材が特産だから、初級の魔法使いに人気がある。魔法使いが集まるから、薬草や魔法関係を扱うお店も多い。

「それはいいアイデアだね。その商人さえ承諾してくれたら、それで行こう。どうかな、ロゼッタ嬢」

「私も異論はございませんわ。慎重にして過ぎる事はありませんもの、移動が荷馬車でも、文句はいいません」

 ロゼッタは侯爵家のお嬢様なのに、我慢強いよね。貴族のお嬢様って、もっとわがままなイメージだったよ。あ、でもクリスティンもエーディットも貴族だっけ。魔導師だと、なんだか親近感がわいちゃうんだよね。


「私はいったん、家に帰りたいな」

 しばらく行ったままになるんだろうし、アレシアに挨拶したいな。

「じゃあテナータイトで合流しよう。私達はロゼッタ嬢と一緒に行くから」

「では私も、師匠のお供を」

「君もこっちね、セビリノ君」

 セビリノってエクヴァルに怒られて以来、彼に弱いよね。今回はしぶしぶと言ったふうに、頷いている。

「こちらは馬車で行く訳だから、二、三日、家でゆっくりするといいよ」

「心配はいりません。私も付いております」

 そうだね、ベルフェゴールもいるもの。安心だね。


 あくる日の午前中、その隊商はやって来た。数台の馬車で、冒険者を護衛に雇っている。アウグスト公爵はアイテム職人が研究するように、薬草を買ってあげたりするみたい。あとはトレント材も卸している。

「ちわ~、公爵様。いつもありがとうございます!」

「レグロ、大事なお願いがあるんだ」

「ハンネス! 何でも言ってくれよ、親友!」

 レグロって確かレナントで会った、セビリノのポーションを買い取ってくれた商人じゃ。後ろからは見たことがある小悪魔が覗いている。

 小さな角で体のわりに手が大きい、オーバーオールの、ぼーっととした感じの子。

「商人のレグロ様と、ダン君だ!」

「荷物持ちをさせた、小悪魔であるかね」

 ダン君の契約者のレグロと、ハンネスは友達なのね。年の頃も近そう。


「わわ~、やっぱりベリアル様と契約者のひと! あと、かっこいい魔導師の兄ちゃんだ。こんにちは~」

「あ、この前の! その節はお世話になりました。アーレンス様のポーションは、早くも完売しましたよ!」

「それは嬉しい」

 完売を素直に喜ぶセビリノ。レグロも私達に気付いて、頭を下げる。

「え、なに? 皆知り合いなの? 顔広すぎない?」

 そうだった。あの時、エクヴァルはいなかったね。


 応接間に移動して、みんなで話をする事になった。

「なるほど、こちらの命を狙われている御令嬢を、こっそりと連れて行けばいいんだな。それはいいけど、刺客を向けられたら俺達じゃ対処できないぞ」

「そこは大丈夫。しっかりした護衛が就くし、居場所なんかはバレてない」

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致しますわ」

「いえその、こちらこそ!」

 ロゼッタに丁寧にお願いされて、レグロの方が焦っている。

「大丈夫~、レグロちょびっと頼りになる」

「ちょびっとかよ!」

 皆が笑う。和やかな雰囲気の中で公爵邸のメイドさんが、ケーキと紅茶を運んできてくれた。今日は桃がたっぷり乗ったタルト。嬉しいな。


「ところで、レグロ様とハンネス様は、どのようなお知り合いなんですか?」

 ちょっと気になったので聞いてみた。

「あ~、実はね、ハンネスとは同じ魔法塾出身なんだ。そこにいた時は仲が悪かったんだよな……」

 レグロは言い辛そうにしながら、タルトにフォークを刺した。桃を通って皿まで届き、サクッと生地が割れる。

「私を目の敵にしていたんだ、コイツ。ちょっとした召喚事故があって、それから打ち解けられたんですよ」

「……悪魔の侯爵を喚んじゃって、ヤバかったヤツね。ちょうどハンネスが契約した、キメジェス殿に助けられたんだ」

 バツが悪そう。敵対視していた相手に助けられたんだもんね。でもそのおかげで仲良くなれたなんて、どうなるか解らないものだなあ。

 キメジェスはそんなレグロを笑って眺めている。

「サブナックも悪い奴じゃないからな、話せば解る。昨日怒られた一人だ」

 あっち向いてホイ対決の、悪魔の事だったの!


「ウチはさあ、親が一番になれって、すっごいプレッシャーをかけてきてたんだ。だから優秀なのに楽しそうなハンネスが羨ましくて、嫌みを言ったりしたんだよね。でもあの事故で危ない目に遭ったあと、先生が両親も叱ってくれたんだ。それから命の危険もあるって気付いて、無理を言われなくなったんだよ」

「レグロ、最初はピリピリしてたもんなあ~」

 甘いものが苦手なダンには、チキンステーキとパンが並べられている。ダンとはその塾に在籍中に契約して、全部知ってるのね。


 ベリアルと私はいったんレナントへ帰り、他の皆はレグロの隊商と一緒にテナータイトへ向かう。ベリアルと二人になるのも久しぶりじゃないかな。最近は家を増築した方がいいかなって、思うくらいだったものね。

 順調にお友達も増えてるし、うんうん、いいわね。

「公爵様、お世話になりました」

「いやいや、私も楽しかったよ。またいつでも頼りにしてほしい」

 アウグスト公爵は笑顔で、ロゼッタ達とも挨拶を交わしていた。面白いものを見せてもらったと言ってるんだけど、芸でも披露したの?

「こちらは私にお任せくださいませ。ごゆるりとどうぞ」

 ベルフェゴールは頼りになるよね。

「キメジェス師匠、ご指導ありがとうございました! ハンネス先生も、ありがとうございます。私、研鑚を怠りませんわ!」

「ああ、頑張れよ」

「無理をしないで、体に気を付けて下さいね」

 意気揚々なロゼッタに、キメジェスとハンネスが頷いてるんだけど、師匠と先生?

 本当に何をしていたの、この人達は。


 私達は飛んで行くけど、みんなは馬車。隊商の馬車の周りには、護衛が数人ついて歩いている。何事もなく着くといいな。ワイバーンのキュイは、ゆっくり馬車を追いかける。

 途中でペガサス便が王都へ飛んで行くのを見掛けた。向こうも気付いたみたいだから手を振ったら、大きく振り返してくれたよ。私達を覚えてくれているんだね、嬉しい。


 レナントはいつも通りにほどほどの人通りがあって、顔見知りになった門番に挨拶をして入った。飛んでそのまま家に行くのは、やっぱり良くないよね。今度は長く家を空けることになるんだろうなと思うと、ちょっと寂しい。もうここが、第二の故郷って感じかな。

 ポーションを作って、アレシアとビナールのお店に届けたいな。二、三日泊まってもいいって、言ってくれたもんね。急ぐわけじゃないみたいだし、ハイポーションもいいかも。そんなわけで早速、家に篭ってポーションづくり!

 それにしても、相変わらずベリアルと並んで歩くと、女性の視線が痛いぞ。

「ところでそなた、最近は採取などしておらんではないか。素材はあるのかね」

「それが、あんまりないんですよ。時間もないし、買ってきます」

 まずは買い物からね。レナントにはあんまり薬草を取り扱うお店ってないから、運が悪いと欲しいのが全然手に入らないんだよね。

 そして今日が、その運の悪い日です。

 えええ~! 気合入れてるのに! しまった、王都で買って来れば良かった。色々あったから、うっかりしちゃったわ……。


「ビナールや商業ギルドの者に尋ねてみよ」

 そうか、ポーションを納めるんだから、融通してくれるかも!

「そうしてみますね」

 喜び勇んで行ったんだけど、ビナールのお店では薬草の取り扱いはなかった。商人仲間に聞いてくれる約束は取り付けたよ。商業ギルドでは買い取ってあった分と、サロンにいた商人が残ってた分を売ってくれた。でも、まだまだ欲しいぞ!

 日にちに余裕があれば冒険者ギルドで依頼として出すんだけど、さすがにむりだよね。仕方ないから、いったん家に帰ることにした。初級のポーションと熱冷ましの薬くらいは作れる。

 ふぬう、諦めないよ。

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