第183話 迷子の猫

 家路の途中、依頼をこなして戻って来た冒険者たちとすれ違う。薬草の買い取りがあれば、明日にはお店に並ぶはずだよね。明日また、行ってみよう。

 話しながら来るパーティーの人がいて賑やかだなと思っていたら、見慣れた五人組。イサシムの大樹のメンバーだ。

「イリヤ! 久しぶりね。貴女って、職人なのに出掛けてばかりね」

「久しぶり。また近い内に、今度は長く空けることになっちゃうわ」

 最初に話しかけてきたのは、三つ編みのレーニ。回復魔法を使う治癒師だよ。

「寂しいなあ~。一度くらいイリヤさんと、一緒に依頼を受けたいでッス!」

「私は冒険者じゃありませんよ」

 弓使いのラウレス。彼は変わらないなあ。

「ねえイリヤ、貴女なら薬草くらい解るわよね?」

「そっか、イリヤさんに見てもらおう!」

 おかっぱ頭の魔法使い、ツンデレエスメだ。リーダーでツンツン髪のレオンが、彼女の提案になるほどと頷いている。


「大体わかると思うけど……」

「これなんだ」

 無口で大柄なルーロフが袋から取り出して見せたのは、数種類の薬草だった。

「この黄色い花はリブワート! 根っこごと採ってくれたのね。欲しいなあ……」

 つい本音が口を突いた。

「欲しいの? いつもお世話になってるし、あげるよ」

「ああ、これは依頼の品じゃなかった」

 レオンとルーロフが嬉しい提案をしてくれる!

「以前毒を治療してもらったり、魔法を教わったわ。そのくらい受け取って」

 エスメもいいって言ってくれた!

「バベイン、これもいいなあ。地域によっては、葉を腫物に使うのよ」


 これは依頼分だけ残して、あとは貰ってしまった。やった。他にも依頼以外の品が貰えて、彼女たちはこのまま依頼終了の受け付けをしに行くと、ここで別れた。それなりに量もあるし、助かるわ。冒険者の友達って、職人には必要かもね。もちろん、売るって言うなら買い取るよ。

 今日はご飯を食べる前に、少しだけ作ろう。明日またお店を回って、それからアイテム作製。


 次の日の朝、早速来客があった。

「おはようございます、イリヤさん。ビナールさんから頼まれた品物です」

 薬草を届けに来てくれたのは、ビナールの商人仲間で一緒にテナータイトの町へ出掛けた事のある、アラン。薬草や杖なんかも扱ってる、個人で始めたにしては大きめのお店を構える商人。

「ありがとうございます! 色々と揃ってますね」

「はは。ポーションを作って貰いたいから、ありったけ渡せって言われてますから」

 ありがたいけど、お店の分は大丈夫なんだろうか。支払いをして、早速薬草の状態を確認した。キレイに洗って処理してあるし、乾燥されているのもある。乾燥させた物の方がいい魔法薬もあるし、これは助かる。

 そのまま暗くなるまでずっと籠ってポーションや薬を作っていた。

 お昼ご飯も食べずに続けてたから、お腹がすいちゃったな。夕飯を食べに、ベリアルと一緒に町へ繰り出した。


 すっかりと夜になった町には魔石灯がともり、居酒屋から元気な声が漏れている。雑貨や魔法関係のお店はもう閉店している時間。飲食店はボチボチ混んでいて、さて何を食べようかな。美味しそうな匂いが、どこからともなく流れて来る。

「ぴぎゃ!!」

 突然地面の方から甲高い叫び声がした。

 ……猫?

 あ、ケットシーだわ、この子。

「どうしたの?」

 白い猫が毛を逆立てて、二本足で立ち上がった。

「悪魔、怖い悪魔! 助けてご主人さま~!!」

 大きく目を開いて、尻尾の毛が逆立って太くなってる。髭がぶるっと揺れ、泣きそうだ。ベリアルに脅えているのね。でも御主人様らしき人物は、近くには見当たらない。


「あの、ベリアル殿は襲ったりしません、大丈夫ですよ。ところで、契約者の方はいらっしゃらないようですが……」

「にゃ~、そうなの。ご主人がいなくなっちゃったの。初めての町だから、何処に行ったらいいか解らないの~!」

 泣きだした白い猫。魔力を辿れないのかな、この子。

「捨ておけ。食事をするのではなかったのかね、すぐに探しに来るであろうよ」

「でも猫が泣いてるの、放っておけないですよ」

 通る人もチラチラとこちらを気にしている。困っている私の肩に、後ろから誰かポンと手を置いた。

 

「そういう時は守備隊に預けるとか、冒険者ギルドで探してもらうといいわよ。契約しているのが冒険者なら、ギルドに寄るし」

 薬草をくれたパーティーの一人、治癒師のレーニだ。魔法使いエスメも一緒。

「でもケットシーを連れてる冒険者なんて、いないんじゃないかしら」

「……にゃの、御主人は麦とか食べ物を売る人です。私はフェベ。お仕事は、食いしん坊のネズミ退治なの」

 隊商の誰かなのね。そんなに多く滞在してないし、探せそうだね。

「ねえ、イリヤも食事に出て来たんでしょ? 皆でご飯にしようよ。猫も入れるところに行けば、この子も食べられるし」

「いいの? おなか空いた!!」

 レーニの提案にフェベが歓喜の声をあげる。

「女子会ね! あ、ベリアル殿も居たんだっけ」

「少しは成長したかと思えば……。相変わらずそなたは、無礼な小娘のままであるわ!」


 二人がよく行くという、パスタ屋さんに案内してもらった。

 路地から少し入ったところにあるから、夕飯時なのに空席が目立つ。値段は控えめでサラダとドリンクのセットがあり、スープは別料金。フェベにも、鳥のささ身肉とミルクを頼んだ。

「そうそう、渡した薬草あるでしょ。道を間違えた時に、人の手が入ってないような採取場所を見つけたの。どこかは教えないけど、また依頼以外の品があったら持って行くね」

「それは助かるわ! レナントには、なかなか売っていないんだもの」

 きのこのパスタを食べながら、レーニが得意気に話す。秘密の採取場所を持ってるって、慣れた冒険者みたい。


「……何に使う薬草なの?」

「ハイポーションや上級のポーションです」

「なるほど、この町ではあんまり必要ないわ」

 リンゴジュースを飲むエスメに答えると、ははっとレーニが笑う。

 上級以上を作れる職人さんが居ないのよね、ここって。挑戦している人はいるみたい。技術指導が必要だと思う。交易路としていい場所にある街だし、回復アイテムは需要があるから頑張ってもらいたいな。

「にゃああ~美味しい。ミルクが胃に染みるおいしさ……」

 喜んで食事しているケットシーのフェベ。だいぶ空腹だったのね。猫の食事は専用のトレイに載せられて、運ばれてきていた。

 女性客が多いお店なので、ベリアルはチラチラと見られている。なんだかんだで嬉しそうだ。この性格は、ずっとこのままなんだろうな。


 二人と別れて、ケットシーは今晩だけ私が預かった。私のベッドに丸くなって、眠るまでご主人様の話をしていた。

 朝食は買って来たパンとスープで済ませ、早くと急かすケットシーを、詰め所へ連れて行く。彼女はどうせ正体がバレたからと、器用に二本足で歩いている。

 詰め所からは声がしていて、外で兵ではない誰かが待っていた。

「あ、ご主人の家来のひと」

「フェベ! 捜したよ」

 男性は早足で近づいてきて、ケットシーのフェベの姿を確認すると安心して表情を崩した。


「ご主人、一緒ですか?」

「今ここで、迷子の猫がいないか聞いているところだ」

 ちょうど来てくれていたのね。

「良かったね、フェベ。早く姿を見せて、安心させてあげないと」

「あなたは?」

「にゃのね、この人がご飯をくれて、泊めてくれたの。それで、ここに来ればいいよって連れて来てくれたひと」

「そりゃ、ありがとうございます! 旦那様はこの子を、家族のように大事にされてて。夜になっていないって気付いたんですが、暗くなってから知らない町を歩くのも危ないし、まずは朝一で聞きに行ってみようってことになりまして。ずっとソワソワされてました」


 契約者の使用人が見つかったと知らせると、本人は転びそうな勢いで飛び出して来て、フェベに抱きつかんばかりだった。潰されちゃうから、フェベがスルッと避けちゃったんだよね。

「じゃあ、問題ないですね」

 話の途中だったらしく、ジークハルトが顔を出した。

「はい、無事に再会できました」

 笑顔で答えると、何故かジークハルトは驚いたように私を見る。

「イリヤさん、……ええと、おはよう」

「おはようございます」

 再会を喜ぶ一人と一匹は、ハッとしてこちらを向いた。

「お世話になりました。お礼をさせて頂きたいんですが……、実は人を探しておりまして。その方は少々事情のある方で、大っぴらに探すことが出来ません。信用に足る人達と見受けます、できれば内密に話を聞いて頂けないでしょうか」

 おおっと、いわくありげな人だったぞ。

 よっぽとフェベが大事なのね、連れて来たら信用度が最高になっちゃうなんて。


「力になれるかは解りませんが、お話を伺うだけでしたら」

「……そなた、アイテム作製はもう良いのかね」

 ベリアルは面倒そうだね。

「でも困ってるみたいですし……」

「そうだね、混み入った話しになりそうだ。執務室を提供しよう」

 私達はジークハルトの執務室に移動することになった。

「自分はカジミール・マチスと言います」

 慎重にこちらの様子を窺いながら、名乗る商人の男性。彼は山脈の向こう側から来たのだという。


 山脈の向こう。

 これはひょっとして、ひょっとするかな。でも敵なのか、味方なのか。

 どんな話になるのかしら……。

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