第184話 馬車の人々(エクヴァル視点)

 隊商の馬車はテナータイトへ向けて、平原を走っている。

 冒険者や商人なんかが歩いていて、定期運行の馬車ともすれ違った。王都と主要都市を結ぶ定期馬車は、皆の足として使われている。もっとも、値段のわりに内装は良くないし、護衛も付かないから危ないんだよね。お金があれば乗らない。それが解っているから、狙われにくいんだけど。


「ふふふ~ん、公爵様は金払いがいいから、いいよな」

「だな~、レグロ。ステーキ食べたいな~、スッテーキ」

「金が入ると毎回言うなあ!」

 レグロと小悪魔ダン。仲いいね、ここも。

「レグロ君は召喚術だけ?」

「ハンネスには全然敵わないけど、魔法も少しは使えるよ。攻撃、回復、補助と少しずつだけど。先生は数を覚えるんじゃなくて、理解を深めるんだってタイプで」

 同じ魔法塾出身だったね。もしもの時には助かるな。

 いろいろ知っているだけでどれも練習不足な奴より、余程頼りになる。

「レグロはこんなだけど、中級の回復が使えるんだ~。便利だよ」

「こんなって、何だよ!」


 ロゼッタ嬢たちは、後ろの馬車に乗っている。セビリノ君とベルフェゴール殿もあちら。こちらも和やかな雰囲気だけど、女性の中に男性一人で座っているセビリノ君が、ちょっと羨ましいな。どうやらロゼッタ嬢はハンネス殿にプロテクションを教わったらしく、セビリノ君からも魔法の話を聞きたいようだ。

 やめた方がいいと思うんだけどね。本当にずっと話すよ、彼。そういうところは、師匠とそっくりだね。

 リニは私の隣だ。馬車での移動は好きなようで、飽きずに景色を眺めている。あんまり変わりがないと思うんだけどね。

「その子、リニって言うんだな~」

「え、うん……」

 突然話しかけられて、リニの肩がビクリと震えた。

「俺はダン。よろしくなあ」

「あの、えと……よろしく」

 リニはちょっと警戒しているけど、ダンはのんびりした感じの小悪魔だし、仲良くなれそうかな。地獄に戻った時を考えると、小悪魔の友達は多い方がいいだろう。


「うわわ!」

 御者の叫びと馬の嘶きが聞こえ、馬車が揺れた。

「何事だ!?」

 馬車の扉を開け、私は一番に飛び出した。レグロも顔を出して、辺りを確かめている。地には離れた場所を歩く人影が遠く見えるくらいで、何も居ない。

「ハルピュイアです!!」

 視線を空に移すと、人面鳥身の魔物が翼を広げて何体も飛んでいる。上をくるくると行き来して、この馬車を獲物と決めたようだ。地面の影が大きくなり、老婆の顔をした鳥が禿鷲の茶色い翼を広げ、スイッと降りて来た。

 狙いは、まずは馬か!


 護衛の冒険者が矢を放つが、ハルピュイアは軽く躱し、再び上空へ戻った。

 私も剣を抜いて、敵が襲ってくるのを待つ。飛行魔法でも使えないと、空中戦なんて出来ないからね。冒険者に魔法使いが居たらしく、初級の魔法を詠唱している。


「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く!球体となりて跳ねて進め、ファイアーボール!」


 うん、普通だ。普通っていいね。真っ赤な火の玉が飛んで行き、まず狙い撃ちした一体を落とした。正確な軌道を描いている。

「ギュアギュア!!」

「ギュアウ!」

 会話でもしているのか、耳障りなハルピュイアの鳴き声が響いた。

 弓を持った冒険者は再び番えて、もう少し降りてくるまで待っている。まだ敵の位置が高すぎる。魔法使いは剣士の後ろに控えていて、使用人の内の戦える者なんだろうか、一人が金属の棒を持って御者台の近くを守っている。

 冒険者はこちらには三人で、後ろ側にも一人、二人はいた筈だ。確かみんな、D程度のランクじゃなかったかな。この辺りは危険な地域でもないから、高ランクの者は雇っていなかった。


 こちらの戦力は、まあ良さそうだね。最後尾の荷物を積んだ馬車側へと向かった。そちらにも、数体のハルピュイアが居る。なかなかの団体さんだ。行きながらロゼッタ嬢たちを見ると、メイドと彼女は不安そうにしていて、ちょうどセビリノ君が扉を開けて出て来た。ベルフェゴール殿は彼女たちの護衛として、中に留まるようだね。

「……ハルピュイアの武器は鷹のような爪だけですが、詠唱中は無防備になります」

「解ってるよ、頼むね」


「赤き熱、烈々と燃え上がれ。火の粉をまき散らし灰よ散れ、吐息よ黄金に燃えて全てを巻き込むうねりとなれ!」

 

 彼が詠唱を始めると、異変を感じ取ったのかハルピュイアが騒がしくなり、セビリノ君を目掛けて飛んで来た。近くまで下りてくるのを待って、跳びあがって斬りつける。鳥の体は簡単に裂けて、血を流しながら地面に落ちた。

 今だとばかりに襲って来た別のハルピュイアには、着地してすぐに後ろ足を出して進み、地面を大きく蹴って距離を詰めた。あんまり近づきたくない顏なんだけどね、仕方ない。サッと斬り上げると、胴体と頭が別々に転がる。


「燃やし尽くせ、ファイアーレディエイト!」


 セビリノ君の魔法は、炎をブレスのように広げて発する魔法だ。ここらにいるのを、一網打尽にするつもりだな。空を三々五々に散らばって逃げようとする標的を飛んで追いかけ、残っていた数体は焦げてボトボトと落ちて行った。

 これは先に飛行魔法を唱えておいて、併用している。飛びながらの魔法の使用は難しいんだけどね、さすがに彼らは最高峰の魔導師だ、難なくこなすね。

 さて、あとは先頭側だ。どうなってるか戻ってみよう。

「うわ、あの人達スゴイ。空を飛ぶ魔物をこんなにすぐに倒した」

 見ていた使用人と後尾を守っていた冒険者が、尊敬のまなざしを向ける。倒す甲斐のない弱い魔物なんだけど、飛べるというのはそれだけで厄介になるんだ。


 戻ってみると一人が怪我をして、袖が破れて腕から血を流している。

 弓を使う冒険者の男性だ、狙われたらしいな。何体か倒されたハルピュイアには、矢が刺さったり魔法の攻撃を受けた痕がある。今回の剣士の彼には、まだこの敵は早かったようだね。うまく地上に降りてきたところを狙わないといけないけれど、すぐにまた空へ逃げてしまう魔物だから。

 掩護に向かっている間にも、今度は魔法使いの女性に向かってハルピュイアが勢いよく降下していく。間に合わないな、しかし剣士は弓使いの近くにいる。


 当たると思ったんだけど、突然大地が柱のように盛り上がってハルピュイアの行く手を塞いだ。ベルフェゴール殿か、馬車の中から見ていたんだな。

 壁となって魔法使いを守り、敵は弾かれて宙でいったん止まった。バサバサと再び翼を動かして邪魔な土を鷹のような足で蹴るが、ボロボロと崩れるだけで効率が悪い。諦めて迂回してこちら側に来たところへ、地面を蹴って跳び込んだ。着地した後、ハルピュイアもばさりと落ちる。

 一緒に魔法使いを狙っていたもう一体も慌てて逃げようとするが、ブーツに仕込んであった飛翔の魔法を発動させて、高くまで昇ったところを更に上から斬りつける。

 これで終了。

 セビリノ君に魔力を補填してもらえるから、安心して使えるね。


 後から追いついたセビリノ君が、怪我をした男性に回復魔法をかけてあげている。

 まあまあ数は多かったけど、順当に倒せたね。良かった。 

「こりゃ早いな。俺も手伝わないとと思ったんだけど」

「乗せて頂いている御礼です。この程度、問題ないですよ」

 レグロは魔法が使えるから、助勢しようとしてくれていたみたいだ。

「エクヴァル、お疲れさま……!」

「ふお~、魔法使いの兄ちゃんだけじゃなくて、色男の兄ちゃんも強いんだなあ」

「……色男の兄ちゃん?」

 それは私の事かな? どうもチェンカスラーに来てから、おかしな呼ばれ方をされる気がするな。エグドアルムでは、……いや、部下や同僚は言いたい放題だった。

 

 途中は野営と、小さな村で一泊。この他には特に問題はなし。

 テナータイトに到着すると、レグロは私達の宿を手配してくれた。リニとダンは大分打ち解けたようで、また会おうねと約束している。

 さて、あとはイリヤ嬢達と合流したら防衛都市を経由して山脈を越え、まず自由国家スピノンに入ろうと思う。


 エグドアルムからの連絡では、ルフォントス皇国の第二皇子は妻にすると宣言したモルノの王女に、貢ぎまくっているらしい。暇だなあ、ソイツ。全部人任せか?

 モルノ王国という国にも行ってみたい。そのエルネスタ王女の様子を伝え聞いた同胞が、この王女についての情報が欲しいと言っているんだよね。離宮から一歩も出されず、あまり探れないようだ。彼女が実際どんな立場でどう考えているのか、過去の生活も踏まえて検証する必要がある。それによって、色々と変わって来る。あまり人数を連れて行っていないから、ルフォントスとサンパニルで手一杯な状態らしいね。

 ちなみにサンパニルは、ルフォントス皇国の侵攻に備えて厳戒態勢。第二皇子が即位したら攻め込まれると想定しているんだね。さすがに解ってるな。

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